第4話 コンディトリン
「追加のシュネーバル、できたぞー」
奥の部屋から白いコックコート姿の長身の美女が、シュネーバルが積まれたトレイを持って出てきた。やや高い白のコック棒を載せたオレンジブラウンの外はねショートの髪が、女子なら誰もが羨みそうな小顔によく似合う。年齢は恐らく淡雪より上で二十六歳ぐらいか。
六花はまたドキッと胸が高まる。自分には「働く大人の女性」に強烈な憧れがあるのだと改めて思う。淡雪とはまた違ったタイプのお姉さまが働いているこの小さな店に、さらなる興味が湧いてくる。
六花が軽く会釈すると、長身女性は淡雪にトレイを手渡しながら、六花の服を見回して言葉をかけた。
「おっ、いらっしゃい。その制服、トドイチの生徒?」
「は、はい。等々力第一高校の、霜山六花と言います」
「リッカか、いい名前だね。トドイチってことは、優等生だ」
「いえ、そんな……」
絵に描いたような「働く大人の女性」に高校のランクを褒められ、六花は恥ずかしくも嬉しそうに首をすくめる。
確かに六花の通う等々力第一高等学校はこの周辺の中では比較的偏差値の高い進学校で、周囲から学力を褒められることには慣れている。しかし、学歴は関係なく自分の腕で勝負していると思われる美人なお姉さまに言われると、とても照れてしまう。
長身の女性はコック帽を取ると、六花の目を見つめた。
「ふーん……。さては六花、この淡雪お姉さんに、心が凍ってるとか心を解かしたいとか言われたな?」
「えっ……、あ、はい」
「やっぱり。この淡雪お姉さん、心が凍ってるのが見えるんだって。変なお姉さんだろ。私もそれで心が凍ってるって脅されて、ここで働かされてる一人」
長身女性は無邪気に笑った。淡雪がトングでシュネーバルをショーケースに並べる手を止めて、頬をぷっくりと膨らませる。
「ちょっとヒミコさん、脅されて働かされてるってひどい。ヒミコさんが働かせてほしいって言ったんでしょ」
「私は働いてやってもいいぞ、って言ったんだ」
淡雪店主と、邪馬台国みたいな名前で呼ばれた長身女性がヤイヤイ言い合っている。恐らく年下の雇用主と年上の従業員という捻れた関係がこの妙な雰囲気を作っているのだろう。六花の目には、妙な仲良さが羨ましく見える。
「あの……。お二人は昔からのお仲間なんですか」
「違うよ。先週会ったばっか」
「えっ」
長身女性の素早い回答に、質問した六花は面食らう。まるで古い友達のような仲に見えたのに。淡雪が苦笑して長身女性を紹介する。
「こちらは氷に見る子と書いて、氷見子さん。元パティシエで、先週からこの店に来てくれたの」
「元パティシエじゃなくて、現役パティシエールな。女なんだから」
「だから、うちはフランスじゃなくてドイツ菓子のコンディトライなんだから、コンディトリンだってば」
また淡雪と氷見子はヤイヤイ言い合い始めた。まるで漫才を見ているようで、六花はつい笑みをこぼしてしまう。
隙を見てスマホで検索してみると、フランス語では男性菓子職人がパティシエで女性がパティシエール、ドイツ語だと男性がコンディトアで女性がコンディトリンと呼ばれるらしい。コンディトライとはカフェを併設するドイツ菓子店のことだという。
我に返った氷見子は、六花の横の席に座って言い出した。
「六花。悩んでることがあるなら、お姉さんが聞いてあげようか。トドイチ出身の元優等生のこの氷見子さんが」
「えっ。お二人、私の先輩なんですか」
「私はね。こっちの淡雪お姉さんは九州の辺境の出身らしくて、この辺は超初心者。川崎市の等々力との区別もついてないアホ」
氷見子の辛辣な言葉に、また淡雪がカウンターの向こうから膨れっ面を見せてきて、六花はその可愛さと面白さで咽せそうになる。
「あの……。私、お仕事中にお邪魔じゃないですか」
「大丈夫だぞ、六花。見てのとおり、淡雪お姉さんのお店は今は超どヒマだから。シュネーバルを売るより、油を売るほうが得意なお店なんだ」
まるで他人の店のように氷見子は笑い、淡雪はますます頬を膨らます。
だが氷見子の「今は」という言葉には、未来を感じる。出会ったばかりで文句を言い合いながらも、二人は硬い信頼関係で結ばれているのだろう。六花はそう思うと、二人の素敵なお姉さまにますます惚れ込んでいき、凍っているらしい自分の心に留まる悩みを聞いてもらいたくなってきた。
(つづく)




