プロローグ
プロローグ
「信じてもらえていない」そう気がついた。
……だけど。
「信じてもらわないといけない」そう思った。
……だから。
空調の音だけが小さく響く病室のベッドの上で、僕は、ゆっくりと上半身を起こした。
傍らのパイプ椅子に浅く腰かけていた看護師が、慌てた様子で手を差し伸べてくる。
首を横に振ってそれを制すと、僕は代わりに頼んだ。
「水を、一杯いただけますか?」
「あ、はい」
返事とともに看護師は、サイドテーブルの水差しからコップに水を移し、それを僕にくれた。
「どうも」
受け取る右手が、意思とは無関係に震えている。割れんばかりにコップを握り締めると、僕はひと息にそれを飲み干した。
全身の細胞に水分が行き渡る。「生きている」改めてそう実感した。
「あの、大丈夫ですか?」
そっと僕の手から空のコップを取り、看護師が聞いてくる。
その瞳を真っ直ぐに見つめ返して、僕は答えた。
「はい。平気です」
「そう、ですか」
心配顔を怪訝な表情に変えつつも、看護師は大人しく椅子に座り直した。
再び静寂に包まれる室内。下ろされたブラインドの向こう側から聞こえる蝉の声がやけに耳立つ。それを掻き消すように、僕は口を開いた。
「最初から話します。ですから……」
言葉の途中で看護師は、
「はい。藤沢さんのお話に信憑性が感じられれば、私が責任を持って警察に通報します。もっとも、勝手にそんなことをしたら、院長先生に怒られちゃうでしょうけど」
と、ショートの髪の毛を撫でながら、少し困った様子で微笑んだ。
「すみません。でも、お願いします」
会釈と一緒に浮かべた愛想笑いを真顔に戻すと、僕は、深く呼吸をしてから語り始めた。
『隠者の住む里』で起きた、あの“悪夢の三日間”の出来事を……。




