第8話 ディア、ディアフレンド
「どうして……、霜山さん……、私と……」
また一粒、二粒と望月恵玲奈の目から涙が落ちる。霜山六花はその涙を見て動揺したが、安心させようと明るい声を発する。
「『創筆大賞』の中間選考通過のお祝いだよー。もう何ヶ月も経っちゃったけど……。ずっとお祝いを言いたかったの。だから、今日のこれ、私からのお祝いの奢り!」
「……霜山さんが、読んでくれてたなんて」
「うん……。黙っててごめん。私、『見せ星』のファンなんだ。恥ずかしくて、いつもスキつけてないけど」
「私も読んでる……。『ディア、ディアフレンド』」
「え、えっ……、なんで!?」
六花が裏声のような驚愕の高い声を上げ、耳の先まで顔を真っ赤にする。『ディア、ディアフレンド』とは、六花がこっそりとTELLERSに投稿している小説である。憧れの同級生と友達になりたい、ドジな女子高生を描いた話。閲覧数一桁台、高評価のスキも毎回1つという、超過疎作品だ。六花にとっては力作のつもりだが、世間の評価は厳しい。
恵玲奈は恥ずかしそうにうつむいてつぶやく。
「見えちゃって……。その……、創作ノート……」
「あっ。あの時……」
六花はすぐに理解した。以前に一度、廊下で恵玲奈とぶつかった時に、手にしていたノートが床に散らばり、恵玲奈も屈んで拾ってくれたことがある。確かにあの時に落ちたノートの一つは、六花が小説の設定を考える時に書き込むもので、表紙に「創作ノート TELLERS『ディア、ディアフレンド』」と書いている。恵玲奈はそれがつい目に入り、検索して見つけ読んでくれていたのだ。
「望月さん……、もしかして……」
「ごめん。面白くて、いつも読み専アカでチェックしてて……」
「毎回すぐにスキがつくの、望月さんだったんだ……」
六花が更新するといつも一つだけ高評価を表す「スキ」というハートマークがつく。作者は相手を確認できる。毎回「お餅」という知らないユーザー名。内気な望月恵玲奈が執筆アカウントとは別に使っている、読む専門の別アカウントだったのだ。
六花は恵玲奈に作品を読まれていることを意識すると、急激に恥ずかしくなった。相手は中間選考を突破しているのだ。大先生が素人の落書きを見るようなものだ。自分の顔が真っ赤になっているのは、顔の熱さでわかる。目を上げると、視線が合った。お互い真っ赤になっているのを見て、一瞬の静寂の後、二人は同時に笑いが噴き出した。
「もー。読んでたなら声かけてよー、望月さんっ」
「霜山さんだって。もっと早く言ってよっ」
望月恵玲奈は笑って涙を拭う。二人は気持ちが軽くなって、示し合わせたようにティーカップに手を伸ばして、温かい紅茶を味わってホッとする。
こっそりとカウンターの向こうから積まれたシュネーバル越しに二人を心配そうに見つめていた淡雪も、和やかな雰囲気を見ると安心の息を吐いた。その視線に気づいた六花は、手を挙げて淡雪をテーブルに呼び、恵玲奈に紹介をする。
「こちら、この店のオーナーの淡雪さん。そして、あそこのカーテンのコック帽のお姉さんは、菓子職人の氷見子さん。トドイチの先輩」
六花が指差した先を見て、恵玲奈は驚いた。アコーディオンカーテンの端から、白いコック帽を被ったピクシーカットの氷見子が、まるで宙に浮く生首のように顔を出していた。気になってこっそり様子を伺っているのだろう。恵玲奈が小さく会釈をすると、その生首はパントマイマーのように頭だけが上下する。
六花は淡雪の特殊な能力について恵玲奈に説明する。
「淡雪さんは、人の心が凍っているかどうかが見えるんだって。私も友達がいなかったからか、心が凍ってるらしいの。淡雪さん、こちらが同級生の望月恵玲奈さんです。望月さんの心は、どうですか」
つまり六花は、望月恵玲奈の心が凍っているかどうかを淡雪に確かめて欲しかった。淡雪はその意を汲んで、感じたことを伝える。
「そうだね……。恵玲奈ちゃんの心も凍っているように見える。しかも、六花ちゃんと全く同じ凍り方。二人は似たような気持ちだったんだと思う」
望月恵玲奈は「人の心が凍っているかどうかが見える」という意味がよく分からず、淡雪の能力に半信半疑ではあったが、自分と霜山六花が似たような気持ちだったことは自覚できた。お互いがお互いを気になっていて、良き友になりたかったのだ。
恵玲奈は嬉しかった。霜山六花と友達になれたらいいなと思っていた。ようやく心が通じた気がする。しかし、もう海外への転校は数日後に迫っている。仲良くなっても、すぐに離れ離れになってしまう。恵玲奈は申しわけない気持ちが押し寄せてきて、眉が下がる。
そんな表情を気遣ってか、淡雪は恵玲奈に訊く。
「六花ちゃんから、同級生が海外に転校するって聞いたの。恵玲奈ちゃん、どこの都市に引っ越すの?」
「……ドイツのミュンヘンです」
(つづく)




