第2話 エンカウンター
気がつくと私は、かつて現実はもちろん、夢の中でも感じたことのないような、浮遊感にとらわれていた。
――って!! う、うわあああああああああ!?!?!?!?!?
なんと私は、空の上にいた。これは一体!?
「あっはははははは!」
焦りながら見下ろすと、廃墟となった街が広がっており、そこに立つアカリさんが腹を抱えて爆笑していた。けれど今の私には、ムッとする余裕もなかった。
「こらアカリ! シロさん、そのまま落ちることはありませんから、心配しないでください!」
アカリさんを咎めながら、ミドリコさんが現状を伝えてくれる。
とりあえず落ち着こう。まず深呼吸をしてみる。
――すー、はー、すー、はー……
そうしている間も、ミドリコさんの言うとおり、このまま落下してしまうような気配はなかった。
「今のシロは、いわゆる観戦状態ってやつだ!」
ひとしきり笑って落ち着いた様子のアカリさんが説明してくれる。
「空を飛ぶイメージで念じてみな! ある程度自在に動けるはずだ!」
言われたとおり、前方に飛ぶ自分をイメージしてみる。すると、体がすいーっと前進した。凄い。私は更に、右に左に、上に下にと、自分の体を動かしてみる。思わずテンションが上がる。
凄い凄い凄い! 私いま、空を飛んでる!!
「……なんかこの感じだと、ああしてるだけで満足しちまいそうだな」
「そうですね」
「さて、もう時間か」
「シロさんに声をかけましょう」
「そうだな。……呼ばなくてもどうせすぐにこっちに釘付けになるだろうけど、せっかくだし最初から見て貰うか」
「ええ。……シロさん!」
ん? 宙でぐるんぐるん回っていた私が姿勢を立て直して下を見ると、二人の手にはそれぞれ数枚のカードが握られていた。――いや違う。カードは二人の胸の前に浮かんでいた。
カードの傍には、ブロック状の何かも浮かんでいた。その表面にカードと同じ柄が描かれているのに気づくと、私はあっと思い立つ。あれはもしかして、さっきのデッキなのではないだろうか。
と、突然二人の手前に浮かんだカードから何枚かが光り輝き、それぞれ持ち主の体に吸収された。
「あ、こういうのの説明は……ま、後でいいか」ぐるぐるとアカリさんは腕を回す。「んじゃ勝負だミドリコ! 言っとくけど、マジでやるからな!」
「ええ。私もです」
掛け合いの直後、二人は同時に、距離を取るように後ろに飛び退く。それはとても普通じゃない跳躍力だった。
着地すると同時に、アカリさんが自分の手前に浮かんだカードの中から一枚選び、宙に掲げる。
すると、カードが光の粒子になってかき消え、直前までカードの形を成していたそれが、次第に別の形を作っていき、全体的に丸みを帯びた赤い竜の姿となった。あ、ちょっと可愛いかも。
対するミドリコさんの手に持ったカードは、粒子となってミドリコさんの体を包み込み、緑色の衣装の形を取った。ミドリコさんにあつらえたように似合っている。
「おっ、新弾の装備カードか!? でも無駄だぜ! こいつの攻撃力なら!!」
アカリさんがミドリコさんを指差す。すると竜は、仰け反るような姿勢を取る。その口――丸みを帯びた牙の端から、ぱちぱちと炎のようなものが零れる。
「ファイアーブレス!」
アカリさんが腕を振るったのを合図に、竜は勢いよく首を動かし、炎の吐息を吐いた。
「……っ!」
ミドリコさんがばっとローブを翻す。すると、崩れて不安定になっている地面を割り破って、数多の木がミドリコさんと竜との間に生えてきた。
竜が放った炎の吐息は、そのうちの半分以上を焼き尽くしたが、ミドリコさんの体にまでは届かなかった。
「んだよ! その装備、そんな効果があんのか!」
「新弾が出たら、赤だけではなく、全てのカードリストに目を通しなさいと、あれほど言っているでしょう」
「あーはいはい、わかりましたよっと!」
アカリさんが手にしたカードが爪状の武器になり、その腕に装着された。
「接近戦だ! 援護しろよ!」
アカリさんの声に、竜は一鳴きで答えた。
迎え撃つ構えのミドリコさんは、弓を携えた人を呼び出した。弓を持った人は登場早々、その弓を絞り、放つ。
「ちっ!」
アカリさんがばっと横っ飛びをして矢をかわす。と、アカリさんが着地した地面から、勢いよく木が生えてくる。それはさながら、槍のようだった。
「ぐっ……!」
アカリさんが顔をしかめる。かなり痛そうだけど大丈夫なのかな?
「結構効くな……攻撃にも使えんのかそれ」
「ええ、それもカードリストに書いていることです」
「はいはい……と、そろそろか」
アカリさんの言葉の直後、二人の体が光を帯びる。と同時に、二人は自分のデッキに手をやり、カードを1枚引いた。
引いたカードを見たアカリさんがにやりと笑い、そのカードを掲げる。
「これでこいつを強化だ!」
アカリさんが新しいカードを使うと、竜の周りを、一回りも二回りも大きな規模の炎が包み込む。アカリさんの言葉からも、竜が強くなろうとしているのは明らかだった。
竜が強くなるのを防ぐ手立てがないのか、ミドリコさんと弓を持った人は、それぞれ別の建物の残骸に身を隠す。
二人が身を隠すと同時に、まるで全身で炎を吸い込むかのようにして、より大きく、より深い赤色をした竜が姿を現した。
ただ大きくなっただけではない。全身が鋭く変化している。先ほどまでの竜が子供なら、さしずめ今の竜は大人の竜って感じだ。
「こいつの火力なら、あんな木やここらの建物なんかじゃあ、なんの壁にもならねえぜ?」
アカリさんが不敵に笑い、竜は鋭い牙が生え揃った口内に、炎を蓄える。ミドリコさんが隠れた建物を狙っているのは明白だ。
――これはミドリコさん、マズいんじゃないだろうか。
「いけえええっ!! フレアストーム!!!」
アカリさんが合図すると、竜は先ほどとは比べものにならないほどの、強大な炎の息吹を放った。その名の通り、それはさながら炎の竜巻のようだった。
フレアストームが建物に直撃する。建物は一瞬にして完全に崩壊し、更に後方の建物を何棟も破壊していく。後には、炎の竜巻の凶悪な爪痕だけが残った。
――いやこれ、ミドリコさん本当に大丈夫なのだろうか?
「当たって……はないかな? さて……」
赤里さんが周囲を警戒する。
「…………こっちか!」
アカリさんが振り向くと同時、アカリさんが見据える先の建物から巨大な腕(?)が突き出してきて、勢いそのままに竜の首を締めあげた。竜が苦悶の声を上げる。竜に掴みかかっているのは、所々苔むした岩で出来た、巨人だった。
「出てきたなデカブツ!」
「大型には大型です」
よく見ると、ミドリコさんは岩の巨人の肩に乗っていた。その反対側の肩には弓を持った人も乗っている。
「とりあえずその手、離して貰うぜ!」
アカリさんと竜の体が光る。と、竜は咆哮を上げ、その全身から炎を吹き出しながら、体を一回転させた。力尽くで巨人の拘束を破ったのだ。
「よっし!」
「……」
睨み合うように対峙する二人。竜と巨人。
アカリさんは口元に笑みを浮かべ、ミドリコさんは口を真一文字に結んでいる。
「へへへ、勝負は……」
「これからです!」
二人の勝負再開の合図に、赤い竜が咆哮を轟かせ、岩の巨人が握った拳同士をぶつけた。
私は上空で、眼下の光景に、その迫力に、ただただ圧倒されていた。
--これが……『カードゲーム』……。
--これが……『エンカウンター』……!!!