A good friend is as the sun in winter
放課後になって、俺とことわざ君はもう一度、屋上に向かいました。
もう雨は上がっていて、どこかすっきりとした気持ちで空気を吸い込みます。
すぐそこまで、夏が近づいた匂いがしました。俺の隣で佇むことわざ君も、
いつもと変わらない様子でのんびり話をします。
手摺に寄りかかることわざ君「梅雨も、直に明けそうじゃな」
「うん、そうだね」
並んで夕暮れの街を眺めていると、さあっと遠くから吹いてきた風が、
柔らかく頬を撫でていきました。
俺はこれまでのことを、ことわざ君に全て話しました。
中学校に入ってすぐ、彼らに目をつけられたこと。
C君が中心となって、A君B君の3人が、俺を孤立させていったこと。
存在自体を否定され、一方的に「俺君が間違っている」という考えを
押しつけられてきたことを伝えました。そんな自分の、一番見せたくない
部分を、虐められていた事実を初めて打ち明けると、胸には恥ずかしさと
情けなさが何度も込み上げて、焼けるような苦々しさが広がりました。
それでも、言葉に詰まり、流れてくる汗を何度も拭いながら、
必死になって彼に語りました。それだけが、ことわざ君の問いに対して、
今の自分にできる精一杯の答えでした。
そして最後に、一昨日の帰り道、3人と再会してしまった
ことを伝えました。
「…中学生だった頃の俺は、3年間だけ我慢して、高校はあいつらと
別の所に行けばいいって考えてたんだ。たった3年、それまでの
辛抱だって自分に言い聞かせて、ずっと耐えてきた。それだけが
救いだったのに…でも、あいつらは…」
俺はもうそれ以上言葉が続かなくなって、ぐっと下を向き、黙りました。
今はコシヒカリ高校にいるから、彼らに会うことはありません。
でも、もし校門を出て、外でこうして俺がことわざ君と一緒にいる所を
見られたらと考えると、怖くてどうしようもありませんでした。
それに、コシヒカリ高校に彼らの知り合い、スパイのような存在がいて、
俺に友達ができたことを言うかもしれません。そうなれば間違いなく、
彼らは昔と同じように、ことわざ君にも嫌がらせをするようになるでしょう。
そして、また「俺が間違っているせいだ」と、正しさを押しつけるでしょう。
それを考えると段々手が冷たくなって、気づけば俺は震えないように、
錆びた手すりを強く握りしめていました。
彼らとは別々の学校なので、中学のように、常に虐めを受ける
ということはありません。それでも、彼らに目をつけられていると知れば、
いつかことわざ君も虐めにあう可能性があるとすれば、やっぱり俺には、
耐えられそうにありませんでした。
その答えだけが確かに分かり、俺はそっと微笑み、言葉を繋げました。
そんな俺の笑顔を見て、ことわざ君はなぜか、哀しそうな表情になりました。
「…話、聞いてくれてありがとう。なんだかすっきりしたよ。
ことわざ君と友達になる資格が、俺には無いんだ。学校でも、
話しかけないでほしい。この話はもう終わりにして、
俺にはもう、関わらないでね。…じゃあ、今まで、ありがとう」
それだけ言って、俺は背を向けて、歩き出しました。
ことわざ君が大きな声で「俺君!」と呼びました。
俺は立ち止まりましたが、絶対に振り返らないように、
体にぐっと力を込めました。
堂々としたことわざ君の声「俺君、今までのことよく話してくれた!
君は優しい男じゃ!君は、吾輩が出会った中で誰よりも強い男じゃ!」
きっと、今ことわざ君は真っ直ぐ、俺のことを見つめているのだろうと
思いました。それでも、あの強く輝く瞳に希望を見い出そうとする自分が、
その光にすがろうとする自分が、許せない。絶対に振り返らない。
俺に向かって言葉を続けることわざ君「悪いが吾輩は、
俺君のように優しくはなれそうもない!正直言って吾輩には、
そいつらのことを許すことができん!!!すまんっ!」
その声は、トイレで名前を呼ばれた時のような、迷いのない大きな声でした。
「吾輩、自分が正しいと決めつける人間が、この世で一番嫌いなんじゃ。
二番目に嫌いなのは、それを押しつけて誰かを虐めるような人間の屑!
俺君が許しても、吾輩がそいつらのことを許さん!!!」
ひどく優しい矛盾が、そこにはありました。
虐めの線引きは難しい。された側が「虐められた」と感じたら、
それは「虐め」になると言われますが、当然、やった側も「虐めてない」と
主張します。この問題にはどうしても、当事者それぞれの「正しさ」が
出てきてしまいます。
そうした自分の「正しさ」を主張し、決めつける行為に違いないのに、
ことわざ君は、その争いを受けて立とうと言っている。
そしてそれは、ことわざ君が矛盾してまで、俺の「正しさ」を
信じてくれたということでした。
(あぁ、ことわざ君は、ことわざに似てるんだ…)
初めてそう気がつくと、視界がじわりと滲みました。
心の隙間に、パッと、明るい光が射し込みます。
その瞬間、冷たい雨がすっと、止みました。
驚いて顔を上げると、光でできた、透明な傘。
それは、太陽のように真っ直ぐな光を放っていて、
ことわざ君がくれた傘だと気づきました。傘の範囲外で
降り続けている雨はざあざあと降り続いていますが、
光の傘が、俺を雨から守ってくれていました。
これは、俺に向き合ってくれたことわざ君のお陰で
差すことができた傘。彼の強さが、優しさがくれた傘でした。
頭上だけぽっかりと光が射した世界で、後ろを振り返れば、
そこには夕陽に照らされた、ことわざ君が居ました。
鮮明に映るその姿を、俺は真っ直ぐ見つめます。
強く微笑むことわざ君「これからは、吾輩も一緒に戦おうぞ。
『己の欲せざる所、人に施すこと勿れ』
自分がされたくないことを、相手には悦んでするような
人間は、化け物と一緒じゃ。
それに、もう『気の利いた化け物は引っ込む時分』。
いつまでも向こうがその気なら、こちらも化け物退治じゃ」
彼が大きな声で笑った瞬間、パッと、周りの雨がまるで
花火のように賑やかに、宝石が散り散りになるように輝き、
強い光と共に弾けたように見えました。
そして、眩しい光に満ちた世界に、俺はことわざ君と居ました。
それは、次の雨が降ってくるまでの、ほんの一瞬の出来事でしたが、
あまりに世界は美しく輝き、思わず俺は口を開こうとしました。
けれど、次の瞬間、再び空から降り始めた冷たい雨と、
頭上で自分を守ってくれている光の傘を見ていると、
本当の気持ちが言葉になりました。
「ことわざ君を巻き込みたくない…誰も、傷つけたくないんだ」
それは俺の純粋な願いでした。
差し伸べてくれた手を取ったせいで、彼も同じ思いをするなんてことになれば、
あの3人だけではなく、もう自分のことも許せそうにありません。
そして最後は、俺も、ことわざ君も、自殺して終わりなんて、そんな未来が
あるとしたら、悲しくて、全てが許せませんでした。それだけは確かな答えで、
俺は声を振り絞って、必死に訴えました。
「悔しいけれど、あいつらには、自分達が『正しい』と言い張るだけの
強さがある。俺はどうやったって、あの3人には敵わない。
…それに、あいつらに、俺だけじゃなくてことわざ君も間違っているなんて、
言われたくないんだよ。…だから、ごめん。こんなに助けてもらっても、
俺にはもう、どうすることもできないんだよ…だから、もういいんだ」
俺を見透かすことわざ君「『黒白を争う』、ということわざがあるんじゃ」
「え?」
説明することわざ君「これは、どちらが正しくてどちらが間違っているかを、
白黒はっきりさせるという意味なんじゃ。俺君の話を聞くと、その3人は、
狂っておる。自分達が白だということを俺君が認めるまで、
決して引き下がらないということは、もう分かっているはず。
…じゃが、それでいいのか?俺君も、そいつらの、嘘で汚れ切った正しい白に
染まるのか?それともこのまま何もせず、やつらに怯えて生きて行くか?
…俺君にも、『逃げるが勝ち』が通用する相手ではないということは
もう充分、分かっておるじゃろう」
俺が俯くと、ことわざ君は強く諭すように続けます。
口調を強めることわざ君「いつだって世の中は『勝てば官軍負ければ賊軍』、
どんなに時代が経とうとも、どんなに些細な戦いでも、その道理だけは
変わることはないんじゃ。…俺君、今こそ戦う時じゃぞ。吾輩が絶対、
負け戦にはせん。だから、どうか吾輩を信じてくれ!一緒に戦おうぞ!!!」
ことわざ君のことを、信用していない訳ではありませんでした。
それでも、こうして答えを迫られても、どうしても勇気が出ませんでした。
たった一人の大切な友達を、こんな形で失いたくありませんでした。
再びことわざ君が口を開こうとしたその瞬間、
すぐ近くから別の声が聞こえてきました。
誰かの声「じゃあ、こっちも3人なら、どうかな?」
驚いた俺が身構えると、すぐ近くの物陰から、
一人の金髪の男子生徒がゆっくりと現れました。
見覚えのある彼は、クラスメイトの「ヤンキー君」でした。
突然の登場に、俺だけでなく、ことわざ君もびっくりしていた
様子でしたが、鋭い視線でヤンキー君を見つめました。
けれどヤンキー君は、警戒する俺達のことを気にする素振りもなく、
のんびりと話を始めました。
眠そうに顔をこするヤンキー君「屋上でうっかり寝過ごしたら、なんだか
興味深い話が聞けたなあ。ねえ、僕も友達になりたいんだけど、いい?」
俺は戸惑いました。コシヒカリ高校に入学して、彼と同じクラスになって
2か月ほど経っていましたが、ヤンキー君と会話するのは初めてでした。
こうして目の前にしてみると、なんだか外国のモデルのような外見と、
キラキラと光る金髪が眩しくて、俺は言葉が上手く出てきませんでした。
ヤンキー君は「よく寝たよー」と背伸びをして、ついでにあくびを
していました。どこか気だるげな雰囲気と、耳と指にシルバーのピアス、
そして話の途中なのに、なぜかケータイを取り出して操作し始めました。
ことわざ君は何も言わず、見定めるようにじっと観察しています。
ケータイを俺に向かって差し出すヤンキー君「これ、僕のライン。
友達になってくれない?」
ヤンキー君の突然すぎる行動に追い付けず、戸惑っていると、
彼は「あ、登録のやり方?えっとねえ、まずはライン開いて、
上にある矢印っぽいやつ押して、左の…」と説明を始めたので、
俺は慌てて一歩、彼から離れました。
「…どういうつもり…?…俺が虐められてるって知って、
面白半分で言っている?…それとも、あいつらと知り合い?」
今思うと、とてもひどいことを言っていましたが、ヤンキー君は
動じることなく、「そういう訳じゃないよ」と穏やかに答えました。
真剣な眼差しで答えるヤンキー君「俺君を虐めていた人達のことを、
僕は知らない。面白半分っていうのも、少し違うかなあ。
…独りで戦ってきた俺君のこと、そんな友達を助けたいことわざ君の
ことを知ったら、今すぐ、僕も友達になりたくなったんだよ。
ここで話を聞いていたのは本当に偶然だったけれど、なんだか僕は、
ここに居るべきだったのかなあって思ったんだ」
ヤンキー君は少し微笑みながら、話を続けました。
自分の髪の毛を指差すヤンキー君「僕ってこんな見た目してるから、
ほんの少しだけ俺君の気持ち、分かるよ。周りが色々騒いで、
それが自分にはどうしようもないことだと、疲れるよね」
そう言って彼は、照れた様子で、過去の自分について話しました。
ヤンキー君の父親は外国人で、母親は日本人だということ。そのため、
瞳は黒色なのに、髪は金色のせいもあって、小学校では虐めの対象だったこと。
呆れた様子のヤンキー君「先生に相談したら、
『だったら髪を黒く染めればいいだろ』って言われちゃってさ。
地毛が金色なのに、なんか悔しくて、そんなの絶対に嫌だったんだ。
でも、後からよく考えたら、それって、全部わがままなのかなあって。
…僕の金髪を笑うのもクラスメイトのわがままだし、それを周りに
合わせろと言う先生もわがままで、それを拒否するのも、きっと、
僕のわがままだった。
それなら、どうせみんなわがままなんだから、僕は、自分のわがままを
許される場所で生きたいなあ、それができないなら、僕のわがままを
守れるくらい、強くなりたいなあって思ったんだ」
そしてヤンキー君は、まずは価値観の狭い場所を抜け出したくて、
自分のことを誰も知らない中学校に進学したこと。目をつけられることは
たくさんあったけれど、そこで初めて友達ができて、少しだけ自由に
なれたこと。
そして、他人から見える自分の姿が分かってきて、あれこれ
強さを手に入れようとしたら、「普通」や「真面目」からは程遠い
「ヤンキー」になったけれど、今の自分に満足していることを教えてくれた。
楽しそうに笑うヤンキー君「今でも息苦しいって感じると、
駄目なんだよなあ。もう疲れたーって、ふらっとどこかに行っちゃうから、
よく怒られるんだけどね。…このピアスとかも、自分に似合うものって何だろう、
どうしたらみんなに馬鹿にされずに、自分らしく居られるんだろうって考えて、
やっと見つけた答えなんだ。…棘のある魚とかと同じで、僕も攻め寄りの
守りをしてみたら、攻撃されにくいかなあって思って。まあ、効果は
半々ってとこなんだけどね」
ヤンキー君が、「ほんと、困ったよ」と、まるで外国人のように
肩をすくめるポーズをしてみせると、ことわざ君が少しだけ、笑いました
俺は完全に、ヤンキー君の話に引き込まれていました。
彼のコミュニケーション能力に圧倒されて、まるで舞台の上にいる
ヤンキー君を、客席から劇を眺めているような気分になりました。
見た目だけでは決して分からない彼の本質が、こうして素直に
伝わってくるのも、彼の長い努力の結果なのかもしれないと、俺は
ただただ見とれていました。そして、俺には無い、ことわざ君とも
また違った、強く眩い光に包まれている彼と目が合いました。
そっと微笑むヤンキー君「僕はきっと、俺君のことを、昔の自分と
重ねているんだよ。周りのわがままに押しつぶされそうになっていた、
あの頃の僕を救いたくて、俺君の力になりたいだけなのかもしれない。
…わがままで、ごめんね」
ヤンキー君はそう言って、悲しそうに微笑みました。
ほんの一瞬だけ見えた、彼の暗い瞳の揺らめきに、俺はふと、
彼も心に空いた穴の塞ぎ方を探している途中なのだと気づきました。
しかし、次の瞬間には、もうヤンキー君はパッと明るく微笑んで、
俺とことわざ君の顔を交互に見つめながら言います。
張り切るヤンキー君「僕の昔話は置いておいて、俺君の話をしようよ。
作戦会議、始めるところだったんだよね」
すっかり仲間の一員になった顔をしながら、彼はどこか飄々とした、
余裕がある人間の振る舞いで、楽しそうにこちらの反応を待っていました。
それは、誰かを自分の下に置くことで成立しているC君とは、決定的に
何かが違うような気がしました。そして、さっきまで俺の中にあった、
「ヤンキー君があいつらの手先かもしれない」という疑いは、もうすっかり
消え去っていました。もしこれが演技だとしたら、もう、この世界の
誰も信用なんてできそうもない。俺はそう答えを出すと、頭を下げ、
「ありがとう」となんとか声を振り絞りました。
すると、ヤンキー君は少し驚いた表情を見せてから、
「やっぱり俺君は、優しい」とだけ言って、微笑みました。
そしてヤンキー君はそっと俺に手を差し伸べ、握手を交わすと、
同じようにことわざ君に向かって手を差し出しました。
強く微笑むヤンキー君「僕も力になるよ。これからよろしくね」
ことわざ君はヤンキー君の瞳を見つめて、それを認めるように
大きく頷き、ぐっと握手を交わしていました。そして、ことわざ君は
強気な笑顔を見せながら、大きな声で3人の気持ちをまとめます。
まるで戦国武将のようなことわざ君「よし!これからは
『三人寄れば文殊の知恵』じゃ!
完膚なきまでに化け物どもを叩きのめすぞ!」
嬉しそうに右手を挙げるヤンキー君「えい、えい、おー!」
「…ちょ、ちょっと待って!俺はまだ…」
勝手に話を進める2人に慌てていると、ことわざ君が、
「遅かりし由良之助!」と一喝し、それ以上は有無を言わせず、
大きな声で笑いました。
そうして、ことわざ君とヤンキー君の笑い声が響くと、
さあっと夏の風が駆け抜けていきました。
気づけば頭上の傘は、さらに大きくなっていました。
嵐のように降る雨を、客観的に見つめることができるほどの
距離がありました。ひどい雨にただただ打たれ続けていた
自分の愚かさは、その弱さは、彼らが傘を差し伸べてくれなければ、
ずっと分からないままだった。
頭上に広がる傘をよく見れば、ことわざ君の眼差しのような、
眩い光の、透明な部分だけでなく、ヤンキー君の髪のように
鮮やかな金色が足されていました。
そして、小さなパッチワークのように、白い、まっさらな部分が
ありました。どこか頼りないそれを見た俺は、これは自分が作り出した
一部だと気づき、なんだかその傘を見ていると、確かな勇気が湧いてきて、
俺は「ありがとう」と、小さな声で呟きました。
その後、俺達は3人並んで、手摺の向こうの、オレンジ色の夕陽が、
静かに落ちていく景色を眺めました。
今もまだ、俺の世界にだけ冷たい雨が降り続います。
それでも、この傘があれば変われる、そして、この傘を失ってはいけない、
手放してはいけないという確信が生まれていました。
ふと、ことわざ君が呟きます。
遠くを見つめることわざ君「『兎も七日なぶれば噛み付く』というが、
俺君はどうして、あいつらに仕返ししてやろうと思わなかったんじゃ?」
「…段々怖くなっていったんだ。悪いのは自分の方で、正しくなれない
自分のせいで、友達や両親にまで迷惑が掛かると思うと、怖かったんだ」
それ以上言葉を続けることができない俺に、ヤンキー君は
「うん。なんとなく、分かるなあ」と言って、「3対1は、辛かったね」と、
言葉を風に乗せて、やり場のなかった気持ちをふわりと軽くしてくれました。
考えながら呟くことわざ君「…ふむ、俺君の話を聞いていると、
どうにも『両雄並び立たず』という印象を受ける」
「え?」
説明することわざ君「これは、同じ程度の力を持った英雄が二人現れた時、
どちらか一方が倒れるまで、必ず争うことのたとえじゃ。
俺君が虐められる原因が分からん。頭は良いし、清潔感もある。
背も高く、正直、あまり認めたくはないが、優男っぽい顔をしているから、
女子にも人気があると思う、多分な。
恐らく、中学校の時の虐めがなければ、俺君はC君と同じくらい、
いや、それ以上の強者となっていたはずじゃ。吾輩の見立てだと、
これは弱い者虐めというよりも、俺君という強者を、自分の都合の良い
存在とするために、わざと弱者に貶めて、自分の価値を高めていたような
感じを受ける」
俺はふと、C君が言っていた「俺の持っている光に憧れている」という
言葉を思い出しました。俺はずっと、自分に悪い所があるから虐められて
いるのだと考えていたので何も言えませんでした。
ヤンキー君が、小さく頷きました。
「うん、そんな感じもするね。確かにそれなら、C君達が俺君に固執して
『正しい』と認めさせたい理由も分かるから。
好きの反対は無関心っていうし、俺君に対して大きな未練があるから、
別々の学校に行っても関わろうとするんだろうなあ」
そう言うと、ヤンキー君がくるりと俺の方を向いて、尋ねました。
明るい口調のヤンキー君「俺君は、これからどうなりたい?」
それは、とても自由な問いでした。
俺は静かに下を向き、答えを探しました。俺はもう、答えることを
迷いたくはありませんでした。
そして、こうなった以上、友達を守るために、黒白を争う覚悟がありました。
2人がくれた傘が、俺にそれを選択するだけの勇気をくれました。
「…C君達に、俺の『正しさ』を否定されたくない。もう怯えたくない」
頷くヤンキー君「そうだね。これから、俺君の『正しさ』を守っていこう」
同じく頷くことわざ君「そうじゃな、いつだって『昨日の今日は昔』じゃ。
吾輩達の強さを見せてやろう!」
そうして勢いよく屋上を出た俺達はそのまま一緒に帰り、
近くのマクドナルドで作戦会議をすることにしました。
あの3人が通っている七光高校は、下校中の買い食いが
禁止されているので会うことはないと分かってはいても、
学校の外で誰かと仲良く過ごすことに、ひどく緊張しました。
気にしないことわざ君「俺君!ハッピーセットとやらに
人生ゲームがあるんじゃが!あ!吾輩、この黒ひげ危機一髪の
ピエロバージョンが欲しいんじゃ!」
そんな重たい杞憂も、初めてマクドナルドを訪れたという
ことわざ君のテンションに粉々に破壊されて、俺は笑いました。
俺達3人はハンバーガーを頬張りながら、時折ドナルドの
黒ひげ危機一髪で遊び、今後のことを遅くまで話し合いました。
「ただいま」
家に帰ると、母さんがすぐに部屋から出てきて、「おかえり、
連絡もしないでどこ行ってたの?夕飯は?」と聞かれました。
俺は少しだけ迷ってから、「友達と食べてきた」と答えて、
なんだか恥ずかしくなって、そそくさと自分の部屋に向かいました。
「今度からちゃんと連絡しなさいね」と、少し嬉しそうな母さんの声を
背中で聞きながら、俺は部屋のドアを閉めました。