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自分たちだけじゃわからないのなら、知ってる人に聞けばいい。
そんな思いで2体に増えたマッシュの召還を解除した私は、通い慣れた第2書庫に駆け込んだ。
インクと紙の香りが漂う独特な空気を感じながら、目的の人物を探していく。
「爺……、良かった、いてくれたのね……」
見つけたのは人気のない書庫の最奥。
私が爺と呼び慕う老人が、分厚い本に囲まれてた。
パタリって心地良い音が響いて、爺が私たちに目を向けてくれる。
「おや、姫様。本日はお見えにならないかと思っていたんじゃが、何かありましたかのぉ?」
私の顔と背後に控えるマリーの様子を流し見て、爺の眉がピクリと上がった。
「はてさて、面倒ごとですかな? ワシで良ければ聞きますぞ?」
白い眉の間に深いしわを刻みながらも、爺が優しい笑みを見せてくれた。
活字中毒仲間である彼はマリーの次に信用できる人物で、私の知る中で唯一、貴族や平民などの階級を気にしない人物なの。
ちなみにだけど、私とマリーは貴族が大っ嫌いだから彼とはまた別の人種ね。
「今日はいろんなことがあったのよ。まずはこの子たちを見てくれるかしら? マッシュ、おいでー」
そう言葉にすれば私の中から糸のような魔力が流れ出して、テーブルの上に見慣れた魔方陣が描かれた。
興味深そうに見詰める爺の目の前で、1つの魔方陣から2体のマッシュが飛び出してくる。
「おや?」
不思議そうな声を漏らす爺を尻目に、2体のマッシュが空いていた席に立って元気に右手を挙げてくれた。
口元に手を当てた爺が、彼らを見比べていく。
「……ううむ、さすがは姫様ですじゃ。面白いものを見せてくださる」
立派な口ひげをもてあそびながら、爺が何度もうなずいてくれる。
どうやら無事に興味を引けたみたいね。
「理由はわからないのだけど、スライムを食べさせたら急に増えたのよ」
「ほほほ、なるほどなるほど、それは面白いですな。魔力のつながりは感じるのですかな?」
「えぇ、2体ともつながってる気がするわ。多分なんだけど、どっちも私のマッシュなのよ」
自分でも良くわからない感覚でうまく言葉に出来ないんだけど、どちらかが元のマッシュって訳じゃなくて、どっちも同じマッシュなのよ。
2体で1つ、みたいな?
「つながりはどちらの方が強いのですかな?」
「ん~……。どちらかと言えば、こっちかしら」
「なるほどのぉ。どちらかと言えば、ですか……」
そうして聞かれるまま答えていくうちに、ふむふむと声を漏らしながら爺が目を閉じて思考の中へと旅立った。
書庫のすべてを読破した彼は、どんな答えを出すのだろう。
そう思いながら悩む彼を眺めていると、不意にその口角がニヤリとつり上がる。
「このような現象は始めて知りましたな。いやはや、長生きはするもんじゃ」
「え…………?」
思わず漏れた私の声に、爺が目を細めてくれた。
「ワシも姫様も知らぬと言うことは、国内での報告例はまずないと言っていいのではないかのぉ? もしかすると世界初かも知れませぬな」
右のまぶただけを持ち上げて、爺が得意げに胸を張る。
「何はともあれ、まずは落ち着いて考えることじゃ。何があったのかは知りませぬが、焦っていては幸運は逃げていきますぞ?」
そんな言葉と一緒に、よっこいしょ、って立ち上がった爺が、私のそばに歩いてきた。
しわだらけの手が伸びてきて、私の髪を優しくなでてくれる。
懐かしく感じるその手の感触に、小さな暖かさが私を包んでくれる。
「焦るな、か……。それもそうね。まずはマッシュが増えた原因を探るところから始めるべきかしら?」
「ほほほ、それがええじゃろ。己を知ればなんとやらじゃ。それとのぉ、姫様は色々と体験をしてみた方がええと思いますぞ? そうすれば見えなかった物も見えてこようて」
「体験……。それもそうね。ありがと、爺」
「ほほほ、なぁに、若い者との語らいが老後の楽しみですじゃ。姫様にはその笑顔が似合いますのぉ」
目尻のしわを深めた爺が、優しい瞳で笑ってくれた。
何をどうして良いのかさっぱりわかんないけど、焦らずゆっくり頑張ってみようかな。
爺が言うように、何が投票数につながるかわからないもんね。
そう決意を新たにして、私は書庫を後にした。
パニックになりながら飛び込んだけど、ここに来て正解だったかな。