第十五話ーー混戦状態ーー
「それっ!」
草薙兄弟の弟、一也が地に手を当てる。すると、たちまち白いドームができあがった。
中にいる人々は、皆魂を吸い取られたかのように固まっている。目からは光が消え、表情もどこか虚ろだった。やはり幻覚を見ているようだ。
一方、一也の少し後ろでは、織宮が自身に向かって話しかけていた。
「お願いなべちゃん……!少しだけ力を貸して!」
その問いに答えるように、織宮の姿は変わっていく。
頭には三角形のモノが二つ。尻尾もついている。
俺はその光景を目にした時、あまりの出来事に硬直してしまった。
「ね……猫耳……だと……?」
本人は小首を傾げているので、きっと気づいていないのだろう。
上上。頭頭。
違う。もうちょい上。
そう。そこ。
「に、ニャンじゃこりゃー⁉︎」
やっと分かったようだ。ついでに言葉も猫語が混じってる。
うん。可愛い。
……はっ。いかんいかん。今のは取り消し。
「おい!こんな時に何やってんだよ!」
倉本の一喝が入る。その通りだ。今はこんな茶番をやっている時ではなかった。
「ちょっと通らせてー!」
織宮が器用に人混みをかき分けて行く。それに続くように大樹も走っていった。
だが、驚くことに、彼女は一度も人にぶつかっていなかった。
しばらくして、人だかりの中から織宮の大声が聞こえてきた。
「見つけたっ!」
駅前の木の下。いつもは待ち合わせ場所としても有名なそこに、男は立っていた。
スーツ姿にビジネスバッグ。ごくごく普通のサラリーマンだ。
……あんなに邪悪な気配を醸し出していなければ、の話だが。
おいおい、なんだよあれ。アブナイ匂いがプンプンしてるし。まず目が狂気じみてるよ。正常な人の目じゃないよ。
「な、なぁ倉本……これから先あんなのと戦ってくのか……?」
「ん?……ああ。だが、まだあいつは序の口だな。また症状は軽い。」
その一言で俺は再びドン底へ突き落とされた。
さらば青春。そしてこんにちは絶望。これからよろしく。
気がつくと、周りには風紀委員が勢ぞろいしていた。皆真剣な顔で次の合図を待っている。
「じゃあこれから除霊を始める。よく見ておけよ?」
道着を真っ黒に染め上げながら、倉本は言った。
「まずは祟り人を行動不能にする。今回は怨霊だからな。ひとたび暴れ出せばどんな被害が出るか分からん。」
そう言い残すと、倉本の姿が消えた。いつの間にか皆の姿も無い。
……彼らが祟り人と交戦中だと気づいたのは、それから少し後だった。
「えいっ!」
草薙兄弟の姉、礼奈は地を思い切り蹴った。すると、踏み込んだ場所がぐにゃりと変形し始めたではないか。
その波はたちまち地面を侵食し、祟り人の足を飲み込んだ。祟り人はそれを取ろうとするが、彼の足は全く動かなかった。まるで接着剤のように固まってしまい、その場から離れることができなくなってしまったのだ。
「ガアァァァッ‼︎」
だが、祟り人も負けてはいなかった。
コンクリートを殴ったのだ。
何回も、何回も。
拳が血だらけになろうと、手の骨が粉々になろうと、動きは止まらなかった。
そんな猛攻に耐えかねたのか、ついに地面にヒビが入った。それを見た祟り人はここぞとばかりに足を動かす。コンクリートにヒビをいれる怪力を持ってすれば、こんなことは造作もないことだった。
「ヴオァァァァァ‼︎‼︎」
凶声をあげる祟り人。腕は自身の血に塗れ、足にもたくさんの傷が付いていた。
「う、うわあぁぁぁっ!」
恐怖に満ちた表情で大樹が殴りかかった。が、祟り人はそれを避けようともせず、むしろ近づいてくるのを待っているように見えた。
「待て大樹!危ねぇ!」
咄嗟に声を張り上げるが、もう遅かった。
壊れた人形のように首を動かし大樹を見つめる。そして、狂気で塗りつぶされた顔に不気味な笑いが浮かび上がった。
「あ……あああ……」
逃げようとするも、腰が抜けてしまいうまく動けない。
絶体絶命のその時だった。
突如大樹の目の前で火花が散った。
「よいしょっ!……こら!勝手に動いちゃダメでしょ!」
礼奈だ。
足には何百キロもあるようなゴツい鉄のブーツが装備されていた。
少なくとも女の子がブンブン振り回せるような代物ではない。
「あ……ありがとう……
でもそれ……どうやって履いてるの?」
「ああ、これ?これね、履いてるんじゃなくて、生えてるの。」
⁉︎は、生えてる⁉︎
「これが私の力。『九尾狐』って言うの。自身の姿を自由に変える事ができる。」
……え?
自分の姿変えられるとか。
何それ。チートじゃん。
「ほら、ボケっとしてないで!早く捕まえないと!」
大樹はすぐに立ち上がると、今度は祟り人を後ろから羽交い締めにした。
「よし!じゃあそのまま……」
祟り人を地面へ固定しようとしたほんの一瞬だった。
「ヂrtぞおbdーxyxtsフdコrス‼︎」
突如奇声をあげる祟り人。そのまま立ち上がり、
大樹と織宮を投げ捨てた。
なすすべなく吹き飛んでいく二人。そのまま人ごみに消え、見えなくなった。
「おい!大丈夫か!」
返答はない。
と、目の前の祟り人に対して、無性に怒りがこみ上げてきた。
「倉本!あいつらを頼む!」
「お前……まさか……」
「こいつは俺がぶっ飛ばす!敵討ちだ!」
「無理だ!よりによって力の使えないお前は!」
「なるようにしてやるっての!」
全力で祟り人に駆け寄ると、その勢いのままパンチ。
「ほら、かかってこいよ。今のは序の口だ。ここに来たこと、後悔させてやる!」
「ヴオァァァァァッ‼︎‼︎」
四時の鐘が鳴り響く。それが開戦の合図になった。




