名前 1
ゆっくりと闇の女神像に向かって歩いて行く間、抱き上げているシロから詳しい話を聞く事が出来た。
冒険者達の魂は闇の女神が復活したら戻って来ない。と、なんとなく分かっていた事から、アオリの魂がアオリの体に戻った後、私の魂は弾き出される。と言う事。そして、少し声のトーンを落として教えてくれた。
私の体に、闇の女神の魂が入る事。
それでも、私の足は止まらなかった。
この世界を変える事でアオリやマーヤの魂が救われるのなら、私の、こんな小さな魂などいくらでもかけられると思ったから。
どうせ、元の世界に戻った所でニート生活が待っているだけ。私の存在理由を示す機会が今しかないのなら、この瞬間に全てをかけてみるのも悪くはない。
足を1歩1歩前に出す度に決意が固くなっていく。何故なのかは分からないけど、大丈夫だって気がしてきたんだ。
魂が弾き出されて、体には闇の女神が入るんだから、行き場所のなくした魂は滅びる。そうシロの口からハッキリと聞いたと言うのに。何処にも救いのない話だったと言うのに、それでも何とかなるって思えた。
でも、もしかしたらこの時が私の最後かも知れない。
可笑しいな。
普通さ、死を覚悟した時って家族の事とか、友達とか、恋人とか、そう言う人の顔が浮かんでくるもんじゃないの?
これまでの人生が走馬灯のように見えるもんじゃないの?
可笑しいなぁ・・・。
今私の頭にあるのは、レオナやレモン、アカネ、ブラックの姿で、ユニークアクセを作る為に倉庫に行った事や狩をした事、合成の為にチームルームに戻った事という、ついさっきの事ばかり。
そして最終的には全員でユニークアクセを付けている姿が脳裏に・・・その中にはマーヤもいて、アオリもいて。
黒ビキニ姿のブラックが、腰に手をあてた姿で立っていた。
こんな真剣な場面で私は一体何を考えているのだろう。何故よりによって黒ビキニの・・・待て待て!さっきまでは猫耳だったくせに、どうして今はウサ耳だ!?首元には真っ赤な蝶ネクタイ・・・もう、駄目だわ。
「ふふっ」
笑ってしまった。
「アオリさん?」
私を見上げてくる瞳が困惑している。
こんな状況で笑うなんて可笑しいよね、シロは私に死の宣告をしたと思っているんだから、余計怖いよね。
「大丈夫、ただの思い出し笑いだから・・・」
思い出し、とは少し違うんだけど、黒ビキニのウサ耳赤蝶ネクタイのブラックの姿を想像して吹いたなんて恥ずかし過ぎるわ。
「アオクン・・・随分と余裕なのね」
後ろからマーヤの冷ややかな声が聞こえてきて、慌てて気持ちを引き締める。あ、でもこの2人はブラックの事を知ってるんだ、それにマーヤは黒ビキニ姿のブラックをしっかりと見ている。アオリだってチームルームの入り口が見える場所に立っていたんだから姿位は見た事があるかも知れない。だったら!
「頭の中でね、黒ビキニ姿のブラックが・・・ウサ耳と赤の蝶ネクタイ付けて、腰に手をあてて決めポーズしてるんだ・・・」
頭の中にある光景を実況してみた。
知られる事は恥ずかしかったんだけど、マーヤに笑ってる理由を言いたかったんだからしょうがない。
「赤い蝶ネクタイなんて実装されてました?」
私があまりにも緊張感のない事を考えていたもんだから、シロの緊張まで少しだけほぐれたらしい、不思議そうな顔で首を傾げてきた。
「されてないよ。あ・・・今、網タイツと・・・ウサギの尻尾もあるわ」
想像の中のブラックはドンドンと進化していく。このまま放って置いたら真っ赤なピンヒールと鞭辺りまで持ってきそうだ。
って考えるからぁ!
「ふふっ」
真っ赤な口紅まで。
どうして最後の最後にこんな得体の知れないモノが脳裏に浮かんだんだろう。
元の世界の事が少しも思い浮かんでこないのはどうしてだろう。
必死に思い浮かべようとして、やっと自分の部屋が思い出せたよ。ま、友達もいなかったし、後ろめたさから両親の顔もまともに見てなかったもん。
そりゃ、出て来ないよ。
いや、だからってコレである必要なこれっぽっちもないんだけどね!
「アオリさん・・・ここに、一緒に立ってもらって良いですか?」
全く頭の中がまとまらないまま女神像まで歩いた私は、オッサンの横にシロを下ろしたんだけど、そう言って呼び止められたからその場に留まった。
大きく杖を振りながら呪文を唱えるオッサンの邪魔になっていなければ良いんだけど。
「シロ、チーム倉庫内にスウェードの素材が入ってると思うから、ある分だけ合成して欲しいんだ」
えっと、それからなんだっけ?そうそう、出来ればで良いからチームを抜けないで欲しい事も頼んでおかないと。
「・・・はい。あの、アオリさん」
時間がないから早く色々言ってしまいたいのに、シロから声をかけられては聞く事しか出来ない。
「ん?」
返事をすると、チラリと上目遣いで見てくるから、出来るだけ優しげに微笑んでみると恥ずかしそうに目を逸らされ、それでもチラッチラッと見上げて来る様子は、乙女!
完全に姿は私なのに、仕草が可愛いと言うだけで別人に見える・・・そうか、これが女子力という奴か!
よし、急速に落ち着け私。
「名前、聞いても良いですか?」
アオリはこの体の名前だもんね、でもその体にはシロって名前を付けたんじゃないの?それなのにまだ名前が必要?
それとも魂の、私自身の名前が知りたいと?消えて行く魂の名前なんか知ってどうするんだろう。
「シロで良いよ」
元の世界で暮らした時間より、こっちに来てからの方が色々楽しかったし、充実してたし・・・なにより、一生懸命だったと思う。だから自分の名前なんてどうだって良いと思う。そりゃ元の世界に戻る為。とか、魂を消さないようにする為。とか、そんなちゃんとした理由があるなら生年月日からちゃんと答えるけどさ。
「俺、貴方を呼びたい。それだけの理由じゃ駄目ですか?」
なにこのイケメン。
いや、姿は私なんだけど、発想がキラキラし過ぎていて眩しいわ!
この世界にいる2人の女神は、こんなキラッキラした子のレベルを下げたり、魂奪ったり、とんでもない連中だわ!
ふっ、落ち着くんだ私。ただ名前を聞かれただけじゃないか。そんなのは私の住んでいた世界ではただの挨拶程度の事、大した事ではない。
「サヤ。苗字はいらないよね?」
少し照れ臭くて、誤魔化すように笑顔で答えた後、さっきまではブツブツと呪文を唱えていたオッサンが急に静かになった。
それから大きく杖を1回、2回、3回振り回し。ドンと杖を床に。
・・・・・・ん?
特に、何も起こらない?
普通こう言う場面って大抵は地震が起きるとか、闇の女神像が真っ二つに割れるとか、そう言う派手な演出があると思うんだけど・・・静かだし、魂が弾き出される感覚もないし、そもそも私はまだアオリの中にいる。
えっと、失敗?
え?こんな長々と準備して、大袈裟な呪文唱えといて失敗?
いや、失敗したら冒険者の魂は元の場所に戻るんだから、それはそれで目出度い事ではあるんだろうけど、でもそれじゃあ光の女神が作ったルールが変わらないから、結局同じ事の繰り返しになるだけだ。
ホール内を見渡しているとマーヤと目が合い、静かに祈りを捧げるかのように手を組んで目を閉じられた。
マーヤだけじゃない、周りにいるソウルテイカー達は皆祈りを捧げている。
どうやら儀式はまだまだ続いているらしい。