第一章 『悪夢への旅立ち』⑤
旧犬鳴トンネルには、ざっと数えただけでも百を超える心霊現象にまつわる噂がある。この話題の豊富さが、都市伝説スポットとして有名になった所以であろう。全部を紹介すると途方もない文章量となるため、今回は、数ある噂の中から、特に目を引く三つを紹介しようと思う。
旧犬鳴トンネルにまつわる噂、その一。白いセダン車でトンネルに入ると……。
もし貴方の愛車が白のセダンであるならば、旧トンネルでは十分に気をつけたほうがよい。“トンネルを通過したら、車にびっしりと赤い手形がついていた”や“旧トンネルを訪れてから三日以内に必ず事故に遭う”、“トンネルを集団で通過した七台の車のうち、一台が消えてしまった”などの話は、白いセダン車に限って起こっている出来事だからである。
何故だかは不明だが、旧犬鳴トンネルは、白のセダンがお好みのようだ。
ここまでを音読し、僕は妙な胸騒ぎを覚えた。「確かこの車、白のセダンじゃなかったか?」と……。
まぁ、あくまでもこれは都市伝説。噂の域を超えないものだ。
気を取り直し、僕はさらに先を読んでいくことにした。
旧犬鳴トンネルにまつわる噂、その二。トンネルの壁に浮かぶ、白い女性の姿。
旧トンネル内は、暴走族の溜り場であったり有名な都市伝説スポットであったりしたことから、その壁全体に多くの落書きが見られる。
しかし、ひと区画だけそれが無い部分があり、そこには、白い女性の姿が浮かんでいるのだという。別にここだけが落書きの難を逃れたというわけではない。上から何を描いても数日経つと消え、元の白い女性の姿に戻るのである。初めは面白がって描いていた者たちも流石に気味の悪さを覚え、白い女性の上への落書きは避けるようになった。そのため、今では白い女性が浮かぶ壁には苔が生え、他と区別がつきにくい状態になっているのだそうだ。
その二を終え、僕は少し安堵していた。この話に出てきた白い女性は、何らかの害をなす存在ではないと分かったからだ。
だが、
「うーん、何かいまいちやねぇ」
「そうだね。怖くはないよね」
千春の不満に由莉が同意する。どうやら二人には不評だったようだ。
「まだ次があるから大丈夫だよ」
見たこともないウェブログの作者をフォローしつつ、僕は最後の噂を朗読し始めた。
旧犬鳴トンネルにまつわる噂、その三。旧トンネルの“先”にある幻の犬鳴村伝説。
これまで全国の都市伝説についてタブーも承知で書き記してきた私だが、この話題だけは、正直、触れてよいものかと躊躇している。
しかし、私以外にも多くいると思われる都市伝説フリークのために、キーを打つことを決意した。どうか心して読んでいただきたい。
これまでとは違った前置きに、僕は、「何だかやばそうな雰囲気だ」と思った。
だが、ここで止めるわけにもいかない。仕方なく、続く文章を読むことにした。
犬鳴村の存在は、これまでにもテレビや雑誌などを通じてまことしやかに語られてきた。
有名なものとしては、旧トンネルへと向かう細道の途中に、“この先、大日本帝国憲法は通用しません”と書かれた看板があり、そこが犬鳴村への入り口だという説である。
警察組織が介入できない地区。許可なく入れば、斧や鎌を持つ村人に殺される。犬鳴村における共通見解は、大方そのようなものである。
ところが、そこに足を踏み入れたという報告は、これまでに一度もされたことがない。内情は暴かれながらも実例はないという、何とも矛盾したお粗末な都市伝説なのである。
しかし、あくまでも“仮”の話だが、「犬鳴村への入村方法を発見した者がいる」と言ったらどう思われるだろうか?
……そう。実は、私、それを発見してしまったのである。
とはいえ、ここでこうしてブログを更新していることからも分かるとおり、まだ試みてはいない。理由は単純に怖いからだ。都市伝説は三度の飯より好きな私だが、村人に殺されてしまうなど真っ平御免なのである。
発見した入村方法を試したらどうなるのかは知りたい。だが、村人に殺されたくはない。
そんなコンフリクトの中で、私は考えた。
ここに入村方法を書いて放置してみよう、と。
酷い人間だと思われるだろうが、別に構わない。私の願いは、自分に危険が及ばぬ場所で結果を見届けたい。それに尽きるのだから。然るに皆さんも、以下に記す入村方法を試すも試さぬも自由。ご自身で判断していただきたい。
言葉にしながら僕は、「何とも無責任な話だ」と思った。もっとも、本人もそのように書いているくらいだから、自覚はあるのかも知れないが……。
思わず口を閉じる僕の意を察し、雅が言った。
「無責任だなどと考えているんじゃないだろうな? 甘いぞ、純平。人に物を売る通信販売でさえ、その商品の効用を、“個人の感想です”として責から逃れようとする時代だ。結果の分からぬ都市伝説の責任など取れるはずがないだろう」
「うーん。それはそうだが……」
納得できないながらも反論もできず、僕は言葉を濁らせた。
まぁ、何にせよ、こんなことで口論していても仕方がない。今はさっさと全てを朗読してしまうに限る。
僕は、残りの文章を読むことにした。
それでは、犬鳴村への入村方法だが、そのための条件は四つある。
ひとつは、白のセダンでトンネルに向かうこと。
これは、トンネルから消失した車が白のセダンであったという話に起因する。他と比較して狙われる確率の高い車を使うことは、重要であると思うのだ。
二つ目は、車内に空席を作らないこと。
こちらは、先の条件とはまったく逆になるのだが、狙われにくくさせるためだ。何からか? 霊からである。霊は車に空席があると乗ってくると言われている。もし、霊が乗ってきてしまったら、犬鳴村に入るどころではなくなるだろう。車内には空席を作らないことが望ましい。
三つ目。雨(できれば嵐)の日を選ぶこと。
犬鳴村の村人は非常に警戒心が強く、エンジン音やタイヤの音で即座に接近を察知する。そのため、それを消してくれる雨の日や雷が鳴る日を選ぶ必要があると考えるのである。
以上を踏まえて、四つ目だ。それは、必ず西側(久山町側)から旧トンネルへと向かうこと。
雑誌やテレビ、ネットでの体験談を見るに、約九割が県道二一号線東側から細道に入っている。その人たちの誰もが犬鳴村へ足を踏み入れたことがないのだから、東からでは駄目なのであろう。
もちろん、これだけでは説得力に欠けることは分かっている。別の理由もある。
村の入り口に立てられた“この先、大日本帝国憲法は通用しません”の看板は、細道の途中にあるとされている。
だが、本来、犬鳴村は、旧トンネルの“先”に位置するはずなのである。
これは、妙ではないか?
トンネルの“先”にあるはずの村なのに、入口はトンネルの“手前”になっているのだ。
私はこの謎を、看板を見た人たちは、皆、東側から来たのではないかと推理した。だからトンネルの手前に看板があったのだ、と。
そして、トンネルを通らない限り犬鳴村へは入村できない仕組みになっているのではないか、そう考えたのである。
もし、これが正しいとすると、その方法は、西側のルート以外になくなる。
長くなったが、以上が、私の発見した犬鳴村への入村方法である。