第二章 『イッヒ リーベ ディッヒ』①
第二章 『イッヒ リーベ ディッヒ』
屋敷、との表現が適切な日本家屋の立派な玄関。それを叩いて恭也が叫んだ。
「すみません! どなたか、どなたかいらっしゃいませんか?」
呼び鈴がないため、こうするしかなかったのだ。
少し待つと、引き戸の玄関が開いた。
「はい、はい。誰かね?」
そんなのんびりとした口調で姿を現したのは、白髪の男性。年齢は七十ぐらいで、和服を身に着け、顔に深い皺を刻んだ老紳士だった。
「突然お邪魔してすみません。実は……」
代表して恭也が事情を説明する。
すると、男性は、
「では、お前さんたち、里で唯一の出入り口を壊したのか?」
と困り顔を見せた。
「里で唯一の出入り口」男性の言葉に出てきたそれが、先ほど見た扉のことなのだと僕にはすぐに分かった。だが、他の四人には何のことだか皆目見当がつかないようだ。
その証拠に、恭也が尋ねる。
「あの、出入り口とは?」
「お前さんが突き破ったと言った壁のことだ。あれはな、向こうから見たらただの壁だが、こちらからは、トンネルを塞ぐ巨大な門になっているんだ」
「そうだったんですか。知らなかったとはいえ、すみません」
恭也が頭を下げた。由莉と千春、僕もそれに倣う。
少し遅れて、僕の陰に身を隠す雅の動く気配がした。どうやら、上がり症の彼女も何とか謝罪したようだ。
五人から詫びられることになった男性は、そこまでは要求していなかったのだろう、その顔つきを柔和なものに変えて言った。
「まぁ、形ある物はいつか壊れる。仕方がないことだ。それより、お前さんたち濡れ鼠になっているじゃないか。ちょうど空き部屋が二つあるから、そこで体を拭いたらいい」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
こうして、僕たち五人は、男性の招きによりこの立派な屋敷に暫し滞在することとなった。
男性の名前は、成滝輝昭さん。二十代から七十代まで、二十七人が暮らすこの集落の里長だった。




