メンテナンス 2
なんだ。と体の力が抜けた所で、下のエントランスにいたブラックが物凄い勢いで上がってきた。
「おいおいおいおい!おいぃ!!アオリがログアウトしてねーぞ!?」
と、叫びながら。
その言葉を受けた皆がメニューを確認する。私も見てみるが、アオリだけがオンラインになっていた。
「プレーヤーの魂がアオクンを乗っ取った?」
ちょっとマーヤ!?なんと言う物騒な事を言うんですか!それじゃあまるで私がアオリの魂を追い出したみたいな言い方じゃないの!それと、もうアオクンとサラッと使うんですか!
「確かに俺はプレーヤーです。けど、アオリを追い出した訳じゃない・・・俺はこっちに引っ張り込まれた・・・先週のメンテが明けて、ストーリーを進めようと・・・」
そうだ!ストーリーを進めようとしてクエストマークの出ていた男に話しかけた瞬間、こうなったんだ!モニターが光って、日本語には聞こえない呪文みたいなのが聞こえて・・・幽体離脱した所モニターから出てきた手に捕まって・・・。
なんでもっと早く思い出さなかったんだ?あの男に話しかけてこの状態というなら、ソイツこそが元凶だったんじゃないか!?
チームルームを飛び出し、男がいた防具屋の周囲をくまなく探す。
どこだ?何処に行った?メンテナンス中は定位置にいないのか!?戻って来るまで待ってられるかよ!
「ここに立ってた奴、今何処にいる!?」
人見知りな私が、極自然にそいつの居場所を防具屋の主人に聞けたのは、とんでもない危機感からだ。もしかしたらソウルテイカーかも知れない、そんな奴がこんな街中に立っていた。そう思うと黙ってる事が出来なかったのだ。
「こんな所に人なんか立ってねーぞ?」
しかし、防具屋の主人は、私の予想もしなかった解答をした。
「そんな筈ない、ここに立ってたんだ。少なくとも1週間前は確実にここにいた!思い出してくれ・・・頼む!」
食い下がる私に困り果てた防具屋の主人は、カウンターから出て来ると私の目を手で押さえて視界を奪った。
「いいか?ここに本当に人が立っていたんだな?」
低く、ゆったりとした話し声に、少しだけ気分が落ち着いた気がする。
「はい・・・ここに。確かに人が立っていました」
「そうか、良く見てみろ」
そう言って手を離した防具屋の主人。途端一気に光が目に入って来て少し眩み、目を細めながらその場所を見る。
「え・・・」
「もう1度聞くが、本当にここに人が立っていたのか?」
そんな、馬鹿な・・・なんで、これは。
私が指し示していた場所は、磨かれた盾が置かれている場所で、人が立てるような場所ではなかった。その光景が信じられずに座り込むと、置かれている盾の1枚が私の姿を映した。
あいつは、こうして盾に映ったアオリの姿だったのか?けど、私は確かに見たんだ、そいつの頭の上にクエストマークを。
「アオリ、戻るよ」
座ったままいると後ろからレオナの声がした。振り返るとアカネの姿もある。
「ここに・・・立ってたよな?」
しかし2人からの返答は、誰もいなかったんだと分かる態度で示された。こんな盾が積み上げられた場所に、人なんか立てる筈ない・・・それは私にだって分かる。だったら、だったら私が話しかけたアレはなんだったんだ?あのクエストマークはなんだったんだ!?アオリなのか?アオリが私になにかクエストを発注したかったと言うのか?だったらなんで魂抜けてんだよ!何かあるなら何とか言ってくれよ!
「アオリさん、絶望しないで・・・お願いだよ・・・」
俯く私の背中に暖かくて柔らかい感触、そして首筋に感じる水滴。
この世界に連れ込まれたのは私で、ここでもう1週間を過ごし、それなりに戦えるようにもなった。
今、ここに来る元凶となる人物が実は存在しない人だったと知った所で、確かに絶望はしてる・・・でも、望みがまだ残っているから、そんな深刻な事にはなってない。しかし、アカネには私が上昇不可能なまでに絶望しているように見えているらしい。
プレーヤーがどんな奴であろうと、ここにいるアカネは私よりも小さな・・・可愛らしい女の子だ。そんな子にこんなにも心配をかけてしまうのはきっとアオリにとっても不本意な筈だ。なら、落ち込むのはもう止めよう。
ソウルテイカーを見付け出してブッ倒して魂を開放する。そのゴールにだけ向かえれば、過程がどうあれ関係ないじゃないか!
「アカネ・・・胸、背中にあたってるからな?」
とんでもないオッサン発言をしながら頭を撫ぜてみて、少し顔を上げた泣き顔に笑顔を向けた。
「わ、私っ、もうアオリさんから離れませんからっ!」
顔を真っ赤にさせたアカネは、私の背中に更に力いっぱいしがみ付いて来た。
まさか、こんな逆パターンの照れ隠しをしてこようとは。普通はキャーとか言いながら離れて行くもんじゃないのか?
「いやいや、だから胸が当たってるんだって!?」
立ち上がって離れようにも後ろから覆い被さられている形、無理矢理立つとアカネが落ちるんじゃないか、そう思うと下手に動けない。んだけど、その背中の柔らかさは本当に危険だ。
魂は四捨五入すれば30を迎えてしまうようなオバサンでも、体は10代後半か20代前半の健康的な男性。前屈みでしか歩く事が出来ない状況になってしまった時の対処法なんか知らないからなっ!?
最近になってようやくトイレとかお風呂の時に見えるアオリの体に対しての耐性が付いてきた所なんだから、そんなの・・・絶対に無理ですからっ!
うわ~~~ん、もうお嫁にいけないわぁ~~~!
「そ、それはスライムですっ!気にしないでくださいぃ~」
あ~なんだスライムかぁ~、それなら安心だ~。
な訳あるか!むしろスライム見る度にこの感触を思い出して悶々としてしまったらどうしてくれる!
あぁ、男性って大変なんだなぁ・・・。
「スライムならアタシがヘイトしてやんないとな?」
ヘイト、そう言いながらアカネを抱き上げてくれたレオナ。その間に道具袋で何とか前を隠しながら立ち、2歩程離れてから振り返った。
「レオナさぁ~ん」
と、真っ赤な顔をしているアカネと、ニヤニヤと笑っているレオナ。なんとなくだけど道具袋を前に持っている意味を知られている気がする・・・。
しばらくそうやってニヤニヤしていたレオナだったが、不意に表情を改めると盾を構えて見せ、
「アタシのプレーヤーもネトゲ廃人だからな、アオリの盾はアタシが勤める」
と、敬礼した。
その普段からは想像する事すら難しい凛々しい姿に、素直に格好良いと思った。
レオナが盾をしてくれるんなら、私はきっと何処までも突き進んで行けるって気がした。
「皆でソウルテイカーを撲滅しましょう!」
こうして戻って来た私達は、さっき散々パーティークラッカーで散らかしたチームルームの片付けから始める事となった。
1番始めにクラッカーを鳴らした張本人として、掃除、がんばらせてもらいます。
「アオクンってさ、プレーヤーいない時いっつもエントランスに篭ってたから、こうやってメンテ中に一緒にいるのってなんか新鮮だわ」
片付けの終わったチームルーム内、休憩の為にソファーに座っていると、隣にドカリと座ったブラックがアオリについての情報をくれた。のは良いとして、なんでブラックまでアオクンと呼ぶんですか!?
「あ~確かに。エントランスの右側にある黒い椅子。そこがアオクンの定位置だったわ」
道具袋を洗っているレモンまで私をアオクンと呼びますか。
いや、それよりもアオリ情報入手だ。
「ちょっとその椅子見てきます」
エントランスに降り、レモン情報により右側を見回すと、その椅子はあった。
照明の光があまり当たらない場所を選んで置いたかのような配置、誰も近寄るなと言う強い意思を感じさせるかのように椅子の周りは古い鎧や武器が乱雑して置かれている。
私がログインしていない時間、こんな所にズットいたと言うのか?この椅子に座って、なにを考えていたんだ?
ガシャガシャと周りの鎧や武器などのガラクタを足でかき分けながら椅子に近付いて、座ってみた。どんな感じで座っていたんだろう・・・足を組んで?それとも足を広げて?まさか椅子の上で正座って事はないだろうし、お行儀良くピシッとして・・・たんなら長時間は座ってられないか。だったらデーンとこんな感じかな?
「うわっ!なんか柄悪いのが座ってる」
私の様子を見に来たのか、ガラクタの向こうにブラックがいる。
「どんな感じで座ってたのかなーって思って・・・こんな感じではないってのは、今の反応で分かったけど」
体はアオリのままなんだから、1番しっくりと来る座り方が正解なんだろうけど、どれもなんか違う気がして、立ち上がってジックリと椅子を眺める所からやり直す事にしてみる。それでも分からなかったらブラックに聞こう。
こんな暗い場所にある椅子に、毎日数時間は座っていたアオリ。チーム員との接触を避けるように椅子の周りをガラクタで覆って、何を考えていた?
私がログアウトした後、どんな気持ちでこの椅子の所まで歩いて来た?
私はよく狩場でログアウトしていた。ならアオリはその狩場からチームルームに戻ってきて、この椅子に座らなければならないんだよな・・・極力何も考えないようにしてチームルームに入って来る所から再現してみよう。
一旦チームルームを出て、数回深呼吸して中に入ると、皆の眼がこっちを見ているのを感じた。アオリは極力チーム員との接触をしないようにしていた・・・と思う。だったらここは挨拶もなくエントランスだな。
階段を降りて行くと、ブラックが見えてきた。そうか、私がログアウトしている時に他の皆がログアウトしていればこんな状況になる訳か。それでもやっぱりアオリは挨拶もなく椅子に向かった筈だ。
挨拶もせずにただ一直線に椅子に向かっていると、非常に気まずい気分になる。そのせいなんだろう、椅子の周りにあるガラクタが有難いバリケードに見えてきた。
そして椅子に座る。
普通に座るとエントランス内にいる人と目が合ってしまって気まずさが増すばかりだ・・・だったら・・・そうか、こう言う感じか?
私は深く椅子に腰掛けると両足を抱え込んで体育座りをして、更に額を膝に当てて俯いた。これなら、誰の視線も感じないし、誰も見なくて済む。
「あ、アオクン?」
ブラックの、かなり小さな声に顔を上げて見ると、この薄暗い筈の椅子周りでさえ明るく感じた。それ以上に、エントランスに全員集合してるからビックリだ。
聞かなくてもこの座り方だったんだと分かる皆の態度と表情。
「この座り方は腰に悪いですね」
私は腰を摩りながら椅子から立ち上がると、皆に笑顔を向けていた。
プレーヤーの私だからこその強気な姿勢と、キャラだったからこそのアオリの姿勢。その2つの感情を理解出来た気がする。
アオリは、怖かったんだ・・・私が引退して、またレベルが1になる事を、仲良くなった人との別れを。けど、安心して欲しい。私は闇の女神から魂を開放させるつもりだ。この世界にいる私は引退など出来ないから、レベルが振り出しに戻される事もない。
つまり、終息まで後僅かだって事だ、アオリ!