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ことわざ君  作者: 佐藤
7/8

雨の降る日は天気が悪い

 次の日の放課後、俺達は再び屋上に集まりました。


 運良く空には、梅雨時期の短い晴れ間が広がっていて、

「このチャンスを逃してはいけない」と誰かに背中を押されて

いるような気がしました。俺達は並んで手摺に寄りかかり、

遠くの景色を眺めながら、昨日マクドナルドで話し合ったことを

もう一度、確認しました。


俺の右隣で話すことわざ君「『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』

C君を大将とするなら、まずは周囲のA君、B君から討つのが定石じゃ。

そして、『兵は神速を貴ぶ』、恐れず一気に畳みかけようぞ。

昨日、ヤンキー君がA君とB君、どちらが早く片が付きそうか

調べておくと話しておったな」


俺の左隣で頷くヤンキー君「うん。七光高校の友達とかに、

こっそり色々、聞いておいたよ」


 ヤンキー君が語った内容には、七光高校での3人の近況も

含まれていました。どうやらC君達3人は別々のクラスになり、

既にエリート揃いのコシヒカリ高校では、それほど目立つ存在では

ないということでした。しかし、サッカー部のA君は練習をさぼることは

しない努力家で、いつも明るく、チームのムードメーカーとして周囲の

評判が良いこと。B君は真面目で成績は上の中、そして授業中もよく発言を

して、先生受けが良いこと。そしてC君は、生徒会に所属してはいるが、

クラスの学級委員長は別の男子生徒に決まり、入学してからは

その男子生徒と仲が良く、行動を共にしている、という話でした。


そっと尋ねることわざ君「俺君、大丈夫か?」


 ことわざ君に心配されて、俺はなんとか「大丈夫」と頷きました。

現在も変わることのないC君達の巧妙な身の振り方に気分が悪くなり、

嫌な汗を拭います。それでも、僕を助けようとしてくれている2人に

失望されたくなくて、ぐっと前を向くと、ヤンキー君が頷きました。


話を続けるヤンキー君「僕の印象だと、先に決着をつけたいのはA君だね。

彼は、学校の友達やサッカー部の仲間が多いから、気づかれて根回し

されると厄介だなあって思うんだ。それに、A君はどうやら、最近

上手くいってないみたい。まあ、ここからは、A君を直接知っている

人から聞いた方がいいよね」


 そう言ってヤンキー君は、俺に「大丈夫だよ」と微笑みました。


説明するヤンキー君「俺君、外堀からどんどん埋めていこう。

メールだとちゃんと伝わらないかもしれないし、僕がこれから、

信用できる友達を集めるよ」


(…今までのことも話さないといけないか…)


 不安から、顔を逸らします。A君を知っている人と対面する、

しかも、自分の暗い過去も話さなければならない。そう思うと、

周囲の雨がざあっと一気に音を立てました。土砂降りの雨で、

頭上の傘がグラグラと揺れます。それでも、雨の中でヤンキー君は

真っ直ぐ、俺を見つめているのが分かりました。


穏やかに話を続けるヤンキー君「…それが俺君にとって、すごく辛いこと

だって、分かっているんだ。ずっと俺君の優しさで、誰の目にも

触れないように守ってきたことなのに、急にたくさんの人に話を

しなくちゃいけないのは、すごく苦しいことだって分かっている。


…でも、ごめんね。僕には、当事者の俺君の口から語って、周りを

動かすことが、今すぐできる、最も効果がある方法だなあって思ったから。


…僕は、絶対に俺君を助けたい。C君達に、もうこれ以上勝手なこと

させたくないんだよ。これは僕のわがままかもしれないけれど、

俺君には、僕のことを信じてほしいんだ」


 ヤンキー君のことを信じていない訳じゃない。

けれど、2人に全てを打ち明けたのは、つい昨日のこと。こんなにも早く

話が進んで、正直、心の準備ができていませんでした。ヤンキー君のことを

信じている気持ちはもちろんあります。けれど、明確な悪意を持って

傷つけようとする存在に立ち向かい、対決を挑むのだという実感に、

情けないけれど、足がすくんでしまいました。恐怖を感じれば感じるほど、

雨が「何も考えるな」と、うるさく音を立てて落ちてきます。


ふと、話を始めることわざ君「…なあ俺君、『信あれば徳あり』って

あるんじゃが、吾輩、結構このことわざを気に入っているんじゃ。


…これは、神仏を信仰する心があればご利益があるという意味なんじゃが、

単純なように見えて、奥が深い」


 俺とヤンキー君は、ことわざ君を見つめました。

いつもと変わらない、揺らぐことのない彼の話し方を耳にすると、

俺の周りで激しく降っていた雨が、少しだけ和らいだ気がしました。


説明することわざ君「吾輩達は、神というよく分からん存在を信じて、

誰も見ていないのに善行を積んだり、悪事を避けたりするものじゃ。

それは、神が人それぞれの心に存在することで、ようやく成立し、

第三者視点のような役割を果たしているからだと思うんじゃ。


きっと人は、自分が正しいことをしておると強く信じている時ほど、

その心には迷いが生まれないものなんじゃなあ。


…C君達の神は、彼ら自身を飲み込んでしまったのかもしれん。

誰かの気持ちも、誰かの正しさも、誰かの神も、自分自身が

神になってしまったC君達には響かん。自分が神なら、

何も怖くないからじゃ。


そんな危ういやつらに勝つためには、俺君自身が、強く勝利を

信じねばならん。迷いに足元をすくわれてたまるか。


『目は口ほどに物を言う』!!!

吾輩はいつも大事なことを決める時は、相手の目を見る!

ヤンキー君の瞳を見るに、ヤンキー君の神は、信用に足るぞ。

大丈夫じゃ、失敗なんて、吾輩がさせん」


 そう言って、ことわざ君は快活に笑いました。

ことわざ君の後押しに、ヤンキー君は笑顔になって、

爽やかな口笛を吹きました。


 まるで映画の中のような、夢のように鮮やかな一瞬でした。

2人がくれた傘が無ければ、この場面には絶対に立ち会うことは

できなかったのだと思うと、激しい感情が沸き上がりました。

覚悟を決めた俺は、唾をのみ込み、頷きます。


「…分かった、信じるよ」


 俺の言葉にヤンキー君は頷き、ケータイを取り出すと、

すぐにどこかへ電話を掛けました。


電話するヤンキー君「あ、サトル君久しぶり、ごめんね急に。

これからサッカー部は練習だよね。ちょっと相談があって。

うん、割と今すぐ。あはは、うん、ありがとう。今日さ、部活が

終わったら、少しだけ会って話せないかな。他の人も

呼んでほしいんだ。そう、こっそりとね、サトル君、そういうの

上手いから。うん、周りにはバレないように、同じ野球部のフジ君、

あと、マネージャーのりよちゃんも連れてきて。もし無理そうだったら

大丈夫。駅前のマクドで待ってるから。うん、ありがとう。じゃあまた」


 電話を切ると、ヤンキー君は再び、話し始めます。


俺達に説明するヤンキー君「七光高校のサッカー部に、何人か友達が

いるんだ。今、電話で話していたのはサトル君。あとはフジ君、

マネージャーのりよちゃん。みんな僕達と同じ1年生だよ。

サトル君なら、違和感なく2人を連れて来てくれるから大丈夫。

練習が終わってからだと、9時には来るかな。集まってくれた人達と

話をしてから、また作戦を考えよう」


 展開のスピード感に、俺があっけにとられていると、

ヤンキー君は「マクドに早めに行って、良い席を取っておこう」と、

微笑みました。


 世界のどこかにいる誰かを探す時、友達の、さらに友達に尋ねることを

たった6回繰り返せば、探していた誰かを見つけることができると

聞いたことがあります。もし俺が、その誰かのことを知っていそうな

友達を紹介してほしいと言われたら、真っ先にヤンキー君を教えてあげよう、

そう思える出来事でした。彼の交際範囲の広さと、核心まで一気に距離を

詰めるその姿に、「友達は多い方がいい」という言葉の、本当の意味を

理解した気がしました。


ことわざ君「…マクドナルドは『マクド』とも呼ぶのか、

ずっと『マック』じゃと思っておったが…」


 首を傾げることわざ君に、ヤンキー君は「関西は『マクド』って

呼ぶ派が多いんだ、僕、小さい頃は関西に住んでいたから」と

答えると、ことわざ君は「ほー」と、感心した様子を見せました。


 俺達は笑って、今日はハッピーセットの人生ゲームを買おうと

話しながら、夕暮れの街を歩きました。もし今、C君達に見つかっても、

逃げるつもりはありませんでした。

 怖くないと言ったら嘘になりますが、恐れていたら決して戦うことは

できないから、もうチャンスは訪れないだろうから。俺は夕陽に美しく

照らされた、頭上の傘を見つめながら、「絶対に勝つ、絶対に守る」と、

自分の神様に誓いました。


 ことわざ君、ヤンキー君とマックを食べながら、今後について作戦を

練ったり、お互いのことを話したり、冗談を言い合ったりしていると、

あっという間に時計は9時を指して、約束の3人がやって来ました。


席を案内するヤンキー君「来てくれてありがとう」


 真っ先にヤンキー君が立ち上がり、3人に微笑みました。

そしてお互いの自己紹介が終わると、俺達6人は、さっそく話し合いを

始めました。大体のことはヤンキー君が説明してくれて、俺はその内容に

間違いも、嘘偽りもないことを必死に伝えました。


 まさにスポーツマンといった風貌ふうぼうの、体が大きなサトル君は

ビックマックを食べる手を止めながら、「信じられない」という複雑な表情を

浮かべていました。

 背の高いイケメンのフジ君は、話の途中「それはいつのこと?」

「それはどこで?」「何をされたんだ?」と、ヤンキー君ではなく俺に向けて

質問を投げかけ、信憑性を確かめているようでした。

 マネージャーのりよちゃんは、思う所があるのか、何も言わずに

耳を傾けていました。


 ひと通り話を終えて、しばらくの沈黙の後、

ヤンキー君は再び口を開きます。


真剣な眼差しのヤンキー君「僕は、A君達をこのままにしておけない。

けれどサトル君達にとっては、A君は大切なチームメイトなんだよね。

…だからまずは、間違っているのはどちらなのか、誰の目にも明らかに

したいんだよ。そのために、どうか協力してほしい」


 ヤンキー君の言葉に、ことわざ君が「仲間を売るようで気が引ける

かもしれんが、どうか頼む!」と、勢いよく頭を下げました。

ことわざ君の男気を表すようなその振る舞いに圧倒され、

俺も「お願いします」と頭を下げながら、胸に込み上げてくる熱い感情を

堪えようと、ぐっと唇を結びました。


頷くりよちゃん「私、協力する」


 りよちゃんが、最初に口を開きました。

顔を上げた俺達に向かって、彼女は少し躊躇いながら、

「…入学してから2ヵ月経ったけど、A君、なんだか最初と印象が

変わってきた気がしていたの。裏の顔があるとしたら、ちょっと

納得かも」と呟くと、少し悲しそうに微笑みました。


 そして、「とりあえず、はっきりさせてから考えよう」と言いながら、

なぜかポテトを俺の口元に差し出しました。

 女子の不意な行動に激しく動揺しながらも、折角の厚意なのだからと

「ありがとう」と口にすると、重苦しい雰囲気がホッと軽くなりました。

ヤンキー君が「りよちゃんのデレはレアだよ」と笑い、ことわざ君は

「…なっ…なに…!?」と素で声を漏らしていて、場が和みます。


 サトル君もビックマックを勢いよく口にしながら、

「よし!俺も協力するからなんでも言ってくれ!」と鼻息を荒くしました。


 しかし、フジ君だけは腕を組んだまま、ずっと考え込んでいました。

そして「…水を差すようで悪いけど、これからどうするのかを話して

もらえないと、まだ俺は同意できない。虐めの事実が本当なら、

A君達は絶対に許されない。けれどもし、万が一A君達が加害者では

なかった場合、俺はチームメイトとして、A君に合わせる顔がない。

つまり、俺はサッカー部を辞めるってことだ。それくらいの覚悟で、

俺はチームメイトを信用しているし、コシヒカリ高校でサッカーに

打ち込んでいたつもりだ」


 俺はフジ君の鋭い瞳に、背筋が伸びる思いがしました。


胸を張ることわざ君「よし!ならば吾輩から説明しようぞ!」


 ことわざ君のハツラツとした声に、俺の迷いは吹き飛ばされて、

昨日から話し合ってきた作戦について、俺も一緒に必死になって

伝えました。


 フジ君も、何度か質問を挟みながら言葉を交わし合い、

話を終えると、力強く頷いて「…うん、それなら問題なさそうだ。

この作戦なら、もしA君が虐めをしていなかった場合でも、

その事実が証明されるだけだろう。…俺も、出来る限り

協力しよう」と、真剣な面持ちで応えてくれました。


 そして、どうやらことわざ君とフジ君は馬が合ったようで、

最終的にはがっしりと握手をして、りよちゃんが「良かった」と

嬉しそうに笑いました。


 作戦の決行は明日と決めて、それぞれの役割を確認した後、

俺達6人はマックを出ました。


 別れ際、サトル君が俺に向かって、

「今日会ったばっかだけど、俺達は、もう友達だからな!」と

スポーツマンらしく笑い、「また明日!」と去っていきました。


 その後ろ姿を見つめていると、なんだか涙が溢れてきて、

泣く俺に、ことわざ君とヤンキー君が、励ますようにぽんと

肩を叩きました。

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