Chapter-112
「やっぱりか……」
ベイリーが持っていた、躁竜杖、とやらを取り上げて、調べていると、ショートワンドのようなその底の部分が、スクリュー式のキャップになっていた。
そして、スクリューキャップを外してみると──
「やっぱり?」
エミが、怪訝そうな表情で訊き返してくる。
俺は、そのエミより訝しげな表情をしているだろう。
スクリューキャップを外した中から出てきたそれを、俺は手で摘んでみんなに見せる。
「これ、電池だ」
「電池!? ですか!? これが!?」
ミーラが、驚いた声を出し、エミやキャロとともに、目を円くして、凝視する。
そう、この世界、電池と呼ばれるものはすでに存在する。
そもそも、前世でも電池の歴史は紀元前に遡るしな。
だが、この世界で実用されているのは、俺の前世からすれば原始的極まりない湿式電池だ。
そんなんでも、特に教会は時計の維持のために使っている。
だから、特にミーラは電池についてある程度知っている。
キャロやエミも、全くの無知というわけではないようだが。
だが、こんな手のひらサイズのそれが電池だと言われても、俄には信じられないだろう。
「ああ、乾電池ってな、俺の前世じゃ割と日常的に存在していたものなんだが」
そう言いながら、俺はその電池を見る。
刻印は、明らかに英語だったが、知らない単語が並んでいる。
「と言っても……」
「と、言っても?」
俺の呟くような声に、エミが訊き返してくる。
形状は、前世での単1乾電池そのものなんだが、これを見る限り、俺の前世の時代の、マンガン電池やアルカリ電池、というわけではなさそうだった。
「形自体は俺も見知ったものなんだが、どうやら俺の前世の時代よりも進んだ技術で作られているようだ」
「アルヴィンの、前世の時代よりも、未来に作られたってこと?」
キャロの言葉に、俺は頷く。
「俺の前世の時代だと、このタイプの電池は……えーと、ミーラなら解ると思うけど、自己放電……」
「電池が発生させる力を使っていなくても、徐々にその力が失われてしまう現象のことですか?」
ミーラが問い返してくる言葉に、俺は頷く。
「そう、俺の前世の時代で使われていた技術では、それを完全に抑えることはまだできていなくてね。それこそ、歴史を一度やり直した今、まだ使えるってことは、その先、ずっと進んだ未来に作られたんだと思う」
「でも、それほどの技術があったのだとしたら」
ミーラの言葉に、俺、それにキャロとエミ、ジャックまでミーラの方を見る。
「どうして、超古代文明は滅んだのでしょうか?」
「あ、まぁそうだよな、それこそ万能なんじゃないのか、ヒトってよ?」
ミーラの言葉に、ジャックが軽い口調で言いつつも、首を傾げるようにする。
まぁ、俺には色々考えられるけどな。
核ハザードだけで何回やらかしてんだって話。
「私は、なんとなく解る気がするわ……」
キャロがそう言った。
エミとミーラ、それにジャックが、少し驚いたような様子でキャロを見る。
そうか、キャロはあの“古代遺跡”を見ているんだったな。
「まぁ、おそらく発展しすぎたんだろうな」
そう言ったのは、姉弟子だった。
その言葉に、キャロたちやジャック、俺も姉弟子の方を見る。
「発展……しすぎた? ですか?」
ジャックが聞き返す。
すると、姉弟子は一度ジャックの方を見て、頷いてみせてから、また俺達一同を見渡すようにする。
「正に今ベイリー・オズボーンがやらかしたとおりだ。どれだけ凄い技術や力を手に入れたとしても、人間がそれに合わせて理性を得ていくとは限らない。もし、国家間で戦争になったとして、敵対する国家を根こそぎ消し飛ばしてしまえるような状態になったら? あるいは、私やアルヴィンのような、現代の基準では普通の人間1人が持ちうるのに過ぎた力を、簡単に誰も彼もが持ち得るようになったら? その時、我々はそれを律する心を持っているだろうか」
「…………」
姉弟子の言葉に、俺も含めて、一同が沈黙してしまう。
ミーラでさえ、言葉を紡ぐことができずにいた。
実際、前世では俺が生まれた頃、全面核戦争の危機が一度あった。それを防いだのは、たった1人の男だった。
「考えていかなければ、ならない問題かも、知れませんね」
ようやく、ミーラが絞り出すように、そう言った。
「そうだ。そして私達にとって、それは決して他人事じゃない。アドラーシールム帝国は今の世界を揺らせるほどの大国だ。私とアルヴィンはその中の領主であり貴族、そして他の皆もそれに関係の深い人間だ。その時その時、適切な判断ができるよう、心がけていかなければならないんだよ」
うぉ……姉弟子の言葉が、重い。
でも、それは紛れもない事実なんだよな。
俺達はベイリーとその部下を捕虜としたが、その状態では身動きがとれないので、まず、バーナード兵士長の歩兵部隊と合流した。
ベイリー達は後送されることになり、俺達は山岳越えの1個大隊とともに、バックエシスにつながる街道を行軍していくことになる。
街道の分水嶺に差し掛かろうか、というところまできた時。
「報告します!」
斥候が、俺達と行動を共にしているバーナード兵士長のところへ帰ってきた。
「1.5カルシトリル先に、敵軍の1個小隊がいます」
1個小隊? おいおい、いくらなんでも、俺達を迎え撃つにしても、バーナード兵士長の部隊を迎え撃つにしても、ちょっと小規模すぎないか?
「ですが、降伏旗を掲げています」
降伏旗、つまり前世で言えば白旗だ。
現世では、白地に臙脂の縦線が入る。
「どう見ますか、アルヴィン卿」
バーナード兵士長が、俺に意見を求めてくる。
「うーん……全面降伏の使者なのか、それとも一部の人間が離反したのかはわかりませんが……とりあえず罠というわけではないと思うのですが……」
俺は、難しい顔をしながら言い、
「姉弟子はどう思います?」
と、姉弟子に振る。
バーナード兵士長も、姉弟子の方に視線を移した。
「そうだな、私も、アルヴィンと同意見だ。もう南方正義連帯軍には盟主がいない。代わりの盟主が立っていたとしても、混乱は避けられないだろう。まだ戦う意志があるにしても、無策で小部隊を置くような真似はしないだろうな」
つまり、本土決戦をやらかす気があるんだとしたら、こんな山ン中じゃなく、裾野に引き込んで、大部隊で待ち構えるってことだ。
ベイリーはアホだが、ミルワーズとかいう元軍務官が軍師としているんだったら、相手もそれなりの規模だと理解した上で、兵力の逐次投入なんてどこぞの帝国陸海軍みたいな真似はしないだろう。もし少数で攻めてくるにしても、ゲリラ戦術に出るはずだ。
「よし、とりあえずは接触してみよう」
バーナード兵士長が言い、俺達は、部隊ごと、その小集団のところまで、前進していくことになった。
俺達は部隊の先頭に立ち、街道を進んでいくと、やがて斥候の報告にあった、1個小隊程度の歩兵の集団にぶつかる。
が、これもまた斥候の報告してきたとおりに、降伏旗を掲げていた。
「お2人とも、下がっていてください」
バーナード兵士長は、俺や姉弟子に向かってそう言うが、
「いえ、万一罠だとしたら、俺達の方が即座に対処できます」
と、俺は言い返す。
それに合わせて、キャロ達が、自分達の武器を構える用意をした。
すると、前方の集団から、小さな降伏旗を持った1人が、こちらによってきた。
「ぶ、ブリュサンメル上級伯の兵団でありますか?」
近付いてきた兵士は、そう問いかけてきた。
「そうだ。私はバーナード・へガティ兵士長だ。アルヴィン・バックエショフ卿と、キャロッサ卿もおられる」
バーナード兵士長がそう言った瞬間、エミが俺を、ジャックが姉弟子を、それぞれ庇うように立った。
しかし、その兵士は────
「わ、我々南方領主連帯軍は、こ、皇帝陛下の旗に対し、全面的に帰順する事を誓う次第であります!」