補聴器
祖母の耳が遠くなったので、私は最新の補聴器を贈った。
高価だったが、性能はたしかだった。装着した祖母は、久しぶりに小鳥の声が聞こえると言って、涙ぐんでいた。よかった、と私は思った。
ところが、その日を境に、祖母は日ごとに口数を減らしていった。
あれほどおしゃべりだった人が、ぽつりとも笑わなくなった。食も細り、夜もよく眠れないようだった。補聴器の調子が悪いのかと尋ねても、「よく聞こえるよ」と、それだけ答えた。
夏の帰省で、私は祖母の家に泊まった。夜、廊下を通りかかると、隣の座敷から伯父と伯母の声がした。低い、こもった声だった。二人は、祖母のことを話していた。
施設の費用のこと。家と土地の名義のこと。「あの人、いつまでもつかしらねえ」という笑い声。「早いほうが、こっちも助かるんだけど」という相槌。それは、いつからか続いている相談のようだった。慣れた口ぶりだった。
私は凍りついて、その場を動けなかった。
薄い壁の向こう、祖母の寝間に目をやって、私はもっと動けなくなった。
布団に横たわった祖母は、目を開けていた。耳には、あの補聴器がついたままだった。私が贈った、小鳥の声も、隣室のひそひそ話も、何もかもを拾ってしまう、高性能の補聴器が。
翌朝、私は祖母に、補聴器の電源を切って休むよう勧めた。祖母はうっすらと笑って、「そうだね、夜は切っているよ」と言った。
嘘だ、と分かった。祖母はずっと、電源を入れたまま、聞いている。伯父と伯母が、自分の死を待ちわびる声を。何日も、何か月も。切れば楽になれるのに、切らずに、聞き続けている。
どうして、と訊きかけて、私はやめた。
祖母の枕元には、古い家計簿が置いてあった。開かれたページには、この夏、伯父夫婦がこの家からこっそり持ち去った金や品が——通帳から下ろされた額、簞笥から消えた指輪、いつのまにか運び出された仏間の掛け軸が——日付とともに、几帳面な字で、一つずつ書き留められていた。
祖母は、ただ二人の声を聞いて、おびえているのではなかった。
誰が、いつ、何を奪ったのか。その一つひとつを、冷静に、数えているのだ。




