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コノヨノタメニ。  作者: 高梨 裕也@あと五分だk……zzz
第四章ーー引きこもりと戦闘狂ーー
24/25

第二十話ーー決戦ーー

 時刻は午後五時。

 日は既に傾きかけている。

 二人に見つめられながら、俺は呆然としていた。

「今日中に最強の敵がやって来る」という、絶望的な現実を押し付けられ、何も考えられなくなっていた。


「……予告された時間は?」


「あと一時間。それまでに本部に戻ってなきゃいけない」


 ますます難しくなった。


 大体、俺に何ができるって言うんだ。まだ彼らと出会ってから数ヶ月しか経っていないのに、関わる理由なんてあるのか。

 いや、己の身を案ずるならば、もう関わらない方がいいのではないか。

 しかし、そこまで考えて、ふと思考を止めた。

 きっと、織宮は助けるだろう。自分の命を賭してでも。

 彼女が命を賭けるなら、俺が助けるのにそれ以上の理由はいらない。


「分かった。俺も行こう」


「本当か!ありがとう!」


「でもな、一つ条件があるんだ。

 織宮を、みんなを、死なせないでくれ」


 そう言うと、星川は当然だ、と頷いた。


「なら行こう。時間が無いんだろ?」


 服を脱ぎ捨て、包帯を取った。痛々しい傷跡が露わになるが、痛みはない。

 クローゼットの中からワイシャツを出し、袖を通した。

 最後に、倉本から貰った腕章を腕につけ、襟元を正す。

 腕には、達筆で"風紀"と書かれていた。


「準備完了」


「よし、行こうか」


 窓を開けて倉本が飛び出した。続いて星川も飛び降りる。

 意を決して俺も飛んだ。






 ===============






 暗闇から抜けると、いつも通りのあの屋敷が見えた。

 きっと、あの時倉本が力を使ったのだろう。


 いつの間にか、中では会議が行われていた。

 織宮や大樹、草薙兄弟も揃っている。

 と、星川が口を開いた。


「全員揃ったな。じゃ今から対篠田戦の会議を始める。

 相手は人外な強さだ。それに加えてあの残虐性。単独で戦うのはまずい。よって、総力戦で戦おうと思う」


 星川の話す一つ一つに頷きながら周りを見ると、皆真剣な表情をしていた。あの大樹さえ、ことの重大さに気づいているようだ。


 時計の長針は六を過ぎている。篠田が来るまでもう三十分もない。針が動くたび、俺の中で焦りが募っていった。

 やつはどこから現れるのか。

 どんな攻撃をするのか。

 そしてーー

 皆、(、、)無事に(、、、)帰って来れるのか。(、、、、、、、、、)

 そんなことが頭を巡り、会議の内容もほとんど入ってこなかった。


 ーー後のみんなももう少しで行くと思うからーー


 篠田のあの言葉が、ますます不安を大きくさせる。

 怖い。

 恐い。

 みんなを失うのが。

 一人になることが。

 震えを抑えようと体を抱くが、それは一向に収まらなかった。


「……い、大丈夫か。おい!」


 弾かれたように振り返ると、倉本が必死に俺の肩を揺さぶっていた。

 いつの間にか大量の脂汗をかいており、手のひらはぐっしょりだ。未だ震えは止まらず、こころなしか気分も悪い。


「お前うなされてたぞ。顔色悪いし……

 やっぱり怖いのか?篠田のことが」


 正直、違うと叫びたかった。

 あんな奴怖くない。怖いのはみんなを失うことだ、と。

 だがなぜだろう、声が出なかった。




 その時。


「すみませーん。宅急便でーす」


 まず、扉が消し飛んだ。

 次いで、壁にヒビが入った。

 忘れた頃に、土のかけらがパラパラと落ちてくる。

 皆、身構える暇すらなく、椅子に座ったまま起こった出来事を受け止めるしかできなかった。


「六時に配送を予約していた方ですね?商品は『死』です。あ、代金は結構です。なんてったって、お客様の『命』で支払ってもらいますから」


 燃え盛る夕日を背に浴びて、笑顔で少し顔を傾けるのは、俺が今最も出会いたくない相手。


「篠田……ッ!」


 腹の傷が疼く。

 まるで光のない瞳に見下ろされながら、俺は奴を睨み返した。


「おー、こわ。そんなに睨まないでくれよ。ちょっとしたジョークじゃないか」


 いつも通りのヘラヘラとした態度。

 本当に腹が立つ。


「このまま帰ってもらえれば万々歳なんだけどな。でも、どうせそんなわけにゃいかないんだろ?」


「そうなんだよなー。だから、とっとと殺されてくれや」


「嫌だ、といったら?」


「どっちにしろ殺すからな。別になんだっていいさ」


 ヤバい。

 一気に臨戦態勢に入った。

 篠田の右拳をはたき落としてから、低く下がった顔に膝を食らわせた。が、敵もさる者。空いている左手で迫る攻撃をズラし、的確に攻めてくる。


「代われぇ!」


 たまらず倉本と交代。

 倉本は俺と入れ替わるように出てくると、大きく刀を振り下ろした。

 耳元で空気を切り裂く音が鳴る。

 切っ先は、もちろん篠田に向いていた。


「あっぶね、当たったらどうすんだよ」


 初撃、二撃目、三撃目と、疾風の如く攻めている。しかし、篠田は赤子をあやすようにパシパシと刀を払っていった。

 倉本が本気で斬りかかっているというのに、相手は余裕の表情だった。


「おいおい、そんなんで勝とうとか思ってんのか?バカじゃねぇの?」


 あの倉本が、まるで歯が立たない。

 改めてこいつがどれだけ強いかを確認させられた。


「じゃ、今度はこっちから行くぜッ‼︎」


 やばい。

 刀が大きく弾かれた。

 バランスを崩し、無防備な倉本を、篠田の拳が容赦なく襲う。と、彼女も危機を感じたのかとっさに体を引いた。


 危ない。


 気休めながら敵との距離ができた。

 しかし、もう遅かった。


 ズン、鈍い音が聞こえた。

 最初はなんの音かと思った。

 目の前の状況が理解できてからしばらくして、人が殴られた音だと気がついた。


 完璧なボディブロー。

 倉本の両目が大きく見開かれ、その体が少しだけ浮いた。


「倉本ッ!」


「もう終わりか?つまんねぇの」


 すぐに駆け寄り、彼女を抱き上げる。

 倉本は、腹部を押さえたまま苦悶の表情を浮かべていた。


「て、めぇぇぇぇ‼︎」


 もう、やるしかない。

 倉本を静かに寝かせ、振り向きざまに再び化身。

 ふところに潜り込み、上へ突き上げる。相手の体はオモチャのように飛んでいった。

 空中で無防備になった篠田を今度は右脚で蹴り飛ばした。

 脚にミシリ、という手応え。

 地面に当たると、轟音とともに大量の砂塵が舞い上がる。篠田の体は何度もバウンドし、遥か遠くに飛んでいった。

 相手の姿は確認できないが、確かな手応えはあった。致命傷くらいは与えられただろうか。


 篠田は立ち上がらない。

 世界が死んだように静かになった。


「やった……のか?」


 星川が一歩前に出る。

 と、その時、土煙の中から耳をつんざくような音が聞こえた。

 人の声ではない。かといって、無機質な音とも違っていた。

 脳髄を掻き毟るような音。

 たまらず耳を塞ぎこむ。

 が、まるでそれさえも無意味だと示すように、音は頭に雪崩れ込んできた。


 ……なんだこの不協和音は。気持ち悪い。吐き気がする。


「あっ……があッ……」


 気が狂う。狂う。狂う。狂ってしまう。

 嫌だ。こんな音嫌いだ。早く止めてくれ。おかしくなる。

 やめろ。やめろ。やめ、ろ。やめろろろろろろろ。




 何回も何回も、頭を地に叩きつけた。額から血が出ても、いつの間にか篠田が戻ってきていても。


 気がつくと、篠田は俺のすぐ横に立っていた。


「ッてーな。おかげでアバラが何本かイっちまったよ。だから、お返しだ」


 ネクタイを緩めながら篠田はプッと血を吐いた。

 朦朧とする頭を必死に動かす。

 生きていたのか。あれだけの攻撃を食らっておきながら。


「頭おかしくなりそうだろ?『音』は人の心を動かすんだぜ。いいようにも、悪いようにも」


 音。

 そうか。分かった。

 こいつの力は音を操るのか。

 俺の体に風穴を開けたのは、高速でブレる腕を当てられたから。

 昔、聞いたことがある。

 声だけでガラスを割る人がいると。

 今もそうだ。

 もしかすると連続する細かな揺れで、軽い脳しんとうを起こさせているかもしれない。

 が、今それが分かったところでなんだというのだ。もう遅い。


「お前はもう使いもんになんねぇな。今殺すのもなんか癪だから、ちょっと見とけ」


 そう言うと、篠田は俺と同じように悶え苦しむ仲間へ歩みを進めた。


「や……め……」


 必死に喉から絞り出した声は、情けなくも風に消えた。


 ダメだ。意識が遠のく。手が届かない。

 このままじゃみんながーー


「わあああああああああッ‼︎」


「!?」


 瞬間、全ての音が消えた。

 比喩的な表現ではない。この場所だけすっぽりと抜け落ちてしまったかのように、何も聞こえなくなったのだ。

 あまりの出来事に、一瞬己の聴覚を疑ってしまった。


「もう、やめてよ……」


 肩で息をしながら呟いていたのは、なんと萩野だった。

 不思議と苦しむ様子はなく、ただ、泣きはらした目で訴えている。


「お前、なんだよ?一番先に死んどくか?」


 ニタリ、篠田が気味の悪い笑みを浮かべる。

 萩野は両腕をダランと垂らして、まるで操り人形(マリオネット)のようだ。顔は下を向き、影になって表情は見えない。


「みんなが苦しそうにするのは、もう見たくない」


 顔を上げた萩野の顔を見た時、全身の毛が総毛立つ。

「冷たい」という一言で終わらせるにはあまりにも言葉足らずな、冷酷な目。

 そこに、俺の知っている萩野はいない。

 いまだ混濁する意識の中で、脳には明らかな恐怖が刻まれていた。


「大丈夫か。お前も見たんだな。萩野の顔を」


 声の主に驚く。

 ふと横を見やると、ボロボロの倉本が座っていた。

 なるほど、音は止んだようだ。まだ頭痛はするが、なんとかやれる。

 よろよろと体を持ち上げ、倉本に問うた。


「あれは萩野なのか?俺はあんなの知らねぇぞ」


「そりゃそうさ。なにせあいつは自分の力を嫌ってるんだから。見せたくないんだよ。

 萩野の能力は、言うなれば『物質運動位置の把握と、その操作』。動いているものの全てを自在に操れる」


 衝撃だった。

 動きを止められる、それは即ち、いとも簡単に人を殺せるということではないか。

 萩野が自分の能力を嫌う理由がわかった。

 彼女は内気だが、同時に優しく、誰かを傷つけなくないという気持ちが強い。

 そんな彼女にとって、人殺しの力は持っているだけで苦痛だったことだろう。


「みんなを苦しめて、命まで奪おうとしたなんて、許せない」


 萩野が冷たく言い放った、その刹那。

 ブゥーンという音ともに萩野が消えた。

 驚愕する篠田をよそに、羽音は段々と大きくなっていく。


「虚空」


 気がつけば、彼女はそこにいた。

 篠田の右肩に手を置いて。

 のろりと振り向いた篠田は、まなじりが裂けんばかりに目を見開いた。


 ボトッという鈍い音。

 その場にいた誰もが、現状を理解するのに数秒かかった。

 篠田の右腕は、肩から真っ二つに切断され、地に落ちていたのだ。


 言葉が、出なかった。


 やがて。

 思い出したように、切り口から噴水のような血液が噴き出した。多くは萩野にかかり、彼女は真っ赤に染め上げられたが、動じる様子はない。ただ、光のない瞳でどこかを見つめるだけだった。


「ぐ……ああああああッ‼︎」


 続いて、甲高い叫びが篠田の喉から迸った。信じられない、という表情で、無くなった肩から先を凝視している。


「て、めぇ、やりやがったなぁぁ……」


 傷口を必死に抑え、止血しようとするが、まるで意味がない。ぼたぼたと、赤みがかったどす黒い液体が大きな水たまりを作っていく。


「許さない……許さない許さない許さない……ゆ、ゆゆ、ゆる」


 体を弓なりに大きく仰け反らせ、言葉にならない言葉を漏らし続ける篠田は、見たことのないほど動揺していた。


「ゆるるる、さないるさな、許さない、いいいなさるゆ」


 獣のような叫びと同時に、ギョロリ、狂気に満ちた双眸がはっきりと萩野を捉えた。

 それはまるで、壊れかけた機械が起こす誤作動のように見える。


「るゆさな、ななない。ゆるなさぁなやるさな、ななな、やややややややや」


 音が途切れ。

 篠田はそのまま真後ろに倒れた。

 目は見開かれたまま、口も大きく開いている。

 俺は直感的に、篠田がもうこの世にいないことを悟った。

 その時、茫然自失としていた萩野が意識を取り戻した。冷たい気はもう感じられないが、今はかえってそれが気がかりだった。


 二、三度目を瞬かせると、己が置かれている状況を認識し始める。

 真紅に染め上げられた両手を見て、信じられないという風に首を振った。


「あ、ああ……」


 ーーマズイ。


「草薙!早く幻術を!」

「「OK!すぐかける!」」


 草薙たちが何かを唱えると、萩野を半透明な影が包んだ。途端、脱力した彼女はその場に倒れこむ。

 先ほどの倉本のように、萩野を抱き上げた。

 意識はないようだが、表情は安らかだった。


「大丈夫?」


 心配そうに織宮が言う。

 こくんと頷こうとしたその時だった。

 織宮が、吹っ飛んだ。


 いや違う。


 俺が、吹っ飛んだ。


 粉々になりそうな衝撃が全身を駆け巡る。

 何度も頭を打ちつけた。

 フラフラになりながら立ち上がると、見覚えのあるシルエットがそこにあった。

 予想外の相手に、大きく目を見開く。

 最初はまだ頭が混乱しているのかと思った。


「な、なんで……」


 敵ではない。

 だが、今はもう味方でもなかった。

 狂気に歪んだ双眸。

 不自然に曲がった足は、己の攻撃に体が耐えられなかったのだろうか。

 彼女の周りに、何も動くものはない。

 草も、生き物も、風でさえ起こらなかった。

 ただ一つ、萩野が、笑っていた。


「遊ぼうよ。ねぇ」



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