名前 2
黒く輝く女神像を中心に広がる静かな祈りの時間。
隣にいるシロでさえ目を閉じて祈っているんだから、ここで目を開けているのなんてきっと私だけだろう。でも、閉じろって言われた訳じゃないし、なにが起きるのかも見ておきたい。
これだけの人数がいるのに無音って不自然なんだけど、踵を床に当てると微かにコツコツと音がするから私の耳が急激に遠くなった訳ではない。
しかし、いつまで続くんだろう?もうね、静か過ぎてさっきから耳鳴りがしてるんだよ。
キィィィィィィン
一向に鳴り止まない耳鳴りに、堪らず耳を塞いでみると、耳鳴りだと思っていた音が少し小さくなる。
耳から直接聞こえて?
ホール内に反響している音、何処を見渡しても祈るソウルテイカーの姿。一体何処からこんな強烈な音が?
駄目だ、頭が痛くなってきた・・・。
「・・・サヤさん、手を」
遠くからシロの声がして、耳を塞いでいた手を伸ばす。
シロの冷たい手が、私の伸ばした手を包むように握り、次の瞬間、一層激しく鳴り響く耳鳴りに意識がプツリと途絶える感覚がした。
キィィィィィィィン
1回気を失ったというのに、目覚めてもまだ聞こえている音に嫌気がさす。それに、全身が気だるくて起き上がりたくもないし、目も開けたくない。
倒れたままでいると誰かに体を抱き起こされ、流石に目を開けてみると、私の目の前にはアオリがいた。
あぁ、自分の体に戻ったのか。
シロが酷く調子が悪そうだった理由が分かったよ。
体は何処も悪くないんだけど、元の世界とここでは空気の圧?重力?が全く違っていて、四方八方から押さえ付けられている感覚。そのせいで息苦しいし、立ち上がると言うだけの動作さえ重労働になっている。
シロはこんな体で街中に立っていたんだな・・・お陰で彼方此方が筋肉痛だわ。
「よっ!」
気合を入れて立ち上がると、無言でアオリが体を支えてくれた。
やっぱり・・・イケメンだわ。
じゃないでしょ私!この期に及んで緊張感もないなんて!でも良かった、こんな事を考えられる余裕があるって事は、この激しい雑音にも少し慣れたって事。それとも音は少し小さくなったのかな?
キィィィ・・・ン
徐々に気にならなくなって行く音は、やがて完全に聞こえなくなり、ボォーっと遠くなった耳にまた無音が訪れる。
ソウルテイカー達に動きはなく、祈っている姿勢を崩していないし、オッサンも杖を床に付けた姿勢のまま動いていない。私は自分の体には戻ったけど、魂が弾かれるという感じはないし・・・儀式はまだまだ続行中?流石に長過ぎない?それだけ強力な封印って事?
「ここで何をしている!?」
突然そんな怒鳴り声と共に何人かの兵士がホールに入ってくると、外からの光でホールの中は明るく照らされ、さっきまでは黒く輝いていた像も、今はただの光の女神像に戻ってしまった。それだけじゃない、あれだけ大勢いたソウルテイカー達が1人残らず消えてしまっているのだ。マーヤも、オッサンも消えて、残っているのは私とアオリだけ。
どう言う事なのか、全く状況が飲み込めない。ここからどうしたら良いのかすら分からない。
とりあえず、捕まる事は避けなきゃ駄目だよね?
えっと、だからってどう言えば誤魔化せるんだ?
「あ、えっと・・・冒険者登録会場はここですよね!」
は?って顔をする兵士達。するとヒョイと私を抱き上げたアオリは、
「登録はここじゃなくて受付。光の女神が見たかったんじゃなかったんだね」
との小芝居をして、話を合わせてくれた。
ソウルテイカーが誰も残っていなかった事、そして像が光の女神に戻っていた事で、多少怪しまれはしたものの無事に神殿からの脱出が出来た私達は、そのまま階段裏の扉の前に向かい、中へ。そこにはオッサンが1人立っていた。
何をどう聞こうか考えがまとまっていないまま、ドンと目の前にいるオッサンはまず始めに儀式が成功した事を教えてくれた。それから、
「次のメンテナンスが大型アップデートになるだろう」
との説明。
メンテナンスと共に仕様変更なんて、ゲームとしてのルールは守るのね。
しかし、まさか儀式と言うのがシステムの書き換え作業だったとはね・・・じゃあ次のメンテで行き成り“光の女神”が封印された事になってるの?それとも光と闇の対決!的な戦争イベントが始まるとか?
あれ?でも変だ。
「儀式が終わったら私の魂は弾き出されるんじゃなかったの?」
そう聞いていたから、結構覚悟して・・・いや、ズット延々とブラックの黒ビキニバニー姿が脳裏にいたわ。
「弾き出されただろう?」
ん?
オッサンはそう言って杖の先を向けてくる。
「あ、自分の体に戻るって事?にしたって、この体には闇の女神が入るんじゃないの?」
てっきり闇の女神がこの体に入って、弾き出されたアオリの魂がアオリの体に入る時に私が弾き出されてーってのを想像していたんだけど、この体に他の魂が入っている感覚はない。そもそも自分の体に戻れている理由も分からない。
「まだだ。大型アップデートの時までお前はまだただの冒険者だ」
え?えぇ!?
「冒険者!?」
職種は何を選んだら良いの?じゃなくて、こんな動きにくい体でどうやって戦えって言うのさオッサン!
「こちら側のキャラクターになったんです。魂が半分の、冒険者・・・」
細かい事を説明しないオッサンに代わり、アオリがかなり分かりやすく教えてくれたんだけど、それでも上手く理解出来るまでには時間がかかった。だから、
「私、今半分なの?」
と、既に説明された事を聞き返してしまったよ。大人の女性としての知性が微塵にも感じられないわ・・・。
こっちの世界にいる事がもう既に信じられない出来事なんだから、それ以上の事じゃない限り驚いては駄目だ!
いや、魂が半分になったと言うのは大事だよね・・・。
あれ?
「今の私が半分なのなら、後の半分は何処に?」
よし、仕切り直し成功!
私って慌てているか緊張感がないかの両極端だったのね、自分の事なのに、今頃気が付いたわ。
「俺の中です。プレーヤーのいる状態でなければならないので・・・」
アオリの中にまだ私が残って?そうか、ここではプレーヤーがログアウトしたキャラクターは、ログインしているキャラクターからは見えなくなってるんだっけ。
光の女神との戦いイベントが始まるんだから、他のプレーヤーから姿が見えないのは、確かに色々と都合が悪い。
それに、私の体の中を半分にしておかなければならない理由もあるんでしょ?
次のメンテ、私の中には闇の女神の魂が入ってくる。
メンテ後、この体は私なのか、闇の女神なのか・・・。