優香のこと
食後のデザートのケーキをフォークで突きながらふいに優香が言う。
「ありがとね。賢斗」
「なにが?」
「今日もあたしのワガママを聞いてくれてありがと。おかげですっかり元気になりました!」
無理した空元気ではなさそうだ。
「せっかく一緒にいられるんだから優香が楽しめるところに行かなきゃ意味がないよ」
「……なんか、すっごく嬉しいこと言ってくれるね。……就職が決まらなくて落ちこんでたのが嘘みたい」
優香が顔を上気させながらはにかんだように言う。
僕の大好きな優香の笑顔が見れてよかった。
優香と知り合ったのは、僕が高卒の新社会人として働き始めたばかりの頃で、毎日仕事の帰りに寄るコンビニで夕方にバイトをしていたのが彼女だった。
まだ慣れない仕事に疲れた僕にとって優香の笑顔がなによりの癒しで、いつしか買い物よりも彼女に会うことが僕のコンビニに寄る目的になっていた。
毎日行くうちにすっかり常連客として覚えられ、レジに他に客がいない時とかはちょっとした世間話なんかもするぐらいにはなり、ますます彼女に惹かれるようになったが、そのままなんの進展もないまま数ヶ月が過ぎた。
転機となったのは、夏の地元での花火大会の日だった。
その日、残業で遅くなった上に花火客で道が渋滞していたので、コンビニに到着したのはいつもよりかなり遅くなってからだった。
普段なら優香はとっくに上がっていていない時間帯だったから、とにかく晩飯を買うだけのつもりで店に入った僕を迎えてくれたのは、予期せぬ優香の声だった。
「いらっしゃいませ、こんばんはぁ! ……あれ? 今日は遅いんですね。今までお仕事だったんですか?」
レジに立ったまま、笑顔で小首を傾げる優香。店内を見回せば他に客がいなかったので、僕はこれ幸いと優香と話すためにレジに近づいた。
「今日は、同僚が彼女と花火に行きたいから早退させてくれって拝んできたから急遽残業になってたんだ」
「あは。じゃあ、あたしと一緒ですね。あたしも普段は7時までなんですけど、今日は7時からの子が彼氏と花火に行きたいって言うから残業になったんです」
「そ、そうなんだ。学校の後でバイトが残業だとかなりしんどいんじゃないか?」
「いえいえ~。うちはビンボーですから稼げる時に稼がなきゃ! それより、お兄さんこそ残業なんか引き受けちゃって良かったんですか? 今日はいつもの時間に来られなかったから、彼女さんと一緒に花火に行ってるんだと思ってましたよ」
「残念ながら、花火を一緒に見に行くほど親しい異性の心当たりがないもんで。まあ、募集中ってやつだ」
君が一緒に行ってくれるんなら仕事なんか放り出してでも駆けつけるけどね。と、心の中でだけ付け加える。
「ええー、フリーなんですか? じゃあ、あたし、立候補しちゃおうかな~? あは。なんてね、冗談ですよぅ」
と打ち消すように手を振る優香だったが、僕にとっては冗談で流せる話じゃなかった。
「それ、冗談にしなくちゃ駄目かな?」
「え? どういう……?」
きょとんと聞き返す優香に、僕は衝動的に思いの丈をぶつけていた。
「俺、冗談とかそんなんじゃなくてかなり本気で君のこと好きなんだけど、君にとって俺ってどうなのかな? 全然見込み無いのかな?」
「…………」
俺の突然の告白に優香はびっくりして目を大きく見開き、しばらく言葉を失っていたが、やがて照れたように笑った。
「本当のことを言うとですね、あたし、いつも夕方の6時にお店に寄ってくれるサラリーマンのお兄さんのことを、ずっといいなって思ってたんです。今日はいつもの時間に来ないから、きっと彼女と一緒なんだって思ってちょっと嫉妬して凹んでたんです」
そんなやり取りを経て、僕と優香は恋人同士になった。