第十六話ーー決着ーー
……。
…………。
……あれ……?
おかしいな。なんで空が見えるんだ?
あぁ、俺が倒れているからか。
「ヴヴヴヴゥゥゥ……」
すぐそこまであの化け物の声が聞こえてくる。
逃げようと試みたが、ピクリとも身体が動かない。どうやらここまでのようだ。
まぁ、薄々勝てないとは分かってたけどな。うん。でも、結構頑張った方だと思うぞ?
首を掴まれ、持ち上げられる俺。こんな時でさえ、人間って、案外簡単に死ねるもんだな、なんてくだらないことを考えてしまう。
「ヴゥヴ……」
祟り人は少し唸ると、思い切り俺を投げ飛ばした。もはや抗う気力すら出ない。そのまま壁に叩きつけられた。
奴は俺を確実に消したいらしく、道路標識をへし折ってこちらへ歩み寄ってくる。
なるほど。道路標識で首を刎ねるつもりか。
バーカ。使い方間違ってるぞー。
「あはは……わ、笑いしかでねぇや……」
今度こそ終わり、そう思ったその時だった。
コツン、と小石が飛んできたのだ。化け物に向かって。
力を振り絞りそちらを見ると、そこにはなぜか彼女が立っていた。
「お、織宮……?」
攻撃のため?……いや、あいつはそんなバカなことはしない。ならば……
祟り人の気を自分にひかせるためか。
案の定、挑発に乗った祟り人は彼女を標的に変え、死にかけの俺を捨てて織宮の方へ走り出した。
ヤバい。あいつだってまだ本調子ではないはずだ。すぐに捕まってしまうに決まってる。
「ま……待て……よ……」
それだけは絶対に起こってはならない。
俺は無意識に祟り人めがけて走り出していた。
身体中の痛みも忘れて。ただただ一つのことを遂行するためだけに。
だが、その祟り人は俺を気にもかけなかった。
「おい……待てよ……相手は俺だろ……」
振り向きもしない。
「待てって言ってんだよ……」
祟り人は、いよいよ本格的に走り出した。
その距離、あと二十メートル。
このままでは、彼女は……
……絶対にさせるか。そんなこと。
「織宮に、手ェ出すなァ‼︎」
プツン。
俺の意識は、そこで途切れた。
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「……し……
もしもーし。聞こえてますかー」
「んっ……?」
意識を取り戻し、最初に目にしたのは、人でもあの化け物でもなく、犬だった。
「え……い、犬……?」
「犬って言うな!名前あるぞ!
てか元々種族違うし!」
いきなり噛みつかれる。痛い。
「全く……やっと正式に力を貸してやろうと思ったのに……」
「え?どゆこと?」
「はぁ⁉︎まだ気づかないのか⁉︎ここはお前の意識の中!私はお前に憑いてる霊だよ!」
あ、ああ!なるほど!
ん?ということは……
「やべぇ!早く起きないと!」
ここで話しているということは、つまり意識を失ってしまっているということ。大樹や織宮が危ない。
俺は鍋島と約束したんだ。
ここでくたばってしまっては、あの世で合わせる顔がない。
「こんな所でモタモタしてる場合じゃねぇ!」
「だから!いまそのために私が出てきてやったんだろうが!」
「い⁉︎」
あまりに驚いてしまい、思わず転びかける。
今、この犬っころは何と言ったのか。
俺の耳が正しく機能していれば、こいつは俺に力を貸すと言っていたが……
「本当に?」
「本当に」
「絶対?」
「絶対。……てかこの下りなんだよ!急いでんだろ!」
再び犬に噛まれ、足に激痛を感じながら、どうやって使うのか聞いてみた。
「教えてくれ!頼む!どうしたら力を使えるんだ⁉︎」
「なぁに、簡単だ。心の中で私の名を呼べばいい」
「名前は⁉︎」
「八川コマ。ま、コマとでも呼んでくれ」
「分かった。よろしく」
「……だが、私も完全にお前を認めたくはない。最大出力までは使わせねぇぞ?」
「結構だ。なるようにしてやる」
それじゃあ行ってこい。そう言って彼(?)は俺の肩に手を置いた。
みるみる意識を失い、目の前が真っ暗になっていく。
コマは、最後まで俺を見ていた。
「……。」
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「う……うう……」
身体中が痛い。現実へ戻ってきたようだ。
軋む身体を起き上がらせる。これだけの動きでもすでに限界だった。
前を見据えると、ちょうど織宮が戦っている最中だった。だが、明らかに織宮の方が劣勢である。動きも鈍く、相手の攻撃を避けるので精いっぱいのようだ。
大きく息を吸い込む。そのまま肺に空気を溜め込み、ありったけの声で叫んだ。
「ウラアァァァァァ‼︎」
頼む。コマ。
ーーおう。了解。ーー
その瞬間、自らの身体が作り変えられていくのがわかった。
体が燃えているように熱い。呼吸数も増えている。
「ヴ……?」
ゆっくりと歩み寄る化け物。彼が一体何を感じとったかは分からない。だが、この姿になった今、そんなことはどうでもよかった。
「来いよ化け物。さっきのお返しだ。負けっぱなしは気分が悪りぃ。早めに終わらせようぜ……!」
「ヴァハハハハハハァ!!」
二度目の対峙。
今度は負けない。負けられない。
「ヴォルッ!」
弾丸のような速さで拳が飛んでくる。
が、今では手に取るように避ける事ができた。
見えるのではない。直感だ。
「次はこっちからだ!」
一瞬の隙を見て敵の懐へ潜り込む。そのまま一気に突き上げた。
「⁉︎」
「ヴ……ォ……?」
その時、俺も祟り人も異変を感じていた。
どこからともなく力がみなぎってくる。鉛のように重かった身体も、こころなしか軽くなったように感じていた。
対して祟り人は、何というか……こう……先ほどまでの狂気が薄れている気がした。
ーー気づいたかーー
コマだ。
ーーそれが私の力。悪を食い己の血肉へ変える力だーー
「悪を……食う……」
勝てる。確実に。
自信が確信に変わった俺は、もはや負ける気がしなかった。
「ギシャァァァァァ!!」
何度も突っ込んでくる祟り人。負けると分かっていながら来ているのか、それともただのバカなのか、それは分からない。が、そんなことはどうでもよかった。
「終わりだ……!」
「ラgfdくぉgしょp19ぎゃmpいcぽxyzふぃdkぐgsc34kzdふぃうxk!!」
もう一度上へ突き上げる。すぐに空中へ移動すると、そのまま祟り人を地面に蹴り落とした。
「オ……ゴ……ォ……」
しばらく唸っていた化け物も、やがて動きを止めた。
「す……すごい……」
しばらくは実感が湧かなかった。
「か、勝った……?」
感覚が戻ってくる。
今ここに生きている喜び。
自分も役に立つことができた喜び。
そして、大切な人を守ることのできた喜び。
嬉しくて、笑いが止まらなかった。
「よかった……本当によかった……」
こうして、駅前を半壊させるほどの戦いは幕を下ろした。




