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何事もなかったかのように首を振り、ジニがポニーテールの髪を震わせる。
そんな彼女の意を汲んで、私も聞こえなかったふりをした。
「始めるわ。マッシュ、お願いね」
「きゅっ!」
模擬戦の開始に当たって大きく掲げた手を振り下ろす。
より1層重心を低くしたジニに向けて、マッシュが飛び込んで行った。
「キュ!」
両手で大きな剣を握りしめて、マッシュが大きく飛び上がる。
そのまま前回りでもするかのように、体ごと剣を振り下ろした。
「っ……!」
人間相手ではあり得ない攻撃に驚いた表情を浮かべながらも、ジニが小さな盾で受け止める。
金属がぶつかり合う音が部屋に響き、その衝撃を利用してマッシュが後ろに飛びのいた。
追撃を試みていたのか、ジニがハッと息を飲む。
「御前試合で見たときにはなかったはず……。ミリ様が剣術を?」
「いえ、独学ね。その指南役をジニにお願いしたいのよ」
「ボクが? ……要件は理解した。まずは模擬戦を終わらせよう」
戸惑うような素振りを見せたジニが、首を横に振る。
それだけで迷いが晴れた、とばかりに彼女が剣を握りしめた。
「はっ!」
マッシュとは比べものにならない踏み込みで彼女が剣を振るう。
それは先ほど見せたマッシュの攻撃を踏まえたような、頭上から振り下ろす斬撃。
「キュ!」
間一髪で横に飛んで逃げたマッシュ目掛けて、彼女がさらに踏み込んだ。
今度は地面すれすれからの攻撃に、マッシュの剣が弾かれて飛ばされる。
ガシャンと音を立てて地面を転がるのと同時に、エマの切っ先がマッシュの首元で止められた。
勝敗は火を見るよりも明らかね。
「1対1じゃジニの訓練にならないわね」
念のためにもう1度周囲を見渡してから魔方陣を展開させる。
2体のマッシュに呼びかけて、ポヨン、って出てきて貰った。
エマの瞳が大きく開かれて、3体のマッシュの間を視線が行き交う。
「同時召喚……??」
意図的に小声になった彼女が、そうつぶやいてくれた。
どうやら正しく理解してくれたみたいね。
「そっちに気付いたのも最近なんだけどね。どうかしら? 雇用形態に関しては不十分な物になってしまうのだけど、ジニに指南役を頼みたく思うのよ。複数のマッシュを相手にすれば、あなたの訓練にもなるんじゃないかしら?」
私がそう言うと、口に手を当てて考え込んでしまった。
彼女は私と同じく、貴族と平民との間に生まれた子らしくて、家から追い出されて兵士になったみたい。
元から体を動かすことが得意だったらしいんだけど、男性しかいない職場では忌み嫌われてはじかれる。
任務どころか訓練にも参加出来ずに、端の方に追い出されていたみたい。
「悪いと思ったのだけど、ちょっとだけ調べさせてもらったの。今の待遇よりは良く出来るはずよ? もしも私が姫として生き延びられたなら、騎士にもしてあげれるわ」
普通なら何もかもが嫌になるような状況にあっても、彼女は1人でトレーニングを続けてきた。
それがきっと彼女の強さで、現状を改善しようとする願いからじゃないかしら?
「私にはあなたが今よりもっと強くなる可能性を知っているわ。今まで女だからってバカにしてきた男たちを見返せる可能性を、ね。次の投票日までで良いの。あなたが今、1人で続けているトレーニングの時間を私にくれないかしら?」
ぼうぜんとたたずむ彼女の瞳を伺う限り、悩みに揺れ動いているように見える。
だけどそれは、現状維持を望む物じゃなくて、私の言葉が信じられないといった物。
そうあたりをつけて言葉を続ける。
「これでも王女としての教育は受けてきたわ。それと一緒に一般人じゃ読めない本の知識もあるの。そしてそれは、あなたにしか出来ない方法よ」
「私にしか出来ない……」
「えぇ、ずっと頑張り続けてきたジニだけの力ね。現状を変えたくはないかしら?」
その一言で気持ちが決まったのか、ジニの瞳に決意の籠もった。
「……自分勝手な話だが、ミリ様の現状には近親感を覚えていた。役立たずと罵られ、敬語の教育すら受けられなかった身だが、ボクの力が役立つと言うのであれば、これ以上にうれしいことはない。だけど、剣をささげるにはボクの技量は少なく弱すぎる。マッシュ様の指南役で良いのなら引き受けたく思う」
地に片足を着けたジニが、恭しくそんな言葉を紡いでくれる。
また1人、私の素敵な友達が増えたわね。
「えぇ、よろしく頼むわね。我、ミリアン・フィリアの名においてジニを我が軍の指南役に命ずる」
「承った」
愛用の剣を両手で持ち上げた彼女が、私をあがめるように頭を下げてくれる。
その体からは、キラキラと輝く魔力が立ち上っていた。
――そんな矢先、
「弱者は立場をわきまえろ」
腹に響くような低い男の声が背後から聞こえてきた。




