Chapter-00
俺の名はマイケル・アルヴィン・バックエショフ。
アドラーシールム帝国に仕えるバックエショフ子爵家。その4男2女の、末っ子だった。
と、言うのは今の俺の話。
元々はこことは別の世界、日本という国でくたびれた中年サラリーマンをやっていた。
名前は────どうでもいいか、別に。
仕事はシステムエンジニア、と言えば聞こえはいいが、所謂デジタル土方だ。
終電で家に帰り、ただ風呂に入って飯食って寝て、定時に出勤する。なんて生活を送っていた。
いや、家に帰れれば御の字とすら言えた。
もちろん、土休日出勤なんて当たり前。
なんのために生きているのか、時折考え込んでしまうほどの。
それがめずらーしく、プロジェクトが一段落したところで代休を取るように言われた。
誰か辞めたやつが密告でもしたのか、労基署から監査が入りかけたらしい。
年末年始以外では数年ぶりのまとまった休暇を貰って、クッタクタの身体をベッドに横たえて、それで……
気がついた時には、11歳のマイケル・アルヴィン・バックエショフになっていた、というわけだ。
身体が限界だったんだろうな、と思わざるを得ない。精神的にも張り詰めていたものが、それが緩んだはずみで……というところだろう。
それで、このマイケル・アルヴィン・バックエショフ、俺の記憶がどうにかなっていなければ、創作物の登場人物だった。
タイトルは『転生したら辺境貴族の末っ子でした』なんていかにもな感じ。元々はWeb小説だそうだが、俺は漫画版を読んでいた。
いやさ、創作物の世界に転生って話は、なんか俺が生きてた頃の日本じゃ流行ってたよ?
けど、“転生物の創作物の主人公に転生する”って、正直、何を言ってるのかわからねーと思うが……俺も混乱したよ。
それでまぁ、別に自殺願望があるわけでもないし、デスマの毎日から解放されたつもりで、二度目の青春を謳歌しようとしていた。
と言ってもまぁ、バックエショフ家は、子爵とは名ばかりの辺境田舎貴族の末っ子なんで、それなりに苦労はあったわけだが。
ただ、チートレベルって程でもないけど、かなりの魔法の才覚を持っていた俺は、この世界での親父の少ない伝手で、賢者、あるいは畏敬の念を込めて魔女とも呼ばれる、高名な魔導師に師事することができた。
その師匠の下での2年間の修業を終えた後、俺は自分の生きていく道を決めた。
それは、冒険者────
この世界では、かつて地球で猛獣の類が人間の生存権を脅かす存在だったのと同じように、魔獣、と呼ばれる、確かに隣り合った脅威が存在した。
この為、領地持ちの貴族は、正規の兵士とは別に、そうした脅威を排除するために、その技能を持った者を、雇ったり、自領の住人として置いたりしていた。
もちろん、その技量と信用には、一定の証明と後ろ盾が必要だった。
それが、有力貴族が運営する冒険者養成学校、そこを卒業することで得られる、冒険者免許だった。
もともと貴族と繋がりが強いため、冒険者養成学校に入学してくる生徒は、原則一代限りの騎士爵の子女や、貴族の三男・次女以下の家督相続の可能性の薄い者、あるいは貴族が平民の妾に産ませた庶子、あるいは貴族の下で働く準貴族とも言うべき陪臣の子女が多数を占めた。
もちろん、平民に門戸が開かれていないわけではないのだが。
そんな体質だからか、冒険者候補生の中には、冒険者として一旗揚げて、あわよくば有力貴族の陪臣になったり、自身が授爵しようという者も少なくない。
マイケル・アルヴィン・バックエショフは、本人はその意志は強くないものの、授爵して貴族となり、慌ただしい毎日を送ることになる。
ついでに、やったら女性に好かれて、最終的には、正妻の他に、序列夫人やら妾やらを侍らせる、所謂ハーレム状態ってやつだ。
が、俺はどうかと言えば……
ぶっちゃけ、めんどくせぇ。
前世であんなにあくせく働きまくって、つらい思いをして、ようやくデスマの人生から開放されて、新たな青春時代を謳歌しようってところなんである。何が悲しゅうて自分から新たなしがらみを受けて生きなきゃならんのか。
ついでに。
前世では高校、大学とオタク文化にどっぷり使って生き、社会人になってからは研修もそこそこにデスマの現場に突入した、非リア充の俺にとって、女性関係で振り回されるのは是非とも勘弁してもらいたいところだ。
というわけで、師匠のところにいた頃から、俺は、冒険者になって、その後は……半分農家でもしながら、スローなセカンドライフを送ろうかなんて考えていた。
ちなみに師匠はこのことは認めてくれていた。そもそも、師匠自身が相当な実力を持ちながら、根無し草のような生き方をしている自由人だったから、別にとやかく言うつもりもなかったんだろう。
むしろだからこそ、師匠には厳しく鍛え上げられた。
「気ままに生きるには、気ままを通すだけの実力がいる」
師匠のこの言葉は、多分正しい。
気楽に生きるからほどほどでいい、なんてのは、地球、とりわけ治安の良さでは群を抜いている令和の日本だから言える話だ。
この世界で、気楽に気ままに生きていくためには、ふっかかってくる災厄を自力ではねのける実力がいるってことだろう。
そんなわけで、師匠のところにいた2年間、俺は魔導だけではなく、体力の面まできっちり鍛え上げられた。
そんな事もあってか、冒険者養成学校では、武術訓練は免除、それ以外の座学も師匠のところで学んだことの復習みたいなものだった。
それだからか、簡単に首位を取れてしまった。
実は、あまりこうした形で目立ちたくはなかったのだが。
かと言って、わざわざ成績劣等生を演じても得なことはない、と思っていた。
その日までは────