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作者: 藤原愁憂花

陰湿な空気の重なり合いが私の人生である。その人生を磨き上げて、最後の飾り物を装飾するかの如く、私の日常に、この世の理知だけでは説明できない不変が訪れたのである。

日常生活に訪れた不変とは、薄すらとした影による監視である。しかし此れは現象としては存在せずにいる。私の脳内でのみ、私は薄らとした不気味でしかない影によって監視されている。

読者は、「其れは唯の妄想だ。」と考えるかもしれないが、影は私の脳内で無いはずの視覚で私を睨みつけてきては、其のイメージが現実世界ではっきりと、どんよりとした空間を伝って、目の前に浮かんでくるように錯覚するのである。理解をされやすく言うならば、影が、私の存在する現実と私の持つ妄想との世界に又一つ、異世界としての狭間を創設していたのであった。

私はひねもす突発的に現れる影にびくびくとして、日常でも影の存在を注意深く四方八方に警戒する。言わば、私は得体の知れない人間の常識を超越した「不気味」の登場によって、毎日毎日を苦しんで過ごしていたのだ。

従って私は不安と恐れとにびくびくと体を震わせながら、止まらない動悸と冷や汗とを社交的仮面で隠して日常生活を今まで過ごして来たのである。


私は常に影による監視に恐れ震えて日々を過ごしていた。しかし毎日に影が現れる訳ではなくて、私の持つ影の有無の意識が若干とぼんやりしてきたときに、又もや、影が私を前から後ろから左右から、私のことをじらっと見つめてくるのである。

初めて影が現れてからもう一年が過ぎたくらいだろう。私に初めて不変が訪れたのは、梅雨入りの頃でひねもす雨の降っていた日であった。夜道で私が傘を右手で差しながら左手で煙草を吸い込んでいた散歩の帰り道で、急に、後ろに人の気配がしたものだから恐る恐る振り返って見ればそこには、重い雨粒に打たれてどんよりとした重い夜道の暗さに混じっては、此の世のものとは全く思えないような気配の異臭を漂わす、どのような漆黒にも負けない黒々とした影が、私から10mくらいを隔てて私を見ていたのである。勿論、影には目玉といったものも付いていないのだが、確かに、彼れは私を見ていたに相違ないのである。私は思わず驚きの余りに、発狂をして叫び声を出そうとしたが、何故か其のときだけは冷淡に、落ち着きのある装いを己に命じて自宅へと、其れから一度も後ろを振り返らずに走っていったのであった。

彼れからといっては影に毎晩毎晩、恐怖を覚えさせられている。しかも奇妙なことに、影がだんだんと、はっきりと、くっきりと、日の経つことに変化をしてきているのであった。初めての影は黒々として分散している靄みたいなものであって、其れは小さな気流の莫大といった数の合体を考えさせるものであった。そのぼんやりとした靄のはずだった、空気に黒のペンキをぶちまけたような影が、最近は、若し触れることがあろうならば、其れは、鋼のように硬そうな個体を感じさせるものに変わってきたのである。しかもつい近頃は、其の影にぼんやりとした表情ができてきたのであった。さらに手足といった体のパーツもぼんやりと浮かんでいて、表情や体つきがどうやら私に似ているように思えたのである。


神経衰弱が露骨に日常生活に現れてきて、友人に精神科の通院を勧められた頃に、私にとうとう事件がやってきたのである。

その日は、八月の太陽の温度の破片のような日は指していないのに非常に暑さを感じた夏の晩であった。私がベッドで仰向けに、灯りが付いていない電球をうつつに見つめていたら、ベッドの隣に、何者かが立っているのである。それも、いきなり姿を現した者が、私そっくりであることを私は認知した。私は勿論、恐怖の余りに大声を出そうとしたが、声が出なくて身体も動かせないのである。

隣に立っている私そっくりの者は、裸であり、私を脅かした影から成り立ったのであろうか黒々としているが、真っ暗の部屋の空間と調和することなく、はっきりとしている。この化け物は文章では大変説明がし難く、実物を見た私以外に誰が知り得るであろうか。読者には、現実世界に存在する認識と可能性を超越した化け物が、隣に立っていたと考えて貰えれば良い。あの時の光景は、私にシュルレアリスムの絵画のような不可解と奇妙さとで、これから私の脳内から消えることはないであろう恐怖であった。

私は動かせない顔の重みに逆らうが無力で、目の前にいる私そっくりな化け物に心がはち切れそうな恐怖感に襲われていた。化け物はそのままずっと私を、無表情な死に顔のような力のまったく入っていない瞳で私を睨んでいた。その「ずっと」は、私には一時間にも二時間にもそれ以上にも感じられたし、もしかすると、ほんの数分、或いは数秒のことかもしれなかった。その時間、私の脳内には生ぬるい液体がどばっと流れているような感覚で、真っ白であった。

私を睨み続けていた化け物が、咄嗟ににやっと微笑をしては私に突発的にぼそっと、私の心臓につららのように鋭くて非常に冷たい声を突き刺してきたのであった。

「お前は死ななければいけない」

そして私同然の黒々とした、ドッペルゲンガーが長年の歴史を超えて発展の最高潮となったかのような化け物が束の間に泡の如き消えていった。

それから数日後のことである。私は自殺した。


最後に


作者が考えるには、誠の恐怖とは、現実世界と超現実世界との狭間として己の精神が無意識に創造した異世界を彷徨うことである。その世界にこそ、莫大な恐怖が依然と存在しているのだ。

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