正体 2
薄暗いホールの中央には黒く輝く女神像。周りにいたローブ姿のソウルテイカー達は両手を合わせ、ウットリとした視線を女神像に向けている。
それで、ここからどうするんだろう?明かりを消して闇の女神像は姿を現したけど、これを復活って呼んでいる?な訳ないよね。でも周りのソイルテイカー達は手を合わせたままだし、オッサンも特になにもしないし・・・え?闇の女神像の出現だけで満足なの?
だから、そんな訳ないよね。
準備にあれだけの時間をかけておいて、冒険者の魂を半分にしておきながら、たったコレだけなんて有り得ない。
「さぁ、行って」
隣にいたマーヤがシロの背中を軽く押すと、それだけの衝撃にも拘らずシロはつんのめって倒れそうになった。
体調が良くない中、立っている事すら辛かったのだろう。
「しんどい?もたれてて良いよ」
シロの体を支え、肩を抱きながら小声で言うと、かなり小さく首を振られた。そしてヨロヨロと女神像の方に歩いて行く。
あんなにも辛そうなのに、周りにいるソウルテイカー達は誰も手を貸そうとはせずに黙ったまま見ているだけ。それ所か、道を開けるようにして離れていく。
急いで駆け寄って、肩を貸そうとしてマーヤに止められる。
「余計な事はしないで」
シロから言われるのならまだしも、どうしてマーヤにそんな事を言われなきゃならないんだ?
体が辛いシロにとっては、ここまで来るのだってきっと大変だっただろう。それなのに、今度は広いホールの中央まで行けって?ソウルテイカーは仲間に対して厳しいのか?そもそもどうしてシロなんだよ。
闇の女神を復活させる事には賛成したけど、なんだか・・・協力したくなくなってきた。
「シロ!」
マーヤを振り切ってシロの元に駆け寄り、そのまま抱き上げて立ち止まると、ソウルテイカー達の視線を一身に浴びる事になった。けど、なんだろうな・・・少しもきまずくないし、怖くもない。
「アオクンは、その子を誰だと思ってるのかな?」
笑いながら近付いてくるマーヤは、目の前まで来るとシロのフードを掴んで取ろうとした。シロはフードを押さえ、必死に抵抗している。
「嫌だ!」
小声ではないシロの声を始めて聞いて、聞き覚えがあるような気がした。
レオナやレモンの声ではないし、アカネでもなく、ブラックでもない。いつかに聞いた個人商店の子達の声でもないしミューでもない。
誰?
ここに来てから出会った全ての人の声とも違っているのに、どうして聞き覚えがあるんだろう?
ストーリー確認をした時に聞いたナレーションの声?それとも、1度すれ違っただけの冒険者の声?
「何?今更アオクンの味方をするの?」
どう言う事?
今更、私の味方?
え?それって・・・ここに私の味方は1人もいないって事?
まぁ、ソウルテイカーの集団なんだから、部外者の私は敵に違いないんだろうけど、それでもこうして闇の女神復活に協力してるでしょ?私自身は特に何もしてないけど、アオリは精力的に協力していた筈。
「もう・・・後戻り出来ない・・・なのに、教える必要なんかない!」
フードを押さえながらマーヤの手を振り払おうとしているシロの声は、さっきよりも大きく、力強い。
まさか。
そんな・・・でも、もう聞き間違えようがない。
この声は・・・
「私は、この瞬間を楽しみにしてたの」
フードを掴み、腰に装備したスパイダガーでローブのフード部分を切り裂いたマーヤは、それでも抵抗しているシロの手を払い飛ばし、ついにフードを奪った。
抱き上げているシロは両手で顔を隠しながら震えているが、もう遅いよ。
分かったんだ、シロが誰なのか。
そっか、こっちにいたんだね。
「ごめん・・・本当に・・・ごめんなさい」
顔を隠しながら何度も謝ってくるシロは泣いてしまっているのだろう、声が震えている。
さっき聞いた昔話をフト思い出して、理解した。
ソウルテイカーの女の子と、マエストロの男の子・・・女の子がマーヤで、男の子がアオリだったんだね。
そう言われて見れば私の合成スキルは物凄かったし、ドロップ率は恐ろしく低かった。それはマエストロであるアオリのレベルが高かったからなんだ。
ソウルテイカーも、マエストロも冒険者が選べる職種じゃないから、レベルを1にする薬を飲んだ所でレベルは下がらなかったんだと思う。
マーヤのドロップ率が高かったのは、きっとソウルテイカーのレベルがそこまで高くなかったから、かな?
「アオリ、泣くと余計に疲れるでしょ?落ち着いて・・・」
泣き顔を向けてくるシロは、キッと私を睨むように見上げ首を振った。
色々言いたい事はあるようなんだけど、それが声にならないようだ。
「アオクン、この状況をちゃんと理解してる?」
状況って・・・私の体がこっちにあるって事でしょ?ズット探していたアオリの魂も見付けられたし、良い事だよね?アオリが泣いて謝ってくる理由は良く分からないけど・・・体をこっちに持って来てるから、元の世界に帰るにはまた少しややこしい事になるとか、そんな感じかな?
なんにせよ、アオリが見付かって良かったよ。
後は闇の女神を復活させて、光の女神と対峙させて、話し合いをさせる。
魂が半分になったり、レベルを1に戻されたりするこんな世界は可笑しい。
もっと冒険者にとって住みやすい世界に、冒険者じゃない村人も安全に暮らせる世界を2人で築いてもらわなきゃならないんだ。
「その子を、ここへ」
オッサンが手招きをするから、私はシロを抱いたまま足を踏み出したのに、シロがあまりにも首を振るから立ち止まるしかない。
「どうしたの?」
声をかけるけど、聞こえて来るのは泣き声だけ。
闇の女神を復活させる事を望んでいたのに、どうして泣くの?どうして首を振っているの?
「最後の仕上げには、その子が必要なのです。早くこちらへ」
またオッサンが手招きをする。
「行きたくないの?」
泣いているシロの耳元で、出来るだけ小声で聞いてみると、コクンと頷かれてしまった。なので私の足は前にも、後ろにも出せなくなって、その場に留まる事しか出来ない。そうしてる間にも周りのソウルテイカー達からは「早く行け」と言わんばかりの視線が飛んでくるし、後ろからはマーヤが押してくる。
そんな視線にしばらく耐えていると、少しは落ち着いたのだろう、シロから話しかけられた。
「俺は・・・貴方が、引退してしまう事が怖かった・・・」
引退されるのか嫌だから、私をこっちに呼んでログアウト出来ないようにしたって事?でも、私は毎日6時間以上はログインしていたし、休みの日なんか12時間は余裕でログインしっぱなし。そりゃ寝オチる事もあったけど、それでも立派な廃人プレーヤーだった。
引退するような兆候があったのだろうか?
「それは・・・プレーヤー全てに言える事。だけど、私は貴方が許せなかった。だから魂を抜いたの」
今度は後ろにいるマーヤが話し出す。
だけど、私が一体なにをしたと言うのだろう?何故こんなにも深く恨まれているのだろう。こっちの世界に連れてこられる理由となった事の心当たりが見当たらない。
「俺のプレーヤーになる人は・・・ドロップ率を理由に、スグに止めていった」
シロを見下ろしながらドロップ率の低さを思い返し、妙に同感してしまう。
イベントアイテムでさえドロップしないのだから、転職クエスト自体がもう難関なのだ。1度不具合を疑って問い合わせようかと思った程で・・・。でも、それでもゲーム自体を止めようとは思わなかった。
「ドロップ率を諸共しないアオクン。格好良いと思うよ?だからこそ、余計に許せない・・・ねぇ、そんなにネカマって言われるのが嫌だったんだ?」
え?
なにを言って・・・え?
振り返り、マーヤの顔を見詰めると、マーヤも私の顔を見詰めていて、その目には少し涙が滲んでいた。
もしかして・・・そうだ、シロの昔話で言っていたじゃないか。ソウルテイカーの女の子は、1時間でプレーヤーが止めてしまったって。
そのプレーヤーが、私なんだ。
始めはアミと言う女性キャラでゲームをしていた。チュートリアルを終えて、初期村に行って、そこでネカマ扱いされて、男性キャラで作り直した。
そうか・・・マーヤは、アミだったんだ。
ここがこんな世界だと知っていたら、例えネカマ扱いされようともキャラを作り直す事はしなかっただろう。だけど、それを今言った所で、ただの言い訳にしか聞こえないよね。
だったら、闇の女神を復活させるのがマーヤの気を晴らす最大のイベントになる筈だ。それで光の女神がレベルを1に戻す行為を止めたら・・・その後なら許してもらえるかも知れない。