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アレルギー

作者: 鰤金団
掲載日:2009/03/19

「先生、フリ語の翻訳をして欲しいと依頼が来ましたが?」

「先生、オジブウェー語の翻訳の件はどうなったかと催促の電話が・・・」

「今晩のオカズはどうしましょう?」

「ポラリ語をラテン語に訳して欲しいと・・・」

「明日はトンガ語の講義の日ですよ」


あぁうるさい。

訳して欲しいと毎日電話で依頼が来る。

本当に毎日毎日よく途切れずにそんなに翻訳する物が出てくるなと何時も思う。


「フリ語は拒否、オジブウェー語はさっき送った、オカズはハンバーグ、ポラリ語なんて知らんと言っておけ、明日は休講だ!!」


毎日毎日、言語言語と嫌になる。

少しは別の翻訳家に頼れ、私はお前達の翻訳サイトじゃないんだ。

もう何年も、いや、何十年も言語と向き合ってきて私は嫌になっていた。

最近じゃ本気で逃げる計画を考えるようになった。

でも、全てを投げ出してしまったら私は信用と同時に仕事を失ってしまう。

それに、私の手伝いをしてくれているアシスタント達は生活する事が出来なくなってしまう。

私が守らなければならない家族やアシスタント達の為にも翻訳家としての職務を全うしなければならない。

そんな事を考える為、結局逃亡計画は無駄に終わるのだが・・・。

冒頭で聞いた事の無い言語ばかりが飛び交い、創作で言語を作ったと思っているかも知れないが、冒頭の言語は全て存在している。

そんな怪しげな言語を訳す事の出来る私はそんじょそこらにいる翻訳家ではない。

全部で50種類の言語を頭に記憶している、世界で指折りの翻訳家なのだ。

世界に言語というものは大まかに数えて全部で97種類ほどある。

私はその言語の約半分を修得している。

せっかく多くの言語を修得しているのだからと、若き日の私は修得した言語を活かせる職業は無いかと探した。

色々と探した結果これだ!!と思った職業が翻訳家だ。

翻訳家になって初めの頃は苦労の連続だった。

名前がそこそこ売れ始めた頃には結婚をして妻と子供を養っていく事を生き甲斐としていた。

私の名前が世間一般に知れ渡った頃には、テレビに取材に大学にと引っ張りだこの大忙しで寝る暇さえなかった。

それでも私はまだ我慢する事が出来た。



有名になりすぎて外国にも私の名前が知られるようになると外国から仕事の依頼の方が増えていった。

そこから私の人生に狂いが生じ始めた。

やつらは多額の報酬と共に面倒くさい契約を色々と結ばせようとしたのだ。

やれ髪を変えるな、外に出る時の服装はこれにしろ、テレビに出る時は必ず全員で出るようにしろなどエトセトラエトセトラ・・・。

私は何処かのマジシャンでは無いんだと言って何度追い返したか解らない。

なのでそういった契約が入ると全て断る事にしているのだが、世界中には数え切れないほどの出版社が存在している。

当たり前だが面倒くさい契約をさせようとする所も一つや二つじゃない。

そんな生活が現在まで続いている事に私はもう限界だった。



もう限界、そう思ってから2ヵ月後本当に限界が来た。

倒れる前に仕事を一旦中止しようと思い2ヶ月前から新たな依頼は全て断っていた。

これの仕事が終われば暫しの自由と気合を入れて取り掛かっていた時の事だった。

仕事中に私の両手が痒くなった。

最初はムシにでも食われたかと思って放って置いたのだが、だんだん辛抱できなくなるほどの痒みで私は自分の手のひらを見た。

なんと手のひらいっぱいにブツブツが出来ていた。


「な、何だこれは!?」


急に大声を上げた為に別室で仮眠を取っていたアシスタントが飛んできた。


「何があったんですか先生!!」


私はアシスタントに手のひらを見せ大まかな事情を話した。

話を聞いたアシスタントは私に皮膚科へ行った方がいいと進めた。

原因不明の痒みで私も不安になっていたのでアシスタントの言葉に同意し皮膚科に行く事にした。


「お話解りました。すみませんが左手でこれを持って貰えますか?」


先生が今まで私の症状について書いていた診断書を手渡す。

すると段々手のひらが痒くなってきた。


「ふむ、次はこれを右手に持ってください」


そう言って今度は紙切れにアルファベットを書いた物をよこす。

左手と同様に手のひらが痒くなってきた。


「解りました。あなたのその手のひらの痒みの原因はアレルギーです」

「あ、あれるぎー?」


アレルギーと言われて声が裏返ってしまった。


「何アレルギーなんですか?」


紙アレルギーと言うつもりだろうか?

先生が口に出した言葉に私は一瞬動けなくなった。

それだけうそ臭いアレルギーだったのだ。


「言語アレルギーです」


言語アレルギーなんて聞いた事が無い。

そもそも言語でアレルギーなんて起こるのか?

訝しがった表情の私に先生は言った。


「世界には普通じゃ解らないような病気なんてたくさんありますよ。言語アレルギーはその中でも珍しい部類に入ります。私としてはここまでの言語アレルギーは見た事も聞いた事もありません」


珍しい上にさらに珍しいようだ。


「解りやすく説明してもらえませんか?」と不安でドキドキしながら質問した。

「言語アレルギーというのは文字通り言語に反応するんです。あなたは仕事柄、世界のたくさんの言語に触れているみたいですので、あなたの体が言語、特に文字に拒否反応を起こしているのですよ。」


私はアレルギーになるまでに言語を嫌悪するようになっていたのかと思った。


「先生、文字に拒否反応が出ると言ってましたがそのうち言葉を聞くだけでブツブツが出るようになる可能性があるのですか?」


質問したく無いがとても重要な事なので質問する。

今後の生活に関わる事でもあるのだし。


「このまま仕事を続けるとそういう事になりる可能性もあります」


私はこれからどう生きていけばよいのだろうか?

少し休むだけだった翻訳家を廃業しなければいけなくなってしまった。



家に帰り、アレルギーの事を家族とアシスタント達に隠しても仕方ないので正直に話す事にした。

事情を話すと最初は冗談と思って聞いていたアシスタント達も、私の真剣な表情で本当の事なんだと理解し納得してくれた。

本当に理解のあるアシスタント達だ。

彼等をこのまま外にほっぽり出すわけにはいかないので仕事仲間に彼らを使ってくれないか頼んでみる事を約束した。

しかし、肝心の家族はアシスタント達のように受け入れてくれなかった。

家族というよりも妻が信じてくれなかった。


「そんなアレルギー聞いた事がありません。あなた、他に女が出来たからそっちに行こうしてるんでしょ。その女に財産全て渡すつもりなんでしょ?そうでしょ!!そうに決まってます!!!」


ヒステリーと言った方が正しいだろう。

この女は私の後に手にするであろう財産目当てで結婚していたのかと思うと私は絶望以外の感情が出てこなかった。

私は妻と別れる決意をした。

結果慰謝料として私の総資産の6割を取られてしまったが私はそれでも良かったと思った。

けれど一つだけ申し訳ないと思う事がある。

子供の親権を元妻に渡さなければならないという事だ。

私のアレルギーが万が一、悪化する事があれば子供を最後まで育てる事が出来なくなるかもしれない。

そう考えると本性を知っていても元妻に親権を渡さなければならないと思った。

総資産の6割を奪われた私はとりあえず、どう残りの一生を生きていけばいいのか悩んだ。

文字に触れなければいいと言うのならまだなんとかなりそうだが言葉を聞くだけでもアレルギー反応が出ると言われてはそう簡単に解決策が出てこない。

何日考えても答えが出せず、何か気晴らしをしたいと思い、テレビのチャンネルを回した。

ある番組で指が止まる。

不眠症に関する番組だった。


「そうか、これならいけるかもしれない」


私はすぐに皮膚科の先生の所へ相談に行く。


「先生、耳栓をするというのはどうでしょう?」


私の出した案に驚いた顔をしていた。


「なるほど耳栓ですか。それでしたら私の友人が耳鼻科の先生をしています。連絡を取ってみましょう。少々お待ちを」


事情を聞いた向こうの先生に連絡を取ってもらうとすぐに来て欲しいとの事だった。


「事情は先ほど電話で聞きました。言語アレルギーはあまりなる人がいない為、研究があまりされていないので耳栓で音を遮断して症状がよくなるとは断言できません。それでも試してみる価値はあるでしょう」


先生はすぐに私の耳のデータを取り、私に合った耳栓を作る為に動いてくれた。

数日後待ちに待った耳栓が完成した。

これで最悪の状態を回避する事ができるだろう。

残る問題は仕事をどうするかだ。



耳栓を受け取った帰りに大道芸をしている者達を見つけた。

テレビでよく凄腕大道芸人などの特集が組まれていてよく見ていた。

道端で見た芸人たちはテレビに出ていた者達より凄みに欠けていたがそれでも技術は相当なものだった。

アクロバットな動きをする者、ジャグリングをする者などその集団はそれぞれが得意な芸を見せている。

その中で私が興味を持ったのはパントマイムをする者だ。

テレビだとどうしても動きが派手な芸を持った者ばかりが出てくる。

だからパントマイムなんてまじまじと見る機会が無かった。

こうして近くで見てみるとなんと素晴しいのだろう。

言葉を使わず、文字も使わず、自身の体で全てを表現している。


(言葉も文字も使わない?・・・)


もし今この場に神様がいるのならば私にパントマイムをしろと言っているに違いない。

私の直感がビンビン反応している。

次の日から私はパントマイミストへの道を歩み始めた。



それから数年後。


「皆さんお待たせいたしました、今世界でもっとも熱いパントマイミストの登場だー!!!」


私は長く厳しい修行を終えて、ラスベガスでショーに出ている。

人気は上々で世界中で引っ張りだこだ。

どうやらあの時の私の直感は正しかった。

今にして思えば、翻訳家という仕事はパントマイムをする為にやっていた仕事という感じがする。

そう思えるだけ翻訳家であった頃に培ったものがパントマイムに役立っている。

私は表現を考える時、体で表現してそれを言葉ではどう表現するかという風に考えていた。

そのお陰でパントマイムで表現に困る事はなかった。

感情や情景の表現が素晴しいとショーを見に来たお客さんは大絶賛してくれた。

でもお客さんの歓声は私に聞こえない。

耳栓をしているからだ。

耳栓で音が聞こえなくてもお客さんの顔を見たり振動を感じたりする事で反応が解る。

私のアレルギーは耳栓のお陰で悪化するは無いが良くなる事もない。

相変わらず治療法が見つかっておらず、症状を和らげる手段も無い。

それでも私の第二の人生は今の所順風満帆だ。

しかしそんな生活も2年後にアレルギーによって終わりを迎える。

原因はパントマイムだった・・・。

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