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新作を始めます。ストックがある限りは毎日更新を予定しています。
毛の長い絨毯が敷かれた通路を進む私の耳に、ヒソヒソと話す女性たちの声が聞こえてくる。
「聞きまして? キノコ姫のお話」
「卑しいあの方が無能だった、ってお話でしょ? 母が平民だとそうなるのかしらねぇ」
進む先に見えるのは、私の方をチラチラとのぞき見る貴族たち。
うわさ話ならもう少し静かにすればいいのに、と思うのだけど、聞こえるように話しているのよね、たぶん……。
「新兵に倒される召喚獣がパートナーだなんて、ワタクシなら恥ずかしくて死んでしまいますわ」
なんて言いながら、ご令嬢たちが、おほほほ、と笑っていた。
なによ! 私のマッシュくんは、もちもちのフワフワなんだからね! そういうあなたは、スキルの1つもないでしょ!
そう言いたい気持ちをグッと我慢する。言っても意味がないことくらいわかってる。
私が小さくため息を漏らすと、彼女たちの笑い声が大きくなった。
「姫様……」
先触れとして前を歩いていたメイドのマリーが、悲痛な表情を浮かべて振り返ってくれる。
陰口を言われるのなんていつもの事なんだけど、やっぱり不安みたい。
「大丈夫よ。行きましょう」
「はい……」
心の中のむなしさにギュッギュ、って蓋をしながら、私たちは足早にその場を通り過ぎた。
「第4王女、ミリアン・フィリア様。ご入場!」
私の入場を告げる声を聞きながら第1会議室のドアを通り抜けたんだけど、波が引くように周囲の話し声が消えていった
その代わりに出てきたのが、怒りの視線。
『平民が貴族の場所に来るな』
『王族みたいな顔してるんじゃねぇよ』
『身の程をわきまえろ』
そんな感じかな?
300人を超える貴族がいるんだけど、好意的な視線はないみたい。
来なくて良いのなら、ずっと図書室にいるのだけど、来なくても騒ぐんでしょ? 王家の面汚しだとか、王族の自覚がないだとか。……ほんと、嫌になるわね
私が、はぁ……、ってため息を吐き出したら、周囲からクスクスと言う笑い声が聞こえてきた。
私が困ってて、何が楽しいのかしらね……。
この人たちは人間じゃないのかしら。そう思いながら、人目を避けて壁に寄りかかる。
「第1王子、マルス・グランピアス・フィリア様。ご入場!」
そして母の違う兄妹たちが姿を見せ始めると、私の存在など空気よりも軽くなっていった。
気味の悪い愛想笑いと、語彙力のないゴマすり。
次期王はあなた様が、なんて言葉が会場の至る所から聞こえてる。
もちろん私に話しかけてくるような貴族なんていないわね。
はぁ……、帰りたい。どうしてパーティ中は読書禁止なのかしら……。
そんなどうでも良いことを割と本気で考えてしまうくらいすることがなかったのよ。
そうしてただただ終わりの時を待ち続けていた私の耳に、王の入場を告げる笛の音が聞こえて来る。
私の時とは根本の違う静寂が訪れて、この国の最高責任者が姿を見せた。
「よく集まってくれた。開票結果を伝える」
キラキラとした衣装に身を包み、おなかに響くような低い声で王が告げる。
次いで紡がれたのは、私たち次期国王候補に対する貴族たちの支持率。
年に4回行われる行事で、今期も私の投票数0なんだって。
その数に応じて割り振られる領地や役職もなしね。
「ミリアンよ。来期が最後だ、わかっているな?」
「はい。心得ております」
王がわざわざ私だけに声をかけて去って行く。
来期も投票数0だった場合、私は王家を追放される。
そしたらメイドとして雇っているマリーも路頭に迷ってしまうのよ。
このままじゃダメだってわかっているんだけど、貴族たちは母が平民の私が嫌いみたい。
「来期には追放ですわね」
「やっと目障りちゃんが消えてくれますわ」
王が去った部屋の中には、早くもそんな声と蔑む視線が満ちていた。
「マリー、行きましょうか」
「はい……」
そんなネチネチとした視線から逃げるようにして、マリーと2人で会議室を後にする。
あの人たちから、10票……。
来期までにどうにかしなくきゃ。そう強く願って、自分の部屋へと足早に立ち去った。
「……って、何よこれ!!」
そうしてやるせない思いを抱えながら部屋に帰って来た私を待っていたのは、ズタズタに引き裂かれたベッドと、床の上を跳ねる赤いスライム。
「なんでスライムが!?」
「姫様!」
部屋の中に魔物がいるなんていうあり得ない光景に動きを止めた私の隣を小さなナイフを握りしめたマリーが通り過ぎていった。
「ふっ!!」
気合いの声と共にマリーがナイフを振る。
普段のおしとやかさとはかけ離れた鋭い攻撃が走るんだけど、スライムが大きく跳ねて、切っ先が空を切った。
反撃とばかりにスライムが飛び込み、マリーの足をかすめる。
「マリー!」
「大丈夫ですよ。すぐに排除致します」
そう言って微笑んでくれたけど、彼女のスカートの端っこがスライムに溶かされていた。
マリーが死んじゃう! 私の大切なマリーが!!
そんな思いが巡って、心臓がギュッと引っ張られた。
「マッシュ! 助けて!!」
大慌てて脳内に魔方陣を思い描いて、ありったけの魔力をそそぎ込む。
スライムとギリギリの攻防を繰り返すマリーの隣に、私の魔方陣が浮かび上がった。
その中央から膝丈くらいの大きなキノコ――私の召喚獣であるマッシュが姿を見せて、コテリと首をかしげる。
「きゅ?」
「マッシュ、あのスライムを!」
「キュキュ!」
私たちのピンチを悟ってくれたのか、マッシュが鋭い鳴き声を上げて、スライムに向かっていってくれた。
「キュ!」
ボテリとした1本の足を前にして、マッシュがスライムに飛びかかる。
狙いすましたドロップキックがスライムのおなかに突き刺さり、スライムがポテンと床に転がった。
そうして出来たすきにマリーがナイフを突き立てる。
「やぁっ!」
上から両手で押さえつけると、スライムの体にナイフが深々と刺さっていった。
「はっ、はっ、はっ、はっ…………」
「きゅ!」
マリーが額にうっすらと汗を浮かべて、ホッとした表情を見せてくれる。
その隣に寄り添ったマッシュが、楽しげに体を震わせていた。
ベチャリとつぶれたスライムに動きはない。
無事に倒せたみたいね。
「ありがとう、マリー。助かったわ。マッシュもお疲れ様」
「きゅきゅ!」
「いえ、お手伝いいただきありかとうございます」
誇らしげに胸を張るマッシュをよそに、人間2人がホッと安堵の息を吐いた。
これってあれかしら、誰かからの嫌がらせよね?
「魔物を王宮に持ち込むなんて何考えてるのかしら……。って言っても、犯人捜しすら無理よね?」
「恐らくは……。誠に申し訳ありません」
「いえ、良いのよ。マリーが悪いわけじゃないもの……」
悪いのは、王族なのに権力の無い私ね。
王宮に勤めてる兵士に訴え出ても無視されるだけなのよ。
貴族から支持されない者は王族じゃない。そんな待遇ね。
次回の投票日。その直前にある御前試合までに仲間を集めて、みんなに王女だって認めて貰わないと……。
寂しげな表情を浮かべるマリーを見詰めていると、そんな思いがふつふつと私の中にわき上がってきた。
でもどうやって?
結局はそこで堂々巡り。
生まれてからずっと同じ考えが脳内を巡ってる。
ほんと、ため息しか出てこないわね……。
なんて思っていたら、私を慰めるかのように、マッシュがトテトテと歩み寄ってくれた。
「マッシュは優しいわね。つるつるしてて、ふかふかしてて最高よ」
「キュ!」
人間なら頭に当たる傘の部分をなでてみたり、ふかふかのお腹をぷにぷにしてみたり。
そうしているだけで何だか心が洗われている気がしてくる。
「ん? どうしたの?」
いつもなら私の気が済むまで側に居てくれるマッシュが、なぜか今日はトテトテと歩いて行ってしまった。
首をかしげながらその彼の行く先を目で追ってたんだけど、どうやら目的は床に倒れたスライムみたい。
ぷにぷにの指先でスライムを突っついたマッシュが、小首をかしげながら私の事を見上げていた。
「んー?」
何かをしたいことは伝わってくるんだけど、なにを?
って思ってたら、背後からマリーの声が聞こえてくる。
「ミリ様。マッシュ様はスライムを食べたいのではないですか?」
「え……? 食べるの? スライムを?」
「はい。貴族の方々は召し上がりませんが、一般には魔物の肉も食されております」
「キュゥ!」
正解! とでも言うように、マッシュがピシッ、とマリーのことを指さした。
そうなの、食べるのね、スライムを……。
「……そうね。マッシュが倒したんですもの。好きにしていいわよ?」
「キュ!!!!」
元気な鳴き声を上げたマッシュが、スライムを持ち上げる。
スライム、ねぇ……、おいしいのかしら。
なんて思ってぼんやりとその光景を眺めていたら、スライムを抱きかかえたマッシュが、あーん、って感じでプルプルボディに口を付けちゃった。
――その瞬間、
突然、淡い光が、マッシュの体を包み込む。
次第に収まっていった光の中から現れたのは、2体のマッシュ。
「…………え?」
その片方が、私の方を向いてペコリって頭を下げてくれた。
「……増えたのかしら?」
「「キュ!」」
私の問いかけに答えるように、2体が声をそろえて鳴いてくれる。
「召喚獣が増えるなんて、聞いたことがないわね……」
「私もです……」
驚く私たちを尻目に、2体のマッシュがホウキとちりとりを取り出して、部屋の掃除を始めてくれた。