転生魔王は自殺したい!?
「作戦ナンバー32! 水没!!」
そう言ってから、俺は自分の部屋で水魔法を全力行使した。
圧倒的な魔力を消費して発動したそれは、凄まじい勢い満たしていく。途中で俺も沈んでいったが、構わずに放射し続けた。
完全に水没。
独特の浮遊感があり、上下左右どこを見ても透明な水がある。高価な調度品たちもふわふわ浮きながら、水中をさまよっていた。その景色は、まるで夢の世界に入ってしまったかのようだ。
だが、それだけだ。
当然水圧もそこまで強いわけではないし、極僅かだが酸素があるため息苦しくも無い。これでは攻撃にもならないだろう。
作戦ナンバー32『水没』
結果:水中アトラクション
やはり、か。
やはり、この程度では奴を殺すことは出来ない。奴を倒すことは出来ない。
あの憎々しい魔王を。
魔王である、この、俺を。
◇◇◇◇
目が覚めたら魔王になっていた、なんてファンタジックなことが俺の身に起こったのは、今から約一か月前のことだ。
日本でサラリーマンだった俺は、トラックに轢かれてその生涯の幕を閉じた。
……のだろう。
はっきりとしない言い方だが。いや、ね? ぶっちゃけ、轢かれてすぐ異世界に転生しちゃってたから、地球での俺がどうなってるか分からないんですよ。
まだ俺の体は生きていて、俺は生霊みたいなものである、ということかもしれない。もしかしたら、俺は日本にいたサラリーマンの記憶を持っているだけのただの異世界人なのかもしれないし、その記憶自体が妄想の産物と言う可能性もある。
まあ、とにかく、轢かれて目が覚めたら魔王だったんだよ。
どうやら俺は永き封印から解き放たれた古の魔王らしい。俺の側近の人が教えてくれた。
俺の側近――四大魔将という四天王的な魔王軍幹部の一人、『戦闘執事』セバス・チャーンさんは俺に色々なことを教えてくれたのだ。
例えば、魔王軍の人事とか、人間との戦いの現状とか。魔族と人間の戦争は現在休戦状態にあるらしい。 魔族は魔王の降臨を待って人間領に侵攻するつもりだったらしく、兵を無駄に損なわないために、魔族領と人間領の境を最低限の兵力で守っている状況のようだ。
んで、そこまで聞かされて、俺はあることを思い出した。
世界観が、俺が日本でやっていたゲーム『TEMPLATE・QUEST・RPG』通称『テンクエ』のそれにそっくりなんだ。
テンクエは王道の一人用RPGで、それなりに売れた作品だ。まあ、竜への冒険とか最後の作品とかに比べれば全然だけどな。
ストーリーはちょっとアレだが、戦闘のシステムはよくできていて、続編の制作は発売直後に決定した。
ちなみに俺が勤めていたゲーム会社の作品でもある。俺も制作メンバーに入っていた。
そう、これは宣伝だ。
……まあ、閑話休題。
開発チームの人間がゲームの世界に転生って、知識チートだよな? よっしゃラッキー。しかもラスボスにして戦闘力最強の魔王だろ? 俺、神になれるんじゃね? 将来の夢『新世界の神』で良い?
そう思って――まあ、後半は冗談だが――テンクエのことを出来る限り思い出すことにした。ある程度前の作品なので細部は完全には覚えていなかったが、大まかなストーリーや主要キャラクターは想起することが出来た。
テンクエの設定は……。
『現代に復活し、人間領の支配をもくろむ古代の魔王。追い詰められた人間達は異世界から勇者を呼ぶことにした。召喚された勇者は、王国の第二王女である聖女や不敗の剣王、禁忌を犯した賢者等と一緒に次々と魔族を蹴散らす。そして遂に、魔王を再び封印することに成功した』
というストーリーだ!
どうだ、普通過ぎてビビったか!
一応弁解しておくけど、俺は脚本にはまったく関わってないから。
まあ、こんなことはどうでも良い。名前に恥じぬ酷いテンプレっぷりだけど、別に不都合がある訳ではない。
そんなのよりも遥かに大事なことを思い出してしまったのだ。
この物語で本当に重要なのはクライマックス、対魔王戦。
『勇者たちは魔王を追い詰めるのだが、魔王の特殊能力により完全に滅することが出来ない。打つ手なしでどうすれば、というところでヒロインである聖女が自分の命を代償に魔王を再び封印することに成功する。そして再び世に平和は戻ったのであった』
ふざけんな!!
なに聖女ちゃん殺してんだよ!!
俺はこの聖女ちゃんがかなり好きで、それはもう好きで、最後に死ぬということが分かったときには退職願を提出しかけたほどだ。
まあ、引き留められたり、次回作では聖女ちゃんを復活させるということを交渉で取り付けたりの結果、会社には残ったのだが。
いや、だってさあ。何で聖女ちゃんが死ななくちゃならないんだよ。あんなに可愛くて優しくて世界の為を思ってて可愛くて綺麗で一途で可愛くて愛らしくて可愛くて可愛い聖女たんが死ななくちゃならないんだよ!!
マジでさ、脚本知ったときは自殺しようかと思ったほどだぜ?
と、まあ、ここまで語ったことで俺の聖女ちゃんへの愛は伝わったと思う。
でさ。で、よ。
良く考えたら聖女ちゃんが死んだ――まだ生きているので『これから死ぬ』だが――原因って魔王じゃん?
もう、自殺するしかないじゃん?
逆に考えたら、俺が居なければ聖女ちゃんは死なないっていうことじゃん?
じゃあ、自殺するしかないじゃん?
ということで、俺は知識チート等を駆使して自殺することにしたのでしたっ!!
何でそれだけのことで死ぬんだよ、と思う人がいるかもしれないが、これは俺にとっては第三次世界大戦とかよりもよっぽど重要なことなんだよ。もう、むしろ聖女ちゃんがいたら、その可愛さだけで戦争が終わるレベル。いや、マジで。
◇◇◇◇
と、いうことで、魔王自殺作戦の第一回目を決行することになった。
ちなみに、危ないので、決して誰も部屋に入れないように執事には言ってある。
「よし、じゃあいくぞ!!」
大声を出して、自分に喝を入れる。少しだけ自分の中に残っている死への恐怖を克服するためだ。
俺の右手には剣が握られている。とりあえず、最初は日本人らしくいこう。
「作戦ナンバー1! 切腹!!」
聖女ちゃんの柔らかい笑顔を思い浮かべながら、俺は勢いよく剣を振り上げ、自分の腹めがけて刺突する。
作戦ナンバー1『切腹』
結果:剣が折れる
「――はい!?」
俺の腹を掻っ切るかと思われたそれは、皮にぶつかった時点でぽっきりと折れてしまった。それはもう見事に。
俺の体は金属か何かで出来てるのかよ。魔王ヤバすぎだろ。生物としてあり得ない硬さしてんじゃねえよ。
……とまあ、こうして俺の第一回目の自殺は拍子抜け、というか自分の強さ化け物さに戦慄しただけで終わったのだった。
◇◇◇◇
作戦を開始して数日。俺は未だに生き残ってしまっていた。
トントン、とドアをノックする音が聞こえる。見てみると、どうやらセバスがドアを開けようとしているようだ。
入室を許すと、セバスは俺に向かって頭を下げる。
下げる。
下げる。
上げない。
あ、そっか。俺の許しがないと上げちゃ駄目なのか。魔族社会めんどくさ過ぎるだろ。
「頭あげていいぞ」
「はっ」
かしこまりながらも、セバスは一応俺の方を向いた。
でも、何の用だろう。
「人間領への侵攻について、如何様にすべきか伺いたいのです」
あー、はいはい。なるほどね。そういえば、俺が復活したら攻めるって話になってたんだっけ。
うん。却下で。
確か、魔王軍の侵攻によって聖女ちゃんのお兄さんが一人死んだはず。それによって聖女ちゃんは魔族に強い恨みを抱いていたのだ。
聖女ちゃんを苦しめることをする訳ないだろ。却下だ。
「現状維持で頼む」
今だって、別に人間側に攻められてるとかそういうわけではないんだし、これでいいだろ。
セバスは若干不満そうな顔を見せたが、渋々納得したようで部屋から出ていった。
よし、余計な邪魔者は出ていったし、今日も張り切って自殺しよう!
……うーん、自殺っていうと、なんか字面がよくないな。もっと別の表現無いかな?例えば、『聖女ちゃんのために命を捧げる運動』とか。
いや、長すぎるし、命を捧げるじゃ自殺とあんまり変わらないな。これじゃ狂信者だ。
方向性を変えよう。明るくポジティブな感じで。
『聖女ちゃんを愛する』とかどうだろうか。
聖女ちゃんのために、というのは明確にしつつも、直接的な生死に関する表現は避けられている。完璧じゃないか。
「よし、今日も張り切って聖女ちゃんを愛そう!!」
うん。これは絶対に違う。なんか危険な香りがする。
まあ、そんなことどうでもいいか。さっさと自殺だ。
今日はどうするかな。まだやってないのは……そうだ、部屋の中を真空にして窒息とかどうだろう。
使うのは風魔法で良いな。よし、窓とかドアを閉め切って。
「作戦ナンバー5! 窒息!!」
お、なんか空気が薄くなっていくのがわかる。これいけるんじゃないか?
そもそも、生物であるなら真空状態で生きていくことは不可能だ。流石に魔王でも普通に死ぬだろうな。
いや、フラグじゃないぞ? フラグじゃ。
作戦ナンバー5『窒息』
結果:今、何かしたか?
何かしたよ馬鹿野郎。
いや、これマジでどういうこと? 魔王様が生物じゃない疑惑出てきたんだけど。息出来なくても生きてけるとかいう設定あった?
まあ不死身が売りのラスボスだし、それくらいは想定しておくべきだったか。次の方法を考えよう。
◇◇◇◇
それから数日。
様々な方法を試してみるも、やはり聖女ちゃんを愛することはできなかった。
……うん、やっぱこの隠語はナシで。意味がわかんねえ。
えーと、次は毒とかにしようかな。前に毒を飲むのはやったから、今回は部屋に毒を充満させてみよう。空気を全部酸素にするとかでいいか。
「作戦ナンバー43! 毒殺パターン2!!」
作戦ナンバー43『毒殺パターン2』
結果:意外とこの空気美味しい
うーん、やっぱりダメだったか。窒息とか水没とかがダメだった時点でこういう系は無理なんじゃ無いか、と薄々気づいてはいたんだよね。もしかしたらの可能性があるから一応やってみたんだけど。
しょうがないから空気を元に戻そう、そう思ったところで、急にドアが勢いよく開いた。
「魔王様! 現状維持とはどういうことですか! 兵士にも不満が溜まっております。何卒再考を!」
あれは、四大魔将の『守護大将』ジークムントか。
うーん、それの意見も分からなくはないし、俺を慕ってくれる君たちの希望はできるだけ叶えてやりたいんだけど、やっぱり聖女ちゃん優先で。
俺の反応が芳しく無いことに気づいたのか、さらに言葉を続けようとジークムントは大きく息を吸い込んだ。
って、この部屋の空気を吸い込んだらマズい!
「貴方様ならば容易に人間どもを蹴散らせ……ゴフッ……」
「ジークムントォォォォォ!!」
ぐ、ダメだ。もう死んでる。
ジークムント、いい奴だったのに。いや、実はよく知らないけど。
と、とりあえずドアを閉めておこう。
……しかし、どうするか。
部屋の入り口で息倒れた魔王軍幹部。流石にこの状況を見れば、誰でも俺がやったと思うだろう。それは魔王様とはいえちょっとマズい。
とは言っても、魔王の力は攻撃や自己強化に特化しているから、蘇生魔法などは使うことができない。
じゃあ、どうするか。
よし、見なかったことにしよう。
その後俺は、転移魔法を使って山奥にジークムントを捨ててきた。
◇◇◇◇
「現状維持で頼む」
「……了解しました」
再び俺の意見を聞きにきたセバスを適当にあしらって帰す。悪いが、今日はお前に構ってる暇はない。
俺は、本日最初の自殺、作戦ナンバー86を成功させるために神経を集中させているのだ。
今回使う魔法は、魔王である俺でさえ容易にはできない。一瞬でも気をぬくと、中途半端な威力のまま暴発してしまうだろう。
集中。集中だ。
よし、もう少しで完成する。
「魔王様!」
なんかドアの開閉音とか俺を呼ぶ声とかが聞こえた気がしたが、気のせいだろう。危険だから誰も入らないように言ってるんだし。ジークムントは入ってきたけど。
ともかく、空耳なんかで集中を乱されてはダメだ。
きた、完成!
「作戦ナンバー86! 原爆!!」
あとはこの手の中にある、原子爆弾と同じ性質を持った魔法を解き放つだけ。
「聞いているのですか、魔王様!」
ここでまた空耳か。だが、ここまできて失敗は許されない。邪魔はさせねえぞ!
「吹き飛べ!【終焉爆弾】!!」
あの圧倒的な熱は全てを飲み込み、調度品なども消しとばす。……どかしときゃよかった。
ん? 人型の焦げたナニカが一瞬見えてすぐに燃え尽き消えたんだが、人形なんか置いてたっけ?
よし、流石は現代世界が誇る最終兵器。これならば。
作戦ナンバー86『原爆』
結果:きたねぇ花火だ
というか、結果が出てる時点で俺が死んでないの丸わかりだよね。
しかし、そうか。これが絶望か。まさか、原爆でも無傷とは。
吉田沙◯里を目の前にした対戦相手ってこんな気持ちだったのかな。
仕方がない、次だ次。
◇◇◇◇
またまた数日が経ったのだが、やはり死ぬ気配はない。
もう無理なのではないか、そんな考えが頭をよぎる。
いや、弱気になっちゃダメだ。俺はなんとしても死ななければならない。そう、聖女ちゃんのために!
「魔王様、今後の軍に対するお考えを……」
「現状維持」
「……そうですか」
セバスといつも通りのやり取りをするのだが、疲れているのだろうか。セバスは憔悴しているように見える。
「それと、先日から『守護大将』ジークムントと『薔薇演舞』アリシエットの姿が見えないのですが、何かご存知ありませんか?」
やべ、ジークムント忘れてた。そりゃ、幹部がいなかったら疑問に思うよな。
できるだけ、普通のトーンで何も知らない風を装って……。
「知らないな」
「……そうですか」
なんとか誤魔化せたかな。
ん? でも、ジークムントはともかくアリシエットは本当に知らないんだけど。確か四大魔将の一人だったはず。前にあった時はエロい外見に似合わず真面目そうだったけど、一体どうしたのだろうか。
「失礼しました」
セバスは恭しく退室した。
さてと、今度は何をやるかな。思いつくようなのはもう一通りやったけど、まだ何かあるかもしれない。
ゲームとか漫画とかラノベとかの戦闘での死因を試してみるか。とは言っても、やったことあるのが大半だろうけど。
何があるかなぁ。自爆スイッチポチッとな? いや、原爆の下位互換だし無理か。
死亡じゃなくても、行動不能になればいいんだけど、封印とか結界は苦手だから簡単に破れてしまうだろうし。
うーん、なろうとかにいいのないかな。アレは色んな人が多作品とできるだけ被らないように工夫してるから、結構奇抜なのとかあるはず。
あ、未来にタイムトラベルとかはどうだ? アレなら完全に行動不能だ。
いや、流石に時間移動は無理か。それができるなら魔王じゃなくて神とか名乗ってるだろう。
後は……。
ヤバい。今ヤバいの思いついた。
某神殺しの魔王様が実行した肛門にパイルバンカー。いや、正直成功するビジョンが全く見えないけど、案外そういう馬鹿らしい方法の方がうまくいくかもしれない。
なんかもうヤケクソ気味になってるな。
作戦ナンバー127『パイルバンカー』
結果:あれ、意外と気持ちいい……?
「アッーーーーーー!!」
ヤバい、止まらない。なんだこれは、今まで知らなかった未知の領域。ずっとこのままでいた——
「魔王様、お話が……!?」
ドアを開けて入ってきたのは、四大魔将最後の一人にして俺を除いた魔族最強。『暗黒騎士』シュナイダーだ。
「…………」
「…………」
マズい。この状況は非常にマズい。
恐らくはシリアスな話をしにドアを開けたら、部屋の中で魔王が尻にパイルバンカーをぶっさして喘いでいたって。
アウトどころの話じゃねえ。
くっ、どうやって誤魔化す?
とりあえず刺さってる槍は引き抜いてアイテムボックスに入れた。
目が怖い。全身鎧のせいでよく見えないのだが、そのせいでシュナイダーの怖さが倍増しているように感じる。
どうする。どうすればいいんだ……!
「魔王様、お話があります。軍の今後についてです」
どうやら、なかったことにしてくれるようだ。ありがたい。
だが、今後と言われてもな。
「現状維持」
RPGの村人よろしく、馬鹿の一つ覚え。それしかない。
「攻める意思はないということですか。あなたは、復活してからずっと部屋に閉じこもり、我々に何も関与しない。それどころか、説得に来た四大魔将を二人も殺した」
あ、ジークムント殺したのバレてた。いや、だからそれは本当に不可抗力なんだって。
アリシエットはマジで知らん。
「もはや、いくら伝説の魔王とはいえ、俺はあなたの存在を許容できない。最強の四大魔将として、敵であるあなたを、いや貴様をここで討ち取る!」
おお、なんか主人公っぽい。いや、そういうノリは歓迎だぞ。俺を殺せるならさっさと殺してくれ。別に、死ぬのであれば自殺にこだわる必要はないからな。
「貴様には生半可な攻撃は通じんだろう。ならば、我が奥義を見せてやる!」
そう言ってシュナイダーは剣を抜き、力を溜め始めた。
あのエフェクトは、シュナイダーの最強技【BLACK SOUL】か。
自分の全てのHPを攻撃力に変えて放つ技で、使うと確実に死ぬ。だが、その代わりに威力は絶大で、ぶっちゃけラスボス戦時の勇者でも一撃死する程。自爆系のロマン技で格好良いからよく覚えている。
後、あれが使用されると何故か画面がフリーズするバグがあって、デスマーチ状態になりながら解決したという思い出もあるので、余計に印象深い。
あのシステム限界数値までダメージを与える最強攻撃なら、きっと俺を殺すこともできるはず。
「闇より深く夜より暗い、絶対なる黒よ。我が魂たる黒よ。全てを喰らえ。全てを飲み込め。何も残すな。破壊をもって、己の存在意義を証明せよ!【BLACK SOUL】!!」
作戦ナンバー128『暗黒騎士』
結果:パイルバンカーの方が刺激的
最強騎士の反則技でもダメなのか……。もう諦めるしかないのか……?
◇◇◇◇
その後も作戦は積み重ねた。だが、何をしてもダメ。何を考えてもダメ。もうどうすれば。
「魔王様。軍はどうしますか?」
「現状維持だ……」
いつも通りのやり取りすらも、気力が湧かず苦痛に感じる。
もう、諦めて世界征服をするか? ずっと支えてくれたセバスとだったらそれもアリだろう。
「魔王様……。あなた様がしたいことは何なのですか? あなたが望んでいるものは何ですか?」
望み? それは……。
「そもそも我々が人間領征服を目標にしているのは、あなたのためなのです。あなたを喜ばせたいがために、そうしているのです。ですが、あなたの願いはそれではない。そうでしょう?」
「ああ……」
「でしたら、世界征服などはどうでもいいのです。私たちはあなたのお役に立ちたいだけ。教えてください。あなたの望みは何ですか?」
俺の望み……それは……。
「俺は、死にたい」
そう。死んで、聖女ちゃんの命を守りたいんだ。そのためにずっと行動してきた。
「なるほど、そうですか……」
セバスは、とても優しい目でこちらを見つめてくる。
その目は、全てを悟ったような、澄んだ色をしていた。
「私たちの命を使ってください」
「それは、まさか……!? アレを使えというのか?」
「はい。全ての魔族の魂を魔力に還元し放つ、魔王様最大の奥義。それであれば、いくら魔王様といえども、耐えることはできないでしょう」
それはそうかもしれない。だが、それだけはしてはいけない。
俺個人の願いのために、全ての命を奪うなんてことは。
「お願いします。やってください。私たちはあなたに造られた。だからこそ、あなたの役に立てるならば何でもしたいのです」
そういえば、魔族は魔王が造りだした生命体っていう設定があった気がする。だからこそ、魔族の魂を力に変えることができる。
「だが……」
「お願いいたします!」
やめろ、そんな目で見ないでくれ、セバス。そんな、輝いた目で見ないでくれ。
俺は……。俺は……!
「……わかった。すまない」
「それでいいのです。あなたの願いが叶うならば、それは至上の喜びでございますから」
俺は、お前達よりも、直接あったことのない聖女ちゃんの方が好きだ。
最低だというのは理解している。
だから、すまない……。
「全ての魔なる者の命を此の手に。最後の幻想よ、来たれ!【終焔之魔砲】」
作戦ナンバー1473『終焔之魔砲』
結果:…………
……俺は、これでも死ねないのか。
◇◇◇◇
全てが終わった。いや、そもそも何も始まってすらいなかったのかもしれない。
何故なら、ずっと目を背けていたのだから。
四大魔将には世話になった。彼らとも、別の道を歩んでいたらもっといい関係を築けていたのかもしれない。シュナイダーが俺を恨みながら死んでいくことは避けられたかもしれない。
それでも、俺は自分のことを優先した。きっと、この孤独は俺に対する罰なのだろう。
このまま永遠に一人で……。
「あの、あなたが勇者様ですか?」
少女の声が聞こえる。ははっ、幻聴まで聞こえるようになったか。そろそろ本気でヤバイな。
「勇者様、勇者様!」
尚も呼んでくる声の方に目を向けると、そこには一人の少女がいた。
「聖女……ちゃん……?」
「わたしのこと、知ってるんですか?」
その可憐な姿は紛れもなく、俺が愛して愛して愛していた聖女ちゃんだった。
「なんでここに……?」
魔王討伐にはまだ早いはずだ。それに、勇者様って……?
「魔族を一人で全滅させた勇者様がいる、という神託を受けたので、ここまで来たのです。あなたが魔族を倒したのですよね?」
「ああ……そうだな。魔族を殺したのは俺だ」
最悪の理由で、だけどな。
しかし、そうか。魔族は全滅した。それはつまり、人間が俺と戦う意味はなくなったということ。
つまり、聖女ちゃんは守られたということだろうか。
「そんなにボロボロになってまで、何故戦ったんですか?」
俺の手当てをしながら聖女ちゃんは尋ねてきた。手当て、と言ってももちろん外傷があるわけではないのだが、あまりに憔悴している俺を心配して熱を測ったりしてくれている。
何故戦ったか。
何故魔族を殺したのか。
それは。
それは。
「君の、聖女ちゃんのためだ。我儘だけど、それでも、君の笑顔が消えて欲しくなかったから……」
「わたしの……ため……?」
その言葉を聞くと、聖女ちゃんは顔を真っ赤に染めた後、花のように柔らかな笑顔を浮かべた。
「あ、ありがとうございます……」
ああ、やっぱり聖女ちゃんは可愛いな。
なあ、セバス。ジークムント、アリシエット、シュナイダー。それに、顔も知らない魔族達よ。
俺は許されないことをした。
だけど。だから。
俺は、お前らを犠牲にしてまで守りたかった聖女ちゃんを、ずっとこの先も守ろうと思う。
贖罪じゃあない。それはセバスの覚悟に失礼だ。
これは、俺の誓い。
俺が、これからも今までと同じように聖女ちゃんのために動く、という誓い。
お前らの存在が無駄にならないようにするための、誓いだ。
◇◇◇◇
後に、魔族殺しの勇者は、第二王女である聖女と結ばれ王位についた。妻や子供を何よりも大切にし、全ての国民の意見に耳を傾けるその姿は、賢王として後世に語り継がれるのであった。




