第6話 解ける音
「認めてくれないその人に認めてもらうために、淡雪さんは何かされてますか」
「うーん、そうだなあ……」
六花が重ねた質問に、淡雪は指を顎に当てて宙を見つめて考える。そのようなこと、あえて言語化して考えたことはなかったな、というような表情だ。しばらく思いに耽って、淡雪は答えに至る。
「私がその人に認めてもらえないってことは、私の仕事はその人のイメージしているレベルにまで到達できていないだけだ、という意識は強く持ってるよ。だから少しでも認めてもらえるように、毎日の自分の仕事を一生懸命にやって成長するしかない。でも、あえてやっていることと言えば……。私はその人のことをどれだけ尊敬しているかという想い、私がその人にいつか認められたいという願いは、たとえその人が嫌がっても、思い切ってちょくちょく伝えるようにしてるかな……」
「……!」
淡雪の言葉に、六花は目を見開く。生唾をゴクリと飲み込み、息を整える。心の中でパキパキッといいような音がした気がした。何か聞いた記憶がある音。
そうだ、小学校の時の理科の実験で聞いた音だ。耐熱コップの中に氷を入れて、お湯をかけて解かした時に、氷からどんな音が鳴るのかという実験。氷が解け始めた時に鳴った音。それに似ている。
自分の心が凍っているのが見える、と言った淡雪の言葉は正しかったのかもしれない。そしてその凍った心を解かすきっかけをもらえたのかもしれない。自分の氷に閉ざされた心は、きっと解放されたがっている。それを完全に解放してあげられるのは、淡雪や氷見子でもない、シュネーバルでもない、自分自身しかいないのだ。
六花は不意に立ち上がる。
「淡雪さん、氷見子さん、お店にまた来ていいですか。次はお代を持ってきます」
「もちろん大歓迎だよー。でも試作品でよかったら、いつでも無料で出せるから気にせず食べに来て」
淡雪から無意識にサービス精神が出たが、六花は力強く首を横に振った。
「いえ、次はちゃんと買いにきます。私が買わなきゃダメなんです。美味しいシュネーバル、ごちそうさまでした。また来ます」
六花は何かを決心したような顔で、大きく頭を下げて礼を言うとバッグをつかみ、急ぐように店から飛び出ていった。
淡雪はキョトンとしている。氷見子は微笑を浮かべている。
「六花は淡雪の言葉から、何か見つけたみたいだな」
「うん……。心を覆う氷が少し解けて見えた」
「そっか。淡雪の氷はいつ解けるんだろうな」
氷見子は淡雪の肩をぽんぽんと叩くと、奥の厨房へと引っ込んでいった。淡雪はカウンターに並ぶシュネーバルを見つめながら、苦笑した。
「望月さんっ。放課後、時間ある!?」
三限の授業の後の休み時間。霜山六花が望月恵玲奈の席に駆け寄って、机に両手を置いて正面から身を乗り出すように問いかけた。学校では普段誰からも話しかれることがない恵玲奈は、驚いて目を見開いている。
「え、霜山さん……?」
「一緒に来てほしくて。望月さんに見せたいものがあるの!」
笑顔の霜山六花の息が荒い。何か意を決して話しかけてくれているのだろうという勇気は感じる。その勢いに押されて、望月恵玲奈は首をすくめるように了解の合図を送る。
「う、うん……。分かった」
「じゃあ放課後!」
六花は顔を真っ赤に染めながらも、手を振って自分の席に戻る。ドキドキする心臓の鼓動を押さえつけるように、六花は胸に手を当てた。望月恵玲奈は不思議そうな顔をしながら、次の授業の準備をしている。
放課後。六花は昇降口で恵玲奈を待っていた。靴に履き替え、一緒に等々力駅のほうへと向かう。並んで歩いたことも、言葉を交わしたこともこれまでになかった二人。なんだかギクシャクしている関係だが、少し興奮気味な表情を見せながら歩く六花に、恵玲奈は黙ってついていった。
着いた先には、「シュネーバルのエルフィ」という看板が掛けられた洋菓子店があった。恵玲奈は久しぶりに通った道なので、そんな店がオープンしていることを今初めて知った。六花はその店の入口をクイクイと人差し指で指している。
「え……、ここ……?」
「そう。望月さん、一緒に入ろ!」
六花は恵玲奈に笑いかけると、思いきってエルフィの扉を開けた。
(つづく)




