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『腰から始まる物語』

『廃校廃女とネオ・へるカボ丹【たん】』

めんどくさいので明日書きます。

『廃校廃女とネオ・へるカボ丹』


第1章 『腰から始まる物語』



 ―第1話 『花の計画』―


 「はぁ~~………」


 酒気を帯びた溜息がPCのモニタに向かって吐き出される。

 モニタの横にはデスクトップPCの本体と、ラックの上段にはプリンターが置かれている。PCは型落ち3年と言ったところで、新しいと呼ぶか古いと呼ぶのかは微妙なラインだ。


 マウスを動かす、口元にまで持ち上げた缶チューハイを傾ける、キーボードを打ち込む―――の三工程、ここ最近ではこの作業を幾度も繰り返してきている。


 「はぁ~~………」

 先程よりもアルコール成分が濃くなった、溜息がモニタに向かって吐き出された。


 溜息の数だけ幸せが逃げるとかよく言われるが、元々逃げる程の新鮮かつ活きの良い幸せなどという物が自分の中に存在していると言うのであれば、溜息なんか吐く必要など無い。

それが無いからこそ溜息という物が自然に出てくるんだと私は主張したい。


 「はぁ~~………一応終わったか………納期ギリギリだったけど………」


 フリーで受けたWEBデザインの仕事を何とか納期前に仕上げて、フリーランスの受注サイトから納品の手続きを終える。


 会社勤めを抜け出してから三年ほど経過しただろうか………。収入は三分の一に減った。

 単価の安いフリーの案件で稼ごうと思えば、単純な話し数をこなせばいい。

 稼ごうと思えば稼げるのだけれど、私の場合は稼ごうと思っていないため毎月赤字という困った状況をたたき出している。


 「本当に困るのは、そんな状況に全く困っていない自分だけどね………危機感が無いのか、やる気が無いのか………」

 ぶっちゃけると両方無い。


 人間関係のトラブルから会社勤めに嫌気がさして、会社を辞めてもうすぐ三年。離職当時500万あった貯金は半分程に………。

 「二年前に株でスッた100が痛いな………一時期はプラス30くらいはあったんだけどねえ………はぁ~………」


 溜息を吐きながらチラリとベランダの方に視線を向ける。

 「前回は………1月5日か、そろそろ一ヶ月経つかな?よし、水あげておくか」

 象さん型ミニじょうろに水を注いでから窓を開けて半身で一歩ベランダに足を出す。

 今は2月、一年で一番寒い時期だ。防寒のため部屋の中でもコートを着用している。外ではもう着用しなくなった流行の過ぎた少し派手目のブラウンのレディースコート、着飾ると言う目的を失ったアイテムだが、防寒という機能においては部屋着として今でも十分に効果を発揮してくれている。

 左手をコートのポケットに、空いた右手でベランダの窓を開けた瞬間、2月の冷たい空気がコートで守られていない首や頬に容赦なく襲いかかる。


 「おおう、寒!」

 肩と背中の両方を縮こませながらサンダルに両足を突っ込んでから、後ろ手にベランダの窓を閉めた。

 プチベランダ菜園、これが私の唯一と言って良い趣味に当る。

 ベランダ菜園と言っても野菜を育てるのでは無い。元々手っ取り早く女子力向上のため、如何にも乙女チックな”花を育てる”と言う行為を、プロフィールに追加する事が目的で有事の際に備えて六年程前に始めたのだが、そのプロフィールが活躍する時は無く、今となっては一般的に花と呼べるような鉢植えは存在していない。


 半透明のケースの蓋を開けて、中を覗いてみる。


 「ケビンと、ショーンと、アンディは水は要らないか………チャールズも大丈夫、ロバート、ビリーは少し水をあげておこうかな、ほらビリー、グイッといけ、グイッと」


 ビリーの根元に少しだけ水を注ぐ、小さい鉢植えの上にちょこんと乗っているのは、大事に世話してきたミニサボテン達だ。この時期花を咲かせる種も有り、ロバートなんかは綺麗な赤い花を咲かせている。


 「ケースの中は気温5度………か、大丈夫だけど少し日当たりの良い場所に移動させておこうかな………」

 

 ベランダの前の方にケースを運ぶため、ケースの蓋を締めてから両手をケースの底に突っ込んで全身に力を入れる。

 「どっ………せい!」

 中の鉢植えが倒れないように注意しながらゆっくりとケースを持ち上げる。

 「ふんぬ!………ゆ~っくり、ゆ~っくり、焦るな、宮春(みやはる)かずみ、コケるな、宮春かずみ………いしょ、ゆ~っくり、ゆ~っくり」


 ケースを持ち上げたまま、中腰のズリ足のガニ股の蟹歩きで、ケースを前の方へと移動させる。

 「ほっ、よっ、独身31歳が時折垣間見せる異性には絶対見せられない格好………アレ?今年32だっけ?」


 異性どころか他人には絶対見せられない格好のまま、目的の位置にまで到達してから、ゆっくりとケースを下に降ろしていく。

 「よ~し、ここら辺で良いだろう、ハァハァ、重い、小さくても二〇個近くあると流石に重………ガッ!!!」


 ケースが地面に着くか着かないかの刹那のタイミング、自分の身体に思いもよらない衝撃が走った。

 「ぐぅ………あッ!」

 ケースを下ろし、ベランダの柵に手を乗せて何とか身体を支える。

 「あッぐ………ハァハァ、イギッ………こ、腰が………グッウゥゥ!」


 ケースを降ろすため中腰のまま屈んだ瞬間、突然腰に激痛が走った。腰を伸ばそうにも身体を起こそうとした瞬間に、更なる激痛。逆に地面に座ろうとして腰を折った瞬間にも更に激痛。これでは曲げることも伸ばすことも出来ない。


 「何だコレ!?、ハァハァ………グ、痛だだだ………動けな………」

 柵に掴まったまま、腰を曲げることも伸ばすことも出来ない状態で、倒れないよう辛うじて両手で体重を支えている。


 「と、とりあえず中に………」

 部屋に戻るため、右手はベランダの柵を掴んだまま中腰のままの姿勢で、窓のサッシを掴むため左手を伸ばす。

 「もう少し………よし、掴んだ」

 痛みが走らないように注意して、慎重に移動を開始する。

 「ベッドは………駄目。椅子、椅子へ………」

 普段ではあり得ない程の時間を掛けながら、棚や壁に掴まりPCラックの前に置かれている椅子へと辿り着く。

 痛みと中腰という苦行に耐えながらもなんとか無事椅子に辿り着き、慎重に腰を下ろしていく。この頃になってようやく痛みが薄れてきた。


 「おお、ぐ………一体何が起きた?ハルマゲドンか?!世界が滅ぶのか!?」

 腰を伸ばせず若干前屈みになりながら、先程から電源が付けっぱなしのPCで調べてみることにした。

 「突然 中腰 重い物 腰痛………検索」

 検索エンジンでとりあえず適当に単語を放り込み、一番上に出てきたページを開いてみる。

 「重い物を持った拍子に………、無理な姿勢で………、突然激しい痛みが………」

 ぐりぐりと人差し指でマウスのホイールを回転させて、画面をスクロールさせながら読んでいく。

 「ぎっくり腰の症状………ぎ、ぎっくり腰?な、なんてこったい………」


 まさかこの年でぎっくり腰を発症させてしまうとは………。

 先程と比べて痛みは引いたが、腰を伸ばすとやはり痛みが増してしまう。腰の曲がったお婆さんのように、中腰でヨチヨチとベッドへ移動を開始する。

 自宅の、それもたかが1メートル程の距離を、普段と比べて10倍以上の時間を掛けながらベッドに辿り着くとゆっくり慎重に仰向けに寝転がった。


 「あ゛あ゛~~………」

 まるで、何時間も真冬の雪山の中を彷徨って、ようやく辿り着いた秘湯に浸かった瞬間のような声が漏れ出る。


 「仰向けに寝てヒザを曲げて、腰を曲げるようにしてヒザを左右にゆっくり………グッ………これは効く………」

 痛みが引いて何とか腰を動かせるようになったため、少し腰を浮かし、下から両手で支えながら、クネクネとゆっくりと動かしていく。先程ネットで調べた、ぎっくり腰解消体操。


 「やる人によっちゃあ、あ痛たたた………、セクシーなダンスにも見えなくも無いけど、クッ………私がやると、ただの迷惑な宴会芸にしか見えないだろうな………ハァハァ」

 「ああー、だいぶ楽になってきた。フウ………念のためもう少しだけクネっておこう」

 「ウググ、三十代独身女性のぎっくり腰解消ダンス、世の男共に需要はあるのかこれ?」

 「ひッひッふーー、ヒッヒーフー………流石のぎっくり腰もラマーズ法には勝てまい………フフフ………グッ、あー痛たたた、でも、だいぶ楽になってきた」


 恐る恐る、上体を起こしてから、生まれたての子鹿のように壁に手を着いてベッドの上に立ち上がってみる。

 「生まれたての子鹿は、壁に手を着かないけどな………よっと、あー………フウ」


 壁に両手を突いてお尻を突き出して、ゆっくりと腰を反らしていく。

 「美人がやれば、セクシーダンスに見えるのだろうけど、私がやると、ちょっと変わった雨乞いの儀式にしか見えないんだろうな………ぐぐ、ハァハァ」


 腰を反らして、腰を戻し、ゆっくりと回転させる。

 「あーーでも本当に楽になってきた」

 今度は逆回転。そしてまた反らして伸ばす。

 「少し猫になった気分、のびーーっと、あ、本当に効くわー、このストレッチ、ありがてぇ、ありがてぇ」


 痛みがまだ残っているものの、何とか自立出来るまでに回復した。直立姿勢で足を肩幅に開き、腰に両手を添えてゆっくりと回転させる。

 「原因は………やっぱり運動不足か………」

 家の中では運動なんてしない。外出は食料品、消耗する日用品を買い出す時だけ、週に2回といった頻度だった。外出する時は階段は使わずエレベーターで下に降りて、自転車に跨がって近所のスーパーとドラックストアに行く程度。こんな生活では運動不足になっても言い訳すらできない。


 「一時(いっとき)は世界が終わるかと思ったけれど、何とか世界崩壊の危機は脱したかな………」

 傍から見れば宇宙と交信している不審者に見られても仕方が無い怪しい動きで、腰をゆっくり回転させながら思考を巡らす。


 (まさか、この年でぎっくり腰とは………流石に運動しなければマズイかな、しかし運動って言っても、ジョギング?いやムリムリ、筋トレ?いやもっとムリ、はあ………とりあえず歩くか………明日から頑張ろう、いやいや、明日は大事を取って休んで明後日から頑張ろう!よし、そうしよう!)


 宮原家ぎっくり腰騒動によって、気が付けばすっかり日も暮れていた。

夕飯は買い置きのカップ麺で簡単に澄ませ、寝れば治るかも知れないという短絡的かつ楽観的思考の赴くままに、その日は早めに寝ることにした。


 ―――翌日の翌日、日曜日の昼の近所の公園の入り口。

 「な、なにぃ!!ブランコが撤去されとる!」

 「なんてこった、一体誰が!?ハッ!PTAか!?PTAなのか!?奴等の仕業か!?」

 リストラされて昼間居場所が無く、リストラされたという悲しくも、残酷な事実を家族にも告げられずに物憂げな表情でブランコを漕いでいる………中年サラリーマンごっこが出来なくなるでは無いか。


 「ど、どうする?とりあえず砂場で遊ぶか?いやまて、砂場遊びが運動になる訳無いだろう、落ち着け私、それ以前にこの年で一人で砂遊びなんて、笑い話を通り越して最早ホラーだ。落ち着くんだ、私」


 公園を見渡すがブランコに変わる遊具は無い、鉄棒など運動を通り越して、私にとっては最早修行だ。私の中ではお坊さんが断食して登山する苦行と同列。

 「う~ん、とりあえず公園の周り一周して帰ろう、おお寒ッ」


 ブランコを失ったショックは大きかったものの、とりあえず公園の周りを歩くという、正直運動と呼べるものかどうか判断が難しい行動を開始することにした。

 公園を出ようと振り返ったところでトレーニングウェアに身を包んだ集団が入れ違いで公園に入ってくる。

 私は端に寄ってその集団をやり過ごすことにした。

 年齢はバラバラだった、中年男性、若い女性、夫婦と思わしき初老の男女、小学生くらいの親子連れ、まるで一貫性の無い集団が目の前を通り過ぎるのを黙って見守る。


 (年齢はバラバラだ………なんだろう………この人達?)

 私は気になって、その集団が通り過ぎた後も興味津々の無遠慮な眼差しで、ジーッと謎の一団を観察することにした。


 「それでは、モミの木公園、ウォーキング教室を始めます。参加者の皆さん宜しくお願いします」

 モミの木公園―――昔一本の大きなモミの木が植えてあったのだが、台風によって倒木してしまい、今ではモミの木が無いのにモミの木公園と呼ばれている。

 謎の一団は中央に集まると、一人の女性………(恐らく若い)が一歩前に出て挨拶を始めた。


 (ウォーキング教室?え?歩く教室って事?どゆこと?)

 私の中で、謎の一団に対しての興味が一段階跳ね上がった。

 謎の集団は、先程挨拶していた女性を先頭にして、公園から歩いて出て行ってしまった。

 好奇心が大いに擽られたが、流石に後を付けていくのは気が引けるため、そのまま帰宅することにした。


 自宅へ帰り、PCを立ち上げると、早速『モミの木公園 ウォーキング教室』と検索してみる。

 「あ、あった、コレだ!あー、本当にウォーキング教室なんてやっているんだ、へぇ~………なになに?歩く姿勢………健康に………適度な運動………簡単」

 どうやら、個人が主催する健康、姿勢の矯正などが目的で行われている運動系のカルチャースクールのようだった。

 「え?資格?ウォーキングの?」

 主催者の挨拶のページで主催している講師は女性で、ウォーキングの資格を持っていると書いてあった。


 「しかし、このページ、デザインが気に入らないな………。私ならもっとシンプルにして………おっといけない、つい職業病が出てしまう」

 それより気になる単語が………。

 「資格?」

 更に検索してみると確かにウォーキングの資格という物が存在していた。

 「うわー多いな………コレ全部資格なの?」

 料理系、趣味系、運動系、仕事系………etc

 「あ、園芸もあるな………ベランダ菜園。はあ?ぬか漬け?え?ぬか漬けの資格?ほー………タロットカードも?おおー………一応女子としてちょっと興味あるかな」


 画面から視線を外しぐるりと椅子を横に回転させて部屋の壁を見つめる。

 「資格か………、資格があれば新しい仕事も………」


 少し想像してみる。

 ヨガ教室の先生………ぎっくり腰を抱えている女には到底勤まらん。ムリ。

 フランス料理の先生………イメージとして朗らかな笑顔が似合う、やり手のワインが似合う女―――手鏡を見てみる。この人は違う。ムリ。

 イタリア料理の先生………オシャレな………ムリ。この人違う。というかまず一旦料理から離れよう。


 「う~ん、手芸、心理カウンセラー、アロマ、どれもしっくりこないな………フラワーアレンジメント………」

 ベランダをにチラリと視線を向ける。ケビン達を育てた実績はあるけど………。意外と花は好きだ。何度も言うがこう見えても世間では一応女として(とお)っている。

 ベランダ菜園を初めたのも、綺麗な花でベランダや部屋を飾りたいという乙女チックな思いも確かにあった。育てるのが面倒という理由からサボテンに妥協していたけど………。


 「園芸………花で一杯。花屋?………いや違う、花の園………フラワー………パーク」

 以前友人と行ったフラワーパークの光景を思い出した。

 一面花で埋め尽くされた空間、只一言「綺麗」と口に出してしまう程、その光景に感動した。その時の記憶と感情が頭の中で蘇ってくる。


 「花を増やす仕事か………増やす。どれ位?………とにかく沢山。究極のお花畑造りたいかな………でもそれは、食べていけるのだろうか?」


 そのようなこと到底一人では無理なことだと、否定的な意見が頭を()ぎる。

 資金は?労力は?知識は?場所は?

 やるかどうかは別として、とりあえず1つ、1つ考えてみようか………。

 本作戦は『エターナル・ハナア』と名付けるものとする。

 現在貯金は凡そ200万円也、そして収入は月10万くらい、生活費、経費諸々で8万消えて、毎月2万円の赤字を叩き出している。つまりは順調に減少傾向にあるということ。

 いや、そもそも『エターナル・ハナア』に掛かる費用が判らない。規模や内容を決めるのが先か………。


 「う~ん。じゃあ夢は大きく、なるべく広いところ………でも金かかるだろうな………東京ドーム丸ごと買い取るとなると幾らくらいだろうか?東京ドーム、広さはなんと!東京ドーム1個分です。気になるお値段は………」

 お値段は想像すら付かない………そもそも誰の持ち物だ?あのデカブツは?

 「まあいい。私は東京ドームには縁が無い、同じ理由で大阪ドームやナゴヤドームもさよなら」

 ナゴヤドームは何故か、カタカナ表記………名古屋ドーム漢字で書くとかっこわるい。まあどうでもいいか。

 広い、土地が安い………となると………。

 「月かッ!―――ってアホかッ!月では無く田舎ですね………」

 田舎の余った土地………を活用する。そんなような事を行政がコソコソとなにかしていたような気がする。


 ちょっと市役所のHPを覗いてみることにした。

 「あー、あるある。えっと………遊休農地、耕作放棄地のレンタル制度か………」

 どうやら管理している機構があり、そこに土地を持て余している地主が登録して協力金を受け取る。そして、土地を利用したい、借りたい人が管理機関員申し出ると、数件まとめて土地を借りられる………という制度らしい。


 「ケースバイケースだけど、この場合飛び石になるのかな?出来れば地続きのだだっ広い草原なんかを所望したいんだけど………う~ん、あん?」

 ページの右端に気になるリンクが張られているのを発見する。

 「未来につなごうみんなの廃校プロジェクト?………廃校?」

 廃校という単語に興味が湧いた。バナーをクリックしてページを移動する。

 「活用ニーズとのマッチング………市町村合併などの影響により毎年多くの廃校が発生しており………廃校になってから活用が図られず、遊休施設となってしまっているものも多く存在しています。………か、えっと、つまり」

 その内容は、簡単に言うと廃校を活用する企業や団体を募集しているという事だった。


 「廃校ね………廃校」

 椅子から立ち上がり、腰に手を当ててゆっくりと腰を回転させる。

 「あ~、腰痛い、座りすぎはイカンな………たまにはこうしてストレッチしないと」

 立った姿勢のままで、マウスのホイールをグリグリ廻してページを読み進めていく。

 「廃校一覧?ああ、これは実例か、実際に事業なんかに使用した例って事ね………約150件か、この数字が多いのか少ないのかよく判らないけど、たぶん多いのかな?150匹の学校、言い方変えると多いのか?」


 家の周りに150校在るのならそれはもう多すぎると言えるが、夏の甲子園地区大会出場校4000絞と比べれば明らかに少ない。

 「うん、基準が判らん。よってこの数字からは何も解らん。よし次」

 「へえ~いろんな施設に利用されているのか………せんべい工場、ああ良いね。せんべい好きね、関係ないけど」


 更にページ上に書かれている文字や図から色々な情報を拾っていく。

 「え?6,000以上!?廃校ってそんなに在るんだ………活用率は約7割?………ああ、さっきの150件は一例ってことね。7割って事は4,200件?!多ッ!」

 「4,200絞も居るんじゃ甲子園無理だわ~、腰に響く数字だ~、地区大会で消えるわ~、そら諦めるわ~、これ何お話だー??」


 これらの数字には興味が引かれたが、重要なのはこの部分では無い。

 「えーと現在空いているのは………1,200絞!!へぇー、1,200も募集しているのか……結構あるな」


 未だ見ぬ学校の校庭に咲き乱れる花々をちょっとだけ想像してみる。………じゅるり。

 「おっとヨダレが………良いね。それはとても良いね。それだけの花が在れば、そこにボーッとつッ立っているだけで私の女子力、ダダ上がりだね!おっと待て、喜ぶのはまだ早い」


 一番大事なことを忘れていた。気になるのはお値段。レンタルするにしても幾ら掛かるんだろうか?

 「え~っと、家賃、家賃、ん?譲渡?売却?ウルセー無理だ!学校なんぞ買えるか!あっち行け!えっ~と、レンタル料はどこに書いてあるのかな?」

 借りるにしても色々な条件があるようだ。地域の活性化………に貢献出来る事業、地域住民の理解、雇用促進。


 「要は田舎を救えと言うことか、貸与費用はと………え??、無償!?何だと!?ただ!?無料!?学校無料!?な………なんて太っ腹なんだ、文部科学省」


 立った姿勢のままページを読み進めていたが、椅子に座り直してから前後の文章を念入りに読み直して確認する。

 え?家賃無料(ただ)ってこと?無料より高い物は無いと良く言われるけど、無料より安い物も無いのも事実。

 「文部科学省では無かった………地方の役場だなこれ、地方自治体」

 有料の所もあるが、応相談と書いてあるものも多い。

 「ふんふん、ナルホド成る程、まあ、そんな美味い話しは無いか………要するに事業計画次第って事だわね」


 地域や地方自治体の利益になるような事業なら、無償レンタルの可能性もある。問題はそこまで話しを持っていくことが出来るかどうか。

 「廃校と社会不適合者の烙印を押された………というか自ら押した独身女、廃校と廃女、面白い組み合わせじゃないか!その他諸々はまだ決まっていないけど、たった一つだけ今決まりました!!」


 椅子から立ち上がり、腰に手を当てて、クネクネしながら高らかに宣言する。

 「『エターナル・ハナア』実行場所は、どこぞの廃校に決定!」

 忘れないうちにメモっておこう………カキカキ。

 「場所は何処(いずこ)かの廃校に決定………っと、ふふふ、何となく面白くなってきたぜ!」


 ―――翌日。


 昨日に引き続き、廃校について色々と足りない情報を調べることにした。

 「維持管理費は、利用者が全額負担すること………税金とかどうなるんだろ?地税とか怖いわー、この辺りの決まりも物件によってマチマチだな」

 珍しくやる気を出して朝から色々調べてきたが、一旦ブラウザを閉じて休憩することにした。

 昨日は勢いで学校にすると高らかに宣言したが、今のところ、計画自体は白紙に近い。

 「うん、1人じゃまず無理、『エターナル・ハナア』に賛同して、私に絶対服従してくれるような都合の良い仲間を募集しなければ」


 求人サイト?いや絶対高い。求人情報誌?アットホームな職場では無いため無理。どちらかと言えばアットスクールな職場です。

 費用面の問題もある。一人フルタイムで雇うとなると、どんなに安くても月18万は必要。1年で200万以上。


 「まずは利益を出す仕組みを考えないと………」


 ①花を育てて、花を売る。

 ②花を育てて、それを見せて見物料をせしめる。

 ③園芸教室サボテン

 ④その他


 「うむ、まあパッと思いつくのはこんなところかな」

 始動したとして、初年度が一番金が掛かるだろう………しかし、利益が出るには時間が掛かる。長時間人件費を出す余裕は無い。


 「初年度、いや利益が出るまでは無償で働いてくれる人。が望ましい」

 そうなると雇用では無く、経営のパートナーという立場となる。会社で言うところの役員か、将来の役員候補に当たる。


 PCの電源を落として床にゴロンと寝転がる。

 「人材確保、場所の確保、利益が出るように計画を煮詰める、こう計画が大きいとどこから手を付けていくか考えないと………計画を立てる計画。やっぱり最初は………廃校が欲しい」

 目を閉じながら頭の中で、廃校を手に入れるための手順を巡らせていき、事業計画書を頭の中で組み立てていく。


 「先は………長いね………」


 ―第2話 『廃校の確保』―


 「それで?その計画は何時から始めようかしら?」

 「え~っとまだ具体的には何も決まっていないので………」


 喫茶店の一席で、目の前に座る女性の質問に答える。

 我の強いキャリアウーマンタイプ?それよりはクラスの女子を束ねるお嬢様タイプに近いかな?

 シンプルな羽の形をしたシルバーのネックレスに、腕には金属ベルトの時計、恐らくブランド物。

 濃いグレーのジャケットにパンツルックと、そのまま会議に出ても違和感の無い、フォーマルに限りなく近いカジュアルスタイル。髪は長くちょっとウェーブが掛かっている。

 (やり手の女刑事?それとも課長か?大手企業の課長さんなのか?)

 

 これで3人目になるのだが、この人正直に言ってたぶん合わない。

 いや、たぶんどころか絶対合わない。

 話した印象は、仕切り屋で人の意見を聞かないタイプ。

 先程も質問と言うよりは最早誘導に近い。

 聞き出すと言うよりは、自分の希望する単語を相手に言わせる………といった話し方をする。うん、合わない。

 さて、どうやってやんわりとお断りするか?この場は濁して別れてから、メールでキッパリお断りするか?


 ―――いや、メールは駄目だ。折角ここまで足を運んでくれたんだ。断るなら相手の顔を見て直接言葉でそう伝えるベきだろう。

 退職願いをメールで出すような人にはなりたくない。筋はちゃんと通そう。


 「あの、新里(しんざと)さん、すみません。少しの時間でしたが、貴方と話しみて、おそらく私とでは性格が合わないだろうと感じました。今ここでそれに目を瞑って行動を共にしたとしても、何れは根本的な方針の違いで衝突する事になると思います」


 性格の不一致。私がそう告げると目の前の彼女―――新里さんは、小さく溜息を吐いて「そうですか」と小さな声で答えた。

 その表情からは感情が読み取りにくいが、落胆の色が少しだけ表に出ているようにも見えた。

 (折角来てくれたのに、ごめんなさい)

 心の中でもう一度謝っておいた。


 水のグラスを持ち上げて、一口、口を潤してから、新里さんが真っ直ぐにこちらを見つめながら口を開いた。

 「あなたの計画、興味があります。よろしければ今後もメールで交流と情報交換を続けていきたいのですが」

 「え?はい、それは別に構いませんが………」


 それが望む言葉だったのかは不明だが、承諾の言葉を告げると、新里さんは注文の伝票をもって席を立ち上がり、レジに向かって歩きだした。


 (え?店出るの?お開きってこと?)

 私も慌ててコートを引っ掴み、その後を追う。

 (え?伝票も持って先にレジに向かうと言うことは、ここは拙者が支払うぞ!という意思表示になるのかな?)

 おごってくれると言うことだろうか?お断りした手前それは、流石にばつが悪い。

 私の困惑と葛藤を他所に、新里さんは自分の分だけを支払うとこちらに振り返り、軽く別れの挨拶をしてから店を出て行った。


 「あ、割り勘ですか………そうでしたか、いやー普通そうですよねー」


 『エターナル・ハナア』計画の下準備計画が発動してから………究極のお花畑を作るとケビンやアンディ達に宣言してから今日で12日となる。

 宣言から4日後、協力者を募るために、パートナー募集のマッチングサイトに協力者募集の記事を書き込んでから、連絡をくれた人と実際に顔を合わせるのは彼女で3人目だった。


 一人目は経営者で40代の男性。最初からこちらを部下として見ているようで、少し不快だった。「考えます」と曖昧な返事で別れてからお断りのメールを送ってからは返信が無い。


 二人目は20代の女性。現在フリーターをしているとのことで、就職した経験は無いらしい。計画が軌道に乗ってからフルタイムの従業員として雇うにはギリギリでアリだとは思うのだが、パートナーとしては若干どころか、大いに不安を感じる。同じようにメールでお断りしたところ、「その場で答えて欲しかった」と抗議のお返事を頂いた。


 1週間で3人となると、かなり速いペースと言えるが、これには少し訳がある。

 それは、宣言から2日目『ぎっくり腰廃女』という不名誉な称号を得てから4日目のこと、廃校を借りるため、申請に必要な事業計画書の作成に精を出していた10日前に遡る。


 「利益について………と、やっぱり直接利益を上げるには販売するのが手っ取り早いか………」

 花を販売するとなると販売先は何所になるのだろうか?

 「それはやっぱり需要がある場所………かな?」

 需要がある場所………墓地近くの花屋とか?結婚式場近くの花屋とか?生け花教室の講師や生徒が群で生息する地域の花屋とか?

 

 種類別で考えれば………。


 ①一般のお客さん(個人への小売り)

 ②花屋などの企業(団体への卸売り)

 ③その他


 ―――と、まあこんな所だろう。


 ①の一般のお客さんは、現地に直接足を運んで貰うか、別の場所に直売所を設けて販売する。もしくはネットで通販という手もある。

 ②の場合は、花屋などの店舗や花を扱う企業へ営業を掛ける。(私は嫌、営業苦手)

 ③は知らん!


 お金、耕地面積、時間など………。これらの情報を事業計画書にカキカキしていく。

 まずは耕地面積を勝手に決めてしまおう。

 「待った!そもそも学校のグラウンドを畑に変えるということが、本当に可能なのか?」


 計画を根底から覆される可能性がある重要事項についてちょっと調べてみた。

 『グラウンド 畑を作る』で検索。

 「あ~ん、出てこんな………」

 『荒れ地 畑を作る 運動場』

 「お?、あった!」

 質問投稿サイトに1件の書き込みを見つけた。

 『学校の運動場のような固い土を畑にしたいのですが、運動場のような土でも畑にする事とはできますか?』―――という質問に対しての回答を読んでいく。

 「ほうほう、へぇ~………」

 運動場のような栄養の薄そうな硬い土でも手を加えて柔らかくすれば畑に変えることが出来るということが判った。そうと判れば怖いもん無しだ!


 「数件応募しようにも廃校によってグラウンドのサイズがバラバラなのは面倒くさいな………」

 何件かの廃校をピックアップして、それらのグラウンドの面積を調べて平均値を把握する。平均値より2割程小さい面積を耕地面積として、収穫の見込みを事業計画書にカキカキしていく。


 「1件目が駄目でも計画段階で小さめにしておけば、他の廃校に申し込む時、グラウンドのサイズが合えばそのまま計画書を使い回せるようになるからね。名付けて『小は大を兼ねる作戦』だ!」


 あとは経費か………。

 グラウンドを畑にするとなると、水道代が馬鹿にならん。

 水は経費節約のため天然の資源を使用したい。

 天然の水………川、池、地下水、雨水、といったところかな?立地も深く関わってくるから後で調べてみよう。

 経費についてザックリとした数字を事業計画書にカキカキしていく。

 「金、金、金、そして金………っと」


 モニタの画面を見つめて、ニヤリと口元を歪める。

 「よし、出来た。地方自治体なんぞ、私の計画書に掛かればイチコロよ。ふふふ………ンフフフフ」


 廃校の活用者募集を出している管理団体に早速応募してみる。

 まずは1件、問い合わせ先は廃校の管理部署、つまり地域によってによって名前も部署も異なる。とりあえず自宅から一番近いところに申し込んでみることにした。


 「そうら行け!」

 廃校の管理部署に向けて事業計画書を添付したメールを………送信。

 ―――そして数時間後。


 会社勤めを辞めてからは、節約のため出来るだけ自炊するようにしている。

 昼頃過ぎ、近所のスーパーに買い出しを終えてカレーを煮込んでいる時。空いた時間にふとメールを確認してみると―――


 「お、メール返ってきた」


 ―――廃校の管理部署からメールが届いていた。


 『ご応募有り難う御座います。これより事業計画審査に入らせていただきます。審査修了まで最長で1週間程掛かる場合が御座います』


 「んー、なんだ………これから始めますよっていう報告か………」


 現在カレーを煮込んでいるかなり大きめの鍋の前に舞い戻る。

 宮原かずみ流カレー精製術は味よりも第一に効率が優先される。

 出来上がった分は1週間分の作り置きのため、大きいタッパー2つに分けて冷蔵庫で保存される。

 自炊を初めた頃は精々3日分を作り億程度だったのだが、分量がどんどん増えていき、今では1週間分を作るのが日常となっている。

 過去最長で2週間分を(こしら)えたことがあるのだが、腐らないように火を入れても酸化や発酵による味の劣化を抑えることが出来ずまた、長期保存の弊害によりスパイスの風味も飛んでしまうことから、2週間の保存は不可能と泣く泣く断念した。

その後、冷凍という道を模索するも、解凍後に見られる具材のグズグズ感に耐えられず。宮原かずみの中で、冷凍は無しという結論に至った。


 その後何度かの失敗を重ね、何度かの微調整により、長期保存のギリギリのラインである1週間という数字を叩き出したのである。

 1週間………この数字、はただの偶然では無く、試行錯誤の末に辿り着いた宮原かずみのカレー哲学により編み出された必然的な効率を表わす数字なのである。


 まず、第一のタッパーは、ライスにぶっ掛けられ、カレーライスとしてそのまま普通に消費される手筈となっている。第2のタッパーは調理の際、具材や調味料が付け足され、うどん、またはリゾットとして消費される。

うどんにはネギや和風出汁、たまに変化球で生姜などを追加し、リゾットにはトマト、牛乳やチーズを追加する。

 テイストにバリエーションを持たせることにより、長期間連続して繰り出される同じメニューであっても飽きが来ないよう工夫が………施されている。


 宮原かずみは怠惰ではあるのだが”如何に効率よく楽をするか”という工夫と努力を常に忘れない、前向きで上級者と呼べる『怠け者』であることが窺い知れる。


 「おし、あとは火を弱めて煮込むか………これで暫く食事準備が楽になるな」

 その日、新たに1件のWEBデザインの仕事を請け負い。終日仕事に没頭した。


 ―――そして翌日。

 カレーの皿をテーブルに置いて、お味噌汁のお椀を持ち上げる。

 「ズズズ………ふう」

 テーブルの上に置かれているノートPCを操作して1件の、メールを開く。

 『廃校活用プロジェクトご応募有り難う御座います』

 という件名をクリックする。

 『審査の結果、事業計画が不十分であると判断させていただき、今回のご提案は見送らせていただきます。今後は………』


 つまり、駄目だったと言う事。一言で言えばボツ、やり直し。おととい来やがれ―――と言うことだ。

 「うわ~………マジかー………ズズズ」


 ダメ出しの内容は次の通り。

 ①お金の計算をもっと具体的に(特に月々、年間それぞれの売上と経費について)

 ②実際に協力者を集めてから応募して下さい(そこは未定じゃアカンよ君!)

 ③もう少し革新的なアイディアが欲しい(花植えて売るだけじゃ正直つまらんわ)

 ―――以上。


 「ぐう………全部正論だ。反論できない………」

 更に残ったカレーを掻き込む。

 「ハグハグ………2日目カレー、うめえ」

 テンションでごまかしていたけど、冷静になって計画書を読み返していると、確かに荒が目立つ。

 メールにはもう一度計画煮詰めてから、応募して欲しいと書いてあった。

 確かにお役人さんを説得できないような計画だと途中で破綻する可能性の方が高くなる。


 「じゃあ、やりますか………まず最初は………収益の構造、利益を生み出す仕組みの見直し。やっぱりお金か?金か?世の中金か?」


 それから何度かのやり取りが続き、①応募→②ボツ→③修正→①に戻る、というフローチャートをなぞりながら、『エターナル・ハナア』計画は少しずつ………進化していった。


 お金も大事だけど、それと平行してやらなければならないこともあった。

 「人・材・確・保!」

 事業を立ち上げる上では一番厄介な分野でもある。

 計画の修正、応募をしている内に、廃校管理部署の担当者から気になる情報が飛び込んできた。

 『他にも応募がありました。そちらの計画が有効だと判断した場合、その方の計画で具体的にお話を進めることになります』

 つまりは、ライバルが現れて「先を越される可能性もありますよ」と警告してくれたのだ。

 「うー………マジかー、時間制限が出来てしまった。早く私に忠誠を誓ってくれる仲間を集めなければ………」


 ―――そういった訳であり、今私は若干焦っている。ビジネスパートナー募集のマッチングサイトに書き込みをしたところ、1人目、2人目、3人目と続けて会ってみたのだが、残念な事に私の求める人材では無かった。


 宣言から12日目、新里さんと別れて帰宅してみると、1通のメールが届いていた。


 『Re:廃校活用プロジェクトご応募有り難う御座います』

 嫌な予感を感じつつも、件名をクリックする。

 

『ご応募有り難うございます。何度も修正していただいて、申し訳御座いませんでした。誠に残念ながら、別件で申し込みをして頂いた方の審査が通り………』


 「あー、先を越されたか………もういいや。どうでもいいや………」

 そんなこんなで、色々動いてきたものの、やる気が尽きて………カレーも尽きた。


 「フラワーパークを作るなんてこと、やっぱり無理だったのかな………」

 深く溜息を吐きながら椅子から立ち上がり、腰に手を当てゆっくりと腰を回転する。


 「凍・結!!」


 発動12日目にして『エターナル・ハナア』計画は準備段階で……無期限の凍結処分となった。


「腰が………痛いな………」


 ―第3話 『空調のエキスパート』―


 サボテンは強い植物だ。

 アメリカ大陸を原産とする種が多く、植物にとっては大敵である乾燥した厳しい環境に生息している奴等が多い。

 水が無くても育つというイメージがあるが、成長期に当たる春~夏場は意外と水を欲しがり、休眠期に当たる秋の終わり頃~冬場はイメージ通りに水が無くてもしっかりと生き延びる。肥料もそれ程必要とせず。常にハングリーな状態であっても逞しく育つ。

 そう、サボテンは強い。


 「ケビン達は強い………12日で挫折した私と違って………」

 腰に負担を掛けないように、サボテンの鉢植えを移動させていく。

 凍結から早1ヶ月、『エターナル・ハナア』計画の準備計画発動宣言から早1ヶ月と12日が経過していた。

 季節は冬から、ヒノキ花粉が元気に飛び交う時期に変わっていた。あれから特に変化も無く、WEBデザインの仕事をしながら生活している。

 

 「ん?メール?………ああ、そう言えばパートナー募集の記事、まだ削除していなかったな………ここ最近、やる気なさ過ぎて忘れてたわ」


 『ビジネスパートナー募集の件です』

 件名をクリックしてメールを開いてみる。


 「はじめまして、西田と申します。個人経営で、空調などの取り付け業務を請け負う会社を経営しており―――是非参加させていただきたく、妻も是非協力したいと申しております」

「え?夫婦で応募してきたってこと?これは珍しい………のかな?うわ、やる気満々だ!」


 ギシッと椅子の背もたれに体を預けて、天井を見上げる。私の頭の中では未だ見ぬ西田夫妻がキラッキラした目でこっちを見ていた。

 「あー、どうしよう………もういっその事、断る序でに計画全部差し上げてしまおうか」


 西田夫妻、奥さんの年齢は書いていないが、旦那さんは63歳、仕事はエアコンの修理、取り付け業を営んでおり、近々引退を考えているとのこと。

 書き入れ時である夏以外は休業して、その空いた時間に協力したいと応募したそうだ。


「是非お会いして詳しく話が聞きたい………か」


印刷した事業計画書、初期の物と、何度か手直しして修正を加えた物を手に取ってみる。

二者を見比べてみるとかなり違いがあることが改めて解る。


「う~ん、もう少し楽しく………販売するにしても、例えばイベントなんかを併用してお祭りみたいにするとか、学校という広い施設があるんだから収容出来る人数も多いし………」


計画を手渡すにしても、”人様に渡しても恥ずかしくないように”という僅かな意地かプライドのような感情が湧いてくる。属に言う”立つ鳥跡を濁さず”と言うヤツだ。

 「自分達で育てた物を売るだけでは無く、外部から人を呼んで………あ、そうだ卸売市場みたいに………農家と買い手(バイヤー)を集めて………手数料として出店料を取って、廃校の花市、いや………学校のフラワーマーケット、スクールフラワー・フェスティバル」


 そんな感じで場所だけ提供するというのもアリか………。

 一つの案としてはまあ及第点かな?

 新たに思いついたアイディアを一案として、事業計画書にカキカキしていく。

 「おし、ここまで来たら何所に嫁に出しても恥ずかしくないような立派な計画に仕上げてやる!」


 何やらおかしな方向に火が付いた。

 「経費はできるだけ抑えた方が良いな………先のことを考えて、光熱費は………」

 それから数日、嫁入り前の計画を再び煮詰めるために有らん限りの知恵を絞ってアイディアを付け加えていった。


 「さてと………それじゃあ、カレーを作るか!」

 数分後、思考をまとめながら椅子から立ち上がると1週間分のカレーを作るべく、トントンと腰を叩いてキッチンへと向かった。


 西田夫妻からメールを受け取ってから1週間後、遂にその時が来た。嫁入りの時である。念のため補足しておくが………勿論、それは勿論、私では無い。今の所私が嫁になる予定は無い。

 以前、新里さんと会った喫茶店の同じ席………の1つ隣の席で嫁をスッと手放す。

 「これが計画書です。どうぞ」


 嫁を送り出す父親の心境―――


 (我が子よ達者で暮らすのですよ。母は何時でも貴方のことを遠くから見守って………あ、いや見守ることは無いか、うんそれは無理だわ、まあ適当に歯磨いて達者で暮らせよ)


 ―――にはならない。


 「ここまで本格的に計画を立てていたのですか」

 少し驚いた様子で計画書を受け取った西田さん(旦那の方)が

 「はい、そう………ですね」

 (ここ数日間で………だけどね)


 「実は、私の方でもやってみたいことが色々ありまして………」

 話を聞いてみると、現在趣味で畑を作っているそうだ、少し郊外のレンタル畑の制度を利用して、色々な野菜を育ててきたらしい………。

 「タマネギ、じゃがいも、薩摩芋、人参、トマト、キャベツ、カボチャ、カブ、他にも色々と………」

 旦那さんがそう答えると奥さんが間髪入れずに、

 「タマネギは収穫しすぎて大変だったのよ。この人ったら50個くらい家に持って帰ってきてねえ………」

 と、その時のことを思い出してだろうか、少し嬉しそうにタマネギの苦労話を奥さんが語りだす。

 奥さんの話を遮るように、今度は旦那さんが話し出した。

 「宮原さんの花の計画を見た時に、養蜂にも挑戦してみたくなりましてね。そのことを妻に話したら、こいつも参加したいって言い出しまして」


 ハチミツか、直接売る?採算は取れるのかな?それならいっその事、ハチミツを使った………。


 「お菓子作り」


 あ、今奥さんとハモっちゃった。

 奥さんと目が合う。嬉しそうに微笑んでいた。

 

 西田夫妻と別れて、店を出て、電車に乗って、帰路途中、ふと立ち止まる。

 「あ、しまった。計画凍結したって、説明するの忘れてた」 

 計画について普通に前向きに話し込んでしまった。

 「でも、西田夫妻、良い人だったな………花、畑、野菜、果物、ハチミツ………そしてお菓子か………」


 (これだけで行けるか?でも何かが足りない気がする………何かもう一つ………)


 時刻は陽が落ちて、季節は桜の散る花粉の全盛期。春とは言えまだ少し肌寒い。一度は凍結を宣言した『エターナル・ハナア』計画の下準備計画は、凍結後も少しずつ成長を繰り返していった。


 ―第4話 『計画の再始動』―


 「ほっほっほっほっほ………」

 ―――っと一定のリズムで足を交互に前に出す。

 ここ一ヵ月間、出来るだけ時間を作りモミの木公園の周りを徘徊するという運動?を続けてきた。その成果が現われたのか、ここ最近でようやく走れるようになるまで腰の状態は回復している。


 元々運動は嫌いでは無いし、苦手でも無い。しかし、社会に出てからは体を動かす機会が極端に減り、会社勤めを辞めてからは更に減った。中学、高校とバスケ部に所属していた時分の自分は果たして今の自分の姿を想像できただろうか………。


 西田夫妻と対面してた翌日。午後15時を回った頃、運動を終えて自宅へ帰るとWEBデザインの仕事をするため、PCへと向かう。仕事をする時はラックに設置されているデスクトップ型を使用している。背後のテーブルに置かれているノート型を使うことも出来るが、プライベート用と仕事用をキッチリと分けて使うようにしている。


 以前、仕事用にWEBサーバーをこの部屋に構築しようかと考えたこともあるのだが、時間が経てばマシンも型落ちとなり、時期が来たら買い換えないといけなくなる。技術者にとってPCは消耗品と考えられているため、決して安くない消耗品を買うくらいなら、安いレンタルサーバーを利用した方が安上がりだという結論に至った。


 「1台増やせば電気代も食うし、OSは無料だけどウィルス対策ソフトとかの費用も掛かる。何よりサーバーを構築するのが面倒くさい。よって不要」

 

 仕事の時間は午前中に2時間、午後に3時間、気が乗れば夜に2~3時間程が基本となるが、気分によっては1日30分で終わることもある。

 請け負った直後はフルタイムで働き、日の経過と共に仕事量(やる気)が減少していく、そして、納期が近づくにつれ慌てて仕事量を再び増やしていく………この現象は、仕事の量(請け負ったページ数)が多い時によく見られ、短期で片付く仕事は早い内に一気に片付けてしまうという法則が出来上がっていた。


 今は丁度、仕事を請け負った中間地点、最もやる気の起きない時期になる。

 「やっぱり、やーめた」

 WEB開発ソフトを立ち上げて5分後、僅かに進捗した案件を閉じて保存すると、計画書を作成している文書作成ソフトを立ち上げる。


 「そう言えば、西田夫妻にメールで挨拶していなかったな………」

 計画書を流し読みしながらこの先どうするかを考えていた。

 「本当は凍結しているんだけどな………凍結解除するにはまだ計画自体が弱い、何かが足りていないと思うし………」

 足りないとなると、それは売上?経費の見直し?労力?リスクマネージメント?それともこの計画の根幹を担うシステムそのもの?自分自身が納得できないとなると、他人(ひと)様を説得するのなんて尚更無理だと言える。

 

 「メールしとこ………お、西田夫妻から届いてるな………お?」

 受信した未読メールは4件、1件目は解除しても解除してもしつこく毎日飛んでくる大手ポータルサイトのメルマガ、いわゆる迷惑メールと呼ばれるヤツだ。そして2件目、解除しても解除してもネチっこく毎日飛んでくる大手ショッピングサイトのメルマガ、いわゆる迷惑メール。3件目は西田さん夫妻から、そして4件目………。

 

 「新里さんからメールが来てるな………内容は、え~と………」

 とりあえず迷惑メールは捨て置く、西田夫妻からのメールは、軽い挨拶と昨日のお礼と今後とも宜しく………といった内容だった。これは後で返信しておくとして、重要なのはその後、最後の1件、新里さんからのメールだ。


 メールに添付されたドキュメントをダウンロードして、デスクトップに放り込み、早速開いてみる。

 「これは………計画書?」

 新里さんからのメール、要約すると「もう一度会って話したい」という内容だった。


 ―――翌日

 2ヶ月程前に会った喫茶店の一席で新里さんと再び対面する事となった。


 「この2ヶ月間勉強してフラワーアレンジメントの資格を取得しました」

 新里さんは、如何にも卒業証書が入っていそうな、言葉では形容し難い”ズニョ”とした柄の筒をスッポンと勢い良く空けると、中から高級そうな紙を取り出して私の目前に広げて見せた。

 初めてハイテク機械と遭遇した原始人のように、恐る恐る顔を近づけてみる。

 「フラワーアレンジメントインストラクター認定証?………ハッ!」


 宮原かずみの頭の中で、モミの木公園ウォーキング教室と認定証が重なって勢い良く弾け飛んだ。


 「教室………ワークショップ、カルチャースクール、遊べる施設、学べる施設、違った方向から人を集める。そんなサービス………体験できるそんなシステム」

 (人が集まれば地域の活性化にも繋がり、審査が通りやすくなる?副次的な利益も生まれる。例えばお土産になるような物を販売したりして………)

 暫くの間、動きを止めて思考を巡らす。


 いきなり動きを止めた私を新里さんは眉を歪めて、訝しげな視線を向けてくる。

 「ちょっと、何か言ってよ。苦労して資格取得したのよ!」 

 「へえ~資格取る勉強してたんだ。ああ、うん、良いんじゃない、おつかれさまー………」

 「ちょっと、反応が薄い!これ取るのにどれだけ勉強したと思ってるの?2ヶ月よ!2ヶ月!!」

 正直いきなり資格の認定証を見せられて驚いているのだが、それ以上に最後の不足していたピースが埋まる高揚感に近い感覚に上書きされて、驚きは薄れていった。


 新里さんとは何度かメールを通してやり取りを重ねる内に、結構フランクに話せるような関係になっていた。


 「アレ?そう言えば何で断ったんだっけ?」

 今、ふと感じた疑問をそのまま口に出す。

 「性格が合わないから、何れ私とは意見が合わずに衝突するって、貴方が言ったのよ!」 「ああ、そうだっけ?なんかもうどうでもいいや」

 (ああ、この人やっぱり強引だ………性格合わないのは本当なんだけどな………でも)

 「不足していた部分が埋まった感じがする………今度こそこれなら行けるかな?」

 

 もういいよと、私が手で軽く新里さんの認定証を持つ手を押すと、突き出していた両手を畳んで、今度は手と入れ替わる形で少し身を乗り出してきた。

 「それで?計画書は読んでくれた?貴方の計画に私も参加して良いの?」

 「ええよ」

 「くッ、そんな軽くあしらうように………」

 間髪入れずに答えると新里さんは、私の言葉というより態度に納得いかないといった表情を浮かべながら認定証を大事そうに筒に仕舞った。


 「あーいや、はいはい、本当に凄いって、今ちょっと考え事してて、さっきまで計画の最後のピースが埋まらなくて、新里さんのお陰でそれがようやく埋まりそうなのよ」

 新里さんの計画とは、花をただ販売するだけでなく、フラワーアレンジメント、つまり花束や花飾りを作って販売するといった内容だった。要は花を加工して付加価値を付けるという事だ。その分手間は掛かるが売上の原価は確実に上がる。


 花、養蜂、青果、お菓子………ここに新たにフラワーアレンジメントと体験スクールが加わり、必要なキーワードは出揃った。後はこれらを上手く組み合わせて、事業計画へと昇華させなければならない。

 

 「ふふふ、面白くなってきたぜ………」


 この日、凍結中の計画が更に一段階進化を遂げた。凍結とは決して動くことのないという意味で使われる。しかし、これだけ明確な”動き”を見せては、もう凍結状態と呼ぶには無理がある。気が付けば計画は再び動き出していた。


めんどくさいので明日書きます。

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