そのチョコレートは誰の物?
今日は二月十一日。建国記念の日で高校は休みだ。でも多くの学生はあと三日まで迫ったバレンタインデーの準備が出来る日、としか捉えていない。勿論、私もそんな学生達の一人だ。お菓子作りが好きな私は毎年バレンタインデーのお菓子を手作りしている。チョコレートの香りに包まれながら、一人で黙々とお菓子を作る時間というものが実は結構好きだったりする。だが、今年はいつもと少し違う。
「アオイちゃん、準備出来たよ!」
私の隣には中学からの友達の天音ちゃんが立っている。いつもは昭和の板チョコを用意する天音ちゃんが今年は一緒にお菓子を作りたい、と頼んできた。なんでも好きな人が出来、その人には手作りを渡したいらしい。天音ちゃんはエプロンをして、邪魔にならないように長い髪をポニーテールに結ってやる気十分だ。それを見てツキン、と胸が痛む。天音ちゃんにこんなに思われている名前も顔も知らない誰かさんに酷く嫉妬してしまう私は、なんて器が小さいんだろう。
「アオイちゃん?」
「あ、な、なんでもないよ! さ、始めようか」
感情が少し顔に出ていたらしい。心配そうな天音ちゃんをいなして、お菓子作りを始める。
天音ちゃんは所謂メシマズ系女子だ。だからシンプルなチョコレートを作る事にした。溶かして、型に入れて固めるだけ。これなら大丈夫だろう。
「できた!」
天音ちゃんの声が弾む。
あれから色々と問題はあったが、なんとか無事にチョコレートを作る事ができた。天音ちゃんはラッピングまでしたチョコレートを大切そうにそっと両手で持っている。
「アオイちゃん、本当にありがとう!」
「どういたしまして。……ところでさ、それは誰に渡すの?」
「……ヒミツ!」
天音ちゃんは悪戯っぽく笑うと、もう一度お礼を言って帰っていった。
私は天音ちゃんを見送った後、静かになった部屋に戻って、ベッドに潜り込む。思うのは天音ちゃんと彼女のチョコレートの事。おしゃれなラッピングペーパーに包まれて、可愛いリボンもかけられているチョコレート。天音ちゃんの思いが沢山込められたチョコレート。天音ちゃんはどんな顔で渡すんだろう? なんて言って渡すんだろう? 胸が痛い。苦しい。
今日は十四日。バレンタインデーだ。今年は土曜日で学校はないから、昨日学校で友チョコを配った。友達から貰ったチョコレートは手元にたっぷりある。いつもならそれをうきうきしながら食べるんだけど、私は今も沈んだままだ。天音ちゃんは今頃意中の相手の所だろうか? ああ、まただ。また胸が痛くなってくる。ピンポーン、と、間抜けなチャイムの音が私の暗い思考を遮る。一体誰だろうかとインターホンを覗く。
「!?」
インターホンに映し出されていたのは天音ちゃんだった。慌てて外に出る。
「アオイちゃん、急にごめんね」
「いや、大丈夫だよ。……チョコレートはもう渡したの?」
チョコレートを渡しに行くつもりだけあって、今日の天音ちゃんはいつもより可愛く見えた。きっと少しでも可愛く見えるように色々努力したんだろう。
「ううん、まだだよ。これからなの」
じゃあ一体なにをしに来たんだろう? 渡しに行く前に私に応援して欲しいのだろうか?……そんな事、したくない。でも、それでもやらないと。そうしないと『友達』ってポジションでさえ危うくなる。
「へえ、そっか。がんばっ――」
私の心が欠片もこもっていない応援の言葉は、天音ちゃんが急に抱きついてきた事に吃驚して、途中で遮られる結果になる。
「あ、天音ちゃん?」
「あのね、私、アオイちゃんの事が――――