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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

僕らの校長が神隠しにあったようです

「うわあああああああぁぁぁぁぁ!」

「どうしたんですか校長!」


 こちらは絶叫の響きわたる校長室。

 そこでは一人の校長と新任の女教師が佇んでいた。


「わ、わ、私の髪がないぃ!これは夢だ!夢に違いないんだぁ!君ぃ!私を一発殴ってくれたまぇ!」

「は、はあ……元からなかった気がしますが……」


 気が進まない、といった口調で答える新任の女教師。しかし、これは校長の命令を無視するわけにもいかない。

 ――ズドン、と地を踏む重い音。

 新任の女教師の拳がハゲしく校長の腹に突き刺さる。


「ぐはぁ」


 吹き飛ばされる校長。

 もし、彼にまだ髪が存在していたであろうならその髪が吹き飛ぶであろうほどの強い衝撃。

 新任の女教師は大慌てで校長に言う。


「だ、大丈夫ですか校長!?」

「つ、強すぎる……」


 彼の口からポタポタと血の滴が落ちていく。致命傷だ。

 その惨い状況に、新任の女教師は涙をこぼし、泣き叫ぶ。


「校長、死なないでください!貴方にはまだ、残されたものがたくさんあるはずです!」

「ふ、ふふ。私には残されているものなどなにもないのだよ……」


 校長の脳裏を描くのは己の髪の毛のことであった。


「なんで……なんでこうなってしまったんでしょうか……」

「それは……」


 女教師は悔しかった。全ての原因は校長の髪がなかったせいだ。それさえなければ、悲劇は起きなかったのだ。


「昔、こんなことがあってだね」


 校長には心当たりがあった。なぜ自分が今剥げているのか。

 原因はなんなのか。

 ――校長は、過去を語り始める。



 冬だった。真っ白な雪。身を貫くような冷気。

 まだ若かった校長は山でスキーをしていた。

「ん?」

 その途中、校長はある物を見つける。

 ジタバタともがく、罠にかかった白い鳥。鶴だ。

 まるで日本昔話のような光景に、心が純粋でピカピカだった(まだこの頃は禿げてない)校長は鶴を救うことに決めた。

 手袋を外し、かじかんだ手で必死に罠をはずす校長。そのかいあって、罠は外れ、鶴は飛び立つ。

 それを、校長は確かな達成感と共に眺めていた――



「ツルツルな恩返し?」

「ああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!」

「頭……。おお、なんといい肌触り……!」

「ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!」


 校長は吐血した。

 ――もう、時間がないのだ。


「大丈夫ですか校長!?」

「おかしい!おかしいよ!なにかが間違ってる!」

「でもげんにはげてます!」

「うるせえぇぇぇ!」


 校長の魂の絶叫。


 そんな中、だれかがハゲポヨ、と言った。

 だが、そんな言葉にいったいなんの意味があるのだ。

 意味がない、まるで意味のない言葉だった。


 やがて、校長の毛ではなく力が抜け、動かなくなる。


「……校長?嘘ですよね?こんなところで、そんなわけ、ないですよね……?」


 校長は答えない。

 まるで死体のように。もう、生者ではないかのように。

 その残されたような笑顔は、散った桜のような儚さと美しさがあった。しかし、無情にも本当の意味で散っているのは頭の方で――


「校長……校長……!う、う、うわあああぁぁん!」

 新任の女教師が泣き叫ぶ。正直にいえば、校長の死の原因は拳にあった気がするが、校長はきっと髪がないせいにするだろう。


「あなたは、言ってたじゃないですか!この学校にある木は全部伐採するって……!世の中全部を刈り上げじゃぁ!なんて言ってたじゃないですか……!それまでは、絶対に死ねないって、そう、言っていたのに」

 そう校長が言っていたとき、周りは幸せに満ちていたのだ。新任の女教師は他の教員と笑いあい、きっと校長は永遠に死なないに違いない、と楽しく談笑していた。


「起きてください!校長!お願いですから、起きてください!」

「起きたよ」

「よかったぁ~」


 校長の頭からは一本の毛がはえていた。


「なんですかねこれ?不思議な毛がありますよ?」

「なんだろうね」

「抜いてみますね。えいっ!」

「ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!」


 新任の女教師が抜いた毛を、ふーー、っと吹き飛ばす。

 そよぐ毛は哀愁を漂わせながら何処かに消えていった。

 もう、出会うことはないだろう。


 新任の女教師が手をさしのべる。


「大丈夫ですか?校長?」

「……」

「立ってください。地球を、クリーンにするんでしょう?」

「私には、夢も、希望も、ないよ」


 そんな校長の言葉に「髪もですよ」と付け加えるように女教師が言った。

 普通に嫌味だった。


 ――校長は女教師の手をとって立ち上がる。くたびれた体。なにもない頭。

 だが、その瞳(と頭)には輝きが灯っていて。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 新任の女教師は綺麗に笑う。

 手をとって立ち上がった校長からは、悩みという悩みが、確かに抜け落ちていた。

 二人は夕日に向かって歩いていく。

 人は、誰かの手を握ったとき、本当の自分を理解できるのかもしれない。



イイハナシダー

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