チュートリアル 1
どう言う訳か、現実か夢か、とにかく私は今ゲームの中にいる。
アオリのレベルはカンスト間際で装備品も充実しているが、いつもはゲームパッドで操作していた事を、今は自分が動かなければ歩く事だって出来ない。
NPCの名前をダブルクリックするだけでオートランが出来ていたのが遠い昔のようだ。けど、どのNPCが何処にいるのかはもう把握しているし、町歩きには苦労しない筈。だけどここはオンラインゲームの中、いつ何時戦闘が始まるか分からない治安の悪い世界。
「あれ?クエストに行ったんじゃなかったです?」
チームルームの中にはチーム員が数名いて、新スクラッチをまだ引いていた。画面越しだと微動だにせず立ったままだったのに、こうして入って見るとちゃんとスクラッチをひいているんだから面白い。しかも皆立っているんじゃなくて座り込んでたり、寝転んでたりと格好も様々。本当に生きている人間のような自然さがある。しかもだ、私のパソコンはあまりハイスペックじゃなく、画質を落としてプレイしていたせいもあり、皆の顔は滲んでいてそんなにハッキリとは見えなかったんだ。それが今はこんなに近くで・・・誰?この子めっちゃ可愛い。
いやいや、落ち着け私。アオリの中身が私であるように、この子の中身はきっとオッサンだ。
「今から行ってきます!」
チームルームを飛び出してクエストマークの出ているNPCを・・・あれ?
さっきはあの人の頭にマーク出てたよな?それで話しかけてこうなってるんだから間違いないんだけど、頭の上になにも・・・そうかっ!画面上では見えていたが、実際にマークが浮かんでいる訳ではないのだなっ!?
え~っと、じゃあどうやってクエストを受けられるNPCを見分けたら良いんだ?それにだ、皆普通に目の前にモニターがあって、スタートボタンでメニューが開けて、そっからクエスト一覧を見てって言う事が出来るのだろうが、今の私にスタートボタンはない。町を歩いている人の中には、携帯電話のように小さなモニターを見ている人がいる。きっとあの画面がメニューなんだと思うんだけど、アレの出し方が分からない。
「誰か復活スクロール余ってないですかぁ~~~?」
突然響く声に振り返ると、そこには戦闘不能になったペットを抱えた子が泣きながら叫んでいた。
この場面を画面上で見るなら、戦闘不能になったペットの真上に立っている飼い主が周囲チャットで復活スクロールをクレクレと言っているだけの光景だっただろう。
「だ、誰か・・・このままじゃ消滅しちゃうよぉ~~~」
あ、そっか、ペットは戦闘不能になってから1週間放置すると消滅したんだった。そんなになるまで放って置いたのかって疑問はあるけど、余ってるんだから別に良いか。
「はい、使ってください」
道具袋の中から1枚復活スクロールを出して手渡すと、涙に濡れた大きな瞳が私を見上げ、パァ~っと嬉しそうに微笑んで大きく頭を下げてからペットに使った。
生き返ったペットも嬉しそうに鳴きながら私の周りをグルグルと回っている。
復活させた後、こんな微笑ましい光景が繰り広げられていたなんて知らなかった・・・。
「本当に助かりました。私、始めたばかりであまりゲームの事分からなくて・・・」
あぁ、それでペットが消滅するって事も知らなかったのか。それに、装備品を見たって初期装備のままだし、武器も1番初めに受けるクエスト報酬の果物ナイフだ。
「この辺りは高レベルダンジョンしかないですよ。始めたばかりなら初期村の近くにいた方が安全・・・俺も一緒に行って良いですか?」
そうだった、アオリはカンスト間際のこんなレベルだし、装備も充実、パーティーにいれば間違いなく立派な火力要員!なんだろうが、中身が初心者なのだからその辺の雑魚敵にすら苦戦する可能性が高い・・・初期村に帰ってそこに出るウサギみたいに大人しいモンスターから徐々に体を慣らしていこう・・・。
「ふぇぇ!?アオリさんレベル89じゃないですか」
この子はチャットで「ふぇぇ」と打ち込んだのだろうか?じゃなくて名前とレベルまでなんで知ってんだ?そんなの教えてな・・・あ、そうだ、画面上で見れば私の頭上にレベルと名前が浮いて見えているんだった。
「良いんです、テレポーター手数料高いですし、馬移動で良いですか?」
って、馬に乗れるのか私―!つか、メニューが開けないのにどうやって馬を呼ぶんだよ私―!
「馬を持ってるんですか?わぁー良いなぁー凄いなぁー」
駄目だ、ここで「実は馬になんか乗れないぜ」なんて格好悪過ぎて言えない・・・いや、だからって乗れもしない馬に乗せてコケて怪我でもさせたら・・・傷薬を使えば問題はないんだろうけど・・・それで良いのだろうか?けど復活スクロールを買うお金もなかった子が、初期村までのテレポーター手数料が支払えるとは思えない。
とは言っても、メニューの出し方が分からないんじゃあこの子の名前すら知る事が出来ない。
「あ、あの・・・アオリさん。フレ申請しても良いですか?」
モジモジと恥ずかしそうに顔を赤くした子は、徐に腕に付けていた青色のブレスレットに触れた。するとそれがブワッと開いて宙に浮き、モニターとしてメニューを映し出した。視線を腕に向けると私の腕にも同じブレスレットがある。
「もちろんですマーヤさん」
メニューを開き、飛んできたフレ申請を了承してから馬を呼び付け、マーヤがしたようにメニューの右上にある×印を押してブレスレットに戻した。
ホログラム的な感じなのにタッチパネルとか、どんなハイテク設定なんだろうか。いや、そんな事よりもやって来たこの馬だ、どうやって乗るのかとかよりも気になったのはその大きさで・・・なに?この巨大な生き物。私の知っている馬の3倍は普通にあるよね?どうやって乗れば良いのだろうか?いつもは馬の横で○ボタン押すと乗ってるグラフィックになって、そのまま移動キーでーって感じなんだけど、現在○ボタンなんてどこにもない。跨れば良いんだから・・・あの背景の一部分である民家の2階から馬の背中に向かって飛び乗ると言うのはどうだろうか?
「おっとぉ?!」
馬の横腹に手を添えて試しに飛び乗ってみようと飛び上がった瞬間、私の体はポーンと空に向かって跳ね、無事に馬の背中に乗る事が出来ていた。
こんな跳躍力普通の人間には無理だ。と言う事はアオリとしての身体能力はそのまま私に受け継がれた?まぁ、外見はそのままアオリなんだから今まで普通に出来ていた事位は普通に出来てしまえるのかな。
「では、お隣失礼しますね」
こうしてポーンと後ろに乗り込んできたマーヤは、ギュッと私の背中に抱き付いて来た。ビックリして振り返って目が合うとニコリと満面の笑顔。
これは、画面を通したらどう見えているのだろう?きっと○ボタンを押した後の馬に乗っているグラフィックだ。なら、この抱き付きと笑顔はなんなんだ?中身が操作出来ないこんな瞬間にまで違和感なく表情や行動があるのは何故?中身の思考を汲み取っている?もしそうならこのマーヤと言う人はかなり可愛らしい事に・・・さてとぉ!初期村だ初期村ぁ!