冒険者 1
マーヤが森の遺跡ダンジョンやインスタントダンジョン、霧の沼地に行くようになり、少々暇になった私は森の遺跡ダンジョン前に向かっていた。マーヤがどんな戦い方をしているかの抜き打ちチェックと言う訳じゃなく、ミューの様子が気になったのだ。
レベルが60台と言う事は2次転職を終えている筈で、そろそろ3次転職に向けての準備もしなければならない頃合。だと言うのに初期村のダンジョン前で傷薬を売っているだけと言うのは、何をどう考えたって可笑しい。
本当はもうちょっと早めに来ようかと思ってたんだけど、スキルの発動練習とかしてたら遅くなってしまった。そのかいあってスキルはヘイト以外も叫ばずに出せるようになったから良いんだけど。
っと、いたいた。
「こんにちはー」
手なんか振りながら近付いても、どうせ画面の向こうにいる中の人には分からないのに何故か振ってしまうのは、多分こっちの世界の人に向けた挨拶を無意識にしているせいだろう。
「おぉ!?アオっち3回目だねぇ。元気?どしたの?また高級傷薬?」
一気に色々言い過ぎ。
どうやらここはかなり暇のようだ。しかし、アオっちと言うネーミングセンスはどうなんだろう・・・。
「3回目ですね、元気ですよ。今日は買い物しに来た訳ではないんです」
じゃあ何しに来たのかって言われそうなんだけど、ちゃんと理由はあるんだ。
「えぇ~、買ってよ~」
そうじゃないでしょ!何をこんな所で商売してるのさ、どうせ商売するなら首都に行くとか、2次転職で行く塔の前に行くとかにしなきゃ儲からない。それはミューだって分かってる筈だ。
「どうしてここなんですか?」
え?って表情をしながら私を見上げるミュー。
無言である事から、この動作はミュー自身の感情だ。私は、何か意外な事を言ったのだろうか?
「放置してる事が多いから・・・かなぁ」
いやいや、だからってどうしてここなんだよ!しかも放置が多いってどーなのさ!
そりゃプレーヤーはここがこんな厄介な事になってる世界だってのは知らないし、ゲームとしてやってる訳だから、そのプレイスタイルにいちいちケチなんか付けられないんだけど、それじゃあミューはどうなんだよ!放置が多いからってこんな所に座らされて、あまり人も来ないような所でこんな・・・ミューはゲームの中のキャラじゃなくて、ちゃんとここに存在してる人間なんだぞ!魂を半分にさえされなければ、きっと今頃は3次転職準備に挑んでいた筈だ。
「・・・3次転職の準備・・・しないんですか?」
落ち着け私、何を1人で熱くなってるんだよ。さっきも言ったようにゲームなんだからプレイスタイルは自由。誰もが皆転職やレベル上げに興味がある訳じゃない。中には個人商店がメインのプレーヤーもいるんだ。なにもミューの中の人だけじゃない。だから落ち着け私。
「3次転職かぁ・・・これでも準備してたんだよ?あの水系と火系、土系、風系の敵を1000体ずつ倒して~ってのあるでしょ?そこまではやってたんだけど・・・」
それ、3次転職準備最後のクエストだよね?それを終えておけばレベル80になった時に3次転職が出来るんだ。
3次転職出来るのがレベル80なのに、準備が始められるのがレベル60からと言う理由は、その準備が物凄く時間のかかるクエストばかりだから。
中でも1番時間がかかるのは首都にいる町長のお願いクエスト。
話しかけると見張り台にいる兵士の所まで様子を見に行かされ、兵士の手紙を持って戻り、それから2次転職で行った塔の最上部にいるクエストモンスターの討伐。何匹、とかじゃなくてクエストアイテムが集まるまでだ。私の場合ここで1日かかった。それが終わって町長の所に戻って手紙を受け取り、再び兵士の所へ。兵士からも手紙を受け取って町長の所に戻ると、今度は各地の町長宛の手紙を受け取る事になる。
存在している全ての町、と言う訳ではなくて、初期村やインスタントダンジョン管理人がいる、良く行く町だけ。と言っても10箇所あるんだけども。
それに、手紙を渡して終わり、って訳じゃなくて1人1人が力試しと証したクエストを発生させやがりますのよ。
その思い出すだけで疲れるクエストを終わらせ、最後の1000匹ずつ倒せば良いと言う、時間はかかるけど簡単なクエストで挫折したと言うのか?火系と風系の敵は強いからレベル60台では厳しいんだろうけど、水系は敵のレベル50そこそこだった筈。土系も60そこそこだし、先にその2種類を終わらせておくだけで随分と楽なんだけど・・・。
「水と土、火と風、終わってる所はありますか?」
ここまでやっておいて、行き成り止めるなんて変だし勿体無い。あんな面倒な町長クエストを終わらせたんだぞ?後本当にもーちょっと・・・って訳でもないけど、それでも後は敵を倒すだけだ。もし、どこかが途中だって言うなら嫌って言っても引っ張って行ってやる!私にはそれが出来るんだからな!もしそれでログアウトしたとしても、残った体が見えている私から逃げる事など出来ないぞ!
なんだろう・・・この変態的な思考・・・。
「んーん、ないよん。でも、狩場には行かない方が良いよ?」
ないって事をそうにこやかに言われても。
言葉と表情に差がない事から、ミューとプレーヤーの考えに違いはないようだ。ソウルテイカーを探して倒さなきゃならない世界の住人であるミューまでがこのままで良いと考えているのか?
狩場に行きたくない、ではなく、行かない方が良い・・・その言い方は少し気になるが。
「行かなきゃ進められないですよ?」
もし狩場に何か可笑しな事が起きているんだったら一大事。
マーヤはまだ3次転職の準備が出来るレベルじゃないけど、いつか行く事になる狩場、何が起きているのかを知るのは同じチーム員としてではなく、先輩?としての勤めだ!
「そうなんだけど、その辺の狩場にはPVキャラがウジャウジャいるんだよねー」
溜息を吐きながら頬杖を付いたミューは、遠い目をしながら商品である傷薬を弄り始めた。うん、暇そうだ。
けど、そっか・・・PKキャラがそんなにいるんじゃあ狩場に行かない方が身の為か。しかも、今から転職に向けての準備だーって気合十分な時にPKされたら一気にやる気が奪われてしまうだろう。
「クエスト内容じゃなく、PKされた事で心が折れたのか・・・」
同じ目に遭えば私だって心を折られていたに違いない。
「そゆ事。もうね、レベル1下がる位まで行ったよ。だからPKキャラが他の狩場に引っ越すまではここにいるつもりだったんだー。初期村の回りは警備兵も沢山いるし、PKキャラも来ないと思ってさ」
レベルが下がるまでチャレンジし続けたのか!?それ、多分途中から狙ってPKされてたと思う・・・。