第十七話ーー終幕ーー
チュンチュン……チュン……
「う、うう……」
俺は、鳥の鳴き声で目を覚ました。
何だかとてもまぶたが重い。もう少し眠っていようか……
……おや?この匂いは……味噌汁?
そうか、もう朝だもんな。朝ごはん作ってて当然だよな。
具材は何だろうか。大根?アサリ?個人的にはシジミが一番好きだが……
あれ?
「って、またかよっ!」
勢いよく起き上がる。そこは、とても広い畳の一室だった。
「……う、うん……おはよう……」
隣では、織宮が引き気味でこちらを向いていた。
「あ、あはは……」
顔を引きつらせてなんとか笑顔を作るが、織宮はスーッと目を逸らしていく。
冷や汗が止まらない。
やめて。そんな空気を作らないで。痛い。痛いよ。
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テレビでは、どこもかしこも駅前の事件について報道していた。粉々になったベンチや、根元から折れた木々が、事件の凄まじさを物語っていた。
どうやら俺は丸一日寝ていたらしく、その間ずっと織宮たちに世話になっていたようだ。大樹は他の部屋で眠っているらしい。後で礼を言わなければ。
「ほれ、いっちょ上がり!」
「いでぇっ!……お、お前なぁ……」
倉本に思い切り背中を叩かれると、全身に激痛が走った。少しケガ人をいたわって欲しいと思うが、口に出したら今度はもっと強いのが来そうなのでやめておく。
昨日の一件で、何本も骨を折ってしまった。思えば、こんなに大けがをしたのは初めてかもしれない。小学、中学と平凡に暮らしてきた俺にとって、人間(?)と戦うのも初めての体験だった。
ぐっと拳を握ると、あの感覚が蘇ってくる。
人を殴る感覚。言葉では言い表せないあれは、どうも心地いいものではないと思った。
「……あのさ」
「ん。なんだ?」
「いや……お前らの言う世直しってのは、こういうことなのかなーっと思って。」
意を決して、倉本に問う。俺には、力でねじ伏せる行為はどうも今の大人と何ら変わらないと思ったからだ。
「いや。違うな。今回は私たちにとっても初めてのケースだった。本来であればあそこまで大事にはならなかったはずだ。私たちの目的は、あくまで『正義』の正当化。無駄な犠牲者を出せば、それこそ本当に悪役になっちまう。」
どうやら考えていることは同じようだ。利害が一致したようで安心した。
「あ、そういえば、あの祟り人のおっさん、無事なのか?」
「……いや、わからないな。だが、死んではいないだろう。最後にお前たちがを迎えに来た時、まだ息はしてたからな。」
人を殺してしまったのではないかと心配だったが、本当に大丈夫なのだろうか。
「そんなに心配すんなって。大丈夫だよ。ほ、ほら、ニュースだって死者は出てないって言ってるだろ?」
懸命に俺を元気づけてくれる彼女を見ていると、何故か笑いがこみ上げてきた。いつもの感じとのギャップがまた面白いのだ。
「くっ……くくくっ……」
「なっ!何笑ってんだよ!わ、私はお前を慰めようとしてだなぁ!」
必死に弁解しているが、顔が真っ赤なのでなんの説得力もなかった。と同時に、倉本にも女の子らしい一面があると知り少し驚く。
「あー……いや、すまんすまん。あまりにおもしろいもんで……」
「お前次笑ったら殺すからな!」
「「いやー、おもしろいねぇ。うんうん。」」
突如出てきた二重声。こんなにオイシイ場面に現れるのは、俺は一人、もとい二人しか知らない。
草薙兄弟だ。
「「ちゃーんとビデオに収めといたから!安心して!」」
「うわあああああああ!!うわあああああああ!!」
「「さーて、このテープ、どこに置いておこうか。本校舎の職員室がいいかな!?あ!分かった!DVDかなんかに落として洋さんに送っといてあげるよ!」」
「ブッッッコロォォォス!!」
鬼の形相で兄弟を追いかける倉本。口からは何やら煙のようなものが出ているが、一体彼女の体内で何が燃えているのか。
「んだようるせーな……
あ!浩介起きたな!良かったぁ!」
ドタドタとした足音で目が覚めたのか、大樹がドアを開けて部屋に入ってきた。
「で、どうだ!?体調の方は!」
「痛い痛い!肩を叩くな!大丈夫だから!」
倉本も大樹もやたらとケガ人をいじめたいらしい。執拗に傷口を叩いてくる。もう少しいたわりの心を持ってほしいものだ。
「あれ?そういえば、お前どこで寝てた?」
「どこって……自分の部屋だけど。」
大樹はこの迷宮のような屋敷のほとんどを攻略してしまっていた。勉強できないくせに、おかしな事では頭の回転が速いんだよな。こいつ。
「おーい。倉本ー。俺の部屋ってあるかー?」
今だに兄弟を追いかけている倉本に話しかけてみた。流石にある程度怒りは収まっているはずだろう。
「コロォォォォォス!!!」
「いやなんで!?」
前言撤回。全然収まってない。てかまず会話が成り立たない。多分あの雰囲気だと、次に話しかければ殺されると思う。
「じゃーいいやー。俺が案内するよー。」
傷を気にしながらも、ゆっくりと歩いていく。この状態では、一歩一歩が苦痛だった。
障子が延々と続く広間を通り過ぎ、枯山水を抜けると、やがて旅館の一室のような場所が見えてきた。
「ほい。ここ。右が俺で、左が織宮だってさ。なんかあったら言ってねー。それじゃ。俺はもう一眠りします……」
部屋に入っていく大樹を見届けると、俺も襖に手をかけた。
中はやはり広く、だが、不思議と落ち着ける雰囲気があった。そしてなぜか、どこか懐かしい匂いがした。
「ふぃー……」
どっかり畳に座りこむ。風紀委員に出会ってからまだ日は浅いが、それでも、生活が一変したと思う。
昔の俺であれば、将来、こんなにも突飛な出来事が待っているとは、微塵も予想できていなかっただろう。
荷物を適当に片付ける。やることがなくなってしまったので、居間に戻ろうと立ち上がった。先ほどまで棒のようだった足も、少しずつ動かせるようになってきた。
「「あれ?浩介くんさっき部屋に行ったばっかじゃない?大丈夫なの?」」
ソファに寝転がりテレビを見ている草薙兄弟。どうやら寝転がっている場所も二分割しているようだ。
「あぁ。何とかなるさ。てか、お前らこそさっき倉本に追っかけられてただろ?それこそ大丈夫なのか?」
鬼ーーもとい倉本の姿はいつの間にか見当たらなくなっていた。
「「うん。幻覚見せてるから。今頃大広間で必死に僕たちを探し回ってる頃だと思うよー。」」
「いやそれ能力の悪用だから!」
「「あー、まだ駅前の事件やってるー。しつこいねー。マスコミもー。」」
「人の話聞けって!」
全く耳を貸す様子もなく、ただただテレビを見ている兄弟は、おもむろにソファから起き上がると、俺の肩に手を置いた。
「「君の言いたいことは良く分かった。つまり君は自分の力をこの風紀委員会に捧げたい、そう言ってるんだね!うんうん。ありがとう。僕たちも助かるよ。」」
「勝手に話を作ってんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!」
どうやらただ単に面倒事を転嫁したいだけだったらしい。バタバタと居間が騒がしくなる。その音に気づいた倉本も、幻覚を振り払い、こちらへ向かってきた。
「ウラァァァ!草薙ィ!!」
「ブッツブゥゥゥス!!」
「「あははー。コワイコワーイ!逃げろー!」」
「「待てやコラァァァァ!!」」
鬼のように追いかける俺と倉本。無邪気な子供のように逃げる草薙兄弟。はたから見ればとても滑稽なそれに熱心になっていた俺は、テレビの音も耳に入ってこなかった。
『……今回の事件に対して警察は明らかなテロ行為と断定。犯人が見つかり次第、全国に指名手配するとのことです……』
かくして一連の騒動は幕を下ろした。
俺たちに大きな大きな壁を残して。




