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隠者の住む里  作者: 直井 倖之進
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第一章 『悪夢への旅立ち』⑧

 あれから何度カーブを越えたことだろう。何度「おかしい」と思ったことだろう。

 車内前方に設置された液晶時計は、午後四時五十分を示している。フェンスがあるはずだった場所から、既に三十分は走っている計算だ。

 それだけでも十分に奇妙なのに、もうひとつ不可思議なことがあった。

 天気だ。降り始めから一時間がすぎた今も、土砂降りが続いているのである。

 通常、どんな悪天候でも三十分も経てば雨や風は弱まると言われている。雨宿りに意味があるのもそのためだ。

 もちろん、雨宿りと違って車であるこちらは移動しているのだが、地図を見る限りでは、脇道に入ってからずっと半径五キロ圏内にいるのである。それなのに、だ。

「これだけ先が見えないと、流石に辛いな」

 何でもさらりとこなす恭也が、前を見据えたまま珍しく弱音をはいた。真横が崖という細道を命懸けで延々と運転させられているのだから無理もない。

 少しでも場を和ませようと、僕は口を開いた。

「あ、そうだ。昨日から気になっていたことが……」

 その時、

「ねぇ、ちょっと見てん! あれ!」

 僕の言葉を遮り、前列シートまで身を乗り出して千春が叫んだ。彼女の指は、真っ直ぐに正面を示している。

 彼女に倣い、僕も前方へと目を凝らした。

 だが、そこには横殴りの雨が降り注いでいるだけだった。

「別に、何も見えないぞ」

「純平は雨に気を取られすぎとるとよ。もっと遠くを眺める気持ちで見てみて」

 千春のアドバイスに従い、今度は意識して遠くに目線をやる。ずっと先に、黒い建物らしき物体が見えた。

「あれは、トンネル?」

 思ったままを口に出すと、

「やっぱり。そう見えるやろ?」

 嬉しそうに千春が声を弾ませた。

 車はトンネルに向かって一直線に進んだ。千春と同じく、僕も内心嬉しくなっていた。あれが旧犬鳴トンネルかも知れないと考えると不安もあったが、それ以上に、この大雨から逃げられることに安堵していたのである。

 歩くも同じ程度の速度で、車がトンネルに入る。

 そのとたん、車体を叩きつけていた雨音は消え、車内に静寂が訪れた。

 恭也は、一旦車を停めるとワイパーも止めた。それから、ハイビームにしたライトでトンネル内を照らす。苔と煤で汚れた、まるで廃墟のような(ずい)(どう)が、フロントガラスの先に浮かび上がった。

「何か、気味が悪かねぇ」

 後部座席の真ん中、元の席へと落ち着き、千春が呟いた。

「ねぇ、純平。ここが、旧犬鳴トンネルなのかな?」

 少し怯えた声で、由莉がそう聞いてくる。

 僕は、自分に言い聞かせるように答えた。

「違うと思うよ。だって、道の途中にフェンスはなかったし、ブロックで封鎖されてもいなかったんだから」

 手元には現代情報機器の最先端ツール、ノートパソコンがあるのだから、旧犬鳴トンネルを画像検索すれば即座に答えは出るのだが、僕は、“敢えて”それはしなかった。

「何にせよ、先に進むしかなさそうだな」

 そんな決意表明をすると、恭也は再びアクセルを踏み込んだ。

 トンネルの両側は壁だ。これまでのような命懸けでのドライブではなくなったものの、その道幅は相変わらず狭い。徐行に近いスピードで、車はゆっくりと進んで行った。

 「それにしても、本当にここはどこなんだ?」僕は、そっとノートパソコンに目を落とした。実は、先ほどから地図情報を見ているのだが、何故かこのトンネル、地図に載っていないのである。

 「変だ」至当なる感想を胸の内で呟く。

 すると、そんな僕の心の声に呼応するかのように、恭也が口を開いた。

「変だな」

「そうだろう、変なんだよ。……って、え? 何が?」

「アクセルを踏んでないのに、この車、勝手に走っている」

「な、何!」

 驚愕の事実を知らされ、僕は激しく動揺した。トンネル内は暗いためあまり速度を感じないが、スピードメーターは、既に時速二十キロメートルから三十キロメートルに迫ろうとしていた。

「皆、万一に備えて、頭を低くして構えていてくれ」

 まるで機長のような指示を恭也が出す。非常事態にこそ男の真価が問われると言うが、この冷静さは僕には決して真似ができないだろう。器が違う。

 情けない敗北感の中で、僕は、「せめて雅のパソコンだけでも守ろう」と考えた。

 ノートパソコンを閉じ、それを左腕でしっかりと抱え込む。見たくもないのに見てしまうスピードメーターは、今、まさに六十の位置を越えようとしていた。

 これは、絶対に拙い。

「き、恭也! ブレーキ!」

 取り乱して僕はがなった。

 だが、

「さっきからずっと踏んでいる」

 との声が返ってくるだけだ。

 堪らず僕は、正面に視線を移した。

「う、嘘だろ?」

 先にあったのは、……壁だった。

 あっという間に縮まる双方の距離。

「当たる! 踏ん張れ!」

 叫ぶとともに、恭也がサイドブレーキを引いた。

 ――ガッ、ガッ、ガーーー――

 そんな重金属を引き摺るような音がトンネル内に轟く。

 同時に、

「きゃああああああ」

 由莉と千春の悲鳴が響いた。

 次の瞬間、車は壁に衝突した。

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