ヒント 1
ソウルテイカーを前に私は何も出来ず、何も答える事が出来ず、色んな事を考えている。
オッサンの話しを聞いている最中に感じた色んな疑問についての答え、それを全て出さない限りは何も出来ないと感じたからだ。
いや、違う・・・。
答えが出ないんじゃなくて、もう出てしまっているんだ。その結果として私はオッサンを攻撃出来ないでいる。
全ての元凶はソウルテイカーかも知れない。けど、光の女神のやり方を見ていると、とてもじゃないけど闇の女神だけを敵視する事が出来なくなってしまったんだ。
アオリの魂が現在闇の女神の元にあるんだとしても・・・。
「貴方の考えを聞かせてもらえないか?」
正面に座っているオッサンは、穏やかな口調で最終確認を取ろうとしている。
どう答えるのが正解だ?
どう答えたら良い?
分からない。
私はどうしたい?
何をするべきだ?
魂を奪ったのは悪い事。しかしそれを行ったのがソウルテイカーだけではないと言う話しが本当なら、闇の女神を倒すという最終目標が覆る事になる。
プレーヤーの魂をこちらに迎えているのは光の女神の下にいるマエストロの仕業で、その理由は魂が半分になった冒険者を生かす為。けど魂が半分になった所で存在は消えないとオッサンは言った。
全ての冒険者はプレーヤーを見付けなければならないと思っているし、ストーリーは完全にソウルテイカーを悪として見せている。
このオッサンが嘘を言っているとしたって、ソウルテイカーを見付け次第退治しろって常識は普通じゃない。
答えを求めるようにメニュー画面にある世界観、からストーリーを見る。
冒頭の部分を見ただけでもソウルテイカーや闇の女神が悪者だと言う事がはっきりと分かる作りだ。しかし光の女神が味方であると言う描写はない。
世界に2人しかいない女神、闇が悪なら光は善だと言う先入観があったんだな。
2人の女神は、それぞれが善であって悪でもある。なのに片方だけを倒そうとするからこんな争いになるんだ。だったら、そうか・・・そうだな。
「先に確認したい。アオリの魂は今何処にいる?」
冒険者の魂を半分だけ奪ったと言うソウルテイカー。しかしアオリの魂は全て抜けてしまって私が入り込んでいる。
魂が半分の状態では消滅しないと言うが、全て抜けた体は消滅する筈。と言う事はソウルテイカーは少なくともアオリを消滅させようとしたと考えられ・・・え?ちょっと・・・待て。そうだ、魂が全て抜ける状態は消滅を意味しているんだ。じゃあ、ここにいる私は?私の魂は全てこの体の中に入り込んでいるんだぞ!?私は、私の体はどうなってるんだ!?
もしかして最初にオッサンが言った、走り出すと思っていた。という言葉は、私が元の世界に戻りたいから逃げ出すかと思っていた、と言う意味じゃなく、自分の体の安否を見に行くと思っていた、と言う意味だったんじゃないか?
「貴方の魂をこちらに迎える為、残ったアオリの魂を貴方の体に送りました。ですから貴方の体は無事です。アオリの魂のもう半分は闇の女神の元にありますので、そちらも無事ですよ」
あ、そうなの?
え?じゃあアオリは今私の世界で生活してるって事?まさか、そんな・・・20代前半程の若者イケメン男子が私の部屋に来ようとはっ!
いやいや、そうじゃないでしょ私。
トイレとかお風呂で産まれたままの姿を20代前半程の若者イケメンに見られているとはっ!
そうでもないでしょ私・・・。いや、それは、まぁ・・・重大だけど・・・。それを言うなら私だってトイレとかお風呂入ってるし、なんかもうこの体に慣れてきちゃってるし・・・じゃなくて!
「何故私をこっちに引き入れる必要があったんだよ!」
うん、これだ。
冒険をさせたかったと言うならそのままでも出来ていたし、私は廃人プレーヤーだったんだから行き成り引退するって危機感もなかった筈。アオリを私の世界に送るという行動に何か理由があったんだよね?プレーヤーに直接“闇の女神が悪者ではない”という布教作業をしに行く為?けど、誰がプレーヤーなのか調べようもない。だったら何故?
「それはアオリの願いです。私には分かりません」
アオリは一体何を考えてたんだろう?この体を共有していたと言うのに、少しもアオリの考えが分からない。
光の女神が支配しない私の世界に興味があった?そんな興味本位で実行出来る程魂の交換は容易じゃないでしょ?
「アオリはソウルテイカーなのか?」
魂を抜き取れるのはソウルテイカーかマエストロ。もしアオリがソウルテイカーなら?少なくとも魂を抜く事は容易いだろう。その他の事は、分からないけど。
「いいえ。通常の方法ではソウルテイカーになれないのは貴方もご存知でしょう?」
確かにそうだ・・・。
だったらこのオッサンとフードの子はどうやってソウルテイカーに・・・いや、フードの子はまだなんの力もないんだっけ。けど、将来はソウルテイカーになる感じだ。
職業で選べなくなったんだから冒険者は普通ではなれない。だったら生まれ持った才能か?
ソウルテイカーではなかったアオリは、私の魂をこちらに迎える方法をきっとこのオッサンに相談したんだと思う。そして実行した・・・私になにをさせようというんだ?私の体で何をしようというんだ?
プレーヤーはきっと誰もがこっちの世界の事は知らない。
ただのゲームとしてプレイしているのだから、自分のキャラが実はログアウトした後にも普通に冒険者として生活している、なんて思っていない筈だ。この世界が実際に存在している世界だと知っているプレーヤーがいないのだからそれは当たり前の事。けど、アオリは私に何かさせようと言う意思を持ってこっちの世界に引き入れた。そんな私が何も分かってないのは、仕方ないとは思っても、やっぱり情けない。
なにかヒントになるような事を残してくれていれば良いのだけど、私がログアウトした後はいつもエントランスの椅子にいたって・・・エントランスの椅子に、ズット座っていた・・・?アオリからのメッセージがあるとするなら、そこしかない!
「悪い。返事をする前に確かめたい事がある」
見付け次第即刻退治しろと言う常識を打ち破り、私はソウルテイカーであるオッサンに背を向け、チームルームに向かって走っていた。
後ろから攻撃されるかも知れないとは思ったが、寧ろ攻撃された方が私の考えはまともな方向に向かった筈だ。しかし、オッサンは攻撃しては来なかった。