表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影を繰り  作者: まぐろしすてむ
一章 夢現の住人
3/12

「第二幕:夢幻」

今回からいよいよ本題へ。ちょっと長いかも?

 「四条先輩!今からお帰りですか?」


 ふと、声をかけられた。

 今ではすっかりお馴染みとなったいつも通りの挨拶に、引っ張られるように振り返る。そこには、肩までかかる位の黒髪をサラリとなびかせた、お馴染みの顔があった。


 「おう、永倉。お前も今帰り?」

 「はい、ちょうど。ご一緒してもいいですか?」

 

 ああ。と勢いで返し、二人で並んで歩き始める。

 ここまでのやりとりは、実を言うと殆ど毎回一緒に返る際の決まり文句である。

 けれども俺たちはどういうわけか、毎回とも繰り返されるこのやりとりを挨拶の延長線上に置いておく事に、よくわからない安心感を抱いていたりするのだった。


 まぁ、実はそう思っているのは俺のほうだけなのかも知れないが。

 いちいち確認するなんて恥ずかしくってできっこないし、する必要だって無いはずだ。


 ――――む。何だ。


 ――――何だか改めて考えたらもの凄く恥ずかしいぞこれ。やめだ、やめやめ。


 離れていく校舎の隙間から指す夕日は、この勝手に赤面する俺の哀れな顔をちゃんとごまかしてくれてるだろうか。


 

 特に会話も無い中進んでいた足は、商店街にさしかかる横断歩道の前で止まった。

 今なら知り合いも多い商店街へ少し立ち寄って、買い食いなんてするのも悪くない時間だ。


 ――が、今はそうする訳にはいかない。

 今夜、本当にこの町でも何かが噂の域を踏み越えて起きるのだとすれば。

 悪い予感を信じてまで、自ら行動に出るのだとしたら。


 この子――永倉涼香だけは、関わらせる訳にはいかない。


 「先輩?」


 「ん、どうした?」


 まさか何か悟られてはいないだろうか。

 考え込んだりするとすぐ顔に出る(らしい)俺に対し、この子は昔から何かと勘がいいところがある。言ってしまえば、こういう時の永倉はもう天敵といっても過言ではない――――。




 「今更ですけど、先輩はどうしていつも、私に帰り道で会うたびに偶然を装うんですか?」


 「ぶふぉあっっっっっっっ!!!?」



 

 ……?????

 おかしい。

 おかしいぞ。何だって今そんな話が出てくるんだ!?

 でもって、何で俺はそれがおかしいだなんて思ってるんだ???ソモソモ?



 「あっははははははは!いや先輩驚きすぎ…あっはははは!」

 「ゲッホゲッホ…うぇぁっ、いやなんつーか、突然だったから…。ははは。」


 いたずらで魂を鼻から引き抜かれ、すかさず口から戻されたら綺麗にすっぽりはまりましたみたいな、独特な悪寒と出所不明な悲しみを感じる。アラ、奥様ったら寿命縮みました?


 「すみません、なんだかずっと元気なさそうだったから。ついつい意地悪したくなっちゃって。」

 「ああ…えと、ありがと。」

 「今日そうでもなかったですか?私のお弁当。」


 いや、攻撃力の高いジョークに続いて今度は何を言い出すのか。


 「そんなわけあるか。あんなに時間かけていろいろ丁寧に作ったってのにさ。卵焼きなんか、一茶や幸樹だって…」


 …あ。


 「待ってくれ、卵焼きは俺もちゃんと…」

 「ふふふふっ。」

 「え…?」

 「大丈夫ですよ。しっかり残さず食べてくれたみたいですし、お友達とも盛り上がってくれたみたいで嬉しいですから。四条先輩、楽しそうな顔に戻りましたし。」

 「…………っ。」


 ひとつ年下の後輩から発せられているとは到底思えない、お母さんのような慈愛に満ちたセリフ。

 まずい。さっきよりも赤くなっていないだろうか。


 「それで?さっきは何を考えていたんですか?」

 「あぁ。ほら、風紀委員の中で委員長が一番集まり悪いのもいい加減まずいよなって話になっててさ。いつあのノラネコ委員長に話を付けてやろうかと…日頃の愚痴も添えてさ。」


 「――――ふぅん?」


 あながち間違いではない話だ。違うところがあるとすれば、話し合いは昼休みに完結、あのノラネコには本物の猫に人語を教えてけしかけても話にならないだろうという結論が出た事くらいだ。


 平和的なウソをついたことで、内側に再びこみ上げかけているモノを逃がすように、信号が青に変わってくれる。

 その後も他愛のない話を続けながら、永倉とは俺の家の前で別れた。






 時計の針が十時を回り、一階の某時計がゴンゴンと響く。

 その音が小さくこだましてくるこの自室は家の二階であり、一階では小さな雑貨屋が営まれている――――ようであった。

 

 京都府倉間市三船山町。この町には、死んだ叔父からとある「家督」を継ぐために来た。

 随分前から両親もバラバラに住んでいるような俺にとって、自身も切り離されてこの土地へ来たこと自体は余り意味があるものではない。「別にみんなどこかしらにに居る」という感覚が極端に広いのだろう。

 そんなわけで、突然なじみが深いわけでもない爺さんと二人きりにされても、特に不安もなくこの約二年間を過ごして来れた。

 まぁ、神奈川に居た頃から割と頻繁にこちらへ遊びに来ていたことも大きいとは思うが。


 

 ――さて、そうこうしている内に準備は整った。

 何もない夜を歩き、昼間の笑い話を立証させるというおバカな企画の始まりである。

 ふと思い立って靴紐を締め直し、月明かりを頼りに歩き出した――















 ――――ところからまだ数歩の段階で、脚が文字通り動かなくなる。


 

 「――――――――――――!!!!!」



 痛烈な、とてつもない冷たさを伴った死の気配。ここから先へ進むな。戻れ。全身が警告する。


 「……はッ、笑えねぇ。」


 久々に感じたその生々しい感触に、否定しがたい、僅かながらの高揚感。

 心までもガタつかせる全身の防衛本能を黙らせるのに、そのほかに必要なモノは要らなかった。


 一秒前の自分を抹殺し続けながら歩き出す。

 

 向かう先はこの気配の奥の奥。淀み、腐敗した空気は、渦を巻いていた。


 今は考えることを押しのけてでも、進む。あとはどうでもいいことだ。


 

 中心へ辿り着く。

 肌が神経を先行して伝えてくるほど、鋭く。冷たく。死の気配は確かに、そこへ集まっていた。




 年端もいかないように見える、二人組の少年と少女に。

 二人、というより二人組だ。最初からそうなるべくしてそうなったような、なんの感情もない繋がりが、彼らの間を堅く繋ぐ。二人として動いてはいるが、それらは本来のカタチとしては一つのモノに思えてならない。


 「ねぇ、アダム?このひとだあれ?どうして、私たちが見つかっちゃったの?」

 「イヴ、おはなしはちゃんと聞いていなきゃダメじゃあないか。忘れたのかい?」

 「わからないわ。ねぇおしえて?だれなの?いじわるしないで…。」

 「仕方ないなぁ。だから、このひとは『園長先生』の…。」


 「敵ね!!!!!!!」


 時間にしておよそ一秒もなかっただろう。この少女は、少年の意志を手に取るように理解した刹那、言葉としてそれを聞く前に敵意を向けてきた。

 その底なしの禍々しい感情に反応するように、頭上から大きな肢体をうねらせた何かが、殺意の渦からカタチを成して襲いかかる――!。


 「…まずい!!!」


 冷静さを失わぬように、体には込められるだけ力を込め後ろへ飛び退く。


 直後、アスファルトは乾いた音を立てて砕け散った。殆ど勘だった。


 明確な殺意を体現する、明確な殺意に動かされたこの力は――。


 「………魔術師。」


 ここには現れないとされた存在の名を口にする。


 「なぁに?園長先生のこと?それともわたしのこと?」

 「イヴ、退こう。きみはいっつもべらべら喋りすぎだ。もう蛇まで見せてしまった。」

 「…蛇?今のは…蛇だったのか。」

 「あれ?」

 「あ~!なによアダム!あなたもおなじあなのムジナじゃない!!」

 「ちっ…何だよ。ああそうさ、醜悪で獰猛な蛇だともさ!!!」


 再び現れたそれは、今度こそ確かに蛇だった。

 そして今度こそ、何もしなければ殺される。その確信があった。


 「くっ…!」


 しかしこちらもそう易々と殺されるわけには行かない。

 半ば間に合わない事も覚悟しつつ、教えられたように神経を研ぎ澄ます――――




 「…え?」



 いない。クソ、目くらましだ。どうやら逃げることを優先したらしい。

 だが安心もしていられない。この町は紛れもなく異常だという事実が発覚したのだ。それならば、やるべき事は一つだ――。


 「きゃあああああああ!!!」

 「っ!!!ウソだろ、逃げたんじゃねーのかよ!!」


 声の主に勝手に体が共感し、縦横無尽に背中を悪寒が走る。

 動け動けと体をせかしながら、数十秒とかからずに声の主へとたどり着く。


 「おい!どこだ!!」

 「むぐ…ギ…。」


 叫んだ声の主―おそらくは女の―はすでに完全に具現化した蛇に飲み込まれ、右手を残すのみとなっていた。ばたつかせていた手はみるみるうちに力を失い、見えなくなる。

 代わりに無機質な大蛇と視線が交差した。次はお前だ、とでも言われているような目つき。


 だが、目的がハッキリした以上もはや言葉は必要ない。こちらにも、お前を狩れるだけの手段が、力が、無いわけではない。




 「やれるかどうかなんて…考えてられれば良かったけどな。」




 呼吸を整える。普通を象る自分から逸脱した、零れ落ちた影を起こす。




 これは、得るのではなく繋ぐことで、その力を振るう。




 目に見えるもの




 肌で感じ得るもの




 そのことごとくに眠り、そのことごとくを取り巻く全てを、この身へ至る脈へと変換する。




そうして広がるのは海。影の陰にいたそれが、足元から拡散した。




 「ここに――第八角の名をもって顕現せよ。

     その海は、我が影を以て万象を成す。」




 大蛇の果てしなく大きな顎が迫る。この空の下を、己の力一つで蹂躙し尽くすに足るその存在は、何より暗い瞳を携えて獲物を狩る邪悪そのものだ。



 この夜で一番、この夜よりも暗い大蛇。その眼は最も暗いが故に、全ての取るに足らない暗がりを見通す事で獲物を狩る。自分より夜が視える者はここにはいない。という前提において覇を成す魔眼を有していた。

 しかし、闇から出で、たちまち空間を飲み込み始めたそれは、空間を共有していたその眼にも影を落としてみせる――――。



 「――――!!?」



 大蛇の動きが止まる。大蛇の目に、見えるはずの無い光景が映ったのだ。



 ――それはこの夜から出でて、夜よりも暗き影の海。――



 何よりも暗くあって暗きを制した大蛇の眼前に見えたのは、

 その他大勢と変わらない、軟弱な暗がりが染み出す光景。しかし。



 ――何よりも暗くなった虚ろな空間は、あらゆる光を奪い去り、暗く、昏く染め上げる。――



塗りつぶされいったものが、見えない。何も見えないという光景が広がっていく。


「それ」がこの眼よりも暗いというのか。もはや自分より明るいものは、見えるべきものは、どこにも見えない。


 明暗とは常に二極。これで大蛇は唯一無二の、この夜で最も「輝きを持つ」存在へと反転した。




 「これで光点はひとつ。そのまま飲み込むが、悪く思うなよ。」


やっとスペック解放です。次回はもう少しハデにいきたい…

要するにめつぶし。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ