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やもりの小次郎

やもりの小次郎

作者: MOSHIKAME

オレの名前は小次郎という。

名前はカッコいいがオレの生活は実に暗い。

そうだ!オレは夜行性のは虫類、やもり科に属している本物のやもりなのだ!!


背中は黒みがかった灰色をしているので、暗い場所にじっとしているかぎりまるで目立たまい。

よく人間界の、とくに幼い子供達にはイモリとまちがえられるが、やつは両生類で池や井戸などに住んでいる。

背中はやや似ていて黒みがかった茶色をしている。

もっと決定的なちがいはやつの腹は赤く、黒いまだらになっているのと比べオレの腹は白いのだ。

どだいそんな話をしてみても、無知でわがままな人間どもとはかかわりのない生活をしているんだから大して重要ではない。ただ人間どもに言いたい事は、無害であるはずのオレを見て異様な姿におどろき、キャーキャーとさわぎ出す迷わくなやつが多いことだ。

オレたちから見ればやつらの体型こそこの自然界にそぐわない。

まして身につける衣服とやらは、この自然界の摂理を無視したもの以外の何ものでもないのだ。



ともかく人間界のことをアレコレ言うのはもう止めにしておこう。

いずれ彼らは自然界のはてしないほど強大な力に押しつぶされるにちがいないのだ。

その時に彼ら自身が気付けばいい。オレはオレで今は生きていくのがやっと。という状況なのだから――。


さて、オレの住まいについても話しておくか。かれこれ二十年近くになるだろうと思われる健売住宅だ。向い側は田んぼが広がっており、6月の中頃にもなるとカエルの鳴き声がうるさくてしかたがない。しかしオレにとってありがたいのは、この田んぼのおかげで蚊やその他の昆虫類というエサにありつけることだ。

そして昼間は屋根のしさしの下の奥まった所で眠り、夕方日が暮れてからオレの出番となる。

時間がかかるけれども、一晩中ねばれば一応腹は満たされるという毎日なのだ。



そう、一晩中ねばれば・・・という所に引っかかるだろう?

オレが食事をするのは大変な事なんだ。もっとも一日の生活というのはこの食事オンリーといっても過言ではない。食べる事そのものが生きるってことなんだからな。

とはいえ、他に何も考えないか。というとそんな事はない。オレの嫁さん探しもやなにゃあならん。

人間界では前にも言ったが男どもは女どもの化粧にごまかされる事もあるが、オレたちにはそんなごまかしの道具はない。従って本当に気の合った者同士が夫婦になる事ができるのだ。

さらに、他に考えておかねばならんのは自分の身を守るってえことだ。

オレたちには今、2種類の厄介なやつらがうっとうしい存在だ。そのうちの1種類がネコ族で、この家のとなりに住んでいやがる小ネコのミャーゴだ。



オレたちがエサを食べる方法を知ってるかい?

音を立てることもなく、スッスッと小刻みに動きながら目標に近づいていく。しばらくじっと動かずにいて目標が安心しはじめた時、その時を狙ってシュッと首を伸ばし目標を口にくわえ込むのだ。

自慢じゃあないが、オレたちの首は2cmは伸びる。ところが―――。

小ネコのミャーゴもそれに劣らぬすばしこい前足を持っているのだ。やつは自分の体重をも感じさせないほどの柔軟なからだを持ち、それこそ音もなくしのび寄る。オレたちが食事の為に屋根のひさしの奥からはい出して来た所をねらうのだ。

やつは、カベを伝い降りながらオレたちをあの前足ではらい落とし、落下した所をまたまた前足で押さえつけてしまう。あとは・・・



つい先日オレはミャーゴにやられかけた。

やつのするどいツメ先がわずかにオレのしっぽをかすっただけで終わったのだ。ラッキーだったとしか言いようがない。

本来ミャーゴたちネコ族はネズミの方が大きくておいしい食事のはずなんだが、ミャーゴだけはどういうわけかオレたちをねらう。よほどオレたちの肉の味が良かったのか。それともオレたちにこだわる理由でもあるのだろうか!

とにかく、やつにだけは注意をおこたらないようにしておくことがオレたちが生きのびていくための最重要項目なのだ。

屋根の奥まったひさしの下から出る時。この時に用心して、できるだけやつの気配をさがしながら出るようにしている。すこしでもやつの気配を感じようものなら根比べだ。やつが去っていくまで待つほかはない。

これが弱者の運命だろうか。



こんな感じでオレたちは何とか生きてきた。平和というほどではないが、自然界の中ではまずめぐまれている方だと思っている。

ところが昨日のことだ。今までの生活パターンがひっくり返る大事件が起きた。

オレたちが夜の食事をする場所の外灯が人間の子供によって割られてしまったのだ。日が暮れ、まわりがうす暗くなってきても外灯のあかりがつかない。

今までこの外灯の明るさに寄って来ていた我がエサたちが、昨日はめっきり数が少なくなってしまった。

6月の夜明けは4時ごろに始まる。4時30分ごろにはもう明るくなっていて、オレたちの時間も終わるのだ。消えた外灯のあたりを、今までのエサ場にしていたオレたちの腹は、昨夜はついに満腹感を得ることはできなかった。もっとも、小ネコのミャーゴには苦しめられずにすんだが…。



この先外灯のあかりがつかないとすれば、オレたちにとって死活問題だ。今のところこの建売住宅の垂直なカベが一番安全な場所である。その場所を離れて次なるエサ場といえば、この建物の玄関口がある。

ただこの場所は小ネコのミャーゴやこの家の住人たちの目にふれやすいのが難点だ。

オレは様々な気配を気にしながらも移動した。ちょっと移動してはあたりを見回し――――。

これで今夜の半分は過ぎてしまった。家人も寝てしまったのか静かだ。門灯のあかりが明るく蚊がムラがっていた。



オレたちの新天地第一夜は腹いっぱいの食べ放題に終わった。夜も明けてそろそろ眠りの時間がやってくる。と、その時。下の方からの強い視線を感じた。

オレは・・・というよりオレのからだは反射的に我が身を安全な方へと移動させた!

下を見ると、ミャーゴがオレを見上げている。その目はいかにもオレを食うぞ!と言っているようだ。

オレは短い舌を出して、“ベロベロバーッ“ “アッカンベー“としてやった。

その途端、ミャーゴが音もなく門柱にかけのぼり、こちらの方へとびかかってきた。

その時のオレのあわてようといったら、ない。

何とか門灯の裏側へと身をかくしたが、足のふるえは止まらず今にも吸盤がはずれて落ちそうナノダ!



ネコ科の動物というのは何という跳躍をするのだ。こともあろうに門灯の上に跳んで来た!オレはどうなる――――

という間もなく落っこちた。やつは上から跳んで来る!

オレはともかく玄関入口のドアの所へ走った。来た!やつの風圧を感じる。走りながら逃げ道をさがす。

あった!ドアの入口にあるわずかなすき間。あそこへ入るのだっ。

オレは頭からそのすき間へ突っこんだ。助かった。

と思ったのは早とちりだった。何とそのすき間はすこししかなかった。オレの身体全体は入らない!

やつのツメがオレの尾っぽを押えた。

「くそっ!」

「ニャーオー!」

ミャーゴのやつは勝ちほこった声をあげてツメを立てる。

「痛てえーーー!」

いかに小さなオレの身体にも神経は通っている。トカゲでもないので尾っぽがちぎれるはずもなく・・・



オレは必至でドアの裏側のすき間にはりついた。やつのツメ先はしっかりオレの尾っぽの真中をつらぬいた。徐々にそのツメ先が玄関のタイルをこすりながらやつの鼻先へと移動しつつある。

「ああっッ―――――ッ!」

やっと物語の主人公になっていよいよこれからだというのに、ここで話が終ってなるものか!

とは言え、我が身は非力。ミャーゴの前にひきずり出されるのも時間の問題だ。

ミャーゴは、その赤い舌を出してよだれを流しながら勝ちほこったように頭を起こした。

その時、ほんの少し。少しだけツメの先がタイルから浮き上がった。オレはこの時しかない!と思い、すき間からとび出した。そして一目散に走った。尾っぽに激痛が走る。オレはひるまずに走った。



それは我が尾っぽの切れる痛みだった。

ミャーゴのツメはするどく、そのツメ先の所からプッツンを切れたのだ。

“オレもトカゲと同じように自切できるのか!“

今の今までオレは自分の尾っぽの切れる事を知らなかった。

“助かった。これでまた当分の間(!?)は生きていける。“

と思ったが、オレは雨ドイの中でへばりついて痛みの遠ざかってくれるのを待つほかなかった。

あのミャーゴの視線を感じた時、オレはす早く逃げておくべきだったのだ。

その時の油断が今の結果としてある。実に身の切れる痛みとして今は反省するのだった。

陽がのぼりだしたのだろう。雨ドイの中は熱っせられてあつくなってきた。

このままこの場所にいれば“やもりの雨ドイムシ焼き“になる。痛む尾っぽをひきずりながらオレは登っていった。



雨ドイの上の出口は、ちょうど玄関にはり出した屋根の上に出る。オレはミャーゴの気配を気にしながらはい出した。

“まぶしい!“ 太陽の光にオレの目は焼かれそうに痛い。

それでもガマンしてミャーゴからは絶対に安全な軒下に身をやすめた。途中から切れた尾っぽが痛い・・・

ともすればその痛みのために足の吸盤から意識が消え、下に落ちそうになる。なんとかこらえてがんばりながら、

“いつかもこの痛みに似たのを味わった事がある!“ と思い出した。その時は尾っぽは切れなかったが、別に言いわすれていたわけではない。あまりの急激な環境の変化に対応していてそのことで精一杯になり、たまたま話題にのせられなかっただけのことなのだ。だからここで言うことにしよう。

というのは、やっかいでうっとうしいというもう一種類の“やつ“の事だ。

オレは最初やつは鳥だと思っていた。全身まっ黒で妙にすばしっこくとび回る。空中にとびかっている虫たちを巧みにとらえ、まるでここら辺りのエサはすべて自分のものだというように・・・



空中をとび回ってエサがたべられるなんて、オレたちからみればうらやましくてたまらない。

オレたちカベぎわ族ではかぎられたスペースに寄ってくるエサだけしか口にできないのに、やつらときたら自由自在にたべる事ができる。

ひとつだけよかったなあと思うのは、やつらは空中でオレたちはカベぎわで。というテリトリーがはっきり分かれている事だ。

このテリトリーの違いでやつらとエサのうばい合いはない。その分、やつらに対しては好感的に感じることができる・・・と思っていた。

ところが、である。

ある時オレはずぶぬれになって食事タイムを終え、いつもの軒下へ眠りにつくために足を運んだ。その日は雨模様で風も強く、いつもの場所は安眠できる状態でなかった。し方なくオレは屋根裏へと向かった。一歩屋根裏に入ったとたんに―――――――



ゾクッとするようなしびれ感がオレの全身をつつんだ。何者かがいる。しかもその何者かはオレの存在をはっきりととらえているのだ。そしてオレには相手が何者なのかわからない。オレはじっと気配をうかがった。

ようやく暗さに慣れて(?)見えるようになってオレは自分の目をうたぐった。四本足の動物のようでありながらマントのようななめらかでツヤのある羽根(?)を持ち、じっとこちらをみつめているようで、それほど光ってない目。

しかしながらニヤニヤっとした時にみえるするどい歯を持つ口。

世の中にこれほど変な動物(?)がいたのか・・・!と感心するような気味の悪いやつだった。



そいつは屋根をささえる角材からぶらさがっていた。

「おい、小僧。ここはオレたちコウモリ族のねぐらだぜ。もう一歩でも入って来てみろ。どうなっても知らねえぞ!」

やつはオレにしゃべりかけながらその大きな口をカアッとあけてみせた。

「ふん!オレは小僧なんかじゃあない。小次郎という立派な名前があるんだ!」

「ほぅ!小次郎ってのかい。オレは武蔵だ。コウモリの武蔵というのだ。人間界じゃあ昔、武蔵と小次郎が決闘して武蔵が勝ったそうだが、オレたちの場合もそんなふうになりそうだなぁ小次郎よ!」

やつはそう言うが早いかバサバサッとそのマントのような羽根のような両手をバタつかせてオレの目の前へとんで来た。そして

「お前にゃ悪いがこれでさよならだ!」

と言ったとたんに、何とオレはやつに抑え込まれてしまっていた・・・



やつは鳥なんかじゃあない!押え込まれ、やつの足でつかまれたオレはそう思った。オレは必至でからだをくねらせた。何とかしなければ!幸いな事にオレのからだは雨に打たれてぬれていた。ヌルリとぬけ出たオレは屋根裏の隅の細いすき間へとすべり込んだ。

助かったが、しかし、やつの足のツメはするどく、オレの皮ふをひっかいていたのだ。ヒリヒリとからだ中に痛みが走っていた。(この時の痛みが、今回のミャーゴによって自切した尾っぽの痛みによく似ていたのだ。)

”そうか!こいつが夕方まるで我が者顔に空をとび回ってエサをとっているやつだったのか”

”それにしてもオレたちと似かよった場所がねぐらというのは知らなかった・・・こいつはちょっとやっかいな事になりそうだなぁ”

コウモリの武蔵!小ネコのミャーゴ!

どうやらこのうっとうしいやつらと何らかの糸でつながっているらしいが、はたして明日という日がオレにあるのだろうか・・・



その日屋根裏の隅の細いすき間からどのようにして脱出したのかオレはよく覚えていない。とにかく武蔵のやつとにらみ合いながら、長い時間が過ぎたのだけは記憶に残っている。

とにかくよほどイヤなみじめな思いをしたのだろう。人間界のえらい先生の話によれば、その人間にとって記憶というのは良かった事しか残らないそうだ。苦しい、つらい体験をしても、年月がたつとつらい部分は消えていつしかなつかしい事だけが残っているという。

きっとそうにちがいない。オレの頭からは脱出の部分だけがまったく消えているのだから。

武蔵の話題はこれくらいにしておこう。オレの自切した尾っぽはまたはえてくる(!?)のかどうか。その事の方が今のオレには大きな問題なのだ。

読者諸君は何とも感じていないだろうが、尾っぽがあるのとないのでは大きなちがいがある。

歩く、あるいは走るということからして尾っぽが重要なはたらきをしているのをきっと知らないだろう?



今まではバランスが取れていたのだ。一見意味なく動いているように思える尾っぽも実は作用、反作用の法則という科学的、物理的現象で大切な役割を果たしているのだ。

顔が西向けば尾も西を向く。また上を向けば尾も上を向く。ゆっくりと動作している時はさほど思わないが、す早く動く時ほど尾っぽが生み出す「バランス」なのだという事がわかるだろう。

そんなわけでオレは毎夜の食事にも不便さを感じるようになった。今までのように首を伸ばせば取れていたエサが今度は2~3歩つっこんでいかないと、オレの口がエサまで届かなくなってしまったのだ。

オレのウンチを知っているだろう?直径が2ミリほどで長さが1cmほどある円筒状フンなのだが、一晩に3~4個は出す。一匹の蚊の大きさと比べてみれば一晩の食事の量が想像してもらえると思うが、尾っぽバランスを失ったオレの苦労がわかってもらいたい。

そんな事も知らずに我が住居の主人である人間どもときたら・・・!



「あっ!尾っぽの切れたやもりがいるよ。何てぶさいくなやつなんだろうねお父さん。」

その夜もオレは必至で食事をしているというのに、この家の坊主ときたらやもりの気持ちも知らないでかってな事を言いやがる。

知らぬ顔をきめこんでパクついていたら何と!”ムカーッ!!”

殺虫剤のスプレーを持ち出して来やがった。

”プシューーッ”

あっという間にオレの周囲から蚊の姿が消え、玄関のタイル製のカベがスプレー液でベトベトに・・・

そして大事なオレのからだも――――――

「あれ?やもりはどうもないみたいだよ、お父さーん!」

玄関のドアごしに坊主がさけんでいやがる。オレは門灯の上に立ち、一気に坊主の顔面へ跳んでやった。

「ギャーーー!!」

なんとも表現の仕様のない叫びをあげて坊主は――――――



別にスプレーを吹きつけられようが、さほどオレの身体には影響はないが何といっても食事の内容物がどこかへと消えてしまっては、やもり権の侵害だ。

特に武器を持たないオレとしては相手の意表をついた行動に出るほかはない。坊主の叫び声をあとにすぐ様オレは前回ミャーゴの時に使った雨ドイの中へと走り込んだ。

と書けば、いかにもすばやく行動したかのように感じるかもしれないが、現実は不様なもので尾っぽバランスがないというだけで、充分に想像できるだろう?

まぁこの雨ドイの中にいればオレの生命も今は安心できる。このスプレー液に吹きつけられたオレのからだが少々イヤなにおいを発しているが、そのうちひと雨きて気持ち良くなることだろう。

”その時までガマンするか・・・”

突然、ガンガンガン・・と雨ドイを外からたたく音で内側にへばりついていたオレは落ちそうになった!

「あの坊主め。スプレーだけじゃあたらねぇってのか?」



ガンガンガン――――――と執拗に続く音と振動を無視せざるを得ないのは弱者としては当然の行為なのだ。

本来なら坊主の鼻柱にガブリッとかみついてやりたいが、そんなするどい歯もない。ふりかかった災難はじっと耐えるだけだ。

ようやく音と振動は去った。

何やら水がどうだとか、アミがどうだとか言ってやがるが、フン。その間にオレはここからぬけ出して、あとはひっそりとどこかのすき間で休んでいよう。と雨ドイをのぼって行った。

雨水の入り口、つまりオレにとっては上の出口へやって来て、首をのぞかせたオレは全身がゾクッとするようなしびれ感におそわれた!

コウモリの武蔵がベランダの所にぶら下がってこちらの動きをさぐっていやがったのだ。

「くそっ!」

オレは雨ドイを再び下り始めた。下の出口までやって来たオレはそこに妙なものを見た。



何やら虫とりアミのようなものが、雨ドイの出口にはめ込んである。これじゃあ出るに出られない!

上に武蔵、下には虫とりアミ。

一晩くらいなら雨ドイの中もいいかもね!と発想をあらためようとした時、雨ドイの上の方からドゥーッと水が流れ込んできた!

オレの足の吸盤など何の役にも立たずに、オレはさっさと虫とりアミの中へと流し込まれてしまった。

「やったぁ!」

何とこの坊主、おやじと協力してオレを捕まえようと手のこんだマネをしやがった。雨ドイの上に水道のホースをつっ込んで水を出し、下では虫とりアミでもって流れ出てきたオレを・・・

かくしてオレは、坊主の手中へと落ちてしまった。

オレはもうあきらめるしかないと思った。



この坊主のおやじと来たら何を考えているのかわからない。生命を大切にしよう!とか、弱い者いじめはやめよう!というように、子供に教えるつもりはないのか!

このオレの切れた尾っぽの所を釣り糸のようなものでしばり、そこへ魚でも釣るのか釣りバリをくくりつけたのだ。いよいよオレは何かを釣るためのエサにされるらしい。

やがて、本物の釣りザオがベランダの所にくくりつけられ、オレはそのサオ先から出された糸の端に釣りバリと一緒にぶら下げられた。

夏休みまであと4日だというのに、いよいよその日を待たずにオレの生命も終りそうだ。残念である。



風に吹かれて、ユラリ、ユラリ・・・と。

空に浮かんでいる気持ちというのはこんなにたよりないものなのか?

水に身体を流されたおかげで実にさっぱりして気持ちいい。これでおしまい!なんてぇ事になるのなら、まぁ、それでも良しとするか!

オレのからだにゾクッとするようなしびれ感覚がみまわれた。やつだ!コウモリの武蔵!

やつはオレの周囲をとび回りながら、あのイヤらしい目つきでニヤニヤっと・・・

そして今までオレは耳にしたことがなかったが、キィーッキィーッと鳴いているような声もする。

「おい小次郎!何てぇ様だい。」

「オレだって好きでこうしてるんじゃあねぇっ!」

オレはからだ全身で返事をした。それがやつを刺激したらしい。

やつの目が赤く燃え、大きく口を開いてオレをめがけてとんできた。



もうどうなってもいい!と思っていたはずなのに、オレの身体は全く別な反応を示し、やつのキバをさけるべく大きくのけぞった。時としてラッキィに結びつくのかもしれない。

武蔵の口は釣りバリに見事にガチッとかかったのだ。

それからのやつの動きといったら、オレは目が回ってどっちが上だか下だかわからない。やっと静かになった・・・と思って見れば、釣り糸にやつのマントがからまって、やつが動けなくなったのだった。

「フンッ、なんてぇ様だい。オレいっぴきが食えねえのか!」

どっちもどっちだとわかってはいたが、何かひとことぐらい言いたいってぇのがやもり気質だ。

もうひとこと!・・・と思った時。ベランダからこちらを見つめている冷たい視線に気が付いた。



「お前たちもバカな事をしたもんだ。」

とミャーゴはひややかに言った。そして、そろり、そろりと釣りザオの根元へと無音の足を伸ばす。

オレはミャーゴのやつもオレたちをねらっている事に気付いた。

生きる事がすべて!

オレは今までもういいとあきらめたつもりだったが、どうやら本能というのは生きる欲求であるらしい。

はげしい欲求の電流がオレのからだを走り回った。武蔵もミャーゴの動きを察したらしい。

「ギャーーォ・・」

釣りバリのかかった口からうなり声をほとばしらせながら再び狂ったように動きはじめた。ミャーゴは確実にサオ渡りを続行していた。

そろり、そろりとベランダから伸びた釣りザオを渡ってくる。やつが一歩近づくたびにオレと武蔵のからだが下へ沈む!

一歩、また一歩。そして下へ、また下へ・・・

玄関わきの生垣のてっぺん近くまでオレのからだが沈んできた。



ミャーゴのやつが釣りザオから跳びはねる瞬間、やつの重みがサオにかかった。その時、一瞬オレのからだが生垣のてっぺんの中にうずもれた。オレは何も考えず目の前にあった小枝にしがみついた。

ミャーゴの重さが解かれた釣りザオはその反発力を充分に発揮し、アッという間にはね上がった。

武蔵はベランダのさらに上までひきずられて上っている。

オレは? ”ピッ” という音とともにオレのほとんどない切れた尾っぽに結びつけてあったナイロン製つり糸がはずれ、オレは小枝に残っていた。

ミャーゴは? やつは計算が狂って生垣をこえ、道路上にとびおりていた。

「ニャーオ!」 「ギャーッ!」

ミャーゴと武蔵の鳴き声を聞きながらオレは自分の身体が有りん目である事に感謝していた。

ウロコがナイロン糸をすべらせたのだ。

オレは生きている! そう思ったとたんにオレの腹が 〝ググーッ” となった。



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