ヒント 2
怪我もなくチームルームに戻って来られた私は、そのままの勢いでエントランスに向かって駆け下りたかったのだけど、中にはマーヤがいて、戻った私に向かって人懐っこい笑顔を向けていた。
こんなに愛想良くしていると言う事は、プレーヤーがいる証拠だ。
「アオクンお帰りー。皆はまだ狩場?」
狩・・・あぁ、そうだった。今日は皆でユニークアクセを作ろうって事で皮の出易い猟師村の平原に行ってたんだっけ。
数時間前の事なのに、なんだか懐かしいわ。
「うん、狩場だと思います。俺は素材を合成させる為にチームルームに戻って来たんですよ」
今狩場から戻って来た風に装いながらチーム倉庫を確認する。
カンスト間際の皆が、敵のレベル60程度の狩場で狩をしているのだから、当然そのレベル差で多少アイテムドロップ率が下がっている。それなのにスウェード2枚分の素材が溜まっていた。
さっさと合成してエントランスに行きたい所だけど、マーヤのプレーヤーが傍にいる間はエントランスには行けないから、ゆっくりと集中してスウェードの合成をしよう。
「私、合成スキル取ってないんですけど、取ってた方が良いですか?」
合成が終わって少し、隣に来たマーヤがかなりの至近距離でそんな事を尋ねてきた。
近過ぎる事よりも先に気になったのは、合成スキルという言葉。
「合成ってスキル振りありましたっけ?」
レベルが上がると自動的に覚えるスキルじゃなかったっけ?それとも成功率を上げる為の何か特別なスキルが存在しているのだろうか?いや、それにしたって合成成功率ほぼ100%を誇る私は、合成についてのスキルを取った記憶が一切ない。
「え?はい。ありますよ?」
首を傾げながらメニューを開き、スキル一覧を確認しながらマーヤは合成と言う項目を私に指し示してくる。そこには確かに合成についてのスキル名がずらりと並んでいた。
合成がレベル5まであるなんてたった今知ったんですけど・・・。しかも、スキル名に見覚えすらない。
カンスト間際になってくると、道場で覚えられるものはとりあえず○ボタン連打で全部覚えるって感じだったし、その中に合成のが混じっていた?それしか考えられない。
そう思ってメニューを開き、会得したスキル表を開いて見てみるが、マーヤに見せてもらった合成スキルの名前は何処にもなかった。
「スキルは道場で覚えるんでしたっけ?」
なにもスキルを覚えていないと言うのに合成が使える事、その成功率がほぼ100%である事、どう説明したら良いんだろう。今からでもスキルを取っていた方が良いのだろうか?下手に覚えて成功率が下がったりしないだろうか?
「倉庫にいるマエストロからですけど・・・仕様が変わったんでしょうかね?」
倉庫にマエストロなんていたのね・・・始めて知ったわ。
あぁ、普段何も拾わないから倉庫に行く機会なんて滅多にないし、行ったとしても受け付けまっしぐらだもんなぁ、そりゃ気が付かない訳だ。
後で倉庫に行ってそのマエストロに声をかけてみようかな?
「多分俺が忘れてるだけだから気にしないで。それより、合成覚えてないと不便じゃないですか?」
不審に思われるよりも先にスキルの話しを流してしまおう。とは言え、合成のスキルを取らないでも良いのか?って質問されてるんだから答えないと。
成功確立が存在している合成、物によっては高額で取引されているのでイザと言う時の金策に使えるし、クエストでたまに合成素材が必要な事もあるから使えていて損はない。それに、確か3次転職の準備クエスト中にある町長お願いクエストで合成に関係するクエストがあった筈。まぁ、個人商店から必要な素材を買えば済む話しなんだけど、転職クエストで必要な素材だからって事でかなり、かなり高額商品となっている。
「首都にいる合成屋さんに頼んでやってもらってます」
おっと、個人商店よりも多少安上がりな合成屋に頼んでいるのか。けど、合成屋に頼む場合元の素材は自分で集めなきゃならないから、結局自分でやった方が良い事に変わりない。しかし、合成スキルを覚えるのにどれだけの経験値を消費するのか分からないから易々とお勧め出来ないよな・・・そんな一瞬しか必要のないスキルに費やしても、結局将来使わないなら無駄になる。それなら攻撃を上げるスキルに経験を使った方が確実に良い。
「手数料結構とられるでしょ?今度からは俺に言ってください」
お金も、素材も無駄にはさせない自信がありますから!
合成スキルは全くとってないんだけど、出来てるんだから良いかな?それに今、マエストロには会いたくないと言うか・・・光の女神に関係した人には会いたくないと言うか、そんな感じだし。
私の合成成功率は異常と言って良い。そんな一種のバグ的なこの力は光の女神よりも強い筈だ。誰よりも優れていなければならないという考えの光の女神の事、妙な薬を飲まされて合成技術が奪われる事態になりかねない。
「良いの?ありがとぉ!アオクン大好き☆」
そんな喜んでもらえるとは思ってなかったよ。それだけ合成と言うのは大変って事なのかな?だったら皆の合成はもっと積極的に手伝っていった方が良いかな。
「これ位の事で大袈裟ですよー」
スウェードの素材が溜まっていないかと再びチーム倉庫を確認していると、ピタリと隣に並んだマーヤは、熱い眼差しで私を見上げてきていた。その手には何種類かの鉱石と何種類かの骨。
「あ、あの・・・早速頼んでも良いですか?実は研磨剤が足りなくて・・・」
研磨剤って、かなり初歩的な合成の筈。狩場によってはそのまま敵からドロップする事もある資材だから、普通にアイテムドロップの出来るマーヤなら合成しなくても倉庫に溜まっていると思うんだけど?
「研磨剤ならチーム倉庫の中にも入ってるんじゃ・・・ほら、50個ありますよ」
チーム倉庫を確認し、ありったけの研磨剤を取り出して差し出すと、少し遠慮がちに受け取ったマーヤは、それでも私を見上げたままだ。
それにしても、研磨剤が必要なクエストなんてあったっけ?
いや、合成スキルの存在を知らなかった私の事だ、きっと見落としているクエストがあるのだろう。にしても、チーム倉庫に50個あるんだから足りるでしょ。まさかチームに入ってそんなに経ってないからチーム倉庫内にある物が使い難いとか?
チーム倉庫の中に入れてる時点で好きに使って良いよって事なんだけどなぁ・・・確かにチーム員が多い所だと中の物を持ち逃げして荒稼ぎするって人がいるんだろうけど、私達の場合はそれぞれがチーム倉庫をゴミ箱扱いしている。いらない素材だけど店売りするにはもったいないなぁ~、あぁそうだチーム倉庫に入れとけ。みたいな感じなんだから、ある日突然チーム倉庫の中が空になっていたとしても、きっと数日は気付かないまま過ごしているだろう。
「それを入れても80個足りないんですぅ~」
え?
50個もあるのに、それでも80個足りない?そんな大量に研磨剤を使うクエストがあるのか!
あれ、ちょっと待て。大量の研磨剤が必要になる機会・・・あるじゃないか、私には縁もないあの盛大なイベントが!
「・・・まさかとは思うけど、聞いて良いかな?」
それを行うには100個の研磨剤が必要になって、他にも色んな素材が必要になる。
「はい。なんでしょう?」
このマーヤの様子からじゃあ足りない素材は研磨剤のみっぽい。
「スパイダガーの素材、集まった・・・とか?」
そのイベントとは、武器製作。
「ふぇぇ!?どうして分かったんですかぁ!?」
マーヤは私が言い当てた事にビックリしたみたいだけど、私こそビックリすべきだ!なに?まだ毒蜘蛛退治そんなに行ってないでしょ!?なのにどうして・・・しかも、1本作るのに100個必要で、なのに足りないのが80個と言う事は、完全に属性強化も視野に入れての2本分!!
いやいや、でもついこの間転職終わったばっかりでしょ?
「まだそんな回数行ってないんじゃ・・・」
もしかして足りない素材は買ったから研磨剤を買うお金がなくなったとか、そんな感じなのだろうか?普通にドロップ運があるのに、それはもったいない・・・それにあの毒蜘蛛は経験も良いから良いレベリングになるのに、本当にもったいない・・・。
「ちゃんと8回行きましたよ?」
んん!?
武器の素材は1度に1~3個で出てくる。そしてスパイダガーの場合素材が12個必要になるから・・・あぁ、8回行って、その全てで3個セットを手に入れたって事かぁ~そっかそっかぁ・・・。
「すっ、凄い運が良いですね・・・羨ましいよ・・・」
私なんか、諦めてレモンからブロードナイフ買うまでに何度も何度も行って、手に入った素材がたったの3個だったと言うのに。
なに?この運の物凄い格差
「素材は絶対に出るものじゃない・・・んですね・・・ごめんなさい」
なんて羨まし過ぎる勘違い!
「な、なに謝ってるんですかっ!?おめでとうございます!俺、全力で研磨剤作りますよ!」
マーヤが持ってきた鉱石と骨を受け取り、気持ちを落ち着かせる為の深呼吸を繰り返す。
よし、やるか。
アイテムドロップが1~3個というブレがあるのと同じで、合成にも失敗と成功の他に、中成功と、大成功というブレがある。複雑なものなら大成功をしたって1個だが、研磨剤のような単純なものだと、普通の成功でも1個、中なら2個、大成功なら5個。まさに材料を余す事無く合成って感じになる。
そして私の合成成功率はほぼ100%。そう、大成功率で100%なのだ。
合成屋を始めたら、きっと荒稼ぎが出来るんだろうけど、下手に目立つのも危険な気がする。だったら時々はわざと失敗したりすれば・・・いや、首都の個人商店が並ぶ場所に並んでいたら、また可笑しな人の演説染みた会話を聞かなきゃならない羽目になりそうだし、止めておこう。
今回も大成功で作り上げた研磨剤80個を手渡し、本当は属性付きのスパイダガーをこの目で見たいと言う欲求を押さえ、鍛冶屋に向かって行くマーヤの背中を見送った。
今からエントランスに行かなければならない。そこでアオリが残したかも知れないメッセージを探さなければ。
エントランスへと続く階段を一気に駆け下り、椅子を見つめる。
隅の方に置かれた椅子の周りにはバリケードのように積み上げられたガラクタ。それを1つずつ調べなければならないと考えると少々骨は折れるけど、やるしかない。
まず、アオリがかつて座っていたように椅子の上で体育座りをしてみて、注意深くガラクタを見回す。
この配置になにかヒントがあるのかもしれないと思ったからだが・・・特に何もない。しいて言うならば、崩れかけている部分から、エントランスに飾られている光の女神像の顔の部分が見えるだけだ。
じゃあ、ガラクタを調べていくか。
古びた鎧や盾を調べながら横に避けて行くと、椅子の周りが徐々に片付いて行く。それでもこの場所の薄暗さは変わらない。
エントランスは確かに落ち着いた感じの照明だけど、決して暗いという訳ではない。それが隅の方にいるというだけで何故こんなにも暗いのだろうか?積まれたガラクタのせいではなかったなら、意図的に暗い場所に椅子を置いたのか・・・。
「これは・・・」
ガラクタを調べ終わってもなにも出て来ず、だったら椅子を調べようと椅子を退かした床に、小さくCUREと彫られていた。
CUREって確か状態異常を治すスキルの名前だ。
これをアオリからのメッセージと考えるにはまだ早いか?もっと、なにか分かりやすい目印みたいな物は・・・。
あぁ、そう言う事か。
何かないかと見上げて目に入ったのは、本来椅子のある場所付近を照らしていただろう照明だ。それは割れていて明かりは点いていない。
技と暗くされたこの場所、ガラクタから見えた女神像、そして椅子の下にあった状態異常回復スキルの名前。1つずつならメッセージかどうかも分からなかったけど、3つ揃うと今、私が知りたい事の答えになった。
暗い場所から見える女神像、この2つできっと闇の女神の事だ。そしてCURE。封印されている事を状態異常と考えるなら、それを治療する、つまり復活させると言う意味になる。しかも、戦闘不能を回復するRESURRECTIONではなく、状態異常。
奇遇だな、アオリ。私も同じ考えだ。