とある上官のその後
R15というほどでもないですが、性的行為を示唆する表現があります。
少しでも苦手だという方はご遠慮ください。
願い続ければいつか夢は叶う。
たとえそれが望んだ形そのままではないにしろ、まあ、目を瞑れる範囲なら問題ナシだ。
わたしには、動物、特に犬を飼いたいという幼い頃からの夢があった。
具体的には、子犬の世話をしてべったべたに可愛がったり心を鬼にして厳しく躾けたり、広い野原で取ってこい、暴れたはずみに肉球スタンプ、寒い夜に湯たんぽ代わり、背中に乗って散歩……などなど。
獣人の副官が出来た時に、「しめしめ、飼い犬代わりに可愛がっちゃおう」というよこしまな心を抱いたのがいけなかったのか。夢の実現は思っていた形とは少し違っていた。
二十歳で仕官した彼は十余年前に子犬(狼獣人だから子狼か?)の時期を終えており、子犬をなでくりまわすという以外の選択肢で飼い主と飼い犬の関係を疑似体験をしたい、という野望を抱いたのは約三年前のこと。
二度目の出張査察で、うまい具合に広い野原で取ってこいはクリア。
取ってこいというか必要に迫られた獲ってこい、だったけど。
実際は貴族の屋敷から逃走した禁猟禁育禁取引対象の稀少動物を保護というか生け捕りというか捕獲する、というものだった。
まあ、取ってこいは取ってこいで間違いではないから問題ナシ。
飼い主疑似体験作戦の方向性が大きくずれたのは、その捕り物があった日に泊まった宿においてだ。
ディノの素晴らしき日中の活躍を誉めたたえ、人型だけど頭をワシワシ撫で回し、二人で酒を酌み交わした。
任務成功に気を良くして飲み過ぎたらしいわたしを、ディノは酒場から宿の部屋まできちんと送り届けてくれた。
問題は、その後のわたしの行動だ。
家に帰るまでが遠足、報告書を提出するまでが任務、ゆめゆめ王都に戻るまでは浮かれていたずらに酒を煽ることなどあってはならない。
そんな上司の苦言が、身にしみて理解できましたとも。
春先とはいえ、冴えた空気の冷え込む夜だった。酔っ払ったわたしはディノに対して湯たんぽになれと強要し、獣型で同禽するよう恫喝したらしい。うん、ぼんやりと覚えてる。
酔った勢いというのは恐ろしいもので、背中に乗ってお散歩するのよウフフな夢を果たすべく、とった体勢はディノの上でのマウントポジション……ただし背ではなく腹の上。ええいっ騎乗位で押し倒して優位性を主張した馬鹿な上官とはわたしのことさっ。パワハラかつセクハラ以外の何物でもない。
他の男ならともかく、理性の塊である生真面目なディノは、彼なりに一生懸命に抵抗したようだ。
頭殴って気絶させてもいい状況だろうに、上官であり(一応)女であるわたしを傷つけない手加減をし、肉球での優しい拒絶。つまり、肉球スタンプもクリアー。
そんなこんなでもみ合っているうちにディノの本能を目覚めさせてしまったのは、どう考えてもわたしが悪いのだからどうなったって文句は言えない。春という季節が獣にとってどういう意味を持つか、ちょっと考えればわかるだろうに。酒で朦朧とした頭はそこまで考え及んではくれなかった。
ま、文句を言うつもりはさらさらなかったけどね。
理性の吹っ飛んだディノに抱かれ、翌朝平身低頭謝られたけど、謝るのはこちらの方だ。
人型の逞しい体に身を任せたあの日の夜、存在すら知らなかった感覚が目覚め、脱水症状にならないのが不思議なほどにとろとろに溶けた。
学生時代以来ご無沙汰だった愛撫は、遠い記憶の中の物とは較べ物にならぬ優しさと巧みさで溢れかえっていた。
押し寄せる快楽と絶頂に、満ち足りた思いで眠りについた翌朝。
涙目のディノに責任とって結婚してくださいと土下座で懇願され、寝起きでうまく働かない頭のままながらも申し訳なくなって頷いた。
そうか、人間と違って、快楽ではなく子作りという本来の意味合いでの行為に重きを置いているんだから、それも当然だ。
そんなわけで、王都に帰還後はまたたくまに話が進められ、準備が整い、あれよあれよという間にわたしはディノ・トロワイエ・ハックフォルストに嫁いでミルカ・ハックフォルストとなった。
夫婦で同じ部署は具合が悪かろう、と気を回した課長が、ディノを軍部に配属させたのは一年半前。
ディノは酔った隙につけ込んだ、と未だに葛藤が残ってるみたいだけれど、わたしは満足。
夢は粗方叶ったし、可愛がっていた副官は愛しい旦那様に昇格したし。
副官時代と変わらず、優しい気遣いと実直さを見せるディノは、文句なしの夫であり恋人であり父親だ。
そう。結婚して春が過ぎ夏が過ぎたというのに、いっかな発情期の収まらないディノに求められるままに応えた結果、見事にわたしは懐妊した。
子犬をべったべたに可愛がるという夢も、子狼をべったべたに可愛がるという形で堪能中。
願い続ければ夢はいつか叶う。
確かに当初描いていた形とは多少違うけれども、うん、問題ナシ!