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さようなら現世、こんにちわ異世界

これは以前投稿させていただきました短編の連載版になります。

リアルの状態により更新が遅れることもございますので、ご理解いただける方だけお読みくださいませ。

 「神様転生」と呼ばれる形式の物語がある。

 何の力も無い一般人が唐突に神様から超常の力を与えられ、異世界に放り出されるというものだ。なぜ神様がそんな事をするのかは作者によってさまざまだが、大体「暇潰し」か「事故に巻き込んだお詫び」の二通りが定番である。

 そして私が巻き込まれたのは後者であるらしい。


「いや、ホントにすまんかった!

 お詫びに一つだけ願い事を叶えてあげるでの、勘弁してくれ」


「……いや、別に恨んじゃいませんから、生き返らせてくれませんかね?

 転生とかいらないので、いやホントに」


 寝て起きたら死んでました、などと言う身も蓋もない死に様のせいか「死んだ」と言う実感が湧かない。何でも人間の寿命を司る天使がうっかり私の「命の蝋燭」を消してしまったのが原因なのだとか。

 蝋燭への再点火は世界の法則に反するとか何とかで甦生は不可能。せめて残りの人生を異世界で過ごしてもらう事でお詫びとしたい。神様だと名乗る立派な髭を蓄えた老人がそう言って、目の前で土下座していた。

 布団の中で冷たくなって転がる自分の死体を見下ろしながら、プカプカ浮かんで対面している図というのは傍目から見て相当シュールだろう。しかしその当事者としてはシュールがどうこうよりも自分の行く末が気になる訳で。


「異世界転生ってアレでしょ? 漫画とかの力を貰って好き勝手暴れて、何故かモテモテでハーレム作って『MOGERO』とか『爆発しろ』って陰口叩かれる奴」

「まあ大体その通りじゃな。実際何人かそう言う輩がいたしの」

「前例あるのかよ!」


 人間の数が増えるにつれ、それを管理する神様たちの負担も鰻登りとなったらしい。

 で、碌な休暇も無く残業三昧な超ブラック業務が続いた事で、こう言ったケアレスミスによるうっかり死亡事故も増えたと言う。


「まあ非はこちらにあるでの、そう言った人間にはなるべく希望に添った人生を贈っておるのじゃ。それと転生先の世界は所謂『剣と魔法の世界』でな、軟弱な現代っ子では生き残れん。じゃから生き残るための力を得ると言う側面もある」


 もちろん何でも叶うと言う訳じゃない。不老不死は駄目、人外になるのも禁止、世界征服とかもアウト。あくまで人間の範疇に収まる範囲内で、だと言う。

 ところがこの『人間の範疇』に漫画やアニメの登場人物を当て嵌める奴らが居て、それを神様はあろうことか全て認めてしまったらしい。


「アレって人間で良いんですか? 想像上の存在では?」

「まあ本当に酷いのは弾いておるがな。ちなみに一番人気はF○teの無限の○製じゃ」


 まあ脆弱な人間が想像した物だから、神様基準では大した事無いので良しとのこと。

 何とも太っ腹な事だ。太ってないけど。


「それで、お主はどうする?」

「転生無しでお願いします」

「ほえ?」


 よほど私の言葉が予想外だったのか、惚けた顔をさらす神様。

 いやだって、剣と魔法の世界とか嫌に決まってるでしょ? コンビニも無い世界で生きてく自信は無いし、戦いとか絶対無理。ひ弱な現代っ子を舐めたら駄目よ。


「天国でも地獄でも良いので、普通に死なせて下さい。お願いします」


 先程とは逆に神様に土下座して頼み込む私に、けれど神様は渋い顔で首を横に振る。


「そうはいかん。先程も言ったがこれはお詫びじゃ、これを受けてもらわねば儂の面目が立たん」


 面目って貴方、なにヤクザみたいなことを……、そんな捨てられた子犬みたいな目でこっちを見ないで下さいよ。幼女ならともかく、老人がやっても様にならないから。


「……判りました、その話お受けします。で、どんな風に転生するんですか? 赤ちゃんからスタートってのは流石に勘弁してほしいんですが」


 結局押し負けてしまった。でも最悪のパターンだけは避けたい。大の男が人目にさらされつつ授乳とか、それなんて羞恥プレイ?


「安心せい、そのまま送るでな。どちらかと言うとトリップに近いの」

「トリップ? ……ううむ、じゃあその世界の事を詳しく教えて下さい」


 異世界もののお約束である『常識の違い』って結構重要なんだよ。子供なら知らない事は聞けば良いけど、大人がやると怪しい人か、頭の可哀想な人にしか見られないし……


 ふむふむ、世界観的にはライトファンタジーに近い中世ヨーロッパ風味。戸籍とかしっかりしてないから簡単に紛れ込めるんだ? 二つの大陸と大小無数の島々から成り、幾つもの国が乱立してる。でも対立はあっても戦争にまでは及んでいない、と。

 んで国際機関として『ギルド』があって、所属する『ギルド』によって職業が決まるってか。身分保障も『ギルド』が担ってるんじゃ、そりゃ戸籍も意味ないわな。


 科学の代わりに魔法技術が発展してるけれど、文明レベルはそれ程高くない?

 でも魔力の元になるマナに当てられた動植物が時々モンスターになって暴れるから、それを狩る人間を『ハンター』と呼ぶと。身元不詳でも関係無く『ハンターギルド』に入れるって、お約束な……、危険な仕事だから欠員の補充が簡単に出来るようになってるのね。結構怖い所っぽいな。


 狩った獲物は商人が買い取ってくれる?

 お金は全世界共通で銅貨一枚が1カッパー。1000カッパーで1シルバー、100シルバーで1ゴールド、更に10ゴールドで1プラチナ。一般に出回るのは大体シルバーまで、そう考えると銀貨が日本で言う万札に相当するっぽいな。


 言葉は……全世界共通で日本語が通じるんだ?

 使われてる文字は片仮名のみって、逆に使い辛いよ。……え? 片仮名は一般人が使う文字で、上流階級で使われるのは上位文字? ……漢文かよ! そりゃ漢字が判れば読めるけどさ、ヨーロッパ風味で漢文って色んなロマンが台無しだよ!


 単位系はメートル法を使ってるって?

 いや判り易いから良いけれど、ファンタジー色がどんどん薄くなるな……


 そう言えば宗教はどうなってるの? ……多神教の上、地方によって伝承が異なるのでバラバラ? 魔女狩りや異端審問も無くはないけど、極少数のカルト扱いなので一般的じゃないからあんまり気にしなくていい? 神様の言う台詞じゃないでしょ、それ。


「……OK。大体把握しました」

「もう良いのか? ではいよいよ願い事を聞くとするかの」


 心無しか楽しそうですね神様。

 うーん、どうしようか……よし、決めた!


「『触れた物をカードに変える』能力を下さい!」

「カードじゃと? どう言う事じゃ?」


 そう、こんなチャンス二度と無い。

 なら折角だもの、チートを目指したって良いじゃない!


「そのままの意味です。対象に触れて『カードに変われ!』って念じたら、カードに変換するって能力。出来ればカードは普段仕舞っておけて、好きな時に取り出せるように。ああ、後カードをコピーして増やせれば完璧かな!」


 うむ、我ながらチートなお願いだな。これって要するに『手に入れたアイテムの無限増殖』って裏技なのだ。その上出し入れ自由にしておけば一々大荷物を持って移動しなくても済むし。


「む、むう……、本当にそれで良いのか?」


 あ、あれ? 神様が微妙な顔をしてる? ……もしかしてチート過ぎるのか!?

 しかしこの願い事だけは譲れない、何が何でも叶えてもらう!


「是非、これでお願いします!」

「……仕方無い。では、叶えてやるとするかの」


 おっしゃ! 押し切った!

 あ、待てよ? 『転生って言うよりトリップ』って言うなら、ひょっとして……?


「ち、ちょっと待……」

「ちちんぷいぷい……、ほい!」


 呪文ダサい! ……じゃ無くて訂正が間に合わない!

 神様が指をくるくる回して私に向ける。すると指先から光線みたいなのが迸り、私の胸を射抜いた。しかし衝撃や痛みは無く、むしろ温かい……ってか、熱っつぅ!


「あっちぃいいいいいいっ!!」


 何だこれ、射抜かれた胸じゃなくて全身が燃える様に熱い!

 しかも良く見れば、身体が段々透けてきてるじゃないか!

 気も遠くなって来るし、おのれ騙したなジジィ!


「うわぁああああああぁぁぁ……………」


 そうして私は『この世界』から消えた。




────────────────────────────────────────




 しかし随分謙虚な男じゃったのぅ。

 こないだ転生させた奴なんか、こちらの引け目に付け込んであれもこれもと注文付けまくりおって、腹いせにちょっと厳し目の試練を与えてやったがな!

 まあ『あの世界』ならあやつも多少は楽しく生きられるじゃろうて。少しおまけもしてあるし、使い方次第では相当強い能力じゃから問題無い。素晴らしいセカンドライフを送れると良いがのぅ。




────────────────────────────────────────




 目を覚ました彼が最初に見た物は、鬱蒼と茂る大樹と暖かな木漏れ日であった。


「……どこだ、ここ?」


 どうやら仰向けに寝転んでいたらしい。身体を起こし、周囲を見回す。そこは先刻まで居た彼の部屋とは似ても似つかない、樹海と呼ぶに相応しい森の中であった。


「ええと、確か昨夜はバイトで疲れてて、着替えもせずに布団に潜り込んで、それから神様に会って……!?、思い出した! あのジジィが光線をピューっと放ってきて、それを受けたら身体が……あれ? 消えてない?」


 身体のあちこちをまさぐり、欠けた部分が無いか調べる。

 幸い、欠けた部分も増えた部分も無いようだ。


「……もしかして、ここが異世界?」


 もしかしなくても異世界なんだろうなぁ。ホラ、あの木なんかテレビで見た屋久杉よりも太いし、見た事無い毒々しい色の花が咲いてるし。そこまで考えた所で、彼は転生直前の出来事を思い出した。


「うあぁ、やっちゃったなぁ……」


 折角のチャンスを棒に振り、落ち込む。

 だかすぐに気分を切り替え、彼は現状の把握に取りかかった。


「まずは持ち物だけど……」


 ポケットと言うポケットをひっくり返す。

 出てきた物はスマートフォンに財布と家の鍵。財布の中には二万円と小銭が少々、クレジットカードに近所の商店街のポイントカードが数枚。

 家の鍵にはキーホルダー代わりにマルチツールが付いていた。はさみや爪切り、コルク抜きなどが折りたたみ式のナイフに収められているそれは彼の趣味によるものだったが、この場においてはまさに命綱とも言うべき代物だった。


「世の中何が幸いするか判らんな。電波は……まあ、異世界だしな」


 スマートフォンのアンテナは圏外を示していた。一応試してみたものの、電話はおろかネットやGPSも使えない。だが全くの役立たずと言う訳でも無かった。


「まあ、これを入れていたのはラッキーなのかね?」


 そのアプリを起動すると周囲が明るく照らし出された。

 カメラのフラッシュを利用した懐中電灯である。


「あとは……、そうだ! 肝心な事を忘れていた!」


 異世界に飛ばされる少し前、あの神様に頼み込んだ『願い事』を早速試す。

 とりあえず手近にあった携帯に「カードになれ!」と念じてみた。するとスマートフォンが光に包まれ、次の瞬間一枚のカードに変わる。


「おおっ!!」


 トランプやトレーディングカードより、タロットに近い縦長のカード。

 ゴシック調の重厚なデザインをしており、装飾文字で「スマートフォン」と書かれた面には精緻な筆跡で描かれた携帯のイラストがあった。

 カードを仕舞う(・・・)と、その手にあった筈のカードが影も形も残さず消える。そして何も無い空中に手を伸ばしてカードを出す(・・)と、再びカードが出現した。

 今度は「増えろ」と念じながらトランプの様に広げる。一枚しか無い筈のカードが二枚に分裂し、それを両手に持って心の中で「元に戻れ!」と命じる。

 淡く発光しながら元の姿を取り戻すスマートフォン。両手(・・)に現れた二つ(・・)のそれを見て、彼はえも言われぬ感動を覚えた。


「……これはこれは。素晴らしい……」


 まるで手品のような光景、初めて行使する超常の力。

 彼は続けてマルチツールと財布をカード化して仕舞い込む。


「こうすれば無くさないし、コピーすればバッテリーも問題無し! これは良い『贈り物』だな、ありがとう神様!」


 先刻まで罵倒していた神様に感謝を捧げる。だがその祈りは中断せざるを得なかった。

 森の奥から切羽詰まった女性の悲鳴が聞こえて来たのである。




────────────────────────────────────────




(なんてうかつ! ここが『ざわめきの森』だってこと、すっかり忘れていたわ!)


 護身用の短剣を振り回しながら、パムは己の油断を悔いていた。彼女を取り囲んでいるのはセイバーマウス、通称「噛み付きネズミ」である。その数、十五。

 セイバーマウスは体長三〇センチ程度の大鼠で、その名が示す通り鋭利な長い牙が特徴のモンスターだ。一匹相手なら一般人でも相手取れる程度の強さだが、群れを作る習性があるので危険なことには変わりない。

 しかし彼女達ランカシャーの村人には森の恵みが欠かせないのだ。それが無数のモンスター達が闊歩する足音で常にざわめいている『ざわめきの森』だったとしても。


 モンスター達は血の匂いに敏感だ。血にはマナが宿っており、マナに当てられて凶暴化したモンスターは獲物の血肉を啜ることでより多くのマナを得ようとする。

 運悪く、つい先程月のものが始まってしまったパムは周囲に血の匂いを撒き散らした。それがネズミを引き寄せたのだ。倒しても倒しても無数に湧いて来る噛み付きネズミと、下腹の鈍痛が響いて疲労の積み重ねに拍車を掛ける。


「ぐっ……!」


 一際大きな痛みがパムを襲い、一瞬だけ短剣を握る手が緩む。それを勝機と見たのだろう、セイバーマウス達が一斉に飛び掛かってきた。


「きゃああああぁあっ!!」


 短剣を振り回し、ネズミ達を振り払うパム。けれどネズミは臆する事無く攻め続ける。

 血に餓えた猛獣と無力な小娘、結末は既に見えていた。


「だりゃあああああっ!!」


 だが悲劇の結末は何者かの乱入により阻まれた。

 棒切れを振り回して突進してきたのは見慣れぬ男。突然の乱入者にネズミ達の意識が逸れ、すかさずパムはネズミを叩き落として間合いを取り直した。

 見れば男もじりじりと後退しつつある。しかしその構えはパム以上に素人臭く、荒事に慣れていないのが一目で分かるほどだった。


「そこの貴方! こっちに来て、あたしの後ろに!」

「う、あ、判った!」


 先程の蛮勇は何処へやら、頼りない返事と共によたよたと駆け寄って来た男を背後に庇う。セイバーマウスは様子見に移ったらしく、遠巻きに二人を囲むばかり。

 今のうちに逃げたいが場所が悪い。ネズミ達が陣取っているのは森の出口方向であったし、パム達の背後には『ざわめきの森』の深淵が口を開けて待っていた。


「ちっ、あいつらさえ追っ払っちまえば逃げられるのに!

 こんな事なら鈴の一つでも持って来るんだった!」


 舌打ちしながらパムは愚痴った。

 元が鼠なだけにセイバーマウスは警戒心が強く、騒音を嫌う。だから鈴などで常に騒がしくしていればまず近付こうとしない。だが下手に音を立てようものなら、ネズミより厄介なものを引き寄せてしまう可能性がある。

 故にパムは鈴を置いてきたのだが、事ここに及んでは後悔先に立たず。

 必死に脱出策を練る彼女に、おずおずと話し掛けるものが居た。


「鈴? もしかしてあいつら音に弱いのか?」


 背後に庇った男の間抜けな質問に、パムは半ば怒鳴る様に答える。


「そうよ! 貴方鈴とか持ってないの!?」

「ちょっと待って、鈴は無いけど音なら出せる!」


 言うが早いか男は虚空に手を伸ばし、何処からともなく一枚のカードを取り出す。次の瞬間、それは厚みのある黒い板に変わった。

 そして何やら指先で表面をなぞり、板をネズミ達に投げ付ける。するとなんと黒い板が太鼓を滅多矢鱈に叩いたような激しい音楽と、不気味な絶叫を上げ始めたではないか!

 まるで地獄の底から響くようなそれに度肝を抜かれたのは、どうやらパムだけではなかったらしい。彼らを取り巻くセイバーマウスが一斉に飛び上がり、不気味な黒い板から一目散に逃げ出した。


「な、何が一体!?」

「……良かった、通じてくれたか」


 一連の流れに目を白黒させるパムとは対照的に男は安堵の溜め息を漏らして、黒い板を拾い上げ表面をなぞる。途端に怪音はピタリと止んだ。


「趣味で入れていたデスメタルがこんな形で役に立つとは、本当に判らないもんだねぇ。

 よもやあのバンドも、本物のモンスターに怖がられるとは思っていなかっただろうけど」


 独り言なのだろう、何事かを呟きながら男は携帯をカードに戻して虚空に消す。そんな超常現象を目の当たりにしながらも、パムは男から目が離せなかった。


「?、どうかした?」

「……はっ! い、いえ、お陰で助かりました!」


 不審に思った青年に話し掛けられて正気を取り戻した彼女は、慌てて助力の礼を言う。

 けれど青年は苦笑いを浮かべ、首を横に振った。


「いやいや、私がやったのは精々追い払った事だけさ。なにせ荒事には全然慣れてないからね。お嬢さんの足を引っ張らなかっただけでも御の字だよ」


 荒事に慣れていないと言うのは本当だろう。先刻の様子からして全然戦い慣れていないのはすぐ判った。けれどこの青年には荒事は似合わない。どちらかと言うと王立劇場で悲劇の主役を演じている方が相応しく思えた。

 そう、パムの人生でも一、二を争う絶世の美男子がそこに居た。

 惚けていたのも彼に見惚れていたからだ。しかしここは王都でもなければ劇場でも無く、辺境でも指折りの危険地帯。間違っても俳優がうろつく場所ではない。


「そういえば、どうして『ざわめきの森』に?

 ここはハンターさん以外は滅多に訪れないくらいの僻地ですよ?」


 不審に思ったパムの質問に、青年は眉根を寄せて頬を掻く。


「どうされました?」

「あ、いや、実は……迷子なんだよね」

「はあ?」


 何でも青年はたまたま迷い込んだ此処が『ざわめきの森』だとは知らかったらしい。モンスターにも遭遇しなかったので、そこまで危険な場所とは思わなかったとのこと。


「故郷を飛び出したばかりの田舎者だからね。この辺りの地理には詳しくないんだ」


 そのうえ事故で手荷物の殆どを失って途方に暮れていた所、突然聞こえてきたパムの悲鳴にこれは一大事と駆けつけようとして、場所が特定出来ずに盲滅法走り回った所為で何処から来たのかさえ判らなくなったと言う。


「それじゃあ、お礼も兼ねて今から私の村に行きませんか?」


 これほどの美形と知り合う機会など、二度と訪れないに違いない。そう思った彼女はしおらしく小首を傾げ、上目遣いに潤んだ瞳で青年を見詰めた。これを使って落とせなかった男は居ない彼女の必殺技、『潤んだ瞳で上目遣い』である。


「ありがとう。そうさせてもらうよ」


 しかし彼女の必殺技に青年はいささかも動じず、むしろ余裕さえ漂わせていた。

 その事実がパムを落ち込ませる。


(ううっ、そりゃ仕方無いかも知れないけどさ……)


 パムは充分美人の範疇に入る。実際、秋の収穫祭でダンスを申し込まれた人数も一番人気を誇っていた。けれどそれはあくまで『ランカシャーでは一番』と言うだけ。所詮泥臭い田舎娘では、きらびやかな王都の貴婦人達には逆立ちしても勝てやしない。

 これほどの美形ならパム程度の女性など、見飽きていてもおかしくはなかった。


(ちくしょう、これが格差か!)


 見たことも無い恋敵達の艶姿にキリキリと歯噛みする内心を押し殺し、パムは笑顔を取り繕って青年を先導する。無論セイバーマウスの死骸を拾うことも忘れない。


「あれ、モンスターの売買にはハンターか商人の資格が要るんじゃなかったっけ?」

「これは村で使うんです。噛み付きネズミの牙は下手な刃物より良く切れるので」

「なるほど、売り買いしなければギルドも関与しないと言う訳か。

 ……ううむ、やっぱり見ると聞くでは全然違うなぁ」

「ご存じなかったんですか?」

「何せ知識の殆どを伝聞に頼っていたからね。

 実際に見て回りたくて旅に出たんだけれど、その一歩目からこの有様だよ」


 随分浮世離れした話だ。モンスターがひしめくこの世界で旅をしたいなど、自殺願望と変わりないと言うのに。


「でもこれ位なら何処の村でもやってますよ。

 ……流石にモンスターを狩るのは無理ですけど」

「恥ずかしながらモンスターを見るのも初めてなもんでね。

 そう言う意味じゃ五歳の子供とあんまり変わらないな」


 浮世離れどころではない。完全な世間知らず、これではまるで王侯貴族のお坊ちゃまではないか。そこまで考えた所で、パムの脳裏に閃きが走った。


(そうか、きっと家出貴族なんだこの人!)


 貴族の子弟がハンターに憧れて出奔する、と言うのは良くあることだった。

 ハンターギルドは「来るもの拒まず」で誰であろうと受け入れるが、去る者は徹底的に阻む。貴族側もハンターギルドに守ってもらっている実情があるので強くは出れず、ハンターギルドに所属した貴族子弟が自ら戻って来るのを待つしか無い。


「じゃ、これからどうするんですか?」

「そうだねぇ……、とりあえずハンターにでもなろうかなとは思っているよ。腕っ節には自信が無いけれど、身分保障には最適だからね」


 思っていた通りの答えにパムは予想を確信に変える。

 同時にとある野望がむくむくと湧き上がって来た。


(ここで恩を売っておけば『親切な女の子』だって思ってもらえる筈。

 ならばそこから恋仲になることだって……!)


 英雄の道を目指す貴公子と影に日向に支えるヒロイン、時折村に訪れる吟遊詩人のサーガに出てきそうなシチュエーション。乙女心をくすぐるそれが今、彼女の目の前に広がっている。この機を逃してなるものか!


「えっと、もしよろしければハンターギルドへご案内しましょうか?

 私の父はギルドに顔が利きますし、父の紹介なら簡単に入れると思いますよ」

「えっ!? それは凄く助かるよ、ありがとう!」


 先程とは打って変わって喜びを露にする青年に確かな手応えを感じるパム。ハンター向けの宿を経営している父にこれほど感謝したのは初めてかも知れない。


「それじゃあ善は急げ! 早速向かいましょうか!」


 青年の手を取り、パムは村に向かって走り出す。

 薔薇色の未来に浮かれた彼女は、手を取られた青年の表情に気付けなかった。




────────────────────────────────────────




 ランカシャーは南大陸最大の国家、グラム王国の北の端に位置する村である。人口は百に満たないが、この規模の村にしては栄えている方だった。

 なぜなら『ざわめきの森』に挑むハンターは必ずと言って良いほどこの村を拠点にするからだ。現に村にある施設の八割近くがハンター向けになっており、パムの父であるパレガンが経営する「森の牙亭」もそう言った施設の一つだった。

 その「森の牙亭」に時ならぬ人だかりが出来ていた。この宿の看板娘であるパムが『ざわめきの森』に入ったまま帰ってこないと、ギルドに届け出があったからだ。


「おやっさん! パムちゃんが帰って来ないって本当なのかい!?」


 人込みをかき分けて現れたのは馴染みのハンターであるデービィだった。相当焦っているのだろう、整った顔に玉のような汗が幾つも滲んでいる。

 そして話し掛けられたパレガンは青ざめた顔で頷いた。


「ああ、本当だ!

 今朝早くにいつもの場所へヤクの実を取りに行ったっきり、まだ帰ってこないんだ!」


 既に日は傾き、夕闇が辺りを覆い始める時間帯だ。そしてその言葉を聞いたデービィの顔が、いや、その場にいた全員の顔が一斉に蒼くなった。


「マズイぜ、昨日あそこに噛み付きネズミが巣を作ってたって報告があったばかりだ!」

「何だって!?」

「ああ、駆除の依頼があったから間違いない!」

「くそ、準備に時間を掛けたのが徒になったか!」


 たかがネズミとは言え、群れで襲って来るモンスターだ。依頼を受けたハンター達は明日から仕事に取りかかると決めて、今日一日掛けて準備をしていた真っ最中だったのだ。


「ギルドは何をしていたんだ!? 告知が遅れるなんて失態にも程があるぞ!?」

「それよりもパムちゃんの方が問題だろ!? 早く助けに行かないと!!」

「救助隊は既に向かっている! だから落ち着け!!」

「離せ! 俺はパムちゃんを助けに行くんだ!!」


 森に向かって飛び出そうとしたデービィを慌てて止めるハンター達。しかし突然、ジタバタもがいていたデービィが動きを止めた。唖然としながら一カ所に向けられた彼の視線を辿り、『それ』を見たハンター達もまた唖然となった。


「あ、あそこです。私の家! ……あれ、みんな集まってどうしたんだろう?」

「へえ、良い所じゃないか。……なんだか注目を集めてる気がするけれど」


 見知らぬ青年を引き連れて現れたのは件のパムであった。けれど皆が硬直している理由は彼女の無事を知ったからではない。青年とパムの手がつながれており、しかもその青年が見たことも無いほどの美形だったからだ。


「ただいま父さん! それにみんなお揃いで、何かあったの?」


 いっそ能天気な娘の言葉に、けれどハンター達と一緒に唖然としていたパレガンは答えられない。娘の無事を喜ぶ気持ちと、愛娘に悪い虫が取り付いたことを嘆く父心が拮抗して、彼の顔を面白い色に染め上げていた。

 微動だにしない一同に首を傾げるパム。最初に我に返ったのはデービィであった。


「ぱ、パムちゃん、無事だったのか! 一人で森に行ったって言うから心配したんだぞ!」

「あ……ご、ごめんなさい。ヤクの実が足りなくなっちゃったから、つい……」


 デービィの剣幕に、彼女はようやく太陽の高さに気付いた。ほぼ半日『ざわめきの森』を逃げ回っていたのだ、それは騒ぎにもなるだろう。とは言え、この辺りの住人なら足りない食材を森で調達するのは良くあること、今回は運が悪かっただけだ。

 恐縮するパム、その姿にやっと再起動を果たした父親が詰め寄ろうとする。それを遮り、彼女は背後に控えていた青年を前に出した。


「そ、それにほら、こうやって森で迷子になっていた人を助けられたし! 悪い事ばかりじゃ無かったでしょう?」

「それはお嬢さんの言葉じゃないような気がするなぁ……」


 パムの言い訳に首を捻る青年。途端にパレガンとデービィの目が吊り上がる。


「……迷子だぁ? あの森で? ……胡散臭いな」

「で、お前さんは一体何処の誰だ? 娘とどんな関係なんだ?」


 二人の態度があからさまに悪くなった。

 四人を取り囲んでいた野次馬からも突き刺さるような敵意が漏れ始める。


「見ての通り故郷から飛び出した挙げ句、手荷物の殆どを無くして無一文になったうえに危険な場所だとも知らずにのこのこ森で迷子になった田舎者だよ。あとお嬢さんとはさっき会ったばかりで、関係は『恩人』って所かな」


 しかしその敵意は青年の自虐に満ちた自己紹介に雲散霧消した。

 何とも言えない、非常に居たたまれない雰囲気がその場を支配する。


「あ、えーと、森! そう、森で噛み付きネズミに襲われた所を助けてもらったの!」

「助けたって言うか、追い払っただけだし。後は殆どお嬢さんの手柄だろう?

 お嬢さんに会えなきゃあの森で野宿してたんだし、お互い様って事で良いよ」


『噛み付きネズミに襲われたぁ!?』


 パムのフォローと青年の突っ込みにパレガンとデービィ、そして野次馬達の驚愕の叫びがハモった。そしてこの見た目にも頼りない優男がパムを救ったと言う事実に二度驚愕する。


「……そ、そうか。娘の窮地を救ってくれたことには感謝しよう。しかし……」

「もう、父さん! 娘の命の恩人にその態度は無いでしょ!?」

「で、でもよ、こいつが怪しいってことには変わりないんだぜ?

 万一、盗賊とかの仲間だったりしたら……」

「盗賊如き、二級ハンターのデービィの敵じゃないでしょ!?

 ……それとも自分の腕っ節に自信が無いの?」

「そんな訳無いけどさ……」


 しどろもどろに反論して来る二人をばっさり斬り捨て、パムは青年に頭を下げる。


「ごめんなさい、うちの父さんが……」

「いやいや、男親なら当然の反応だって!

 それよりさっきも言ったけど私、無一文なんだけれども」

「……ま、そう言う事情なら仕方が無い。

 娘を助けてくれた礼だ、一週間分はタダで面倒見てやるよ」


 情けない様を晒す青年に毒を抜かれたらしい。本来の姿であろう気の良い親父の顔に戻るパレガン。その太っ腹な判断に喜ぶ娘と感謝する青年とは対照的に、デービィはギョッとした顔を見せた。


「おやっさん、いいのかい? こんな怪しい男をパムちゃんに近づけて!」

「……まあ下心は無さそうだし、何よりパムに言い寄るようなら俺が許さねぇさ。

 どうもそんな気はさらさら無いみたいだがなぁ」


 宿屋の親父と言う職業に長年就いて来た勘が働く。どうやら娘があの青年にお熱なのは確実らしいが、対する青年の方にそんな素振りが微塵も無い。男女の仲には発展しないだろうというのがパレガンの見立てであった。


「ま、お前さんが気にするようなことは無いぜ。

 ……それともお前、うちの娘に気でもあるのか?」

「ばばば馬鹿言うなよ! ななな何で俺がパムなんかに!」


 実に判り易く吃り、デービィは青年に「手ぇ出すなよ!」と捨て台詞を残して立ち去った。その後ろ姿を見送りながらパレガンは「判り易い奴……」と呟く。

 デービィは若手ハンターの中では一、二を争う実力者だ。今は二級に収まっているが、そのうち一級か、あるいはその上も目指せるだろう。顔だって悪くない。

 しかしパムの連れてきた青年はそう言った美点を軽く吹き飛ばす程の美形だった。それを自覚しているからこそ、デービィも焦りまくっているのだろう。


(ま、頭が冷えるまでの我慢って奴だな。そのうちあいつにも判るだろうよ)


 溜め息を一つついて頭を切り替える。喜びに沸いて、と言うよりあからさまに誘惑に掛かる娘を押さえ、パレガンは宿帳を取り出した。


「とりあえずコレに名前を書いてくれ」

「あ、はい」


 差し出された羽ペンを受け取った青年はサラサラと己の名前、らしきものを書く。

 らしきもの、と付けたのはその文字を誰も読めなかったからだ。


「……なんて読むんだい?」

「え?、あ、そうか、うっかりしていた! これじゃ通じないんでしたね」


 青年は慌てて『瀬田友人』の文字の横に『セタ・ユウト』と書いた。

 それを読んだパレガンが怪訝な顔になる。


「おいおい、誰か連れでもいるのかい? 何で二人分の名前を?」

「あれ? ここいらでは姓は持たないんですか?」

「姓? ……って、家名か!?」


 硬直したパレガンに今度は青年が怪訝な顔になる。それを見たパムが慌てて説明した。


「あの、市井の者は家名を持たないんです。

 貴族様ならお持ちなのは当たり前なんですけど……」

「え、そうなんですか!? あっちゃあ、失敗したなぁ……」


 困った様に頬を掻く青年。おそらく最初に書かれた文字が上流階級で使われると言う文字なのだろう。やはり青年は貴族だったのだ!

 パムは固まった父を無視して鍵棚から百合の刻印された鍵を取り出す。


「これが部屋の鍵です。場所は二階の一番奥、扉に鍵と同じ百合が彫られてるからすぐ判ります。晩ご飯はここで食べることになるんですけれど、どうしますか?」

「あ、いただくよ」

「じゃあ出来上がったらお呼びしますね」


 パムから鍵を受け取った青年は「ありがとう」と礼を言って階段に消える。

 それを見届けた彼女は心づくしの夕食で彼を釣り上げるべく、まずは父を正気に戻すことから始めたのだった。




────────────────────────────────────────




 山鳩の蒸し物がメインの夕食を平らげて、青年……ユウトは部屋に戻る。

 明日の朝一番にパムがハンターギルドへ連れて行ってくれるらしい。だがユウトには朝一番と言うのが何時を指すのか判らない。

 携帯に目を落とせば現在時刻は午後八時、この分なら大した時差は無いだろうと判断して携帯の目覚ましをセットしておく。


 ふと思い付いて、スマートフォンのカメラに自分を映す。目つきの悪い三白眼、潰れた鼻、厚ぼったい唇。溜め息を吐きたくなるほど醜悪な、けれど見慣れた自分の顔がそこにある。


「あーあ、折角ならこの顔を変えるべきだったなぁ……」


 彼は外見に対してコンプレックスを持っていた。お世辞にも美形とは言えず、むしろはっきり不細工と呼べるレベルの人間であったから。

 その所為で彼は生まれてから一度も恋人を持った事が無い。それどころか小学生の頃に書いたラブレターが元で酷いイジメを受けて以来、女性恐怖症気味でさえあった。


 唯一無二の大チャンスを不意にしてしまったことにまた溜息が漏れる。しかしそれと引き換えにチートな能力を貰えたのだから、と自分を無理矢理納得させる。

 それにしても、と彼は思う。

 先程の娘と言い、あの親父や若者と言い、そんなに人の顔が珍しいのか、と。


「そりゃ私の顔が面白いのは判るけど、そっちだって人のことは言えないだろ」


 あのパムというらしい娘も、パレガンと名乗ったその父も、デービィと呼ばれた青年も、そして人の顔をまじまじと見詰めてきた野次馬も。皆、ユウトの基準ではお世辞にも美形とは呼べない。

 いや、この世界に来てから彼はいわゆる美形と言うものを見たことが無かった。


「異世界と言うから結構期待していたのになぁ……」


 異世界もののお約束として『美形のヒロイン』がある。特に自分のようなチート能力を与えられた主人公なら、『美形のライバル』だって居てもおかしくない。

 なのにこれまでユウトが出会ったのは残念な容貌の人々ばかり。ライバルになりそうな美形も、ヒロインになりそうな美少女も全く姿を見せなかった。

 そこまで考えたところで彼は自嘲の笑みを浮かべた。


「何考えてんだか。よしんば都合良くヒロイン候補に出会ったからって、私なんかを好いてくれる筈も無いだろうに」


 この夢想家め、と毒づきながらユウトは異世界来訪一日目を終えた。




 彼は気付かなかった。

 この世界における美醜の価値観が逆転していたことに。彼の世界において美醜の最底辺に位置したその顔が、この世界では絶世の美男子だと思われていたことに。

 後にその名を残す「傾国の美騎士」セタ・ユウトはその生涯を終えるまで、その事実についぞ気が付くことは無かった。




 これは残念な人の、残念な世界における、残念な英雄の物語。

 その始まりは何とも残念な幕開けであった。







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