第7話 見せてよ星空
「わぁ……っ!!」
エルフィの店内に入った望月恵玲奈は、感嘆の声を上げた。カウンターの上にもショーケースにもずらりと並んだ球体のお菓子、店内にプンと漂う甘い香り。恵玲奈はその空間に魅せられ、目がとろんと溶ける。
六花は恵玲奈の表情を見て、自分が昨日初めてこの店を訪れた時と全く同じ反応をしていることに、心が高鳴った。
「あっ、六花ちゃん。いらっしゃい」
「淡雪さん、こんにちは!」
六花は元気よく若き店主に挨拶をすると、恵玲奈に向き直って、手で店内を指し示しながら聞く。
「望月さん、ステキな店じゃない?」
「う……、うん! え、霜山さんのお知り合いのお店なの?」
「私も昨日初めて知ったの。この丸いお菓子、シュネーバルって言って、すっごく美味しいの! だから、望月さんと食べたくて」
「え、私なんかと……」
恵玲奈の顔が赤らむ。二の句に困っていると、カウンターの向こうにいる先ほどの黒エプロンに赤リボンの若い女性店主が聞く。
「六花ちゃん、やっぱり今日もプレーン?」
「はい。あともう一つ、このチョコのかかったシュバルツ・シュネーバルも。昨日から目をつけてたんです。二つに切ってもらうことってできますか?」
「できるよー。じゃあ持って行くから、お友達とお好きな席にどうぞ」
手際良く注文を済ませた六花は、今日も相変わらず閑古鳥のカフェスペースに移って、「どうぞー」とテーブル席のチェアを引く。恵玲奈は勧められるがままに座り、六花がその前の席に腰を下ろす。
恵玲奈は不思議な気分だった。霜山六花が目の前に座っていることはもちろん、普段は無口な霜山六花が大人の女性と滞りなく喋っていることが不思議。そして何より、霜山六花の笑顔を見たのが初めてだった。
カウンターの向こうから女性店主が品物を用意している音がする。恵玲奈は、笑顔で店内をキョロキョロとしている霜山六花に恐る恐る尋ねる。
「あの……霜山さん、どうして私と……」
「見て、望月さん。このお店が、私の星空」
「え……」
恵玲奈は「星空」という言葉を聞いてドキッとした。六花の視線に合わせて店内に目を移してみる。六花の言いたいことが、朧げに見えてくる。
「読んでるの。望月さんの『見せてよ星空』」
「え……。あ、ありがとう……」
「主人公が東京に転校してきて、誰か友だちと美しい星空が見たい、っていうシーン、私は胸にジンときたんだ。東京に住んでる私なら、友達にどんな星空を見せてあげられるんだろうって思って。それでね、昨日このお店に入った時、たくさんのお菓子の惑星に囲まれた星空に見えたの。これだったらダメかなって、望月さんに聞いてみたくて」
「霜山さん……」
突然の話に恵玲奈は狼狽えるも、胸に込み上げるものがあった。
恵玲奈が小説投稿サイト「TELLERS」に投稿した作品『見せてよ星空』は、各地を転々と引っ越した末に東京にやってくる女子高生が主人公だ。転校を繰り返して親友ができない自分、そして地方に比べて夜が明るすぎて星空が見えない東京に嘆く。友だちと美しい星空を眺めたい、でも叶わない。そんな悲哀を描いている作品である。
霜山六花はこの作品を見てきっと、主人公に作者の気持ちが反映されていることを見抜いたのだろう。普段は誰にも関心がなさそうにクラスで一人ぽつんと孤立しているあの霜山六花が、他人の作品を読んで同情をし、近づいてきてくれるなんて、恵玲奈には思いもよらなかった。
若い女性店主がカウンターから出てきて、トレイを運んできた。二つの皿には、シュネーバルと六花が呼んだお菓子が、プレーンのものとチョコレートがけのもの、二つを半分に割って再び球体の形に組み合わせられて皿に載る。二脚のティーカップが添えられ、女性店主が温かな紅茶を注いだ。
「こちらはドイツの老舗ブランド、ローゼンフェルトのリーフティーです。今日は寒いので、お二人へのサービスです」
「わぁ、淡雪さん、ありがとうございます!」
「いいえ。ごゆっくりー」
六花が明るい笑顔で礼を述べ、淡雪と呼ばれた若い店主は軽く手を振ってカウンターへと戻っていった。二人の会話を邪魔しないようにという配慮だろう。
「じゃあ望月さん、さっそくシュネーバル食べ……」
六花が向き直って言ったが、異変に気づいてその言葉は切れた。
望月恵玲奈の瞳から、ポロリと涙の粒がこぼれていた。
(つづく)




