5-リジェンダ 後編
大体エルゲン視点に戻ります。
リジェンダのエピソードをしすぎて話が全然進んでないぞ!
はっきりいってプロローグはずっとこんな感じです。
「ありがとうございます、エルゲン様」
「何度言っている。聞き飽きた」
あれからリジェンダは、屋敷に戻ってからも礼を言い続けていた。
ニコニコといつまでも笑っている。
礼の理由は察せられる。先の武器選びだろう。
あくまであれは護衛の男、つまりリジェンダの父親が買ったわけでエルゲンが与えたわけではないのだが
実の直前まで武器選びなど半ば頭から抜け出ており、その武器選びも極めていい加減に選んでいる。
その武器に魔力を込めたのも、ちょっとした演出にすぎない。
「おい、お前」
やれやれ、とエルゲンは護衛の男に声をかけたが。
「・・・・・・」
反応がない。
どうやら考え事をしているようだった。
「貴様、耳がいかれたか?俺の声を聞き逃すとはいい度胸をしている」
「っは!申し訳ありません、エルゲン様」
気づいたようだ。
エルゲンはこの男がこういった失態を普段はしないことをわかっている。
何か理由はあるのだろう。
だがそれを汲み取る気はない。
「貴様の娘を黙らせろ。淑女としてなっていないな」
エルゲンの言葉を聞き、しばし考えた後。
「ふむ、ではエルゲン様。リジェンダと決闘をしていただけませんかな?」
「・・・・・・」
あまりにも突然の事に、リジェンダは驚き絶句していた。
男の表情は真剣で、冗談には聞こえない。
「確かに黙ったが、誰に向かってそんな要求をしている」
「申し訳ありません。ですがリジェンダはまだ実戦を経験してない故、エルゲン様にお願いしていただく。殺生なしの決闘では実戦とは言いがたいとは思いますが、それでも経験の一つにはなるでしょう」
(見え透いた嘘を)
エルゲンは男が言う理由を嘘だと確信する。
前世から他人との駆け引きはよくやっていたことだ、この男は腹がよめないタイプでもないから何気ない表情や声色から察せられる。
そもそもそんな決闘など騎士学校へ行けば腐るほどやるはずだ。
今やらなければいけないタイミングでもない。
ただ、決闘をしてほしい事、それ自体は本当だろう、彼の嘘はその目的だ。
(この男が何を考えていようが、俺は俺の思った通りにやらせてもらおう)
「いいだろう、時間をかけるのも惜しい。ルールはこちらが決めさせてもらうぞ。時間は明日の夕方。場所はいつもの庭。武器は使うのならば練習用の木製武器のみで殺しもなし。他は魔法含めなんでもありでいいな?」
「はい。リジェンダがよければ」
「ええっと、私も・・・・・・いいです?」
どうやら衝撃から未だ抜け出せてないらしい。
主と決闘というのが、そこまで衝撃的なのだろうか?
あるいはエルゲンの年齢か。いくら優秀でも3歳児との決闘など普通ではない。
まだ十分成長しきれてない体は、練習用の木剣であっても殴られれば死ぬ可能性もある。
「そういう事だ。お前も十分に準備をしてくるがいい」
その後、リジェンダは一応はっきりと事を理解したようだが、あまり乗り気ではない様子だった。
そんな彼女を見て、エルゲンはにやりと笑みを浮かべていた。
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翌日の夕方。
「それでは、いきます!エルゲン様!」
「そう気張るな、貴様ごときでは俺には勝てん」
先の約束どおり、庭で二人は対峙していた。
リジェンダがもつのは練習用の木剣、対する俺は無手。
リジェンダは言葉こそ気合が入ってるものの、まだ戸惑いが抜け気ってないようだ。
審判である護衛の男が開始の合図をする。
「はじめ!」
同時に突進するのはリジェンダ。
先手必勝、それを胸に突撃していく。
魔法と剣、内容は違ってもエルゲンとリジェンダは同じ庭で練習をしていた。
当然、リジェンダはエルゲンの魔法の腕を知っている。
対する彼女は魔法は一応使える程度である。
その等級は進位下級初段。
進位とは魔術の道に進めるだけの魔力があるということ。
下級は導力としては下から二番目である。
そして初段とは序段の次であり、魔術師としての初心者の等級にはいたっている事を意味する。
これから等級が意味するのは、先ほどの通り、まさに一応使える、一応魔術師と言える、程度のレベルである。
一方のエルゲンは明らかに熟練した魔術師のレベルだった。
そのエルゲンと魔術戦になってしまえば、リジェンダの敗北は必至。
リジェンダの初手突撃は実に合理的だ。
そう、合理的だった。
それをエルゲンが予想してないはずはないのだ。
リジェンダの動きに対し、彼は絶妙なタイミングで前に踏み込んだ。
「!」
リジェンダが普段よりも大きく踏み込んだこと、そしてエルゲンの絶妙なタイミングによって二人は完全なインファイトの距離まで近づいていた。
完全に意表をつかれた上、彼女の剣のスタイルには全く適さない距離に、一瞬だけリジェンダが固まる。
エルゲン。正確には司央は格闘術にも非凡な才を見せていた。
彼が元の世界の身体であれば、この隙にすぐにでも決着をつけることができただろう。
だが今の彼は3歳児、リジェンダが10歳の女子であってもあまりにも体格に差がある。
その差は身長が約1.4倍、体重は2倍。
そもそも、彼の身体はまだ戦闘ができるほどに成長していない。
ほんの少しであろうとも力に頼った方法は使えないのだ。故に彼がとった行動は――
「きゃああああ!?」
リジェンダの股間を触る。
ちなみに互いに防具はつけておらず、リジェンダは現在スカートをはいている。
つまり、エルゲンはばっちり下着ごしに触っている。
完全なセクハラであり、リジェンダも自身の身を守りつつ咄嗟に後退する。
「な、何をする――」
ですか。
という言葉は巨大な火球によって打ち消される。
ごく初歩、術力等級にして序段の魔法だ。
動揺しつつもなんとか回避するリジェダにエルゲンは笑みを浮かべて挑発する。
「何をしている。戦いの最中だぞ?」
それはこっちが言いたいです!と思いながらリジェンダは再度前に踏み込む。
幸いにも、今のやりとりでエルゲンとの決闘に感じていたためらいや緊張はなくなっていた。
油断も慢心もしない彼女は全能力を発揮してエルゲンに剣を打ち込んでいく。
しかしその剣は一向にエルゲンを捉えない。
魔法を使っているわけではない。
素の身体能力と技量でもって回避しつづけているのだ。
そのエルゲンは明らかに余裕の表情。
「ふん、欠伸がでるわ」
そう言い放ち、攻撃に移る。
リジェンダの足をサッと軽く払い、同時に腕を捕らえてスッと引く。
ほとんど力を込めてないように見える、それだけの動作でリジェンダは体勢を崩し、前に倒れる。
「っ!?」
それは柔術の一種だった。
リジェンダが足を前に踏み出そうとすると同時に前に足を払い、前に出ようとする上半身の動きを僅かに歪める。
完璧なタイミング、完璧な技術。それが力を要せずに技を決めることを可能にした。
柔道を知っていれば、これがいかに難しく机上の空論めいているかがわかるだろう。
実際の所、柔道の試合は力や体格に頼る部分も大きいのだ。
リジェンダは自身が何をされたかも理解できずに、不様に地に伏す。
「どうした。情けない。これで終わりだとでも言うつもりか?」
そんなエルゲンの、挑発か叱咤なのかよくわからない言葉にすぐに起き上がる。
本来なら、魔法によってとどめをさす絶好のチャンス。
しかし彼は余裕の表情で立っているだけだった。
「うぅ、はああああ!!」
そんな彼の言葉に返答するように、リジェンダは3度目の突撃をする。
馬鹿の一つ覚えではあるが、結局の所は魔術の達人であるエルゲンに間合いを保ったまま勝てるはずはない。
やぶれかぶれのようなこの戦法は、まだ彼女が諦めていない証拠だった。
さらにエルゲンの言葉が聞いたのか、その速度は今までの攻撃、いや練習の動きも含めて最も速い。
そしてエルゲンがリーチに捕らえられる直前、リジェンダの姿が掻き消えた。
ズコン
「なぁんですか!これはぁ!?」
思わず大声で叫ぶ。
落とし穴。
3mほどのそれに、リジェンダは見事に引っかかっていた。
「ふははははは!貴様は本当に不様だな!」
笑うエルゲン、ついでとばかりに魔法で小さな石の弾を飛ばし、穴に落ちたリジェンダの木剣を弾き飛ばす。
「あっ!」
「これで終わりだ。ふん、しかしこんなものでは俺の護衛は勤められないな。お前、俺が手加減していたことに気づかなかったとは言わさんぞ?それでこのザマとは」
「さ、さすがに落とし穴は卑怯じゃないですか!?」
最期の落とし穴には、さすがのリジェンダも抗議する。
「武器が木製以外は魔法含め何でもありといったであろうが。それに俺はしっかりヒントを与えている。決闘を翌日に始めること、それに”お前も”準備をしっかりしろといったはずだ。そうだろう?お前」
最期のお前は、護衛の男へ向けたものだ。
「うむ、まぁ、そうですな」
護衛の男の言葉は歯切れがよくなかったが、実際はエルゲンの行動を否定する気持ちは一切なかった。
エルゲンの言うとおりだと彼もはっきりと思っている。
それでもはっきりと答えなかったのはリジェンダの事を思ったからである。
護衛の男としてはリジェンダとエルゲン、どちらが勝ってもよかったが、十中八九エルゲンが勝つと見込んでいた。
その分析は、基本的にリジェンダが優勢だが最終的にエルゲンの魔法には勝てないというものだ。
だが、実際はその予想は半分あたり、半分はずれた。
端的にいって、エルゲンは完勝しすぎた。
魔法はともかくとして、体術、策略、判断力、全ての面でリジェンダを圧倒している。
さすがにリジェンダも、これにはショックを受けているのではないだろか?
「・・・・・・・・・・・・」
無言で落とし穴から這い出るリジェンダを痛ましげに見つめる。
(これは、失敗したか・・・・・・。すまないリジェンダ)
エルゲンという人間を見誤っていたと。
彼の底知れない雰囲気を察してはいたのだが、ここまでとは思わなかった。
護衛の男は、心中で娘に謝る。
「エルゲン様!ありがとうございます!」
しかし直後に彼女の口から発せられたのは、お礼の言葉だった。
これに護衛の男は目を丸くし、エルゲンは忌々しげな表情をする。
エルゲンにもこの決闘におけるささいな目的があった。
それはリジェンダに思い知らせてやろうというもの。
他にもいくつか、例えばエルゲンにしても久々に実戦のままごとをやろうとか、リジェンダの力量を直にたしかめるとかいうものはあった。
だが主目的は決闘の話をする直前までやかましかったリジェンダに対して目にものを見せるという、ろくでもないものだ。
エルゲンの感覚で言えば犬が吼えていたから叱りつけたまで。
「騎士学校で、もっともっと頑張ります!エルゲン様に相応しい騎士になるために!」
だというのに彼女の表情は晴れやかで、最初に騎士学校の話をした時と同じような言葉を口にする。
ひょっとしてリジェンダはマゾヒストなのだろうか?
エルゲンは、どうにも釈然としないままその日を過ごした。