チャット 2
私の目には個人商店の品々を片付けてテレポーターの方に歩いて向かっている2人の後姿が見えている訳だけど、他の人には見えてなさそうだから間違いない。
「なんか、2人が熱くて泣けたわ。感動したっ!」
そう言いながら歩いて来たのは水着姿の女性。
確かにこの2人が熱いのは分かるんだけど、感動する程の事だっただろうか?寧ろ女の子は困った顔してたけど・・・。
「いやいや、困ってる子を放っておけなかっただけですよ」
英単語25個覚えなきゃならない、とは困ってたけど、それ以上に熱い男2人の処理に困ってましたからね!?あ、けど細かい表情ってのは画面越しだと分からないし、それはしょうがないのかな。流石に目の前であんな困った顔されたらこのオッサンも若者も途中で話しを止めて、頑張れとの言葉と共に去って行ったのかも知れない。
「2人とも優しい良い子」
うん、それはそう思うよ。途中で黙った私の方が薄情だ。それに、私の左隣の男はオッサンの長文が流れた後位から放置者になってしまっている。
個人的にはこの人の暗記方法も聞いてみたかったなぁ・・・だって25個の単語なんて余裕と言い放った人物、きっと物凄い天才・・・ならゲームはしてないか?
「俺は、優しくなんてないですよ」
おっと、若者は意外とネガティブだったのね。
「いいや、君は優しい。教え方も丁寧だったし、相手を思いやれていたよ!」
オッサンの火が再び燃え上がってしまったようだ。これ、私がスキルを使う時とどっちが五月蝿いだろう?
「うん、私もそう思ったよ」
水着女性が援護射撃するが、若者は卑屈そうに笑うばかりだ。
「偽善だよ、俺の優しさは」
偽善でもなんでも、ないよりはマシだと思うんだけどな?それに偽善だーって思うのは人の勝手であって自分で自分の行動を偽善だーって説明するのもどうだろうか・・・あ、そうか、照れ隠しか!
「君は、本当は優しくありたいって心を持っているんだ」
照れてる子に対して熱く語るオッサン、相性最悪だわ。
「偽善じゃない!あの会話で感じたよ」
水着女性まで熱いとは!?
「俺は何の知識もない素人だけど、ネットで相談室を何年もやってる。だから人の心ってのは本当に分かるんだ」
だったら照れてる事を察知して差し上げろ!!
しかし、ネット相談室ってのがあるんだなぁ・・・何年もやってるんならカウンセラー?あ、でも最初に素人って言ってたし、ただ愚痴やらを聞いて正論を述べているだけ?それ・・・たまにしか会わない従兄弟のオッサン的な感じなんじゃ・・・。
「だって、たまたまバスで優先席にしか座る場所なくて座って、お年寄りの方が後に乗ってきた時に譲れなかったし」
なにこのあるある小ネタ・・・しかも、だって、と話し始めた割りに自分が偽善者だと思う理由を説明してない。この話から感じるのは譲れなかったって言う後悔だ。
「それはただ恥ずかしかっただけじゃないです?」
あ、しまった・・・つい、つい声が出てしまった!
「自意識過剰があって、恥ずかしくて出来なかっただけさ」
おっと、オッサンが上手い事流してくれた。
自意識過剰って表現はどうかとは思うけど、恥ずかしくて出来なかったってのはそうだと思う。照れ屋さんなら尚の事そうだっただろう。
「家庭環境だってゴチャゴチャなのに・・・」
偽善の件と家庭環境は関係ないでしょ?
この若者は、会話の受け答えをしているようで、実は自分が喋りたい事だけをポツポツと喋ってるだけ?それとも否定されたらどうにか自分を正当化出来る話題に持って行ってるだけか・・・だったら始めに自分で公言した偽善者だ、は可笑しいような・・・やっぱり照れてるだけ?
「君は、人生をこのままで良いと、投げようと、そう思っているのかい?」
オッサンの言葉が、20代ニートの私の心にグサリと突き刺さる。
このままで良いなんて事は・・・思ってない。だからこそ手当たり次第面接を受けてる。採用されない理由を景気の悪い社会のせいにしたって良いんだろうけど、そうじゃないって理由はちゃんと分かってるつもりだ。
長所の欄に何も書けないような人間、どこが採用してくれると言うのだろう?
「自殺って事?」
いやいや!それは思い切り過ぎだから!!何を急に物騒な事を言い出すんだ?この照れ屋さんは!
スグに思考がそっちに走るって事は・・・この若者も学生かな?多感な時期は誰もが1度こう言うのを迎えると思う。よく言う中二病って奴だ。
「自分をこのまま、別に何かに向けた努力をする事もなく、ただ時間を流す事に専念したいのか?って事ね」
アオリの魂を探して現実世界に戻ると言うのは、その何かに向けた努力のうちに入るのだろうか?けど、今の私にとってはそれが何よりも率先してやらなければならない事だ。時間を流すだけなんて無駄な事をしている場合じゃない!だったらさっさとストーリー確認しろって話なんだけど、ここまで熱く語るオッサンがこうも至近距離にいるんじゃ嫌でも注目してしまう。
「家の問題に関して言えば、俺がただの操り人形になるのが解決策だけどね」
物凄く辛そうに笑っている所申し訳ないが、それは違うだろ。親がおっそろしいのか、それとも世間体を大事にしてるから目立った行動が取れないのか、そんな理由があったとしても、言いなりになるのが解決策だって思うのはただの言い訳でしょ。
親がいなくなった後、今度は一体誰の操り人形になるつもりだ?
「いつかは親の支えにもならなアカンのに、操り人形って・・・」
左隣の男が小声で笑っている。
どうやら放置者の振りをしていただけのようだ。アレ?でもログにさっきの言葉が出ていない。と言う事はいつの間にかログアウトしていたらしい。それでもこうしてこの場にいるのは会話が気になっているからか。
ログアウトしてプレーヤーがいなくなっても関西弁を使い続けているんだから、この人の性格はプレーヤー寄りになっているに違いない。
「強さを持つ為の土台を自分の回りに全然見付けられなくて、立とうと思っているのにそれが出来ないばかりの時間を多く過ごしてきちゃってるのさ。だから、諦める事が時間を先送り出来る最善の手段だとしか思えてないんだ。人は完璧ってのは絶対に目指しちゃだめだよ。中途半端が当たり前、をまず自分が受け入れて、そしてそれに見合った目標を持つようにしないと必ず挫折するぞ」
つまりは休日の親父みたいな感じで寝そべってる状態って事?台詞が長い上に想像しにくいから理解するのに時間がかかるわ。
多分良い事を言ってるんだと思うよ?長年ネット相談してる人なんだから、なんかを諭そうとしての例え話なんだろうし。それに完璧を目指し過ぎたら挫折するってのも、正解だと思う。自分に見合った目標を持てーなんて志は低い気はするけど。
「ぷっ・・・」
左隣から聞こえる明らかに笑いを堪えている声。少なからずこの男にとってオッサンの話はかなり面白いらしい。
「厳しい意見だけどさ!この人はキミの事を凄く思って話してるんだよ!」
そして水着女性にとってはまた違った意味合いに聞こえるようだ。
私にとっては・・・諦めるなって説得してるくせに志を低く保てと矛盾した事を物凄く大袈裟に熱く語っているように感じるかな・・・聞いてると全部が正論っぽいし、納得させられる部分があるんだけど、大きな流れとして見ると・・・何が言いたいんだろう?って感想文しか出て来ない。
私の国語力レベルが足りないだけ?
「皆が敵に見えるよ。俺を徹底的に潰そうとしているように見える」
何故皆と言いながら私も見るんだ若者よ!
「潰すべき姿勢はもちろん潰すよ。今のあんたに俺達が何を言おうが無駄なのは分かってるが、あんたは悪い人間では絶対にないから教えてやりたくてね」
無駄だって思ってるのにこんな長々とした文章を打ち込んでいたのか!そしてオッサン、俺達って何よ。
「悪い人間ですよ、俺は」
この若者は若者で矛盾してるような・・・始めは自分を偽善者だって言ってなかった?それが急に悪い人間だーって。オッサンに色々言われて拗ねたのだろうか?
「あんたさ、自分を何とかしたいって“本気で”考えているのか?それがないんじゃ、俺達も何もアドバイスはしねーぞ?あんた次第だ」
オッサン!?私はただ会話を聞いてるだけのギャラリーでしたよね!?何で俺達と言いながら私の肩を叩いてくるんですかっ!
「話。最後までお付き合いしたいけど・・・明日仕事だし。お先落ちです」
水着女性が欠伸をしながら言い、私を含めた全員に手を振ってきた。
やっぱり何故か仲間意識を持たれていたらしい・・・けど、それならちゃんと挨拶はしないとね。
お休みなさい、また会いましょう。そんな言葉を交わして水着女性がログアウトした。残った体は個人商店の品々を物色し始めている。
そして続く沈黙。だから私はてっきりオッサンによる長文が来るんだと思って黙る事にしたんだ。多分この若者も同じ事を考えているんだろう、オッサンに注目したまま黙っている。
「ごめん、俺も時間なので落ちます」
かなりの時間待った後の台詞がこうだった。
短い上に熱さが欠片もない!?
お休みなさいと言おうとするよりも先にログアウトしたらしいオッサンは、その場にしゃがみ込み、両手で顔を隠している。その耳は赤い。
どうやら相当恥ずかしいようだ・・・。
なに?このオッサン・・・かなり可愛いんですけど・・・。
そんなオッサンを見ていた左隣の男は、今度は声を抑える事が出来なかったのか、爽快に笑っていた。