求人情報
優香は僕をいつも頑張ろうって気持ちにさせてくれた。
僕は優香がいてくれたから今まで頑張ることが出来た。
仕事が楽しくなるわけじゃなかったけど、目的があったから同期の同僚たちが次々に会社を辞めていく中でも、踏みとどまることができたんだと思う。
優香と付き合い始めて、僕には目的ができたから。
男なら誰もが夢見るささやかな目的。
愛する女性といつか結婚して、幸せな家庭を築くという夢。
といっても、付き合い始めた頃、優香はまだ高校生だったし、僕も社会人とはいえまだ10代だったし、新入社員の安月給では彼女を養えるはずもなく、それはまだ現実味の薄い漠然とした目標でしかなかった。
でも、それから2年半が経った今。
優香も成人して明日には大学を卒業するし、僕も入社3年目で給料も上がり、ある程度は経済的にも余裕ができてきた。
彼女の就職が決まっていたら、たぶん時期尚早だと考えたのだろうが、結局就職が決まらなかったのだから、もしかしたら今はいいタイミングかもしれない。
たぶん、口にこそ出していないが優香もそのことについては必ず考えているはずだ。
この2年半、僕らは何度も喧嘩をして、お互いの醜い所を晒し合ってきた。
そんな長所短所とかも含めて彼女の人となりを十分に知り、それらを全部踏まえた上で僕が出した結論は、それでも優香と一緒にいたいということだ。
僕は深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
「優香、大事な話がある」
「はい」
彼女は居ずまいを正して真面目な顔をした……つもりらしいが口元が笑っている。
「すごくいい提案があるんだ」
「へぇ、なに? そんないい話があるなら教えて?」
優香が期待で目をきらきらさせている。これから僕が言おうとしていることを十分理解した上での反応だ。
なんだかおかしくなってきた。一度観た映画をさも初めて観る風をよそおっているような感じだ。
あえて、この三流芝居を続ける。
「優香の就職が決まらなかったら最後の手段として提案しようと思ってたんだけど、実は、優香にぴったりのいい仕事がある」
「どんな? 結局仕事が決まらなかったからね。ひどい条件じゃなければ飛びつくかも」
優香もたいがいノリがいい。
僕は真面目腐って言った。
「住み込みの家政婦的な仕事だね。長く母子家庭をやっている君なら上手くこなせると思う。雇う側もずいぶん前からこの日が来るのを見越して貯金していたから贅沢しなければ、十分やっていけるだろう。なにより……」
「なにより?」
優香が面白そうに聞き返す。
「一生失業する心配がない。その家政婦として担当する邸宅の広さはおよそ2LDKを予定しているのだが、どうだろう? 求人枠は一人だ」
優香は今にも吹き出しそうな顔をしている。
「けっこういい条件ね。あたしの他に候補者はいるの?」
分かっててわざとこんなことを訊くなんてずるい。
「いや、実はだな、この情報はまだハローワークにも載っていない最新情報で、知っているのは優香だけなんだ。だから今なら即採用だ。どうする? こんなチャンスは滅多にないぞ?」
とうとう優香が吹き出した。
テーブルをバンバン叩いて涙を流して悶絶している。
僕も堪えきれずに吹き出し、二人でひとしきり笑いあった。
ややあって優香が口を開く。
「ねえ」
「なんでしょう?」
優香が拗ねたように言う。
「一応ね、あたしも女の子だから色々と夢を持ってたのよ?」
「うん」
「当然、ロマンチックなシチュエーションとかも考えていたわけよ。大人なバーで綺麗な夜景を見ながらカクテルを傾けたらその中に指輪が……とか」
「うん」
「なのに現実はこれ!? カフェでのランチにまるで取って付けたかのように!? もう、信じらんない!」
優香がオーバーリアクションで首を振る。
「優香も分かっててノッてたんだから共犯だろ」
「あーあ。就職決まってたらこんな仕事断ってやるのに! ……不況だから贅沢も言ってられないわ」
優香が最高の笑顔を僕に向ける。そして彼女は甘えるような声でささやいた。
「大事にしてよね」




