フードの子 1
上も下も、右も左も真っ白な空間の中、私の目の前にはフードを被ったソウルテイカー見習いの子が1人立っている。
闇の女神を復活させる事、それが私とアオリの意見。それをソウルテイカーのオッサンに最終的な答えとして告げたのが、多分1時間程前になると思う。
オッサンは闇の女神復活に向けての準備があると部屋を出て行き、その際に部屋の中をこの真っ白な空間にして行ったという訳だ。
もしここに私が1人なら何をして良いのかも分からず、あてもなく歩き回っていたかも知れないが、ここにはフードの子がいるから下手に動けない。
体が弱いと言う事だけど、この空間は体に良いのだろうか?まぁ、深くフードを被っているせいで周りの景色なんてそんなに見えていないんだろうし、何処にいても同じか。だったら寒くも暑くもないこの空間ってのは、もしかすると1番快適なのかも知れない。
私にとっては酷く居心地が悪いんだけど。
景色が真っ白だと言うのももちろん、実はこの1時間ばかり、会話が一切ないのだ。
なにか聞きたい事があった筈なんだけど、気まず過ぎて頭まで真っ白になってしまい、どうしたら良いのかと本当に困っている。
この子の性別すら分からない状態なんだから、まずは気軽に自己紹介でもすれば良いのだろうか?それとも、出会った時に思いっきり腕を掴んでしまった事を今更謝れば良いのか・・・。
「あ、えっと・・・腕。思いっきり掴んじゃったから・・・痛くない?」
かなり勇気を出して尋ねてみると、フードの子はコクンと頷いて答えてくれた。
ここで黙ってしまっては、また沈黙の時間が始まってしまうだろう。ならなにか思い付く限りの話題をぶつけよう。
「私がこっちに連れ込まれる直前、私は君に話しかけたよね?なら、君が私をこっちに引き入れたの?」
真っ白だった頭に聞こうと思っていた疑問が沸々と浮かび上がってきて、私はそれらをそのまま口にする。
画面を通してのフード姿なんだから同一人物だって決め付けるのに乱暴な気もするけど、今日、同じ場所に、同じフード姿で現れたこの子を怪しんでしまうのは仕方ない。しかも、ソウルテイカーの仲間だと言うのは確実なんだ。
私をこっちに引き入れた理由を、まだちゃんと聞いていない。私の体に入ったアオリが何を目的としているのかも。
全ては闇の女神復活に必要な事なのか?
フードの子は、簡単に一纏めにして私の質問に首を横に振って答えた。
私が話しかけたフードの子と、この子とは別人で、私をこっちに引き入れてはいない。か?だとしたら始めに話しかけたフードの子を紹介してもらわなきゃならない。
闇の女神を復活させる事に協力はしたいが、だからこそ全ての答えを聞かなければならない。
他にも沢山いただろう廃人神プレーヤーの中から、何故私が選ばれたのか・・・。
アオリがソウルテイカーだったと言う可能性は考えたけど、あのオッサンが言うにはアオリはソウルテイカーではなかったようだし・・・光の女神に反発心を抱いていた?それは1度でもレベルを1に戻された冒険者なら誰でも持ってそうだ。
「あ、体弱かったんだよね、座ってた方が楽?」
なにはともあれ、後どれ程でオッサンが戻って来るのかも分からないんだ、だったらその間に少しでも仲良くなっておこうかな。沈黙は辛いし。
道具袋の中に入っていたスウェードを下に敷き、2人で座り込んでしばらく、会話が途切れてしまった。
どうにかして話しかけようと隣に座るフードの子を眺めてみると、なんとなく体の線が見えて女性だと言う事が分かった。
顔は鼻から下しか見えないから分からないが、肌の色は白い。
こうしてジックリ見てみると、確かに具合は悪そうだ。なら座るよりも寝転んだ方が良いんじゃないだろうか?
っと、確かスウェードがもう1枚道具袋の中に・・・あぁでも枕的な物がないぞ?袋をそのまま?いや、骨とか入ってるんだからゴツゴツして寝心地は悪いだろう。だったら膝枕か!防具着けている男の足が寝心地良い訳ない。だったら腕枕だ!
スウェードを敷き、その上に寝転んで腕を出して手招きしつつ、
「寝転んで」
と、腕をパンパンと叩いて呼んでみた。
フードの子は顔の角度はこっちに向けたものの微動だにしない。
私は、今完全にエロオヤジとしてこの子の目に映ってしまっているに違いない・・・。寝転んで、はないよね・・・そもそも腕枕って発想がアウトだわ。
出した腕を引っ込めようとした時、フードの子は私に背中を向けた状態で寝転んでくると、私の手を、両手で握った。
「昔話を・・・聞いてください」
驚く間もなく、かなりの小声で話しかけてきた。
初めて声を聞くんだけど、小声過ぎるその声は聞き取るのでやっとだ。
「うん。聞くよ」
多分、光の女神と闇の女神の事が良く分かる童話的なものだろう。オッサンも帰ってこないし、無言にならずに済むならそれはありがたい。
「昔々、マエストロの男の子とソウルテイカーの女の子がいました」
うんうん、やっぱり女神達関係の話っぽい。
マエストロは光の女神の所にいる技術者の事だし、ソウルテイカーは闇の女神復活を目指す魔法職。出会えば最後、必ず戦闘が始まる立場の2人が主人公なのね。
「男の子と女の子はそれぞれ冒険者登録をして、自分の職業を隠しました」
ん?折角マエストロやソウルテイカーになれたのにまたレベルを1に戻したって事?そこになんの意味があるんだろ・・・って、童話に何を本気で突っ込み入れようとしてるんだよ私は。大人しく聞こう。
「2人はそこで始めて冒険者が置かれている現状に気付きました・・・1ヶ月で何度もレベルを1に戻され、2人の心は絶望していきました」
そうなると思う・・・何度転職しても、面倒なオーダーをこなしても、プレーヤーがいなくなれば全くの無意味、レベルが1からで、何もなかった事にされる。それを1ヶ月に何度も・・・。かなりヘビーな内容だわ。
「ある時、女の子に新しいプレーヤーが現れました。女の子は今度こそ闇の女神復活に向けての準備をしようと張り切りました。しかし、女の子のプレーヤーは1時間でいなくなってしまいました」
1時間!?ゲームシステムが合わなかったのかな?
「それからスグ、男の子に新しいプレーヤーが現れました・・・男の子は、プレーヤーに捨てられる事を・・・恐れました」
うん、怖いだろうね。私はプレーヤーの立場だからレベルを戻される恐怖を味わった事はない。でも、恐怖に慄き、泣き叫んで逃げ回ってる冒険者達がレベルを戻される現場をこの目で見た。
冒険者にとってプレーヤーがいなくなる事は、絶望でしかない。
「男の子は、闇の女神の世界に憧れ始めました。レベルを戻される事も、プレーヤーを求める事もない世界を夢見ました。そして2人は闇の女神を復活させる為に動き出しました・・・」
ここからが物語の本番だと言う所でフードの子は黙り込んでしまった。長時間喋り続けたせいで疲れたのだろうか?そう思って待ってみても一向に続きを話してはくれない。
もしかして、これでおしまい?ここからが本番じゃないの?
「それから?どうなったの?」
思わず聞いてしまった私の手を、フードの子は更に強く握り締めてくる。
「この話は、まだ途中なんです・・・どうなるのかは・・・分かりません」
分からないって・・・。
そうか、童話じゃなくて今の現状の話だったんだな。ならソウルテイカーの女の子って言うのがこのフードの子の事か。1時間でプレーヤーが止めたって言う傷を抱えて・・・それで今冒険者じゃないんだからソウルテイカーと言う事を隠さなくても良くなった?けど何の力も持ってないってオッサンは言ってたような?
冒険者登録をしてないんだから一般市民と変わりない存在か。元々はソウルテイカーなのに、プレーヤーを求めなくなってもやっぱりレベルは1からなんだ。
なら後1人の登場人物がどうなったのかも知りたい所だけど、男の子はプレーヤーが見付かったって話だから普通に冒険者をしてるのかな。闇の女神を復活させる為に動いているのならいつかは会えるだろう。
あぁ、そうか。私がこっちに来る前に話しかけたフードの子が男の子なんだな?
なんにせよ、同じ目的に向かっていればいつかは巡り合えるのだろう。
私の考えている事が、この2人にとっての「めでたしめでたし」になるのかどうかは分からないけど・・・。