6-家族のカタチ
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エルゲンは、屋敷の庭で一人で魔法の修練をしていた。
珍しいことだった。ただし以前に比べればこのような事も多くなっている。
リジェンダが騎士学校へ入学し、父親はますます仕事が忙しくなっていき、護衛の男もこない時があるようになった。
乳母はべたべたとひっついてくるタイプではなかったし、おそらく母親からは避けられている。
それはどこにでもある環境の変化の一つであり、それぞれに変化するにたる理由がある。
そうして一人になっていても、寂しいなどという感情がエルゲンにあるわけがなく、清々したとばかりに修練に励んでいる。
あらかじめ魔法で用意した直方体の石の的。
それをターゲットに魔法を構築する。
現れたのは10を越す数の石の弾丸だ。
それらはエルゲンの前で浮遊し、放たれる。
その矛先はターゲット・・・・・・とはいかずにエルゲンから拡散するように、あらぬ方向に発射される。
速度も野球の投球より速い程度で目で問題なく追える。
が、ターゲットを抜くか、抜かないかといった距離で急激に方向転換、および加速。
そのまま音速を超える速度でターゲットに衝突、それをバラバラに砕く。
その様を見つめ、エルゲンは呟いた。
「これで練段というわけか」
練段は魔法使いの等級わけにおける術力、すなわち魔法の技術を表す等級の一つだ。
術力等級は未段、使段、序段、初段、継段、熟段、練段、至段、究段、頭段、玉段の11。
そして練段とは術力等級のうち、明確な判断基準ができる等級では最高の等級だ。
これより上は研究実績、公的組織から検証が必要になる。
今の魔法、仮に【誘導多石弾】とでも名づけるよう。
これは使用するのに練段の技術が必要になる。
正確には練段の等級が必要となるように、俺が即席で作ったのだ。
つまり【誘導多石弾】が使えることは練段の証左といえる。
とはいえ、練段になったからといって急激に力が上がったわけではないし、公共機関にみとめられたわけではないから実感は皆無だ。
それでも個人で判断できる術力等級として最上位に上がったわけで、魔法の修練の区切りとはなっている。
(今一度、魔法について調べてみるか)
そもそもエルゲンの魔法の知識は、書斎の本によるものと、自己の推察によるものが全てだった。
こうして一区切りついた今、一度置いておいた魔力や導力も含めて、再調査の必要があるだろう。
その時だった。エルゲンの前に石の柱――先ほどのターゲットが出現し、同時に後方からいくつもの弾丸が飛来する。
それは先ほどエルゲンが放った【誘導多石弾】の改良型というべきものだ。
基本的には【誘導多石弾】だが、例えば弾丸がターゲットを粉砕せず、穴だらけにするといった違いがある。
【誘導多石弾】を改良したというのは別に問題ではない。元々実力を測るための即席の魔法であり、改良点などいくつもあるだろう。
しかしそれを実行しているのが問題だ。今の魔法は改良をしたために難易度は元の【誘導多石弾】を上回っている。
同時に、エルゲンに今まで気配をさとらせず、同時にターゲットを創り上げているのだ。
術者は確実に練段、いや至段を上回る実力だろう。
エルゲンは振り向き、後ろにいる術者の名を呼ぶ。
「ギュンター」
そこにいたのはいつも忙しいと言い、ろくに屋敷に滞在していないエルゲンの父親だ。
その名はギュンター。エルゲンは初めて彼を名前で呼ぶ。
「その歳にして見事な技量だな。エルゲン」
「嫌味か、貴様」
今のを見るに、あきらかにギュンターはエルゲンより高位の魔術師だ。
そもそも今の魔法の行使自体、自身の技量がエルゲンを上回っている事を見せるためのものに違いない。
自分のほうがお前より優れた魔術師だと、言外にそう告げているのだ。
エルゲンは顔をしかめるが、ギュンターの技量に驚いたそぶりはない。
以前武器屋に行ったときにギュンターが大魔道師と呼ばれていることを知ったからだ。
ならば術力等級だって11のうち上位3のどれかではある事ぐらいは容易に想像がつく。
睨みつけるエルゲンに、ギュンターは初めて見せる得意げな顔でエルゲンに提案する。
「ふっ、エルゲン。もう一度、私に魔法を見せてくれないか?」
それはエルゲンにとってそう悪い話ではない。
実力的に上のギュンターに、自身の魔法を見ればこの先、何をすべきかの助言を得られるかもしれない。
ギュンターもそれを考えて発言しているのだろう。
「大魔道師などという名で呼ばれているのならば、今の一度で把握してみせろ」
エルゲンはそれを断る。
「これは耳が痛いな」
実際にはどこも痛くない風にギュンターは言う。
先の提案自体も、積極的にしたいわけでもないのかすぐに諦めたらしい。
だが、次に繰り出した言葉は真剣な表情から出た。
「すまないな」
「なんの話だ?」
いきなり謝罪などされてもエルゲンには寝耳に水だ。
「これでもお前を屋敷に置いて仕事に出てままにするのは罪悪感がないわけではない」
ぶっちゃけエルゲンからしてみればどうでもいい事だ。
ついでに言うのならば一般的に考えてもギュンターがエルゲンに与えた環境はそう悪くないものだ。
食事はしっかりさせてもらっているし、ギュンターがおらずともリジェンダ、カイン、ケイトもいる。
今はたまたま一人だが、エルゲンが寂しがる様子をみれば今は若干距離を置いているケイトがやってくるだろう。
「どうもいいことだ」
が、そんな庇護じみた言葉を投げるつもりはない。
「これから国に仕事の報告をしなければならん。夕食後にでもゆっくりでも話をしないか?」
「いいだろう。俺も貴様には言っておくことがある」
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その日の夕食後、その席でギュンターと対峙する。
ケイトや母親は既に席をたっており、ギュンターと二人きりだ。
ギュンターもエルゲンも世辞など言わぬ性分なので早急に切り出す。
「お前は俺が異常な事に気づいているだろう?」
「もちろんだ。その歳にしてその態度、その知識、その魔術、そして外級の導力。全く普通ではないな」
外級の魔力だけは自覚はなかった。
それが魔力等級において最高位である事は知っているが。
「聞いておこうか、何時ごろから気づいていた?」
「お前が魔法の練習をしはじめてから、三週といったところだ。情けない事に、親ではなく、魔法使いとして初めてお前の異常に気づいた」
「存外遅かったな」
ごく一般的な父親だって、言葉を話始めてからすぐに気づきそうなものだ。
それは、エルゲンとギュンターが共にいた時間がそう長くないからか。
「それで、お前は俺のことをどう見る?」
「親子とはなにか、いや、親が子をどうみるか、それは人それぞれの問題だが・・・・・・」
「私の最愛の者はイルマだ。お前ではない。そしてお前はやりがいだ。私とイルマが作り、これからも創り上げる」
それは、本当に言葉通りの意味だった。
ギュンターにとってエルゲンはやりがいだ。
妻と共にやり遂げるもの。
そしてやりがいでしかなかった。
「くっ、ふふ、ふふふふふ、ふははははは!なんだ!お前も存外畜生だな!」
思わずエルゲンは高笑いをする。
子供は、子育てはやりがい。一見悪くないように思えるが、ようするに俺は両親の営みのダシでしかないという事だ。
それは、エルゲンが両親を自身が成長するための道具としか見なしていないのと、どこに違いがあるのか?
そしてギュンターもそれを自覚している。
「意外と、お前とは相性は悪くないようだ」
そうだろう、まさかギュンターも普通の子供にこんなことは言えまい。
「同感だ。だがあの女はどう思うかな?」
あの女とはイルマだ。
恐らく、イルマはエルゲンを避けている。
もはやこの屋敷でエルゲンの異常性を認識していない人間はいないだろう。
彼女はその中で、唯一ごく普通の反応をしている。
つまり、忌避し、遠ざける。
「それは関係はない。お前は、私が望むお前になればいい」
歪んでいる。愛しているといいながら、イルマの考えを受け入れずに、自身の望みのみを見ている。
だが歪んでいるのはギュンターだけではない。
父と母で、子供に対する教育方針が異なるのは現実でもドラマでもよくある話だ。
それが子供に負担を強いることもまたしかり。
愛していると囁きつつも自身の欲を押し付けあう、ありふれた人のカタチ、ありふれた歪みだ。
ギュンターはそれを知りつつ開き直っているだけ。
俺はお前の事を考えているんだ!などと建前を垂れ流されないだけずっとエルゲンの好みだ。
母に避けられているのも幸福だろう。そうした我欲の板ばさみになる事がないのだから。
そう、エルゲンは恵まれている。悪くない家族ではないか。
「いいだろうお前の子に俺はなろう。俺にとって親とは俺の大成を補助する道具だ。存分に役に立つがいい」
「強くなるがいい。エルゲン。私とイルマの子よ」
契約はなった。
エルゲンはギュンターを利用し、ギュンターはエルゲンを利用する。
ギュンターが望むエルゲンの像が、エルゲンを邪魔しない限りは二人は家族だ。
他者からは歪かもしれない。
だが、これはまぎれもなく二人が望んでいる家族の姿だった。
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「では、留守をまかせるぞ」
「やれえやれ、あんなことを話た上で翌日に家を出るとはな」
「寂しいか?」
からかうギュンターに、エルゲンの表情が歪む。
「胸糞が悪くなる事をいうな」
ニヤついた顔のギュンターだが、直後に表情を引き締める。
そして懐から小さな、棒状のものを取り出す。
「お前には、これを渡して置こう」
杖だ。ギュンターの使っているものよりはずっと小さい。
俺の体格に合わせてあるのだろう。
俺は無言で受け取る。
「本来、魔法というものは杖がなければろくに使うことはできない。その効果は著しく小さくなる。お前がまともに魔法を使えていたのは、その導力が外級だからだ。その危険性、わかっているか?」
「承知している」
ギュンターの注意、導力の最高等級が外れなどという字を持っている意味。
それはエルゲンが処刑される可能性もあったほどのものだ。
「では大魔道師ギュンターの名において、お前を天位外級至段の魔術師として認めよう。この仕事も、あと一年ほどで決着がつく。それまでに鍛えておけ。特に魔活だ、魔活はカインが詳しい」
「護衛の男か」
「そのカインもこれからは仕事につきあってもらうがな」
「おい」
「そういうわけだ。リジェンダちゃんも魔活が使える。彼女を大事にするがいい」
「前後の文が微妙につながっていないぞ。ともかくリジェンダから聞けばいいということが」
「それではな、留守をまかせる」
ギュンターは、そういって再び仕事に向かっていった。