インスタントダンジョン 2
「え~っと、マーヤだっけ?とりあえず今からソロ用インスタントダンジョンクリアーしてきて。アタシらはパーティー用のインスタントダンジョン行くよー」
面倒臭そうなくせに手を叩きながらその場を仕切るレオナがインスタントダンジョンを管理しているNPCの所へ向かうと、私達も水着のままそれに続いた。
インスタントダンジョンと言うのは1日1回入る事が出来るダンジョンで、ソロとパーティーの2種類ある。クリア報酬はシールなのだが、そのシール100枚で青色の宝箱、200枚で黄色、300枚で赤色の宝箱と交換が出来る。中身はゴミから物凄いのまで。もちろん赤色の宝箱の方が当たりの出る確率が高い。物凄い確立にはなるが、青色の宝箱からでも物凄いのが当たったりするので、それを個人商店で売り捌く事が無課金な私唯一の金策だ。
「インスタントダンジョンってなにをすれば良いんですか?」
不安そうな表情で見上げて来るマーヤの顔は、とてもじゃないけどゲームの中のグラフィックには見えない。いや、マーヤだけじゃなくて、全員がそう。人も、建物も、動物だって全てが現実と変わらな・・・まぁ、動物はやたらデカイし龍なんて実在しないモノまでいるんだけど、リアルだ。防具1つ1つの質感、武器の形や細かな所の細工。手で触れた感触もしっかりあるし、この髪の毛の1本1本だって。
だけどこうして私が髪を触っていても「髪を触る」なんてグラフィックは存在しないから、画面向こうにいるマーヤの中の人にはただ立っている様にしか見えてないんだ。
「出て来る敵を倒すだけ。ソロ用のは敵もそんな強くないので大丈夫ですよ」
これが魔法職ならまた話は違ってくるんだけど、マーヤは攻撃職だからきっと余裕だろう。しかもインスタントダンジョン内の敵は経験値も良いから、もしかしたらこの1回で一気にレベルが2個とか上がるかも知れない。
「アオリさ~ん。早く行こうよ!」
既にインスタントダンジョン管理NPC前にいるアカネに呼ばれ、私は大丈夫だからともう1度マーヤに声をかけてから合流し、ダンジョン内にワープした。
ホールのような広い空間の真ん中に1匹の巨大なボス。何度も何度も倒しに来た敵だってのに、実際に見ると物凄い迫力だ。見上げないと足しか見えないぞ。
「エンチャしますね~」
ハイエロファントのアカネは、大きく杖を振り上げながら1人1人に補助魔法をかけていく。範囲で全員に補助魔法がかけられるようになるにはもう少しレベルが足りないらしい。
1番に補助魔法をかけられた盾の本職、フェニックスナイトのレオナがボスに向かって斬りかかると、後ろにいるブラックがヒールを唱える。
毎日通い続けているボスが相手じゃあ緊張感もないのか、レオナはパーティー募集の掲示板なんかを確認しながら戦い、時々思い出したかのようにヘイトを唱えた。
私はスキルの名前を大きく叫ばないとスキルが使えないので、メニューから発動をしながらの戦闘。他にもチームメンバーがいるし、何度も倒しに来た馴染みのある敵。だから余裕で勝てる筈なのに可笑しい。レオナを回復していたブラックのMPが枯れ、MP回復を待つ間にアカネが変わりにレオナを回復してるんだけど、アカネのMPも枯れてしまった。
レオナが防具を装備してないからとか、そんなんじゃなくて、単純に戦闘が長引いている。その原因は私。
いつもは連打に近い感覚で出していた攻撃スキルを、今はいちいちメニューを開いて、そこからの発動。いつもなら3回は出せているだろう時間をかけてやっと1回攻撃していると言う火力要員としてあるまじき攻撃頻度の低さを誇ってしまっているのだ。
「オイ!なにやってんだアオリ!」
同じ火力要員であるデストロイヤーのレモンが敵にショック効果のあるスキルを使いながら怒鳴ってくる。
状態異常付きのスキルはSPを食うし、攻撃自体強くない。その上ボス相手だと10回中1回でもかかれば良い方だ。しかし1回かけてしまえば10秒間敵は動かなくなる。そんな僅かな時間でも稼がなければならない程レオナの回復が間に合っていないのだ。
くそ・・・恥ずかしいとか、そんなのはもうなんだって良い!こいつを倒さなきゃ報酬は無しなんだ。私だけじゃなくて、ここにいる皆がタダ働きした事になってしまう!
行くぞ、短剣二刀流奥義!
「TRIPLE SLASH!」
左右1回ずつ斬り付けた後に飛び上がって更に斬り付け、通常攻撃をはさんでSPを回復させながら、次はDOUBLE SLASHと叫ぶ。横と縦の2段攻撃の後1歩下がってショック効果のあるSHOCK WAVEを2回。通常攻撃をしてSPの回復を待ち、半分回復した所でDOUBLE SLASH。
「ちょ、アオリうっさい」
言われなくても、ソレは私が1番思っている事。だけど、叫ばないとスキルが出ないんだからどうしようもない。通常攻撃だけしていて勝てる相手ならなんの問題もないけど、ボス戦では無理だって事を思い知ったから恥やら迷惑やらを除外視して戦ってるんだ。
「なんでも良いから攻撃しろ!」
強力傷薬を一気に飲み干したレオナは、ヘイトを発動させながら盾をドンと地に着けて腰を落とし、完全に攻撃を止めて防御に専念した。その後方には座り込んでMPの回復を待っているアカネとブラック。
ヒール役の2人が座り込んでいる今、レオナが持っている傷薬だけが頼りなのだが、強力傷薬で回復できるHPは精々半分。防御に専念したとしてもいつまで持つか・・・その間に1回でもヒールが入れば望みはあるか?いや、火力要員の私とレモンがさっさと倒す以外に道はない。
「もうしばらく五月蝿いですが、気にしないでください。DOUBLE SLASH!」
いつもはなにも考えなくても倒せていたボス、それなのに少し戦闘が長引いただけでここまでボロボロになるのか。いつもみたいにもっと連続してスキルを出す事が出来ればまだ少しはマシだったのだろう。だけどメニューからの発動は遅過ぎるし、叫んで出すにしたって連続と言う訳には行かない。
「くそ!もうもたないぞ!」
強力傷薬を飲んだレオナが悔しそうな声を上げた。多分、あれが最後の強力傷薬だったんだろう。
ブラックは慌てて立ち上がると、1回分程回復したMPでヒールしようと走って来る。
「ヒール待て!レオナ、ヘイトはしばらく使うなよ。持ってる傷薬分だけ盾交代だ」
そう言った後、盾と片手剣を装備し直したレモンはボスのタゲが自分に来るまで断続的にヘイトを発動し続け、後は盾を前に置いての防御姿勢を取った。
「悪いな。ブラックは座ってMPの回復!」
ブラックが座り込んで少し、アカネが立ち上がるとレモンに防御の補助魔法をかけ、3回ヒールをかけた所で座り込んだ。
可笑しい、コレはいくらなんでも可笑しくないか?
確かに私は火力要員で、今日はスキルの出が遅いけど、いつもは軽く倒せている筈のこのボスがこんなに倒れないのはやっぱり不自然じゃないか?こんな全員のMPやらSPが枯れるまで苦戦するなんてありえない筈。
もしかしてこれはバグ?
「レオナ、掲示板でインスタンドダンジョンの情報調べてくれ」
こうして待つ事数分、レオナから特大の溜息が聞こえた。どうやら本当にバグだったようだ。
「パーティー用のインスタントダンジョンの敵が強化されているらしい。公式発表もなかったからバグだな」
やっぱりバグか。だったら今日は諦めて出た方が良さそうだ。バグに巻き込まれてインスタントダンジョンから出られないと言う状況になったら大惨事。
一旦ログアウトし、ファイルチェックをしてログインすればバグ諸共綺麗に解決するんだろうけど、今の私がログアウトするとどう言う事になるのかが分からない。現実に戻れるかもって望みはあるんだけど、それと同じ位心配なのは、あの真っ白な空間に戻されるんじゃないかって事。
そりゃ、まだ少しはコレが夢だって思ってる部分もあるんだけど・・・。
「テレポート使いますかぁ?」
アカネの言うテレポートと言うのは、パーティーメンバー全員を最寄りの町に戻すと言う魔法だ。ここで使えばインスタントダンジョンを管理するNPC前に出る筈だ。
私はさっさとテレポート使ってもらって町に戻りたいんだけど、ここまで叩いた敵を前にレオナが引くとは思えない。
「いや、制限時間ギリまで叩くぞ!」
でしょうね。そう言うと思ってました。
インスタントダンジョンの制限時間は20分で、10分以内ならやり直しが可能。しかし11分からの破棄は失敗とみなされる。破棄しても失敗なら最後まで叩ききると言うのが当然の考えと言われたらそうなんだけど・・・相手はバグによって強化されているボス。HPや攻撃力の強化だけではなく、無敵と言う効果も付いていれば倒す事は不可能だ。
泣いても笑っても残り時間は3分をきっている。テレポーターでの帰還をレオナが認めなかったんだからなにをどうしたって3分間は戦い続けなきゃならない。なら、意地でも倒してやるって気になるんだから不思議だわ。
「MP回復OK」
ブラックが立ち上がると、レオナがヘイトスキルを発動させ、レモンは一旦引いて強力傷薬を一気に飲んだ。この時点で残り2分弱、倒せるかどうかは分からないけど最後まで全力でやってやろうじゃないか!
「あっ!アオリさん。お疲れ様です、大丈夫でしたか?バグがあると聞いたんですけど」
インスタントダンジョン管理のNPC前には、ソロ用を終わらせた後のマーヤが座って待っていて、私達を見付けるなり大急ぎで駆け寄ってきた。
「時間切れになっちゃいました」
結局ボスを倒し切るには至らなかった訳なんだけど、最後の一瞬ボスが地に膝を付けた様に見えた。だから倒した事は倒したんだと思うんだけど、クリアーのログが出る前に時間切れになったからそのまま失敗って事になってしまった。
「無事で良かったです。アオリさん、1次転職・・・付いて来てくれませんか?」
付いてきてって事は、何にするのか決まったのか。ソロ用のインスタントダンジョンに行った事で何かが見えたらしい。
「え~、そんなの1人で行けるでしょぉ~?それより個人商店見に行こうよ」
私の腕を掴んだアカネは、何故か個人商店を見たいと言い出し、グイグイと引っ張ってきた。スクラッチで欲しいものは全部手に入れたんじゃないのだろうか?それともハズレ品を売りに行くつもりか・・・どっちにしても私を誘う意味が分からない。
「どーでも良いけど、いつまでビキニ着てんだ?着替えて来い」
そうだ、スッカリ忘れてた。今の私が黒ビキニ姿である事を!何をするにもまずは着替えよう、そうしよう。その後マーヤの1次転職を見届けて、最後にアカネに付き合って個人商店見に行くかな。