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[ショ'ーリィ・ファ'ヴド]03・Description
【あなたのSFコンテスト・参加作品】
三人の失踪者を出しながらも対外的には平穏な我が社。
情報のリークには人一倍に気を遣っている法務部がピシッと仕事をしていることに加えて、業務の遂行に関しては一人や二人の欠損で滞るような体制ではないということも一因であろう。僕も御多分洩れず、与えられた企画二課の仕事を坦々とこなす毎日だった。それも、例の「牧博美」と同じ部署で。
だが、しかし。
そんな僕の身に変化が訪れたのだった。
それは夏の暑い陽が沈んでようやく涼しさを取り戻そうとしていた、就業時刻を一時間ほど過ぎた頃だった。
「神谷さん、すみません。ちょっといいですか?」
業務報告書を書き込んでいた僕に、鈴の音のような声の牧博美が話し掛けてきたのだ。
「な、な、な、なんです?」
ビビる僕に、優しくも妖しい微笑みを呈する牧博美。
「仕事上で分からないことがあるんですけど。お尋ねしてもいいですか?」
自分の顔が赤くなるのがすぐに判った。それくらいに僕は興奮しているのだ、例の牧博美に声を掛けられただけで。牧博美の噂や疑惑よりも、牧博美自身の存在感、圧倒的に身近に感じる美しさや妖艶さに、僕は心を奪われている。
「い、いいです、けど……」
どもった返事の僕に、ウフッと微笑む牧博美。
「あのぅ、経費の項目についてなんですが……分かります?」
艶やかな視線で僕の顔を覗き込む牧博美。
「出張の経費計算しかしたこと無くて。えーっと、設計とか管理とかの業務についての経費計算だったら、竜崎先輩の方が詳しいんですよね、えへへへ」
僕は、しどろもどろで頭を掻きながら答える。既に額からは大粒の汗が流れ落ちていた。
「ううん、いいの。神谷さんの分かる範囲でいいの。教えてくださいませ」
僕の顔を見てニッコリと笑い、首を傾げて僕の言葉に応じる牧博美。
「私の仕事は、製造原価を導き出すための経費算出の仕事じゃないですよね。もちろん、最終的にはそれにも関与するのだろうけれども、主に経理的な経費の仕事ですよね」
意外と冷静に自分の仕事を判断している牧博美に、僕はビックリした。
「この企画二課だけ、そういう仕事を処理してくれる人が居なかったんだ。確かに『調整役』という社外に出ない仕事が多いから社員それぞれがこなしていたんだけど、今では事業所や工場が全国各地だけでなく海外に点在するから、一人一人が処理していては大変だってことになったんだよ」
自分を落ち着かせる意味も含めて、僕はゆっくりと牧博美に説いた。
「なるほど、そういうことなんですか。でも、私がこの仕事をすることで余計に経費が掛かりませんか? いくら派遣社員だから福利厚生や社会保障費用を支払わなくてもいいと云っても、私の給料とか、私を派遣している緑川の会社へのロイヤリティとかもある訳ですし」
申し訳無さそうな顔をして僕を覗き込む牧博美。
「そ、そんなことはないと、お、思うよ! 君がその仕事をしてくれれば、その仕事をしていた僕達の時間を本来の仕事に振り向けることが出来るんだから。会社もそう判断したんだと思うんだ、きっと!」
僕は牧博美の潤んだ目を見て、少しばかり熱く語ってしまった。そんな僕を見て牧博美は、マウスを持った僕の右手にそっと手を添えた。
「優しいのね、神谷さんって」
下から舐めるように視線を持ち上げて、最後にシットリとした眼差しで僕の目を見つめる牧博美。
「えっ」
僕はその眼差しに耐えられずに、ふっと視線を逸らしてしまった。
「うふふ」
言葉とも溜息とも取れない呟きが僕の耳元近くで聞こえた。
「ねぇ、もっと詳しく教えてくださらない?」
僕の肩に手を掛けて、僕を甘美に誘惑する牧博美。
その時点で、僕の身体は凍り付いたように固まった。
熱い血液がすごい勢いで僕の身体の中を駆け巡り、顔からとは言わず全身から汗が噴き出ているにも係らず、僕の心も凍り付いていたのだ。
「えぇ、も、もちろん。い、いいで、すよ」
僕の口から言葉が洩れた。しかし、それは僕の言葉ではなかった。安物ロボットに組み込まれた再生テープのように、変な抑揚が付いたそのセリフを喋っていたのだ。まるで仕込まれた動きしか出来ないカラクリ人形のように。
どうしてなのか、なぜなのか、全く解らないのだけれども、僕はそうすることしか出来なかったのだった。
ここまでお読みいただきまして、感謝申し上げます。