「第十幕:戦うもの」
話数ってただナンバリング並べてもズルズルしますね。
次回ではもっとサクッと振り分けるようにせねば…
悪夢が形を為したかの様な、大量の異形が迫る。
その姿は人でありながら既に人ではなく、
冷たさには冷たさを持って答えろとばかりに、彼らは無感情な刃を突き立てようと迫ってきた。
「………。」
出来るのか、俺に。
既に手遅れなのはわかっている。
その人間らしい生き方すら奪われた彼らから放たれる冷たい狂気に答えてしまうという事は、即ち彼らが生きた、生きていた証明すら否定し、抹消する事になる。
大切な今を守るために振るわんとしていた腕が、
他でもない「今」の残滓に蝕まれて、震えていた。
「俺は…………俺は……っ……!」
そんな俺の手を、
「それでいいんですよ、四条先輩。」
そっと、包むように握る両の手があった。
あれだけ遠ざけようと考えていたのに傷付けてしまった。彼女もまた、今の俺が引きずっている取りこぼした後悔のひとつだ。
「涼香、どうして……?」
「先輩。先輩の願いの為にも、あの子たちの過去の為にも。
ここで、静かに終わらせてあげましょう?」
それは悲しい願いだ。
かつて俺がそうしたように、
他ならぬ涼香自身が、全ての罪を己ひとつで被ろうとしている。
俺が押しつぶされそうになった様を見てもなお、いや、見たからこそ、
それらを一手に引き受けて、自分の未来は捨てると言っている。
「先輩は、もう。」
「涼香。俺にも、やらせてくれ。」
もっとも始めに灯された使命感が、再びエンジンとなった。
悪夢は断ち切らなければ意味が無い。
見えないものは見えない。それでも、今はやるしかない―――――!
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
異形は20メートルもない距離まで接近していた。
「涼香、身体はもう大丈夫か?」
「…はい、特に深い傷もありませんでしたから。何時でもいけます!」
「よし…………行くぞ!!」
内側から勢いよく噴き出すように影が弾け、拡散する。
あれ程自分とは違うと思っていた涼香の影は、その境界で驚く程に俺の影と溶け合っているような気がした。
射抜く。押し流す。絡め取る。
変幻自在に、その形をを確定させずに振るう影は、異形たちの歩みをばらばらに塞き止め、暗黒へと誘っていく。
しかしその姿は月明かりの造る影より遥かに暗く、捉えることは叶わない。
空間の狭間に挟まれ引きずり込まれる様に、異形たちの姿は消えた。
「ハァ……ハァ…。何とか、なったか。」
「ええ、何とか。お疲れ様です。」
「そうか………………………待て、奴らは何処だ?」
姿と殺気を変貌させ、まるで別人のような姿を見せた双子が居ない。
今の所どのような変化があったのかは未知数。だが、奴が一番危険なのに間違いはない。
「智晴!」
背後からする筈のない人物の声がした気がして、即座に振り返る。
そこには数人の人々と共に、原塚春代の姿があった。
つまり、まずい事になった。
「春代さん!!逃げろ!!!」
全速力で坂を駆け下りる。が…
「遅〜〜〜〜い。」
瞬きした次の瞬間、視界には背後から春代さんを拘束したアダムが映る。
仮面のような笑みを浮かべる彼に気を取られ、背後への注意が鈍った。
双子の片割れが、これを逃すこと無く頭上に現れる。音はなく、殺気だけがその行動と意味を伝えてくる。
首筋を狙われたと感じた途端、涼香がイヴへと身体をぶつけた。そのまま二人で坂を転がり落ちる。
しかし、気遣う事も許されない。目の前には、以前不敵な笑みを薄く浮かべるアダムの姿がある。
「……うっ!」
春代さんの首筋に、アダムが探るように指を埋めていく。
「へぇ…アナタもなかなか興味深い因子をお持ちのようだ…あの少女については失敗したが、これは園長先生もお喜びになるかも知れないね…。」
「……フッ、こんなババア今更モルモットにして何になるって言うんだィ?あたしゃホルマリンの中でも骨さえ残さず溶けちまうよ?」
「それはますます興味深い。楽しい研究になりそうだ。」
ダメだ、全く持って隙がない。
春代さんと共に居た人々もさらに背後で殺気立っている。そろそろ、何とかしなければ……。
「さて、四条智晴。僕達は、君達を殺すための『改修』を受けて戻ってきた。易々と隙を突こうなどと考えない方がいい。」
「クソ…っ。」
「それでだ。今僕はこの邪魔な人間たちを一思いに殺してやろうと思ってた訳だけど、なかなか面白い素材に出会えた。
この女を僕によこしてくれるなら、僕に関しては君達に関わる『フリ』をしてやらんでもない。意味分かる?園長先生を唯一倒せる君を、少なくとも僕は見逃してやろうって言ってるんだ。」
「ふざけるな。お前とあのイヴってのが二人で一つなのはよく分かってる。お前がイヴと別行動を取るなんて有り得ない。」
殆どは勘だ。しかし、そこには根拠を通り越した確信があった。
「うんうん。イヴが聞いたら喜びそうなセリフだね。
はぁ。でも僕ならともかく、本当はイヴは僕より遥かに好き勝手やりかねない存在なんだぞ?なんてったって彼女は僕より強――――――――――。」
お互いの間合いに生えていた大木の幹に、何かが回転しながら勢い良くぶつかり、どちゃりという湿った音を立てて落ちた。
「イ――――――――――――ヴ――――?」
それはもどもぞと動きアダムの方を向くと、声にならない声をあげようとする。次の瞬間、声を遮るように棒状の黒い塊が横からその身体を突き刺した。その影に杭を打たれたように、再び大木を打つ身体が揺れた。
少し遅れて、涼香が慎重に坂を上がり戻ってきた。
「これで後はお前一人だ。まだ死にたくなきゃ、その人を――――――。」
「人扱いするなよ。僕は、所詮人を殺すための人形だともさ。」
独り言の様にそう呟いた時――――――――――――
視界の全てが、血みどろの現実を映し出した。
「え――――――――――――――――。」
「はる――――よ――さ――――――――みんな――――――。」
背後で急襲の機会を伺っていた四人。
その全ての友人を導いた春代さん。
彼らの身体のことごとくが瞬時に切り刻まれて、血飛沫を上げながら地面へと転がった。何に切られたかも分からぬまま、一瞬のうちに。
切られなかった老人達が悲鳴を上げた。
「ふ…ふふ……。コレが僕だ。そうだ、そうだったじゃあないか。何を長いこと回り道なんてしていたのだろうなぁ……ふふふ、ふ。」
「…殺す。」
「えぇ?」
「殺す。殺す…殺すころすコロス殺す…!!」
血液が沸騰した。自我と呼べる意識は全てブラックアウトする。
代わりに人間としての純粋な殺人衝動がひとりでに意識へと再接続した時、そこに四条智晴を四条智晴たらしめていたものは、一つとして不要だった。
姿勢を落としてアダムへと突進する。
ただ、破壊すべきものに対して破壊を尽くすだけの道理なき戦い。
激情はその影さえも昏く、濃く、四条智晴としての彼の中には存在しえなかった、名前の無い色へと染めあげていく――――――。
このまま予定通りなら十五幕で終われそうです。
時間あるよって方、ぜひとも初めから!