緊急イベント 2
闇の神殿を出ると、町の外にはこちらに向かって歩いてくるレイドの姿がハッキリと見えた。
プレーヤー達はこの異常な光景を見る事が出来ないから、素材集めクエスト5回で手に入れたスクラッチ無料券を使ってスクラッチを引いている。
それと対照的なのは、まだプレーヤーがログインしていない冒険者。
自分だけでは経験値獲得チケットとスキルポイント獲得チケットを使用する事も出来ないから、レベル1のままただレイドを見上げているしか出来ない・・・。
絶望に満ちた表情で。
先に初期村を手伝いに行きたかったけど、まずはあのレイド討伐から・・・。
「さっさとスキル振っちまいな!」
「この2ポイントを命中に振るか、クリティカルに振るか・・・」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはフェニックスナイトになったレオナが精練済みの武器と防具を装備した姿で立っていた。
そんなレオナに急かされているのはレモン。その後ろには黒ビキニ姿のブラックがいる。
「レイドがそこまで来ています!早く行きましょう!」
そして皆を引っ張っているのはキラキラの目をしたアオリ。
「待て。お前を守る盾はアタシだ。アタシより前に出るな」
レオナってこうして改めて見ると男前だわ。だけど、プレーヤーは本当に女性だって言うんだから、なんと言うか・・・ネカマの皆々様の業とらしい話し方が痛々しい。ブリッコキャラのプレーヤーが全員ネカマってわけではないのだろうけど・・・。
待て。
私はまた何を画面向こうのネカマに思いをはせているんだ!
この町はレオナ達に任せて、早く初期村の援護に向かおう。
テレポーターで初期村に向かうと、もう既に戦いは始まっていた。
村をぐるりと囲む外壁には防御特化のゴーレムが召還されていて、村の外には攻撃特化のゴーレム3体がレイド討伐に当たっている。けど、ゴーレムだけでレイドが退治出来る訳がない。それなのに、町の中にはゴーレムを召還したマエストロ1人だけで、その周囲に警備兵の姿もない。
私は、グラディエーター。
2次転職を終えたばかりでレベルも45そこそこの弱者だ。だからレベル70のレイドに1発でも攻撃すると、レベル差によるペナルティーを受ける事になる。
石化するか、呪いにかかるか。
「どうなさるつもりです?」
やけにゆっくりと喋るオッサンだが、余裕があっての事ではないのだろう、杖を持つ手に力が入っている。きっと、ゴーレムが1体でも壊されたらレイド討伐に飛び出すつもりだ。
光のレイドを闇属性にして操れるソウルテイカーに戦わせて消耗させるつもりはない。
少し、考えがあるんだ。
私がアオリだった頃、それはもう酷いドロップ率だった。だけど錬金術はスキルを覚えなくても100%大成功していた。それはマエストロとしてのアオリの力が作用していたせい。
可笑しいでしょ?私はその時アサシンだったのに。
だから、現グラディエーターの私でも闇の女神の力が作用しているのではないか・・・。それを確かめる為にレイドに攻撃を仕掛ける!
あっ、その前に。
「初期村の守り、ありがとう」
私は首都を優先してゴーレムを出せと命じた。だから初期村は一般人の非難が終了して無人になったのだろう。そこを、このマエストロはたった1人で守っていた。
完全に私の指示の仕方が悪いのに、こうしてフォローしてくれるなんて、何て良いマエストロなんだろう。しかもよ?マエストロは闇の女神で言うソウルテイカーのような存在だったと言うのに。
「め、女神様?何故・・・ここに・・・」
何故もくそもない、ただ守りに来ただけ。
光のレイドには何処も壊させたくないだけ。
それが私の、闇の女神の初仕事なのだから!
「行くぞ!SHOCK WAVE!」
短剣を大きく振りながらゴーレムの間を縫って攻撃をすると、剣先から放たれた衝撃波が確かにレイドの足に当たった。
しかし、何かのペナルティーを受けた感じがない。これは思った通り闇の女神の力が働いているんだ!
レベル70のレイドに攻撃して何ともないんだから、少なくとも闇の女神のレベルは70以上に違いないし、女神って位なんだからカンストだったレベル90には達している筈。
カンスト制度があるのは光の女神の方針で、闇の女神はカンストを設けていないから、もしかしたら90以上かも?
そんな力の加護を受けているグラディエーターか・・・まだレベルは45だから攻撃力はかなり低いけど、光のレイドに、闇属性・・・正直、負ける気がしないわ!
短剣を下に構え直し、攻撃を受けても村に向かって前進し続けているレイドの足を集中的に攻撃する。
歩みを止める目的でもあるが、このレイドの弱点が足にあるから。その弱点に向けて闇属性の攻撃を繰り出していると言うんだから、そんなに長期戦にはならないと思っていた。
だって、インスタントダンジョン用に作られたレイドだって聞いたから。
普通のレイド討伐の場合、レベルさえ気を付けていれば100人だろうが200人だろうが討伐に参加する事が出来るけど、インスタントダンジョンの場合、最大が12人までと決められている。だからインスタントダンジョンのボスは例外なくHPが低いのだ。
それなのに、攻撃しても、攻撃しても、攻撃しても怯むだけで死なない。
いくら闇属性が乗っかっているとは言っても、レベル45の攻撃力じゃあ無茶だったか?いや、与えているダメージを見る限り倒せない程の絶望的な弱さは感じられない。寧ろ、圧勝出来る筈のダメージが通っている。
だったら、この状況はどう言う事?
待てよ・・・私がこの世界に来たばかりの頃、インスタントダンジョンのボスが強化されている。と言うバグがあった。まさか、そのバグはこのレイドを作るためのテストだったんじゃあ・・・。
高レベル帯の冒険者が軒並み討伐に失敗したあのバグ。それを元にこのレイドが作られたのなら、冒険者達はかなり不利な状況・・・と言う訳ではない、か。
12人限定のインスタントダンジョン内じゃなくて、ここは外なんだから100人でも200人でも寄ってたかっての討伐が可能。例え12人でも討伐になったとしても、制限時間が存在しないんだから、負け戦にはならない。
問題なのは、どれだけ被害を少なく終わらせる事が出来るか。
「DOUBLE SLASH!」
今使える中で1番強いスキルで足を狙って攻撃、ゆっくりと仰け反ったレイドが再び歩みだそうとした所でもう1度スキルで攻撃。またゆっくりと仰け反って、歩き出そうとしたら攻撃。
こうしていれば村にレイドが近付く事はないし、いつかは倒せるだろう。ただ、地味で、退屈だが。
少しだけ仰け反るだけだったレイドが、次第に大きく仰け反るようになり、終に足が後ろに1歩下がった。
ゆっくりと足が下がり、グラリとバランスが崩れる。軸足にDOUBLE SLASHを放ち、振り上がった短剣を構え直す事もせずにそのままSHOCK WAVEを額に。
ズゥゥゥン。
地響きをたてながら仰向けに倒れたレイドに向かって3体のゴーレムが一斉に乗りかかり、合計6本の腕でガリガリとHPを削って行く。その間に弱点である足に向かってスキルを連続して当てていると、後ろからオッサンがやって来て杖をかざした。
操る技を使おうとしているのだろうが、まだ少し早い。
「まだ倒せてないんだけど?」
瀕死ではあるんだけど、DOUBLE SLASHで言うと、まだ後20回分位のHPが残っている。
「ネクロマンサーではない所を、お見せしましょう」
オッサン・・・多分だけど、多分なんだけど、今物凄く格好良い事を言ったんだよね?でも、私魔法職に詳しくないからさ、ネクロマンサーの事すら良く分かってないんだよ。そんな良く分かっていない職種と違うって良い顔で言われても反応に困る!