「第十一幕︰破綻」
寒いっすね。
コタツ入ってると何書いてたかよく忘れます。
激情によって沸騰した血液たちが大きくうねり、体内を駆け回る。
引き金を引いた意識と身体はとうに断裂した。
今やこの身は、ひとつの目的を機械的にこなすだけに存在する。
その姿を見て、それと相対した男は生まれて初めての高揚感に包まれていた。
「……っくくく、いいですねぇ!僕が一生掛かっても作れない、そんな気迫を感じるよ!」
「ぉぉぉああああああああああ!!!」
昏さを増した周囲の影が、より一層勢いを増して拡散した。
同時にその形も、それまでのさらさらとした水のようなものから、コールタールを思い起こさせるドロドロとした粘性を伴うモノへ変貌していく。
決まったカタチを成さぬまま、乱暴に攻撃性を付与した影がアダムへと迫る。軌道も最終的な規模も予測不可能な攻撃を、余裕を持って跳躍して避ける。
しかし、攻撃はそれで終わらなかった。影は空中に投げ出されたアダムの身体へ吸い込まれるように滑らかに、更なる追撃を仕掛けていった。
「…へぇ。」
しかし、アダムも考えなしに飛んだ訳では無い。追撃を予想し、一度目の攻撃はすぐに着地できる高さを確保していた。
「うおぉぉぉおおおおぉォォオオオオァ!!!」
コンマ数秒の差で、アダムの踏切りと影の追撃が同じ地面を穿つ。
十分な距離を保って更に遠くで着地したアダムは、しかし、苦痛に顔を歪めていた。
「く、ふふ…おいおい…どうして今ので、腕がもってかれるんだ…?」
肩口から止めどなく噴き出す鮮血。みるみるうちに広がる血だまり。それらは、明確に今の一瞬で影が彼の左腕を奪い去ったことを証明していた。
全く以て意味不明な状況に、彼の思考は恐怖によって埋め尽くされていく。そこに静まる気配の無い高揚感がない交ぜになることで、彼は狂った笑いを止められなくなっていた。
それでも、四条智晴の進撃は止まってくれない。今はようやく動きを止めたが、それも恐らくこの数秒間の話にすぎない。
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!!!」
「これは…グズグズやってたらホントにやられちゃうなぁ…。ん?」
少し離れて様子をうかがっていたもう一人の影使いが、警戒しながらドス黒い影へと迫っていく。あの女だ。
それに反応したことで、ほんの一瞬奴の注意が逸れた。まとめて仕留めるなら、今だ。
「仕方ない、魔力は使いまくるけど、折角戦闘用にして貰った訳だしね…!!」
「――――ッッ!!!」
タイミングを逃さずに詠唱に入る。
刹那、地面はその中へ敵を迎え入れるように大きく割れ、常軌を逸した規模の亀裂を作り出した。
これなら魔術を吸収できても関係ない。咄嗟に捕まる場所を確保できずに、巨大な影はは真下へと落ちて行くのみとなった。
「だがまだだ。こんなもんじゃ無いんでしょ、イヴをやった影使いは!!」
懐から空中へ無数の鉄棒をバラ撒く。20本に及ぶ棒は空中で動きを止めると、地面の亀裂へ向け一斉に整列した。
アダムが出した右手の合図により、それらが高速で一斉に放たれる。空気摩擦によって炎をも宿した攻撃は、視認できる限界を超えて獲物を一閃する――――――!
落雷の如き追い打ちが炸裂し、地割れ跡からは大きな煙が立ち込めている。
何処かへ逃げ出すような動きは見えなかった。確実に命中したと判断するには十分な光景だ。
「相殺か何か仕掛けてくるかと思ってたけど。まぁ、アレだけ理性を失ってたら難しい話だったかな。」
とはいえ、こちらも対抗出来なさそうな魔術を行使するために相当量の魔力を消費した。もう身体の維持に回す分の魔力しか残っていない中、あそこから這い出てきたりでもされたら厄介だ。
攻撃用に改修されたという身体だが、ホムンクルスの自分がここまでの魔術を扱えただけでも驚きだ。
ここから更に改修を重ねれば、いつかは先生も驚かせられる様な――――。
「難しい話だろ。限界なんてとうに超えてるんだ。」
反射的に振り向こうとした動作へと、神経ごと封じられているかように移行できない。見下ろすと、自分の胸からはあの黒い塊が突き出ていた。
「く――――――――そ―――――――――――――どう、やって――――――!」
「影踏み成功だ。お前だけは、ここから絶対に逃がさない。」
どういう事だ、一体何が起きている!?
焦りは恐怖へ直結し、かつてない悪寒に感情が揺さぶられる。
「待て、やめろ、おい、やめろやめろやめろやめろやめ――――――――!!」
「貫け…!」
水風船が割られたように、体内から無数の影が飛び出てて溢れ出した。
『子供達』同様に生命維持を魔力によって行っていた彼の命も、例外なく体内に駆け巡った影によって蹂躙されていく。
その最期も彼らと同じように、一瞬の断末魔も無いままに過ぎていった。
「ハァ…………ハァ…………………うっ――――――!!」
込み上げてきたのは疲れではなく、底無しの嫌悪感と罪の意識。
それを一時的にでも忘れたくて、すがるように胃の中の物と共に吐き出した。
しかしそれでも、心の影は少しも外へと消えてはくれなかった。
この戦いが始まってから、限りを知らず蓄積しては絶えず心を締め付け続けているモノ。
自分の事ばかりで大切なものを何ひとつ守れず、出来ることは敵と同じく壊す事だけ。何よりも暴力に支配された自分自身を剥き出しにしていくこの戦いは、確実にこれまでの決意の甘さを罪悪感と共に責め立ててくる。
「これは、キツいな…。」
「先輩…。」
先程自分の影に暴走する俺を逃がして、なおかつ取り乱した俺を必死で鎮めてくれた涼香。その表情は俺をいたわる反面、この後に待つ最後の戦いへと向けて鼓舞せよといった意志を感じるものだった。
力量でも俺に勝る彼女は、間違いなく俺の前を歩き続けていい存在だ。しかし、彼女はいつだって身の丈に合わないだろう俺なんかに足並みを揃えて歩いてくれる。今もこうして。
「先輩、覚えてますか?潰れる寸前だった永倉家が四条家の庇護を受けて、先輩に私が初めてあった日。」
「…ああ。覚えてるよ、今と全然違って、涼香はかなりの引っ込み思案だったよな?」
「ふふ……もう、そこはいいんです。でも確かにあの頃は前も後ろも分からない様な気持ちになってて。わたし、これからどうなっちゃうんだろう?わたし、どうやって生きていったらいいんだろう?って、漠然とした不安に駆られてたんです。」
初めて聞いた話だった。どちらかと言うと今の印象が強くて、昔の印象といえば少しモジモジしてたなといった程度の薄いものだった。
「でも先輩が、ずっと屋敷の隅で一人でいた私にずっとかまってくれてて、少しずつ新しい環境にも慣れるようになれたんです。先輩はまだ、あの頃はちょくちょくココからは離れちゃってたから、それからはたまにしか会えなかったですけれど。」
「そうだな…実を言うと、俺も少し不安だったんだけどな。見知らぬ大人がわんさか押しかけては馴れ馴れしくしてくるし。」
「あはははっ、そうそう!…それでね、先輩、帰る時はいつも言ってくれたんです。涼香がひとりでも頑張ってるって事は俺が保証する、涼香がどこにも進めなくなった時は、俺がどこまでも連れて行ってあげる、って。」
「………ばっ、おま、なんで今そんな話するかな…全く……!」
少し前の体の重さなど飛んでいったようにあたふたと反応してしまう。
何より恥ずかしいのは、俺自身が未だにそれをハッキリ覚えている事だ。
「今だからするんですよ。………………今、だから…。」
さっきまで楽しげだった涼香の声には嗚咽が混じっていた。
咄嗟に、足以外に力の入っていなかった彼女の身体をそっと抱きしめる。
春代さんの顔が脳裏に焼き付いて、気付けば涙が止まらなくなっていた。
「わたしね、また、わかんなくなっちゃってるんです。進まなきゃいけないのに、どこへ向かったらいいのか、どうやって向かってたのか……また、わかんなくなっちゃったんです。先輩だって辛いのに、わたしが、ちゃんとしなくちゃいけないのに…………………!」
「涼香。」
「うっ…っうう…!」
「涼香、ここからは俺に任せてくれ。むしろ今までしっかりてなかったのは、俺の方だ。だから、これまでの恩をきみに返したい。」
「先輩…?」
彼女の歩みを止めないためにも、ここではまだ止まれない。
何よりあの魔術師の目的が本堂の言った通りに進んでいるのなら、この攻撃は間違いなく俺達を排除するためだけに用意されたものだ。
俺自身が終止符を打たなくては、この地獄は終わってくれない。
それが俺の歩みの終わりを意味したとしても、それでいい。
元より俺は、自分自身のの歩みなど、自覚した覚えすら無いのだから。
次回は園長先生との邂逅です。………面談?()